第漆拾参巻 逃亡者 意気投合
第漆拾参巻 逃亡者 意気投合
男が一人、暗がりの森の中をひた走っている。
しかし、足場の悪い暗がりの森の中、野盗に偽装して情報を集めていた帝国の諜報部隊の一員の男は砦からの逃走に際して、思うように速度を上げることができずにいた。
諜報部隊に所属する男にとって情報を持ち帰ることは何よりも優先させるべきことである。
待ち伏せしていたと思われる斬糸使いの少女を隊長が牽制している間に一団はバラバラに散らばった。
当然、相手もそれで終わりとは男も思ってはいない。
あの一見すれば愛らしい少女。
しかし、少女風情と侮ることはない。
恐らくは十分な訓練を受けた貴族の配下の手練れだろうことは先の情報と合わせて考えればある程度の察しが付く。
暗殺者か? 密偵か? 影の護衛か?
だとすると当然、あの少女も我々がただの野盗ではないことを薄々感付いているに違いない。
そうなれば、一人で待ち伏せをしていたとは考えにくい。
他の追跡者がいるはずだ。
案の定、追跡者はいた。
恐らく数は二人。
この男とて、厳しい訓練を経て今回の特殊任務に抜擢されている。
その訓練の中には当然、追っ手から逃れるというものもあった。
それは同時に複数人の追跡者から逃れるものも当たり前に含まれる。
走って逃げるのに邪魔になる長剣は早々に捨て、短剣と投げナイフで応戦しながらここまで逃げてきた。
今、追ってきている追跡者はたった二人。
だが、侮りはしない。
当然、連携して仕掛けてくることは予想しているし、その躱し方も訓練されている。
それにもかかわらず、まるで振り切ることができない。
今回の追跡者は恐ろしいほどに息が合っていた。
片方が退く絶妙のタイミングで、もう片方が仕掛けて行く手を邪魔してくる。
距離を空けようとしたが叶わず、接近戦にまで持ち込まれている有様だ。
追っ手の少女のうちの一人が、体勢を低くしゃがみ込み片足で重心を取り、もう片方の足で容赦なく足払いを放ってきた。
当然、そんなことをすれば躱された際、次の行動に移れず、逃げる身としては距離を放す絶好の機会となるのであるが、もう片方が間髪を容れず先回り後、攻撃を仕掛けてくる。
今も、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、それを難なく男は躱す。
こうなれば、逃げる隙ができようものであるが、その直後、背後からもう一人の少女が拳打を叩き込んで来ようとした。
それを避けた直後、体勢を整え更に回り込んだ少女が腰辺りへの蹴りを放ってくる。
次々と連続して次の一手を打ってくるため、その場で足を止めざるを得なくなった。
「こいつ等、女武闘家か」
野盗の男、実際は男たちが帝国と言っている国の諜報部隊の一人は逃げきれないと判断すると、短剣を構え、油断なく迎撃に思考を切り替える。
相手は自分を挟み込むように追尾追撃してきた。
その連携は軍に所属するこの男から見ても見事なもので、自分が追い込まれていることが否応無しに思い知らされる。
このまま逃げ切ることはできないだろう。
(せめて、他の同朋が逃げるくらいの時間を稼がねば)
故に、せめて己が剣を振るうのに有利な場所で相手をしようと位置を取り構えたが、改めて、見た目そっくりな二人の少女に驚きを覚える。
(しかも双子。それは息も合うか)
今までは逃げるのに集中していて、この深い森の闇の中で相手の顔を一人ひとり見比べることなんてしてはいなかったが、暗がりの中でもこうして動きを止めまじまじと見れば、その美しい容姿に目が奪われそうになる。
だが、流石にそんなときと場合ではないだろう。
それ以外にも見えてきたことがある。
この双子の少女は混乱を誘うためか、同じ格好で同じような動きをするが、わずかな違い、一人は足技を、もう一人は拳技を得意としているように感じられた。
それは諜報部隊に所属し、数多くの戦場で敵味方の戦いを目の当たりにして観察眼を鍛えてきたが故の賜物ではあるが、それでこの場を逃げ出すための好転材料と成り得るかは別物である。
一方の『足長手長』の芦那と薙那は落ち着いたもので、無手にも関わらず、短剣を構えた男を怯むことなく冷静に見定めていた。
何故なら、『硯の精』の鈴璃の提案で、備えとして砦に攻め込んでくる連中とは別に、決して戦闘には関わらず情報を集める事を最重要任務とする者がいる可能性を考慮した砦の女の子たちを何人か森に潜ませて、そいつ等の掃討も行なっていたからである。
典人のため、ここいら一帯の安全を確保すべく、情報を与えず、根絶やしにすることを目的とした行動ではあったが。
つまりは端から、野盗の規模の大きさより、その組織力を推測したことが、当人たちの与り知らぬところで、その中に潜む別の組織の思惑をも潰す形となっているわけである。
「ここで決めよう薙那」
「OK 芦那」
(仕掛けて来るっ!)
一人の少女が男に向かって拳を放ってくる。
男は次に来るであろう、もう一人の少女の攻撃に備えて余裕をもって間合いを取り避けた。
ところがである。
「ぐはっ!」
十分なバックステップで距離をあけたにもかかわらず、少女には似つかわしくない強烈な拳打が腹部に入る。
「なんだ! 今、一瞬腕が伸びたように見えたが」
考える暇もなく、左からもう一人の少女が蹴りを放ってくる。
男はかろうじてそれを避け、追撃してくる目の前の女の攻撃を避けつつ左からの蹴りもギリギリで躱す。
だが。
「ぐふっ!」
躱したはずの左からの蹴りをまともにわき腹に食らい、数歩後ろによろめく。
(何故だ!? 間違いなく躱したはずなのに、何故当たる?)
男は一瞬暗がりで野目の錯覚かとかんがえた。
だが、すぐに頭を振るう。
確かに月明かりの届きにくい森の中では視界はより効き難い。
しかし、自分は『暗視』のスキルを持っている。
昼間のようにとはいかないまでも、戦闘に支障がでることはないと断言できた。
それだけの過酷な訓練を潜り抜けてきたという自負もある。
それにも関わらずだ。
さっきから相手の間合いを見誤っている。
(特殊なスキルか)
この世界でスキルを持つ者はある一定以上は存在する。
少ないとはいえるが、珍しいというほどに少ないというほどでもない。
その種類も様々だ。
ただ、その中で有用なスキルとなるとそれなりに限られてくる。
自分が持つ『暗視』はその中でも有用なスキルの一つだ
このような暗がりの森の中では猶更。
だが、相手もスキル持ち。
しかも、双子で。
武闘家で、双子で、スキル持ちが幼き日より訓練を施されたのであれば、見た目の年齢にそぐわず、その練度は相当のもののはず。
(ならば相手のペースはマズいな。ここは!)
男はこの状況を一旦打開すべく二人の少女から間合いを取るためにわざと短剣を大きく振るった。
二人の少女はそれに合わせてか、後ろに跳んで一旦間合いをあけると、さらに大きく後ろに跳躍して木の上に上がる。
芦那は後ろに跳びあがるというより足を延ばす形で。
薙那は頭上に手を文字通り伸ばして捕まり。
それぞれ縮め、太い木の枝に飛び乗った。
そして、挟む位置取りで男を見下ろす。
(なんだあれは!? いくら何でもおかしいだろ)
男は驚愕に大きく目を見開く。
(スキルの域を超えている。まさか魔人族か?)
魔人族。
ゴブリンやオークなどとは別のさらに知性のある種族ではあるが、地域によってはひとくくりにする所もある。
獣人族などと同じく、人族とは似て非なる進化を遂げた種族。
魔人族とひとくくりにはしているが、獣人族同様、多種多様で、更にいくつもの種族に分かれる。
その特徴も多種多様で、魔力が豊富だったり、力が強かったり、中には翼もなく空を飛ぶものさえいるという。
外見も様々で、うろこがあったり、角があったり、肌の色が人とはまるで違っていた李、個性的なものが多い。
人族とも混血は可能だが、血が薄くなり、見た目が人族に近くなれば近くなるほど、そのスキルとも言うべき力は薄くなる傾向にあるという。
目の前にいる少女たちは外見上全くの人族と変わりがない。
この世界にしてみれば、露出度も高く、ピッタリとフィットした服装をしているため、よりそう思える。
しかし、手や足が自身の背丈ほども伸びるスキルなど、軍の諜報部隊に所属する自分でさえ聞いたことがない。
となれば、やはり多種多様な種族が存在するという魔人族と考えた方が、納得はしやすいだろう。
「右か? 左か? 前か? 後ろか?」
短剣を構えなおすと、軽く腰を落とし次の攻撃に備える。
一拍おいて。
(来る!)
二人の少女が同時に地面に降り立ち、男の周囲を一定の距離を空けて走り回り始めた。
男はいつ仕掛けてくるかと油断なく目を二人に走らせる。
素早く一人の少女が正面から迫ってきた。
男は向かってくる少女の心臓目掛けて短剣を突き出す。
だが、それは無駄なことであった。
少女はそれをくるりとした動作で躱し、懐に入り込む。
同じタイミングで背後にも気配がした。
「「秘拳『八岐大蛇』!」」
鋭い四連対撃を叩き込んだ。
それは対象を挟んで両側から両手両足でそれぞれが表と裏から四連撃を同じタイミングで打ち込むコンビネーション技。
しかも、対角線上に同時に打ち込むため、逃げ場を失った力が威力が増幅させ内部破壊を生み出す。
正に双子ならではの息の合っていなければ出来ないコンビネーション技であった。
「がはっ!」
打ち込まれた男は口から血を吐き目を見開いてそのままの状態で地面へと崩れ落ちた。
男を挟んだ位置にいた二人は男が崩れ落ち倒れたことにより、互いの姿を見るとフゥーッと息を付いて姿勢を正す。
「やったね薙那!」
「やったね芦那!」
「「討ち取ったり~い!」」
それからは今までの緊迫感がまるで嘘だったかのように、芦那と薙那はキャーキャーと身体全体で息ピッタリにハイタッチで喜びを表現していた。




