第玖拾肆巻 気もそぞろ
第玖拾肆巻 気もそぞろ
今日も朝から穏やかな晴れ。
最近は照り付けるような日差しの暑さも大分和らいでおり、朝から清々しい日差しが降り注ぐようになってきていた。
『牢獄核』の砦の外に続く広大な森からは、爽やかな朝の木々の香りと澄んだ鳥たちの鳴き声を運んできている。
『『ご馳走様でした!!』』
そんな朝を迎えつつ、今日も今日とて、いつものように朝食を終え、皆典人が作ったシフトに基づいて、役割や休みへと思い思いに大食堂から散っていった。
「奉祈、今日は何処ら辺を掃除する?」
「今日は裏門の辺りを掃くつもりです。陽虎ちゃん、植え込みの辺りをお任せしてよろしいですか?」
「任された!」
そんな女の子たちの後姿を眺めながら、不意に典人が気になったことを口にした。
「そういえば、白葉ちゃんをここ何回か見てない気がするんだけど?」
3日くらい前は大食堂で大食い選手権も斯くやといった食べっぷりを見せていた『おしら様』の白葉が見当たらない。
シフトの関係で合わなかったのかとも思ったけど、そういうわけでもなかった。
典人もあれだけの食べっぷりを見せられてから数日、大食堂で姿を一度も見かけなければ気付くというもの。
食べ過ぎてお腹でも壊したかとも思ったが、そんな話も典人は聞いてはいないし。
「白葉ちゃんなら、2日前に部屋に籠るって言ってましたよ」
典人のその疑問に、隣りで食後のお茶をゆっくりと飲んでいた『髪切り』の桐霞が答えてくれた。
「えっ!? 食事は」
「えっ! こころに続いて引きこもりが増殖した!」
「酷いのお! ウチは宝箱警備員であって、引きこもりじゃないのお!」
「「はいはい」」
「違いはあるのでしょうか?」
「違いが分からないわね」
桐霞の答えに典人が反応するのに合わせ、いつものように『コサメ小女郎』の小雨が『衣蛸』のこころをいじり始める。
「大体、引き籠りなら、闇に籠ってる夜星の方なのお!」
「あたし? あたしは夜型だけど、アウトドア派なんだよ。ってことで、そろそろ寝るね。おやすみ~!」
こころに話を振られた『ヤンボシ』の夜星がニコニコと返しながら手をヒラヒラさせて大食堂から出ていった。
以前にも同じような主張を聞いたような気がするが、最初の印象から典人には夜星が活発な引きこもりに印象付けられていたので、こころの主張に典人もそっと心の中で密かに賛同しておく。
「やっぱり、お腹を壊しているのか?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。違いますよ。気になるのでしたら行ってみては? たぶん、空き部屋の何処かにいるでしょうから」
「そうだな」
桐霞のその言葉を受けてか、朝食後、典人が気分転換に恒例の? 砦探索をしていると、あまり使っていない区画の一室に大勢の人がいる気配がした。
「んっ?」
こんな所で何事だろうと、典人が覗いてみると、そこには気配を感じた通り数人の女の子たちがいた。
「みんなこんな所で何やってるの? って、何これ!?」
中の女の子たちは皆、一様に何かを見守っているようであった。
何事かと部屋の中に入って、その部屋の真ん中にある物を見て、典人が驚きの声を上げる。
それは一見すると、白い巨大な卵のように見えた。
パッと見、横幅は2m越え。高さは1mといったところだろうか。
「ああ、典人さま、これは白葉ちゃんが妖力で創り出してくれた繭玉なんですよ」
「繭玉?」
『糸取り狢』の射鳥にそう言われてよく見てみれば、卵の殻のような硬質的な質感ではなく、毛糸をぐるぐる巻きにしたようなフカフカとしているような感じを与える質感をしている気がする。
白い毛玉の様なものがそこに鎮座していた。
「白葉ちゃんに繭玉を精製してもらって絹糸を作ろうとしているんですよ」
『絹狸』の絹姫が更に詳しい事情を説明してくれた。
絹姫自身、妖力で絹の織物を具現化することはできるが、元の世界の能力に近しい白葉ほど効率が良いわけではない。
白葉の場合、絹糸から織りあげるという手間はかかるものの、自由度もあり、また射鳥や『機尋』の千尋、そして絹姫といった機織りに精通しているものもいるため、それぞれが得意な分野に専門化した方が断然効率も品質も良い。
「ええ、これから町に行くようになりますからね。商売が出来るように、その一つとして絹織物はどうかと言う事で、絹糸を大量に作ってくれることになりまして」
傍にいた千尋も話に加わってきた。
この考えはこれから先を見越しての行動である。
「にしても、何でこんなあまり使ってない場所の部屋でやってるの? もっと服飾の作業をしている部屋に近い部屋でやればいいのに。あそこにも空き部屋ならいっぱいあるでしょ?」
そう、この砦はかなり大きいので、部屋数は一人一部屋使っても、まだまだ空き部屋は十分に余っている。
危険な実験をしているという訳でもないのだから、何もわざわざ普段立ち入らないような場所で作業する必要はないはずだ。
「ええ、ありますけど、なんでも白葉ちゃんがここが気に入ったそうで」
「ふーん」
典人が絹姫の話を聞きながら記憶を辿る。
一説によると蚕は繭玉を造る際、幾つもある仕切られた小部屋の中で、自分の気に入った場所を見つけそこで繭玉になるのだという。
恐らくはその蚕の性質が白葉にも影響を及ぼしていると考えられる。
「でも、蚕ってできるまでに10日くらいかかるんじゃなかったっけか?」
「よくご存じですね」
「前に小学生の頃、見学で行った所でそんな話を聞いた覚えがあるだけだよ」
「そうでしたか。白葉さんに籠る前に聞いた話だと、蚕に類する妖ですし、蛹になる訳ではないので、妖力で糸を掃き続けて繭玉を作るなら大よそ2日というところだということですよ」
典人が疑問を投げかけると『硯の精』の鈴璃がそれに答えてくれた。
繭玉の大きさが桁違いなので、取れる絹の量も桁違いではあるが。
そんな話をしていると、そのうちに繭玉の上の部分がモゾモゾと動き始める。
そして、糸と糸の間が徐々に解れるように間が空き始め、そこから何者かが姿を現わす。
やがて、それは。
「はあ、暑かったよお!」
「なっ!!」
白い髪に色白の肌。
たくさんの糸の中から出てきたにもかかわらず、白葉は文字通り一糸纏わぬ姿で繭玉から典人の目の前に姿を現した。
それと同時に白葉の女の子特有の汗の香りが、フワリと部屋中に広がっていく。
それもそのはず。 見れば白葉は汗びっしょりで、全身から所々肌を伝って玉のような汗が滴り落ちている。
繭玉の中は一種のサウナ状態だったらしく、全身汗びっしょりで現れた白葉は汗が朝露が落ちるかのようにその白い肌を伝って流れるその様は爽やかな艶を帯びていた。
特に上気した頬から首筋を伝って鎖骨、そして胸元へと流れ落ちる汗の光景は艶めかしくも、繭から誕生した乙女ともいうべき幻想的な光景と相まって実に美しい。
それが正に蛹から羽化した蝶のような生命の神秘の神聖さと、人としての造形での少し乱れた雫なさが婀娜な姿とが折り重なって調和の取れた魅力を醸し出していた。
典人はその神秘的な光景にしばし時間を忘れて呆然と見入っている。
「思わず、絵に残しておきたくなるような幻想的な光景ですね」
「うん」
素直な感想を述べる『画霊』の麗華の言葉に、自然と典人も同意して頷く。
「今日のウイニングショットだな」
そして、やはり当然の如く、目の前に広がる素晴らしい光景はしっかりと心のアルバムに加えることを忘れなかった典人であった。
そうこうしているうちに、繭玉から出た白葉は千尋から用意していたバスタオルを貰い身体に巻き付けていた。
ふと、外に出て身体が冷えたのか、白葉がブルッと身を震わす。
「うっ、ちょっ、ちょっとお花摘みに言ってくる」
そう言うと、白葉がお手洗いに行こうとして、急いで扉へとバスタオルを巻いたままの姿で向かう。
その際、典人の横を通り過ぎたのだが、白葉のフェロモンにでもやられたのか、 典人がちょっと挙動不審になっていた。
「ねえ、これって脱ぎたてってことよね。町もあることだし、▽ルセ▼ショップ的な所に持って行くと高く売れるんじゃないかしら?」
それを見ていた『絡新婦』の紫雲が何かを思いついたといわんばかりに自分の頬に人差し指を艶っぽく這わせながら何やら思案し始めた。
しかも割と本気の表情で。
「そうだねぇ。たっぷり汗つきだしね」
その隣りで『算盤小僧、実は算盤小娘』の珠奇が面白そうに相槌を打つ。
わざとらしく手元は算盤を弾くような仕草をしながら。
果たして、この異世界にブ▲□ラショップ的な店というものがあるかどうかは不明だが。
「……洗うの、止めておきます?」
その隣りでは割と真剣に鈴璃も悩み始めた。
「何の話をしてるんだ?」
「完全変態の話でしょ」
「変態の話か」
「変態の話ですね」
意味が分からない典人の疑問に、『砂ふらし』の砂羅と『オボノヤス』の夜簾補が、煙に巻くように話を流す。
「……とりあえず、洗濯しておきますね」
その横を、そそくさと月世が絹糸を回収すべく、白葉の残していった繭玉の元へと歩み寄っていくのであった。




