第玖巻 気が大きい!
第玖巻 気が大きい!
牢獄核が室内の高い位置で薄っすらと発光している。
だが、広すぎる空間のため、朧げに見渡せる程度の視界でしかない。
典人たちが近付いてくるのが分かったのか、牢獄核の真下辺りにいた人影は振り返り5人を見て微笑んだように感じられた。
そして、その人影は典人たちの方にむかって歩き始める。
典人たちもその人影、牢獄核に向かって近付いていく。
段々とお互いに距離が近づくにつれて、その容姿が見て取れるようになってきた。
淡い薄紫色の光の下なのではっきりとした事は言えないが、おそらくは茶色の髪の毛であろう、艶のある長めの髪を、首の辺りから一本の三つ編みにまとめて後ろに垂らしている。眼はやや垂れ眼気味ではあるが温和で愛嬌のある顔立ちをしている。多分見た目、典人と同じ位か少し下といった感じだ。
だが、それよりも何よりも、典人はある一点に釘付けになっていた。
(デッ、デカい!)
そう。当目に見ても解るほど胸が大きいのである。
明らかにその上に載っている頭よりも間違いなく大きい。双丘が例えるならスイカかバスケットボールかといわんばかりに着物の胸元を押し上げているのである。その為、歩いてくる度着崩しているわけではないにも関わらず、襟元から胸の谷間が上下して見え隠れしている。
(小豆洗いさんや垢舐めさんも大きいと思ったけど、これは……オッパイお化け? そんなのいたっけ? いたような、いないような? マンガかなんかで見たような)
典人は空間の中央に歩み寄りながら、そんなには詳しくない自分の妖怪や精霊、神などの知識を総動員して探り思考を巡らす。
「……多分そんな妖怪いない」
「そっ、そうか。助かった、ありがとな」
何が助かったのだろうか?
動揺しているせいか、覚の突っ込みに自分の思考が読まれている事に気が付いていないのか、普通に会話を続ける典人。
「絹狸ちゃん、おはよう!」
「ああ、座敷童ちゃん、おはようございます」
「「おはようございます、絹狸さん」」
「おはようございます皆さん」
そんな考えを繰り広げている間にも、お互いに距離の縮まった女の子たちが挨拶を交わしている。
「もしかして、昨夜からずっと、牢獄核を眺めていたんですか?」
「妖力が戻って来るのが感じられるの、嬉しいですものね。私、早速お米出して研いじゃいましたよ」
「いえ、さっきここに来たばかりなんですよ」
傍から見ていても微笑ましい光景で和む。
絹狸の身長は小豆洗いよりは大きいが垢舐めよりは小さいといったところだろうか。その垢舐めも典人よりは少し低い。いずれにしても、典人は身長が175cmなのでこの中では一番大きい。
「絹狸ちゃんか。オレは天神 典人。よろしくね」
典人もその輪の中に入ろうと声を掛ける。
(絹狸って、狸って事は!)
典人の予想と期待の通り、絹狸の頭には狸の耳が可愛らしくチョコンとついていた。
(リアルケモミミ! モフりたい!)
さっきまでは、そのあまりにも巨大すぎる胸に目が釘付けとなって気が付かなかったが、明らかに人の耳とは違う二つの耳がついているのである。
この異世界に準じて魑魅魍魎たちが人化したのであるならば、この世界には獣人が存在するのであろうか?
(すると、さっきは遠目の後姿で見落としたがお尻には狸シッポがついているのか! 是非ともモフりたい!)
先程よりも一段高い気持ちの入り方である。
「……耳よりしっぽ派?」
そこは触れないでおいて上げて頂きたい。それが情けというものであるだろう。
そんな覚の呟きは耳に入らなかったのか、期待? が膨らみ典人は絹狸を凝視してしまう。
「よろしくお願いします、御館様。……あまり、わたしの事は気にしないでください。わたし、自分の由来についての事あまり気に入ってないんです」
「由来?」
思わず凝視してしまったことで、典人のことを拒絶してしまったのかと思ったのだが、どうやらそういうわけではなさそうだが、少し距離を取ろうとしている態度に典人が疑問を抱く。
一瞬考えて後、典人は気が付いたことを率直に尋ねてみた。
「もしかして、上から読んでも下から読んでも『きぬたぬき』っていうのを気にしてるのかな?」
「……いえ、そう言う事では無く……ち……しきの事です」
的外れな典人の言葉に、少し目を丸くしたが、絹狸は言いにくそうにモジモジと応える。その度に巨大な胸が小刻みにふるふると揺れていた。ここまでくると官能的というよりもはや圧巻と言うべきかもしれない。
「えっ? 知識?」
典人はその様子をガン見しつつも、小声でよく聞き取れなかった言葉を聞き返す。
「八畳敷きの事です!」
絹狸は言い淀んでいた言葉を意を決したように言い切った。
「「……」」
言い放った後、絹狸と典人たちの間に、地下空間にも関わらず、一陣の風が吹き抜けたような気がした。何やら唄やら音楽やらの幻聴も聞こえたかもしれない。
典人は後で知ることになるが、『絹狸』は絹生産が盛んだった八丈島に由来する化け狸の妖怪である。
恥ずかしかったのか、絹狸が顔を下に俯かせるのに合わせて、巨大な胸が、ぷるんっと揺れる。それに合わせて角度が付いたことと、両腕で挟む形となった為に寄せて上げての状態となった谷間が強調されて凄い事になっていた。
(狸……八畳敷き……ああ、男じゃなくて女の子だから、胸に特徴が出たわけね)
典人はしっかりとその素晴らしい光景を捉えつつも、大体の当たりを付ける。ふざけているのか、自然とそういう風になる様に何らかの決まりがあったのかまでは分からない。が、何はともあれである。
(グッジョブ、見事な仕事だ! 昨夜は牢獄核で呼んだヤツに怒りを覚えたけど、今は少しだけ見直したぜ!)
見えない主犯格に讃辞の言葉を心の中で贈る典人なのであった。
(取り敢えずこれは今日のウイニングショットだな)
そして、先ほどの素晴らしい光景はしっかりと心のアルバムに加えることを忘れなかった典人であった。
「あの、そろそろ始めませんか? ご主人様」
おずおずと切り出す小豆洗いの言葉に、ようやくここに来た目的を思い出す典人。
「ああ、そっ、そうだね。それから、絹狸ちゃん、由来はどうあれ、今の絹狸ちゃんは物凄~く魅力的だと思うよ。いろいろと、本当に。だからこれから少しずつゆっくり自信を持っていければいいんじゃないかな」
「!」
絹狸は驚いたように典人に向かって目を見開く。それは内懐を見透かされたような気がしたからだ。まあ実際、典人は絹狸の胸元をガン見していたのだが、それとはまったく微塵も関係無いのだろう。
そんな絹狸の胸の内の動きを他所に、典人はそれだけ言うと『かもめ』の術式の真ん中、牢獄核の真下に立ち、自然体の構えで目を閉じた。
特段、武道を納めているというわけでもない典人だが、その自然体の構えはなかなかどうして、意外にも様になった立ち姿である。
周りにいた5人がその姿に見入る。
典人はゆっくりと深呼吸を数回繰り返すと、目を閉じて静かに呟いた。
「牢獄核」
今度は右手を高々と突き上げて掲げる様な真似はしない。
一日のうちで立て続けに同じ轍を踏みたくないのだろう。
幸い、反応はあった。
集中してみると、心の中で『経凛々(きょうりんりん)の高望み』と『雲外鏡の万華鏡』の緒札が淡く光っているような気がした。
傍から見ている5人からすれば、典人が光に包まれて輝くわけでも、牢獄核が明滅して反応するわけでもない、何のエフェクトも無い、ただ典人が目を閉じて立っているだけの地味な光景であるが、覚が頷いたのを見て他の4人も何かを感じたらしい。黙って典人を見守り続けていた。
(これを使えと言うことなのかな?)
典人はさらに集中してその二枚の緒札を使うような、感覚的にはボタンを押すようなイメージで意識を強くする。
すると、典人の心の中に一巻きの巻物が出現し、その巻物がスクロールして縦書きの内容が左から右に流れて行った。どうでもいいけど巻物がスクロールしてって、自分で思ってて変じゃねぇ? などとどうでもいい事を考えてしまう典人であった。
(なんと! スリーサイズまで載っている親切設計! ……なんて訳ないか)
「……」
ふと、典人は右横に気配がして、目を開けて右横を見ると、何時の間にか典人の傍らで覚がジッと典人を見つめているのに気づく。
「なっ、何かな?」
引き攣った笑みを浮かべて問いかける典人。
「……エッチ」
「なっ、だから冗談だって冗談」
「典人お兄ちゃん、何考えてたの?」
反対側からは邪気のない座敷童の質問。
「なっ、何でもないよ。ちょっと、載ってる内容についてね。呼び方だけしか載ってないのが物足りないかなあと。もっと身長とかパーソナルデータがあると良いかなあなんて」
「……ほう」
「ふ~ん?」
覚は下手に隠し立てをしない言い様に感心したように、座敷童は不思議そうに反応した。
再び典人は目を閉じ、巻物に目を通していく。
それ程長くはないが、暫しの静寂の時間が地下の室内の広い空間内に流れる。
初めに名前が載っていたのは座敷童である。
その後は知ってる妖怪やら知らない妖怪やらがどういう順番なのかが分からない並びで流れていく。
(あいうえお順でもないし、いろはにほへと順でもなさそうだし、これは一体どういう順で書かれているんだ? それに『オンボノヤス』? 『せんぽくかんぽく』? 『コボッチ』? 『わいら』? 聞いたこと無いんだけど)
改めて一通り目を通してみると、そこには100人分の魑魅魍魎の名が書かれていたが、典人の知らない名前の妖怪も結構多かった。
まあ、典人は特段妖怪に詳しい訳でも無かったので、仕方のない事ではあるのだが、これではこの先困るだろうと典人は考えた。
そして、眼を開けてから自分の左側にいた座敷童を見て問いかける。
「座敷童ちゃん、今オレは心の中で巻物の様な物に書かれたみんなの呼び名の一覧表みたいなものを見ていたんだけど、その一番初めに座敷童ちゃんが載っているんだよ。これってどういう事か分かるかな?」
「う~ん?」
座敷童は典人に聞かれて首を傾げる。まあ、これだけでは仕方のない事だろう。
「典人様、二番目以降は誰が書かれていましたか?」
垢舐めが横合いから声を掛ける。
「え~っと、確か二番目が『豆狸』、三番目が『倉ぼっこ』、4番目が『砂ふらし』だったかな」
「そうですか……」
聞いた垢舐めを含めて他の女の子も考えはじめる。
「それなら多分、ここに跳ばされて来た順番ではないかと思うのですが」
絹狸が心当たりが有りそうではあるが何処か自信無さ気に横合いから恐る恐ると言ってきた。
「跳ばされてきた順?」
「はい。2番目に跳ばされてきた豆狸さんとは同じ狸の妖として懇意にして頂いているのですが、その豆狸さんがその様なお話をしていました」
「うん、豆狸ちゃんはこのお屋敷に来て最初のお友達!」
「なるほど。ありがとう絹狸ちゃん、座敷童ちゃん」
お礼を言われた絹狸と座敷童は少し嬉しそうだ。
一方、典人はその話を聞きながら、目をつぶったまま何事か考えをまとめている様であった。
「よし! 決めた」
再び目を開けた典人が何かを決心したように声を出す。
「典人様、どうかしましたか?」
「ああ、これから何をしていけばいいか分からなかったけど、初めにやることを決めたよ」
5人を見渡してから、典人は宣言をする。
「面接をします!」




