第陸拾参巻 幹部戦 才気煥発 (さいきかんぱつ)
第陸拾巻 才気煥発 (さいきかんぱつ)
一方、こちらでも野盗の男と一人の少女が対峙し、戦闘になろうとしていた。
盗賊の中には身を崩した魔術師も何人か存在している。
ヘーリウスと呼ばれた魔術師。
この男はこの大規模な野盗の集団にあって数少ない魔術使いであった。
更にその中でも幹部にまでなるほどの使い手である。
ヘーリウスは火系統の魔術を使いこなすことが出来る。
魔術を使える人間は一定量世の中に存在しているが、そこまで多い訳では無い。
少しでも使いこなせれば上等。
故にそれだけで才になる。
この男は魔法に高い適性がある、それだけでこの一点に置いても逸材と言っていい存在であり、国から求められてもおかしくない人材であることは疑いようも無かった。
更に魔力量も豊富で、合わせて考えれば、小国などの国によっては宮廷魔術師にあっても序列上位に入る事も可能な存在である。
待遇面においてあらゆることが優遇されるであろう存在。
物、食事、金、女。
それらすべてが自由になるはず。
では何故そんな存在が野盗の幹部に実を窶しているのか?
それはこの男の性格にあった。
火系統の魔術師にありがちで、特に戦いを好む。
それだけ聞くと、戦争を行なっている国などでは重宝されそうに思うが、さらに問題があった。
この男は弱者をいたぶる事を何よりの喜びとしていたのである。
戦時、平時、関係なく。
そのような男の前に立っているのは赤髪を右側でサイドテールにした年のころは12・3歳ほどの少女。
『火取り魔』の灯鞠であった。
「クックックッ、なかなか焼き甲斐のありそうな可愛らしい少女だ」
ヘーリウスは目の前であどけなく無邪気な瞳で自分を見つめている少女を見やって笑みを溢す。
「おじちゃんから、火の臭いがする」
言動も恐怖に囚われたものでは無く、無邪気その物。
「ほう、良く分かったなお嬢ちゃん。褒美に良いモノを見せて上げよう。そして、丸焼きになるといい」
そんな、これから起こる事を何も知らないような少女のあどけない言葉に、最後の方は高揚感からか声が上ずったようになり、杖を構える魔術師風の男。
ただ一瞬、多少感心して驚いたのも事実だ。
自分が魔術師であることは外見を見ればすぐに察しは付くだろう。
だが、光、闇、火、水、土、風、他にもあるが、大まかに分けて主要6系統あるどの系統であるかは見た目では分からないはず。
見た目では分からない魔術師の系統を、自分がよく火系統の魔術師であると、こんな幼い女児が見抜いたものだ。
いや、見抜いたというより、素直な感想を述べただけなのかもしれない。
現にのこのこと自分の目の前に姿をさらしているのだから。
それはまさに愚かな行為。
「我が前に立ちはだかる物を焼き尽くす火の玉となりて飛べ! ファイヤーボール!」
狂気じみた声で呪文を詠唱し、杖を翳せば、その先に男の頭ほどの赤い炎の玉が出現した。
魔術師の男が杖を振るう。
同時に、一直線に灯鞠の脇を物凄い勢いで通り抜けて飛んでいった。
通り過ぎる際、火の玉の孕む熱が灯鞠の頬をかすめる。
そして、その後ろの壁に向かって飛んでいき、激突とともに大きな音が鳴り響く。
壁に衝突した火の玉が炎を壁一面に広げ、夜の暗がりの中に灯鞠の背中からその小柄な身体を照らし出し、同時に熱気と熱風が少女の全身に向かって襲う。
「……」
灯鞠は微動だにせずその場に立ち尽くしている。
「安心しろ。すぐには焼き殺さん。逃げ惑い、泣き叫ぶ姿を見ながら周りを火の海に変えてからじっくりと焼いてやる」
それを恐怖と取り、クツクツと籠る様な嫌な笑みを浮かべながら魔術師の男は再度杖を構える。
「……」
「じっくりと、徐々に時間を掛けて焼け死ぬのは怖かろう。恐ろしくて声も出ないか」
無言で立ち尽くす灯鞠に満足気な表情で饒舌に語るヘーリウス。
「我が前に立ちはだかる物を焼き尽くす火の玉となりて飛べ! ファイヤーボール!」
放つ速度をゆっくりとし、あわよくば少女が辛うじて避けることが出来る位を見計らって火玉を放つ。
しかし、少女は逃げるどころか、その場から一歩も動こうとしないでいる。
(ちっ、避けないのか? 諦めたか? つまらん。それともあまりの恐怖で動く事さえできないか? どちらにしろこれで終わりか。やはりつまらん。まあ、いいか。まだまだ焼き殺し甲斐のありそうな娘は沢山いる様だしな)
少し不満げな感想を浮かべた次の瞬間だった。
『火を貸せ 火を貸せ!』
少女が聞いた事も無い奇妙な言葉で何事かを唱えた。
それと同時にヘーリウスが放ったファイヤーボールが灯鞠の右手へと吸い込まれるかのように掻き消えていく。
(なに! 霧散魔術だと!)
「火魔術を打ち消したのか!? いや、魔術を吸収したのか!」
だが、流石は幹部だけの事はあり、即座に意識を戻し状況を理解していく。
魔術師の男の見立ては正しく、確かに灯鞠は火魔術を打ち消したのではなく、吸収していた。
けれど、ヘーリウスの見立ては少し外れている。
灯鞠の能力は「火」を吸収するものであって、「魔術」を吸収するものではない。
つまりは他の系統の魔術であれば十分通用する可能性がある。
だが、今回は相性が悪かった。
いや、
「偶然じゃないよおじちゃん。おじちゃんからは火の臭いがしてたからね」
「ふざけるな! 我が前に立ちはだかる物を焼き尽くす火の玉となりて飛べ! ファイヤーボール!」
ヘーリウスは激高し、二度三度とファイヤーボールを放つ。
だがしかし、放たれた火の玉は悉く灯鞠の右手へと吸い込まれて行った。
「夜の火遊びはおねしょの元だよおじちゃん」
「ほざけ! 小娘!」
さらに強力な火系統の魔術を放とうと詠唱に入る。
「我が前に立ちはだかるすべての物を焼き尽くす炎の鞭を宿し、坂巻く渦となりて一切を灰と化せ! ファイヤートルネード!」
ヘーリウスが詠唱を終えた途端、灯鞠の周りが炎の渦に飲み込まれた。
その姿が見えなくなり、赤垢と燃え上がる炎の竜巻が舐めるように周囲を煌々と照らし出す。
それはまるで命の輝き。
最後の灯。
「ふははははっ、美しい! これならば、跡形も無く周囲事焼き尽くすぞ!」
その光景に酔いしれるヘーリウス。
ところが。
『火を貸せ 火を貸せ!』
火の中からは相変わらずの無邪気そうな可愛らしい声が聞こえてきた。
「なっ!」
ヘーリウスは目を剥く。
見れば、激しく逆巻く炎の渦は見る見るうちに勢いを失くしていき、その中からは右手を高々と翳した少女が立っている姿が現われた。
「ごちそうさまでした」
パンッと、両手を合わせてペコリと可愛らしい仕草でお辞儀をする灯鞠。
「馬鹿な! オークを一気に何体も屠れる魔術だぞ! それをあんな小娘が!」
驚愕の表情を浮かべるヘーリウス。
とても信じられるものではなかった。
「火っ、の用心~♪」
「ぶっ、おわっ!」
その呆気にとられ呆然としている状態に、灯鞠が 左手から砂を放ち魔術師の男を吹き飛ばす。
「その程度の火力なら余裕だよ」
「舐めるなよ小娘!」
ヘーリウスは砂に吹き飛ばされたものの、素早く身を起こし、すかさずファイヤーボールを放つべく詠唱し始めた。
少女を捉えようと前方に視線を走らす。
「なっ! 消えた!」
だが、そこには少女の姿はなかった。
「ここだよ。おじちゃん♪」
自分の目線の下から声が聞こえる。
と、同時に発動しようとしていたファイヤーボールの魔術が、正確には火が小さくしぼんでいき消えていく。
「なにっ、発動中の魔術にも干渉して吸い取るのか!」
「えいっ!」
「ぶわっ!」
ヘーリウスが驚く間もなく、またも灯鞠の左手から放出された大量の砂に吹き飛ばされる。
(舐めるな! 俺様がただの温室魔術師と一緒だと思うなよ!)
だが、自分の火の魔術が封じられたと認識したヘーリウスの次の行動の切り替えは早かった。
ヘーリウスは懐から装飾の付いた短剣を取り出すと、それを逆手に持ち構えようとする。
その構えは堂に入っており、とても通常の魔術師とは思えないものであった。
戦いの場で魔術師が単独で動き回るのは不用心極まりない事であるはずだが、この男は単独で動いている。
その理由は一人でも並みの兵士であれば相手に出来る程度の近接先頭の腕を持っているとの自負があるからである。
事実、今まで野盗の中に会って幾度の襲撃の際も手下を率いて自ら先頭に立つこともしばしばあった。
これは戦場で自ら単独で動き相手の行動を封じてから生かしたままじわりじわりと焼き殺すために培った技術である。
魔術と戦闘。
魔法剣士ではないが、両方をこなせる存在であった。
ヘーリウスは灯鞠に向かって探検を構えたまま体勢を低くして駆け込んでいく。
やはりその動きは魔術師らしからぬ俊敏な動きだ。
「えいっ! えいっ!」
灯鞠も慌てて左手を翳し、砂を放出する。
「何度も同じ手を食らうか!」
叫び、砂の噴出の軌道を2度3度と避け、灯鞠へと迫っていく。
(まずは太腿を)
ヘーリウスが灯鞠の動きを封じるべく、足に狙いを定めたその瞬間。
「ぐはっ!」
頭上から背中に向かって何かが落ちて来た。
それはヘーリウスの背中を貫き。
腹部からその先端を覗かせていた。
「こ、れはっ!?」
見ればそれは小売りの槍。
氷柱だった。
自分の放った火魔術で照らし出されたそれは血で赤く染まって鈍い光を放ってはいるが、その冷たさに間違いはない。
「馬鹿な! アイスランスだと! 魔力……など感じなかった! …な…ぜ?」
ヘーリウスはその場に倒れ、氷の柱を赤く染めて、息絶えた。
その後ろを見れば、少し離れた所に白い着物を着た青く長い髪のよく似た二人の少女が立っている。
『つらら女』の雪良と『雪女』の淡雪であった。
ヘーリウスは雪良の氷柱で貫かれたのである。
「火の手が上がるのに気が付き来てみれば」
淡雪が不機嫌そうに口を開く。
「あらあら、これは。どうしましょう」
「兎に角消しますわよ」
言葉のわりにあまり慌てた様子の無い雪良の涼やかな口調に、自分たちの住処に火を点けられた淡雪が憤りを隠さずに言う。
「千水ちゃんがいれば、この様な火はすぐに鎮火出来るでしょうね」
「あの子の場合、消すよりも先に建物ごと押し流してしまいますわ」
「あらあら淡雪ちゃん、そんなこと言ってはいけませんわよ。最近では水の制御も上達したそうですし」
「大体、水ならわたしだって雪でも氷でも出せますわ」
「わたしたちですと溶かすのに時間が掛かってしまいますよ」
「火なら、キキさんでも射鳥ちゃんでもいるから問題ないですわ」
見た目がよく似た二人にも拘らず性格は随分と違うようで、しかしそれでもしっかりと火の消火には当たっていく。
「要は御主人様が心配なんですね」
クスクスと上品に口元に手を当てて楽しげに笑う雪良
「なっ! そんな訳有りませんわ!」
その言葉を慌てて否定する淡雪。
「ツンクウデレ! 姫埜ちゃんもいるからツンが多いとご主人さまが大変だよ」
そこに、灯鞠も参戦して来た。
「何を!」
その言葉に抗議の声を上げようと灯鞠の方を向く淡雪に対して、
「わたしも手伝う!」
そういうと、すかさず燃え盛る炎の方へと近付いて行き『火を貸せ 火を貸せ!』と唱えながら右手で炎を吸収していき、左手で砂を噴射する様に巻いていき火の消火に当たっていった。
「もう!」
「さあさあ、はやく消してしまいましょうね」
「分かってますわよ」
灯鞠のその行動と、雪良の言葉に、一つ大きな溜め息を付いて再び火の消火に当たっていく淡雪。
今まで殺し合いが行なわれ、尚且つ、現在火が燃え盛っているにも拘らず、何処か気の抜けたやり取りであった。




