第陸拾弐巻 幹部戦 一団和気 (いちだんのわき)
第陸拾弐巻 幹部戦 一団和気 (いちだんのわき)
場面は砦に戻り。
野盗の幹部の一人、鍛え上げられた褐色の体躯に綺麗に刈り揃えられた黒い髪の毛の男、テムザは手下たちの様子を見るのを兼ねて砦の中心方向へと走っている。
今回の襲撃は頭領のガズルと共に、手下どもが砦に侵入するのを見てから、あとより悠然と砦へと入る手筈となっていた。
手下の偵察の結果、廃砦には女性しかおらず、それも全て見目麗しい者ばかりであるという。
あからさまに怪しい状況に罠を警戒し、頭領の指示の元、しばらく監視をすることになったが、やはり男の気配はないとの報告が上がった。
テムザも腕っぷしだけの考えのない男ではない。
いざ、襲撃となった段階において、今回、ただ単に目に付いた人間を皆殺しにし、砦を征圧するというものではなく、砦内にいる女共を生け捕りにしなければならない。
頭領のガズルや同じ幹部の魔術師ヘーリウスは特に破壊を好むため潜入には向かない。
故に普段であれば先頭を切って攻撃を仕掛ける頭領が最後に砦に入ることになっていた。
当初はいつものように頭領が獲物に一撃を与え、後から手下共がなだれ込んでいくという頭領の言葉に、手下共が必死になって慌てて頭領を宥めすかして説得している様子は傍から見ていて滑稽ではあった。
頭領とヘーリウスでは老若男女関係無しに問答無用で殺しにかかりかねない。
そう全員が考えたからではあるが、最終的にはテムザが頭領と手下どもの間を取り持って、今回は頭領と自分達幹部は後から悠然と乗り込むことになった。
頭領の巨大な戦斧から繰り出される一撃で砦の門が木っ端微塵となって破壊されていく様を見やりつつ、相変わらずの破壊力だと感心しながら、やはり後から砦入りすることにしたのは正解だったと思う。
それから、土埃の収まりつつある中を砦へと入ってみれば、手下共が楽しんでいるかと思いきや、地面に転がり呻いている姿が目に入ってきた。
その様子を見て、頭領が顔を顰めた後、 遊んで来いとの頭領の指示にそれぞれ散っていく。
もちろん言葉通りではない。
瞬時に状況を見て取った頭領は自分達に砦内にいる強者の始末を指示したのである。
女性ばかりとはいえ、いや、女性ばかりだからこそ、腕の立つ女性の護衛がいても不思議はないだろう。
目の前に立ちはだかった獣人族の少女ではないであろうことは想像に難くない。
恐らくは見張りに残したのであろう。
多少の戦いの心得はあるようだが、あのような小娘を見張りに残さなければならないのであれば戦える者の数は確かに数人しかいないのかもしれない。
「んっ」
男がそう考えながら走っていると、目の前に白い影が行く手を遮るように現れたのが見て取れた。
白い異国の衣装を纏い、髪までも艶やかな白の少女。
『おしら様』の白葉である。
二人はどちらともなく互いに無言で間合いを取って対峙する。
その姿は遠目にはとても対照的に見えた。
肩や白い髪に絹のようなきめ細やかな白い肌を持つ、華奢な身体つきの少女。
対するは狩り揃えられた黒い髪の毛に、いかにも鍛え抜かれた筋肉の持ち主といった感じの、日焼けした褐色のがたいの良い男が自然体の構えで立っている。
その肉体は膨張した筋肉の塊ではなく、研ぎ澄まされたと評するに相応しいものだ。
その男が剣の刃が反り返った曲刀と呼ばれる系統の武器を抜き構えた。
それに合わせて白葉が腰から長さが5・60cm程の二本の棒を取り出す。
その棒の先端にはそれぞれなにやら女性と馬の頭と思われる木彫りの装飾がされていた。
「催紋」
白葉の可憐な唇から紡がれた言葉と同時に、女性の頭部と馬の頭部のような木彫りの飾りの部分が木の棒の側面に移動していき、丁度持ち手のようになる。
(魔道具の武器か?)
野盗の男テムザは思考する。
「人馬一対! 旋棍!」
白葉はその取っ手のようになった部分を逆手に持ち握りなおし構え直す。
「変わった武器だな。面白い!」
テムザがニヤリと笑う。
その場から踏み出し、一瞬にして間合いを詰めていく。
一気に白葉の目の前に迫ると、右手に持った曲刀を右斜め上から左下に向かって振り下ろして来た。
白葉はそれを左手に握った旋棍で受けきる。
すると、すかさず白葉の右側から野盗の男の左足が蹴り込まれてきたのが目に映った。
白葉は咄嗟に右手に持っていた旋棍を構え、こちらの攻撃も凌ぎきった。
男が感心したような表情を浮かべ、更に笑みを濃くし、次々と剣を振るう。
その間にも両足や空いた手から攻撃が飛んで来る。
右からの曲刀の振り抜き。
それを受ければ、くるりと背を向け回り、持ち替えた左手から横薙ぎに曲刀が一閃してくる。
さらにそれを右で受けると、こんどは死角から右の足が蹴り上がってきた。
さながら曲芸のようだ。
豪快に見えて、まるで踊るように攻撃が繰り出される。
それをこちらも舞うかのように白葉は両手に持った二本の旋棍を自在に操り躱していく。
時折旋棍を回転させて一撃入れようと攻撃を仕掛けるが、剣を持っていない方の手で器用にガードされてしまう。
端から見れば、あたかも二人で示し合わせて武闘の演舞を見せているのではないかと言う気にすらさせられる応酬が繰り広げられていた。
やがて同時に距離を取る。
「器用な物だな。見たことのない変わった武器だが貴国の武器か?」
「私の世界のモノですが、私の国のモノではありませんね」
「ん? ……そうか、まあいい」
野盗の男テムザは多少、白葉の返答に疑問を覚えたが、深く考えることを止めた。
この男も基本、頭領と同じく戦いを好んでいる。
派手な破壊と言うよりは互いの命のやり取りに興奮を覚える性質であった。
その性格の故、傭兵稼業をしていたが、とある戦場で上官殺しを行ないその国にいられなくなった。
紆余曲折を経て今の盗賊団の幹部に至る。
「次、行くぞ」
再び互いに距離を詰めはじめた。
左の蹴り。
右からの切り上げ。
さらに右足でのわき腹を狙った一撃。
それを辛うじて白葉が受けきると、左から首をめがけて曲刀を振り戻してくる。
両手の二本の旋棍で辛うじて凌いではいるものの、次第に白葉は防戦一方になっていた。
「舞うような動き。ふん、なかなか良い体捌きだが、その武器、防御に重きを置いているようだな」
その指摘は的を射ていた。
旋棍は武器とは言うが、基本防具に近い。
いや、一説によれば、防具は防具でも実戦用ではなく、訓練用の手を保護して守るための防具であるという説もある。
実際、攻撃力としてはリーチはそれ程長い訳でもなく、持ち手が側面に着いているため振り回して打撃を与えるにしても上手く力が伝わらずあまり威力が乗らない。
防御にしても、同じ理由で、側面に持ち手がある為、固定するのに安定せず、取り扱いが非常に難しいものとなっている。
テムザはこの戦いの短い間に始めてみる異形の武器にその特性を見抜いていた。
侵入してきたの等の男共の数に対して、砦の女の子たちの数が少ないため駆り出されてはいるが、元々『おしら様』は戦いに関わる系統の神や妖の類ではない。
偏に、巡り合わせが悪かった。
致し方がないのではあるが、この局面においては不利な状況に、徐々に白葉は追い込まれている。
これが、並みの野盗風情であれば複数人を相手にしても本来のこの砦の女の子たちの基礎能力の高さで十分太刀打ち出来た様ではあるが、目の前に対峙している男は野盗達の頭領の幹部連中の一人である。
相手が悪かった。
「武器を持ち出してきたはいいが、お前、戦った事なんてないだろ? その武器、殺しに来ている相手には向いてないぞ。そういうのを『馬脚を現す』というのだ。覚えておくと言い」
テムザが再び曲刀を構えようとした瞬間。
ドカッ!
「がはっ!」
白葉の目の前の男が急に白葉から見て右側に吹き飛んでいった。
「呼んだ?」
そこには横から男に蹴りを叩きこんだ姿勢のまま、太腿も露わに片足を高々と振り上げた恰好で野盗の男に問いかける『馬の足』の魔埜亜の姿があった。
さらりと茶色のポニーテールが揺れる。
「それにしても、この世界にも『馬脚を現す』って言葉、あるんだね」
急に緊迫感がなくなったかのように、魔埜亜が足を下ろしつつ、コロコロといった感じで白葉に笑顔で話し掛けた
不意の一撃は食らったが、テムザはそれでも瞬時に反応し受け身は取っており、壁に激突し壁は崩れたものの、大したダメージは受けずに済んだように見える。
流石は腐っても野盗でも幹部というべきか、いや、この男の格闘家の気質からして武人と称した方が正解だろう。
「ちぃ! 伏兵には注意してたんだがな。なまったもんだぜ俺も」
その件に関しては突然現れて驚かすことに長けている『馬の足』である魔埜亜に一日の長があったようだ。奇襲という意味ではこれ以上ないアドバンテージとなる特性である。おまけに細身ながら馬にも匹敵する脚力から繰り出される強烈な蹴りの一撃。これが合わさることによって、恐るべき不意討ちになっていたのは間違いない。
だがしかし、野盗の男は悪態は付いたものの、加勢が入った事にはさして文句はない様だ。
崩れた石壁の中から起き出しほこりを払う。
パラパラとがれきが崩れる音がする。
テムザは数歩歩みを進めると、少し切ったであろう口元の血を唾とともに吐き捨て、口元を手の甲で拭う。
続いて白葉と魔埜亜を油断なく視界に捉えていた。
「ちっ、横やりが入りやがったが、異国の武器使いに、こんどは足技使いか、久々に本当に面白い!」
異形の武器を操る少女に、強烈な足技の一撃を放つ少女。
テムザは二人を一度に相手取るべく武器を構えようとした矢先。
グサリ
「ぐあああっ!!!」
テムザのわき腹に鋭い痛みが貫いた。
「呼んだ?」
見れば、そこには『槍毛長』の陽槍が、横合いから野盗の男の横腹に槍を突き刺していた。
赤く長い髪の毛がサラリと揺れる。
「それにしても、この世界にも『横やりが入る』って言い回しがあるんだね。それとも、言葉が通じる時点で似たような言い回しに置き換わっているのかな?」
「ごふっ!」
陽槍が槍を引き抜くとテムザがその場に崩れ落ち息絶える。
実に呆気ない幕切れ。
陽槍がニコリと笑みを浮かべて白葉たちに振り返った。
すると、
「わ~ん、魔埜亜ちゃん、怖かったよお~」
「よしよし、白葉ちゃん、良く頑張ったね。えらいえらい」
必要以上に魔埜亜に引っ付き頬を摺り寄せている白葉の姿が目に飛び込んできた。
「えーっと」
そういえば、『おしら様』に関する伝承には馬を愛し過ぎて馬と人間の娘が夫婦になってしまったという話があったなあと遠い目をしながら陽槍は思い出していた。
「う~ん、嬉々として舞っていて、とても怖がっていた様には思えなかったんだけど」
陽槍は気を取り直して苦笑しつつ、槍に付いた血を祓いながら二人に歩み寄っていく。
「入っているときは人格変わるからね白葉ちゃんは」
「私は陽槍ちゃんと違って、戦闘向きじゃないんだもん。熱い戦闘シーンなんか求められても無理!」
魔埜亜にしっかりと抱きつきつつ、白葉が口をとがらせる。
「よしよし、それでもいろいろと器用だもんね」
それを宥めるようにしながら、魔埜亜が白葉の頭を撫でながら言う。
実際のところ、『おしら様』は養蚕の神、女性や子どもの守り神、馬をはじめとする農耕神、地震や火事などを占う吉凶の神等々多彩な顔を持っている。
その背景には大陸からの伝承との融合という説も唱えられていた。
もしかすると、白葉の武器はその影響を受けていたのかもしれない。
「えーっと、なんか、良かったのかな?この人、野盗にしては随分と正々堂々としてたけど」
それから、ずっとしがみ付いている白葉の背中を撫でながら魔埜亜が、野盗の男の亡骸を見て少しだけ申し訳なさそうに口にした。
「それこそ、格闘の試合じゃないからね。これは戦だよ」
そんな魔埜亜の言葉に、陽槍があっさりとした口調で言い切った。
「それもそうだね」
「自業自得だもん!」
「そうそう」
三人ともあっさりと納得したようで、他の場所を見回る為、一先ず、その場を後にした。




