第捌拾壱巻 典人サイド 陰気
第捌拾壱巻 典人サイド 陰気
(何だよ! 何なんだよ、あいつらは一体!?)
森の中から姿を現さず、隠れてじっと野営地の惨状を見続ける野盗の男がいた。
男は日ごろから常に襲撃の際には森の中にあって相手を牽制し、時には逃げる際の足止めをする役を担っていた。
普段なら、他にも何人かは隠れた所から獲物を狙う役が、自分と同じように様子を覗っているのだが、今回は男が一人に後は見目の良い女ばかりという事で、傷を付ける訳にもいかず、男を含め、急遽全員捉える手筈となり、念のためにと数回のコイントスの末で、負けたこの男が、いつものように森の中に身を隠していることになった。
ついさっきまでは今回に関しては損な役回りだと思っていた。
女だらけの歩きでの旅の一団。
しかも、全員上玉ときている。
全員じゃないにしろ、味見は行なわれるはずだ。
だが、この役どころは順番的に後にならざる負えない。
毎回不満を持ち続けていた。
だが、今は違う。
目の前の信じられない惨状に目を疑うしかなかった。
不意討ちをすべく最初に放った矢は闇夜の中、さらに森の木々の暗闇の隙間から射たにもかかわらず、こともなげに手で受け止められてしまった。
信じられない光景だ。
死角から飛んできた矢を素手で握り受け止める。
しかも、熟練の戦士ではない。
幼げな少女がだ!
そんな馬鹿なことがあるものかと思う間もなく、それでも男は反射的にその場から位置を変えていた。
この辺は経験から来るものなのかもしれない。
だが、その後も位置を変えた先から見たものは信じられない光景であった。
可愛いが少し勝気で生意気そうな女は自らの髪の毛を操って仲間の一人を捉え、尚且つその心臓にまとめた髪を突き立てている。
別の女は全身が薄く輝いたと思ったら、他の仲間が自分よりも間近で射た矢を受けても平然としており、あまつさえ自分達、野盗の中で一番の大男が両手で振るった大剣をその身で受け止めても傷一つ負った様子がない。
さらに、自分が最初に矢を放った変わったランタンらしき物を持った少女にも仲間の男は間近で矢を射かけていたが、それすらも手で受け止められあまつさえそれを投げ返されて額に矢を受け絶命している。
(冗談じゃねえぞ! ありゃあ、化け物じゃねえか!)
男の心の叫びは、ある種の正鵠を射ていた。
今は気付かれないように位置を変え、必死になって逃げ出す好機をうかがっている。
あの連中じゃあ、ただ単純に逃げただけではあっさり捕まってしまうであろうことが容易に想像が出来たからだ。
「ちくしょうめ、こうなったら、あの薬で眠っている男を矢で射て、男の怪我に慌てている隙に逃げるしかねえ。どうやら、女たちにとってあの男は相当大切な存在のようだからな」
小声で低く呟いて唾を飲み込む。
離れた所から見ているからこそ分かる。
女たちはあの薬で眠らされている男を守るように配置取り、尚且つこの惨状を作り出している。
ならば、致命傷でなくてもいい。脚にでも当たり動くのに支障が出るようにさえできれば、僅かでも逃げる隙が生まれるかもしれない。
少なくとも、後を追いかけてくるという選択肢は選べなくなるであろうと思った。
そんなかなり自分に都合の良い希望を浮かべながら、野盗の男が弓に矢を番えようと、矢筒から一本やを引き抜いた。
「!?」
次の瞬間。
男は自分の左胸に激痛が走るのを感じていた。
目線を自分の胸元に落とす。
「……」
そこからは黒みがかった長い物が生え突き出ていた。
「なっ!」
それが刃物の切っ先であることに気付くのに一瞬時間が掛かる。
「忠告。そういうことは仕留めてから言うべき。目的が丸分かり」
続いて背後から女の声がした。
漆黒の髪を後ろで一つに束ね、額から一本の角を生やした黒装束の少女。
『藤原千方』の『隠形鬼』である千隠であった。
今回の典人の探索隊の編成に置いて、典人の現在の能力の限界から考えて、同行できると判断された人数は余裕を見て10人とされた。
しかし、表面上同行しているのは9人。
典人は人選を女の子たちに任せていたため、この差に気付いてはいなかったし、阿弥陀くじで決めたことは知っていたので、9人なのはその結果だろうと気にもしていなかった。
何となく自分が力の源を与えていることになるのだから、その与えている人数とか居場所とかを把握していそうなものであるように思えるが、典人も、まだ典人がいうところのレベルが低いせいなのか、陰に潜んで同行している千隠の存在に気付いてはいない。
千隠をはじめ、他の皆もその方が今回は都合が良いと思っていた。
実はこのことも(『算盤小僧改め、算盤小娘』の珠奇によって密かに検証されていた。実に、計算高いと言えよう。
そうして、10人目である千隠は自身の能力の『霞隠潜気』によって陰に潜り典人たちに同行していたのである。
「影が付いているのに御館様に手出しさせはしない」
そういうと千隠は手に持つ漆黒の刀を無慈悲に捻り引き抜く。
「くはっ!」
男は苦痛の呻き声を漏らし、口から血を吐いてその場に崩れ落ちた。
木の影から終息しつつある戦闘の様子を見やりながら、千隠は刀の血を振り払い背中の莢に納めた。
「もう二度と御館様を殺らせはしない」
千隠が呟いた思いは以前、千金が抱いた思いと同じものであった。
「千隠ちゃん、お疲れ!」
少しして、森に入って草むらから狙撃を行なっていた『シバカキ』の遥が現われて、千隠の傍までやってくる。
「これで一段落ついたと思うけど、本当にこのまま影に潜ひそんでて良いの?」
「ええ。まだ何があるかわからない。砦に変えるまでが探索。今回のお役目はあくまで影からの護衛。御館様には姿を見せるつもりはない」
遥かの問いに、迷いない瞳で千隠は答える。
「そっか。まじめだね」
「それじゃあ」
「うん」
「『霞隠潜気』」
遥は千隠が闇の影に沈んだことを見届けると、皆の所へと戻っていく。
そこではちょうど生かして捉えた野盗の男達に対して尋問が行われていた。
「ぬぐぐうっ!」
「むぐう! むぐう!」
おとこたちは恐怖のうめき声をあげているが、『木霊』の麗紀の弦によって猿轡を噛まされているため、たいして声を出すことも、ましてや身動きすることもできずにいた。
眠っている典人を起こさないようにするための配慮ではあるが、これでは尋問もまともにできないのではないかと思ってしまう。
しかし、心を読める『覚』の慧理がいるため、質問さえすれば男達が勝手に心に思い浮かべてくれるので、猿轡を解いて、わざわざ喋らせる必要はない。
慧理の能力『悟り』を使ってこの辺りの情報をあらかた手に入れると、『磯姫』の姫埜が髪の毛で男達の血を抜き取り次々と始末していく。
何とも凄惨な光景にもかかわらず、他の女の子たちも顔色を悪くしている様子もない。
傍から見れば、なまじ幼く愛らしい少女の集団であるため、その光景はより恐ろしく見えただろう。
「大分、騒いでしまいましたが、御館様は起きてしまいましたでしょうか?」
先ほどの惨状には顔色一つ変えなかった『金鬼』の千金が、今は気づかわし気に典人の傍にいた子たちに尋ねている。
「大丈夫だよ。ぐっすり寝てるみたい。あの野盗連中の眠り薬しっかり良い仕事してるみたいだね」
『糸取り狢』の射鳥が寝ている典人の頬をつついて言う。
「……心配ない。典人、エッチな夢の真っ最中」
「慧理ちゃん、夢の仲まで読めるんですか!?」
『覚』の慧理の言葉に『小豆洗い』の梓が感心したように驚き、そのクリッとした目をさらに大きく見開く。
「……冗談。夢は読めない。でも寝顔、穏やか」
「それはなにより。では皆さん、死体の処理をいたしましょうか」
千金が号令をかけ皆が動き始める。
「穴を掘りますからあ、森の栄養になりますので、木の下に埋めてくださいねえ」
なんともこの状況でも、のんびりとした口調で麗紀が指示を出す。
「「は~い」」
皆で死体の処理を行なう最中、ふと遥が何かに気が付く。
「あっ、千隠ちゃん、死体の処理、逃げた」




