第玖拾参巻 気づかわしげ
第玖拾参巻 気づかわしげ
典人が帰ってくる前。
この砦に野盗の集団が襲撃を仕掛けてきて、それを撃滅した次の日から、戦いの痕を隠す意味で、そこそこ大規模な改装工事が、あちらこちらで行なわれ始めていた。
隠蔽工作ともいうが。
そんなこととは露程も知らず、典人が砦の中を歩いていると、あちらこちらで布で覆われた所が目に付く。
それはまるで、工事現場の目隠しのブルーシートのようで、その内側からは作業をしているであろう女の子たちの賑やかな声が聞こえてくる。
ちなみに、この布は『絹狸』の絹姫や『機尋』の千尋が、典人の目から隠すためには工期の時間が無かったので、急遽、妖力によって用意したものであった。
「随分といろいろリフォームしてるね」
「リノベーションと言ってほしいかな。前よりも使い易く、居心地良く、グレードアップしているんだからさ」
金槌を片手に『槍毛長』の陽槍が得意げに力説する。
「でも本当にいきなりだね」
「それはサプライズだよ」
確かに、典人が事実を知れば驚くやびっくり仰天どころでは済まないだろうが。
「なるほ、ど?」
半分くらい納得していないのか、疑問形になりながら、典人は辺りを見ながら歩き回る。
典人が砦の中庭の一廓に差し掛かると、ふと、典人の足が止まった。
「あれっ?」
と、言いながら、鼻を引くつかせるような仕草をする。
「どうしたんだい? 御館様」
一緒についてきていた、『豆狸』の瞑魔が訝しむように尋ねてくる。
「うん、何か砦内の雰囲気が違うような気がするんだけど? 特にこの辺り?」
「何かって?」
「うーん、何とも言えないんだけどさ。空気というか、雰囲気というか、そういうの」
「気のせいじゃないですか? いつも通りですよ」
同じく、案内役に付き添っていた『禅釜尚』の陽泉が話しかける。
「そうかなあ?」
やはり、何となく違和感があるらしく、納得がいっていない様子で典人は首を捻る
「綺麗に片づけたつもりですが、典人様は鈍そうで意外に鋭いところがありますね」
「そうだね」
陽泉が小声で陽槍に話しかけ、陽槍がそれに頷いた。
「んっ? 何か言った?」
「「いえ、何でもありませんよ」それより典人様、是非あちらを見てみてくださいな」
そう言うと、陽泉は典人の手を取り、誤魔化すようにその場から離れ、見せたいという場所に引っ張っていく。
そうしてしばらく歩いていくと、目的の場所へと到着した。
「典人様ぁ、どうですか!?」
陽泉が嬉しそうに弾んだ声を上げて典人に目的の場所を見せる。
「へえ~」
典人も、その景色をみて、感嘆の声を上げていた。
そこには砦の一室から見える場所に砂と大石だけで、海に佇む島や海流の流れ、渦を巻く様子を現した所謂『枯山水』が広がっていた。
その隣にはこの世界に存在する植物をうまく使って、日本庭園風の庭も広がっていた。
よくネットやテレビで外国人の日本ブームの話が出てくるとき「西洋建築風の建物の庭に、日本庭園の枯山水ってどうなんだろうか?」と思っていたが、直にこの目で見て見ると意外とこのミスマッチ感が新鮮で逆にマッチしているように思えた。
この感情はおそらくは自分が日本人だからだということが大きいのだと思う。
そう思うと、ふと、やはり今は還ることが出来ない日本に懐かしさを覚えてしまった。
別に、元の世界の日本でも、自分の周りに枯山水なんてあったわけじゃないけれど、それでも、日本のものだというだけでこんなにも懐かしさがこみ上げてくるのは何故だろうか?
そっと典人の手に手が添えられる。
典人の手からすると小さく柔らかい手だ。
「どうされましたか、典人様?」
見れば、気づかわし気な表情を浮かべた陽泉が、そっと寄り添っていてくれた。
「もしかして元の世界のことを思い出させてしまいましたか?」
「うん、あ、いや、思い出した事には思い出したんだけど、やっぱり落ち着くなあって」
「そうですか。それなら造った甲斐がありましたね」
「なんだろう? こういうのを見ていると、何故かお茶が飲みたくなるね」
隣りで陽泉がクスクスと笑う。
「そう思って、あちらにお茶をご用意してありますよ」
「そのうちに、あの一室に和室と縁側でも作って室内からでも眺めながらお茶を楽しむことが出来るようにしようか」
そう、陽槍が提案する。
「それは良いかんがえですね」
同じく一緒についてきていた『七人みさき』の七女設定であるみさなが、両手を合わせて、その提案に賛同した。
「もしくは東屋というのも趣があって良いですね」
「それじゃあ早速、麗紀に木の調達と、いほらに釘の制作を頼まないとな。鈴璃、麗華、図面を引いてくれないかい」
「分かりました」
「でも、この世界に畳に合う草とかありますかね?」
『硯の精』の鈴璃が了承し、『画霊』の麗華が疑問を投げかける。
「ああ、その辺も麗紀に聞かないとね」
そんな話し合いが行われ始めた少し向こうでは。
「サンヤン♪ サンヤン♪」
「キキ、そんなところで踊らない! 折角、綺麗に整えたのに、崩れちゃうじゃないか!」
踊る『キュウモウ狸』のキキに『虎隠良』の陽虎が注意していた。
だが、時すでに遅く、案の定、キキが踊り出して枯山水の一部を破壊してしまっていた。
「ああ! いわんこっちゃない!」
「スマン、スマンデース」
「もう」
嘆く 陽虎と、全く悪いと思っていないようなキキの声が、澄んだ青空に染みていった。
「典人様どうぞ、お茶請けは御萩です」
『そんな中、そっと、陽泉が、お茶とお茶請けのお菓子を出してくれた。
「ありがとう、陽泉ちゃん」
日本の秋を思わせるような穏やかな気候の中、ゆっくりお茶を味わいながら、一日は過ぎていった。
「平和だなあ」
知らずは典人ばかりなり、である。




