第捌拾参巻 典人サイド はじめての村 気付き
第捌拾参巻 典人サイド はじめての村 気付き
典人たち一行が、左手に自分たちが出てきた森を見ながら、どこまでも続いているのではないかと思えるような只管に広く広がる平地を歩いていくと、思っていたよりも早くその景色に変化が現れた。
「およっ、あれは!?」
やがて、手を目の上に翳す仕草をしていた『シバカキ』の遥の視線の遠く先に、ポツリポツリと家らしき建物の塊のような影が見え始めてきたのである。
遠目で見てもそれほど建物の数があるわけではなさそうだし、栄えている様子でもなさそうなので、村といってまず間違いはないだろう。
「遥ちゃん、何か見えた?」
「うん、ポツリポツリと家らしきものが見えるから、多分村だね」
『糸取り狢』の射鳥の問いかけに遥は頷いて答えた。
「やったー! やっと村を見つけた!」
それを聞いていた典人が両手を上げて喜びを表現すると、皆からも口々に喜びの声が漏れだす。
自然と全員の足取りも軽くなっていく。
そうして歩いていくごとに近くなっていくその全貌が見えてくると、村中の様子がはっきりしてきた。
第一印象はかなり寂れた感じのする村といった印象を受ける鄙びた村である。
街道沿いとはいえ、恐らくは田舎の小さな集落なのだから、畑がたくさんあったり、家と家との感覚が広かったりしているのは予想していたが、なんというか、晴天にも関わらず生気がないというか暗い雰囲気を受ける。
建物の造りは木で作られた小屋が点在しているだけで、砦のように石造りの建物は見当たらない。
雰囲気は西洋建築風で大きさはそれなりなのではあろうが、唯々簡素な造りの小屋だ。
畑は典人たちはこの世界の季節を知らないが、今まで2か月以上暮らしてきた感覚からすると夏の終わりか秋の始まりくらいではないかと当たりをつけている。
つまりはそろそろ収穫を迎えようとしているはずなのに、実り豊かには見えない。
「どう思います麗紀さん?」
「そうですね。土に元気がないように感じられますね」
隣りを歩いていた『小豆洗い』の梓の問いに『木霊』の麗紀が、 いつものおっとりとした口調の中にも、何処か悲し気に答えを返した。
「ほんと、暗い感じよね。でも雨は降っていたから水は足りていると思うんだけど」
腕を頭の後ろに組みながら『磯姫』の姫埜がなんともつまらなさそうに言う。
「水分というよりも、どうやら養分が足りていないようですね」
『藤原千方』の『水鬼』である千水もそれに同意した。
そうするうちに村の教会であろう、獰猛な動物が棲んでいる森に隣接している割に簡素な柵と門と呼ぶにはいささか心もとない入り口に到着する。
そのころには典人たち一行に気が付いた村の人間が幾人か門の入り口に集まっていた。
見れば、どの人達も痩せていて、服装もボロボロとまでは言わないがどこかくすんでいる。
辺りに、子どもの姿は見当たらない。
恐らくは家の中に隠れさせているのだろう。
(最初から完全に警戒されているなあ。プロの冒険者のゼフトさんが「人買いか?」って聞いてきたくらいだし、人買いとか人攫いとか、普通にいるんだろうな。もしかしなくてもオレ、間違えられている? まあ、連れている子がこれだけ可愛い子ばかりだと、勘違いされても仕方がない、のか?)
典人が一人、心の中で悩んでいると、村人の中からリーダーらしい男が声をかけてきた。
「あんたら何者だ?」
余所者が来たことによる警戒を帯びた誰何の声に、典人たちも相手を刺激しないように一定の距離を取って立ち止まる。
典人の考えは当たらずとも遠からじといったところだ。
警戒するのも仕方のないことだと思う。
何せ、典人以外、皆見目麗しい女の子ばかりとはいえ、その恰好は恐らくこの地域の者とは明らかにかけ離れているであろうことは村人達の服装と見比べてみても明らかだ。
冒険者風でもなければ、旅芸人の一座とも違う。
村人たちが着ている服に比べて上質そうな布地。
どこかの国の民族衣装と当たりを付ければ、その国から逃げてきたという察しが付くのにそう時間はかからない。
近隣の国では見覚えがない。
何処か遠い国。
そんなところから、大した荷物も持たずやってきたように見える。
戦争か? 生活苦か?
生活苦は身なりを見る限り違うと判断できるが、なんにしろ厄介ごとの匂いがするのだろう。
明らかに迷惑そうな表情を浮かべている者もいる。
構えてはいないものの、村人の中には粗末ではあるが農具らしき木の棒をしっかり握っている者もいた。
その様子に然りげ無く『藤原千方』の『金鬼』である千金が典人の隣りに位置を取る。
「すみません。旅の者なのですが、今夜泊まれる場所はないかと探していたらこの村につきまして。できれば一夜の宿をお借りしたいのですが?」
歓迎されていないであろう雰囲気に、恐る恐るといった感じで尋ねる典人。
「「……」」
だが、村人達の反応はどうも鈍い。
しばしの沈黙。
間に気まずい空気が流れそうになったその時
「ハーイ! 只働キデハアリマセーン。魚心アレバ水心アリネ。教エテクレタラ、コレ差シ上ゲマース!」
底抜けに明るい口調で典人の後ろから『キュウモウ狸』のキキが歩み出て、両手に持った、今朝遥が狩ったばかりの血抜きされたイノシシを高々と掲げて見せた。
事前に、警戒を解いてもらえるような方法がないかと話し合った結果、朝に仕留めた獲物を手土産にするのが良いのではないかという結論に達し、一番人当たりの良さそうなキキがタイミングを見て切り出すよう打ち合わせをしていたのである
すると、そのイノシシを見て村人から、微かにどよめきの声が上がった。
どうやら、事前の準備が功を奏したようだ。
何人かの男がヒソヒソと話し合い始めた。
「……まあ、いいだろう。
そうして、村人の中から一人の灰色の髪をした男が、典人たちの数歩前まで歩み出てきた。
「警戒して済まなかった。何分、見ての通りの貧しい村でな。最近、町へと続く街道に野盗の出現が増えていて行商人や旅人が襲撃され、金品や積み荷を奪われたり、命を落としたりする被害が増えてきていてな。村としては警戒しないわけにはいかなかったんだ」
「それなら仕方がないですよ。でもここに来る途中も全然そんな感じはしなかったけど。なあ皆」
典人に声を掛けられた女の子たちはニッコリと微笑みを返すだけだったが、典人はそれを同意ととらえた。
「それにしても野盗ですか?」
「ああ、最近、町と村々の間で増えててな。これだけの別嬪さんたちを連れていてよく無事だったな」
「それなら多分途中まで冒険者の人たちと一緒にいたので、そのおかげかもしれませんね。なあ、みんな」
「そうですね。もう、野盗は現れないかもしれません」
「そうだね。あの人たち急ぎの用って言ってたんでしょ。多分の塔の討伐依頼でも受けていたんじゃないかな」
典人の言葉に千金と射鳥が話を合わせる。
「……そうか。そうだといいんだがな」
(なんか、やっぱりまだ警戒されている感じがするんだけど。少し、いや、かなり気まずい)
典人が目の前の男に警戒を解いてもらえないことに悩んでいると、さらに後ろから近寄ってくる者がいた。
「ほほう、その話が事実であれば有り難い話ですな」
その人物は目の前の男より年嵩の男性で、長い顎鬚を蓄えていた好好爺しかといった感じの老人であった。
恐らくはこの村の長老と言ったところだろう。
「最近、ここいらを荒らしていた野盗達とは別に、大きな野盗の集団が流れてきたという噂が町から来る行商人から耳にしましてな、おかげで訪れる旅の行商人も減り、たまに旅人が来たら来たで、今度は野盗の一味ではないかとビクビクしている次第でな。皆怯えておりまして、ご容赦くだされ」
「あれ? この村に一足先には来ていませんか?」
「いいえ、恐らく野盗の塒を探しているなら森に入ったのでしょう。魔獣もいますし、浅い所ならまだしもある程度奥地になると、我々では踏み入る事さえ難しい場所ですが」
「へえ、流石冒険者!」
改めて、典人は純粋にキラキラとした目で出会った男たち、ゼフトたちに羨望の念を送っていた。
周りの女の子たちはそんな典人を温かく見ているのだが、その微妙なズレには典人は気づくことはなかった。
「あるいは町に戻ったのかもしれませんそちらの方が近い場合もありますから」
「えっ? 町から?」
「おや? あなた方は町から来たのではないのですかな? この道を歩いて来られたのでしょ?」
村の人の視線が少し厳しくなった。
(まずい! この道を森から出た時に反対に行っていれば町に着いていたのか。街なら田舎の村から出て来たとでも言えば何とかなったかもしれないのに。あと、もしかしたら町の方が近かったのか! リッ、リーダーとしての面子が……)
村人の視線を他所に、典人が心の中で冷や汗をかいている間に、『覚』の慧理が一歩前に出る。
「……実はわたしたち、決死の覚悟で森を抜け隣国から逃げてきたの」
上目遣いに男を見ながらおどおどと話す慧理。
「まさか、あんたらヴァレシアス大森林を超えて来たっていうのか?」
「……ええ、まあ。正確には帝国よりもっと遠い国から戦火を逃れてきました。帝国よりも王国の方が安全だと聞いて」
(おっ、おい! それは諸刃の剣なやり方だぞ!)
正気に返った典人は内心焦っていた。
こういう時、下手に細かい事情を話すと逆効果になる恐れが高くなる。
できれば、曖昧に誤魔化しておくのが無難なのだが、慧理は隣の国とか遠い国の情勢とかまで話している。
ただ、他の女の子たちが慧理を止めようとしている様子はないのが気になった。
「「……」」
リーダーらしき男と長老らしき老人は黙って話を聞いている。
(まずいんじゃないか、作り話がバレたとか)
そうして慧理の話を聞き終えると、長老らしき老人の方が顎鬚を撫でながらしばし考えてから口を開いた。
「そうでしたか。帝国を抜けて……同情は致しますが、長く滞在は勧められませんので早いうちに街へ行かれることをお勧めします」
どうやらリーダーらしき男も納得したようだ。
ある程度の警戒心は消えたように見えた。
「……はい。できれば、今夜一晩止まるための場所をお貸しいただきたいのですが」
慧理がそういうと、リーダーらしき男が難しい顔になった。
それを見た慧理が後ろを振り返り、千金に合図を送る。
「御屋形様、これをお使いください」
横合いから千金が、そっとこの世界のお金らしき銀製の貨幣を数枚、懐から差し出して来た。
「どうしたんだよそのお金は?」
典人は疑問に思う。
自分たちはつい最近まで『牢獄核』の結界に囚われていた。
当然、外界との接触はない。
この世界の意思疎通のできる生命体と出会うのも昨日が初めてだ。
なのに何故、この世界のお金らしき物を持っているのだろうか?
もしかすると、やっぱり砦だけに、何処かに軍資金のようなお宝でもあったのだろうか?
「ゼフト殿たちが出発前に昨晩と今朝の食事とお弁当を作りましたので、そのお礼にと」
その答えを千金が口にする。
もちろん、昨日の惨劇の結果であるとは衝撃が強すぎると判断され、口裏合わせをし、典人には伏せたままで。
「へえ、本当に良い人たちだったんだな
典人は銀貨を千金から受け取りながら感心したように言い、リーダーらしき男の元へと歩み寄っていった。
「そうだね。本当に良い獲物たちだったね」
その後ろで遥がボソリと呟く。
「んっ?」
その後無事、典人たちはその日一晩、空いている大き目の物置小屋を借りることが出来た。




