第陸拾壱巻 気迫十分・後 逃がす気なし
第陸拾壱巻 気迫十分・後 逃がす気なし
『藤原千方の鬼』の『火鬼』である千火と『風鬼』である千風により、野盗のアジトの砦前が火の海と化している。
それどころか、千風の『風颯破気』が、砦の門を破壊し、千火が放った炎を巻き込んで砦の内側へと襲い掛かっていった。
すぐに砦内から飛び出してきた男達や大技に巻き込まれて大けがをして逃げ惑う男たちなどでその場は騒然となる。
流石は大規模な野盗のアジトというべきか、大多数が出払っているとはいえ、まだかなりの人数が残っていた。
そこに奇襲に参加した半分、『古籠火』の呼炉、『橋姫』の姫刃、千火、千風、それに今回の奇襲を指揮する『紅葉』の藻美慈が突入し、切り込んでいく。
そんな中、野盗のアジトらしく正面入り口だけでなく、逃げ道も当然存在していた。
中には気づかれないように砦からの脱出を試みる輩も当然存在する。
「一体どうなっていやがんだ!」
「バカ! 静かにしろ」
叫ぶ一人の男を他の男が小声で黙らせる。
折角正面で混乱している奴らを囮にして逃げ出そうとしているのにこんなところで大声を出されては見つかってしまう。
王国の騎士団か? それとも冒険者ギルドから依頼を受けた高ランク冒険者か? 逃げ出すのに確認なんてしていないが、頭領や幹部が出払って不在のこんな夜中に奇襲を掛けられるとは。
男達の胸中には悪態とともに一刻も早くこの場から逃げ出すことだけが浮かんでいた。
そんな男達の前方から不意に声がかかる。
「悪い子はいないかな? 怠ける子はいないかな?」
同時に森の暗がりの中から、青白い髪をショートボブにし、暑い時期だというのに肩にはボア付のショールの様な物をはおり、足には同じくボア付のレッグウォーマーの様な物を履いた17・8歳くらいの年頃の美しい少女が姿を現した。
『なまはげ』の愛刃である。
「ここには悪い子しかいないねえ」
その隣には異常に胸の大きな獣人族の少女がニコニコと笑いながら愛刃の言葉を茶化している。
『豆狸』の瞑魔であった。
「気分の問題です」
少し恥ずかしそうに顔を赤らめて愛刃が返す。
そのはにかむしぐさがなんとも愛らしい。
「女」
男の一人が呟く。
「殺されたくなかったらそこをどけ!」
だが、すぐに気を取り直し、一人の男が剣を抜き目の前の少女たちを威嚇するために突き付けた。
しかし。
「ぐはっ!」
「殺されたくなかったら?」
その男は突然、横合いから現れた頭の上に赤い帽子を被った15歳くらいの少女に後頭部から斧を叩きこまれて、呆気なく絶命した。
『二口女』の双葉の仕業である。
「ひっ!」
「と、投降する。命だけは助けてくれ!」
そのあまりにも無造作な男の殺され方に、見た目年端も行かない少女たちのようにも思えるにも関わらず、この場にいた男達はかなわないと即座に判断してさっさと降伏を申し出た。
いち早く逃げを打ったり、即座に投降をするなど、この野盗の中にあってはなかなかに目先の利く連中である。
「あたしたち妖よ。人の生き死にに忌避感でもあるとでも?」
「まあまあ、話を聞かせていただけます?」
だが、その態度が不服なのか、斧をパンパンと手で弄んで双葉が男達を牽制するのを、逃げ道の先にいた愛刃が歩み寄りながら諫める。
「ああ、何でも話す。だから」
横合いの斧を構えた赤い帽子の少女よりも、目の前の温和そうな青白い髪の少女の方が交渉できそうだと、一人の男が両手を上げて卑屈な笑顔を向けてくる。
他の男達も両手を上げそれに倣う。
「では、いくつかお尋ねしたいことがあります」
愛刃は見とれるほどの穏やかな微笑と透き通る耳にしみこむような心地良い声で男達に質問を始める。
すでに愛刃の能力の一つである『聞き上手』の術中に嵌っていた。
◇
「冗談じゃねえ! なんなんだよあいつらは!?」
運よく洞窟の隠し穴を使って抜け出すことができた野盗の男の一人が馬に跨り腹を蹴って走りだす。
頭領たちが見つけた大規模な砦を襲い、そこに居ついているという美しい女たちもろとも奪い取る間、このもうすぐ放棄する予定のアジトに置いてある宝の見張りをしているだけの楽な役回りだったはずだ。
こんな隠れた森の中、しかも夜更けに人など来るわけがない。
来たとしても魔物くらいだ。
確かに魔物は脅威だが、アジトにはそれなりの防御も施されている上に他の連中もいる。
「こんなところで死んでたまるかよ!」
野盗の男は少しでもこの場から早く遠ざかろうと、馬の脇腹を足で蹴り速度を速めさせた。
真夜中の暗がりで視界が聞くわけがない。
だが、そんなことお構いなしだ。
馬の背中にしがみつき体勢を低くして、ただ前方だけを見ていれば何とかなる。
男の頭にはそれだけしかなかった。
すると、今まで前方には誰もいなかったはずなのに、一瞬にして人影が現れる。
それは先が幅広の奇妙な形をした道具を肩に担いだ黄色と黒の髪色をした獣人の少女。
『虎隠良』の陽虎である。
馬で逃げようとする野盗の男の前に立ちはだかる陽虎。
そのままでは確実にひかれることになる。
「どけっ!」
それは決して親切心から出た言葉ではない。
ただ単に逃げるのに邪魔だったからだ。
跳ね飛ばせば問題ないにしろ、スピードは落ちてしまう。
それに万が一にもバランスを崩すことになれば落馬してしまうかもしれない。
それでも一刻も早くこの場より遠くに逃げたかった男はそのまま勢いよく目の前に立ちふさがる陽虎に向かって馬を走らせた。
「つれないなあ」
そんな勢いを増して迫る馬を目の前にしたにも関わらず、陽虎は気負いなく体を動かし、肩に担いでいた熊手を振るう(ふる)。
「ぐわああ!」
馬に乗って逃げ出そうとした野盗の男に対して難なく引きずり落としてから再び肩に熊手を担ぎなおした陽虎が男を見下ろしながら言う。
「知ってる? 熊手って元々騎乗の人を引きずり落とすための武器なんだよ、って言っても熊手、知らないか……ありゃりゃ、聞いてないや」
だが、男は落馬した拍子に頭でも打ったのか気を失っているようで陽虎の言葉に反応を返す様子はない。
その間に引きずり下ろした男と入れ違いに『鐙口』の愛実が素早く馬に飛び乗り暴れそうになるのを宥めておとなしくさせた。
「ほ~ら、良い子だね。怖がらなくていいよ。よしよし」
愛実は優しく馬の身体を撫でながらゆっくりと陽虎の元へと常足で歩み寄ってくる。
「さすが、愛実、見事な手際だね」
きお失って倒れている男を熊手でつつきながら陽虎が感心したように述べた。
「おーい、陽虎ちゃん!、お宝持って帰るの手伝って!」
それとほぼ同時に少し離れてしまった砦の方から呼ぶ声が聞こえてくる。
「はーい! それじゃあ愛実、戻ろっか。……コイツ、どうしよう?」
「う~ん、連れて戻っても、とどめを刺しても、どっちでもいいけど」
◇
野盗のアジトの掃討に一段落が付き、女の子全員がアジト内の宝物子らしき場所に集まっていた。
初めに千火と千風が放った大技の影響で盛大に砦を燃やしていた炎も、大分収まり始めている。
「それにしても思ったより馬とか物とか少なかったねえ。女性に至っては一人もいなかったし。その分規模のせいか金目のものは意外とおおかったけど」
悪戯がてら室内を物色するのに慣れている瞑魔がアジト内を一通り見まわった感想を述べる。
「それなんですけれど、どうやら私たちの砦を乗っ取って住み着くためにあらかたのものを売り飛ばすか始末して金に換えたそうです……女性を含めて」
「詳しく聞かせていただけますか、愛刃さん」
「ええ、もちろんです」
藻美慈の促しで、愛刃が話始めた。
愛刃の能力、『聞き上手』によって野盗の男達からある程度の状況を掴むことができ、皆に伝えられる。
結果として捉えられていたであろう女性は一人もいなかった。
自分たちの砦を襲うことで新しく女が大量に手に入ると言う事で、襲撃の数日前に全て売り飛ばしていたそうだ。
「あたしたち新しい子が手に入る予定だったからみたいね」
早々にアジトの探索に出かけた瞑魔と違い、愛刃と共に事情聴取? に参加していた双葉も説明に加わる。
「気の滅入る話ですね」
事の成り行きを聞いて、売り飛ばされたという女性たちの末路を思い愛実が静かに目を伏せた。
「引っ越しの準備をしていたわけだね」
「なんとも気の早いことで」
呼炉と陽虎が互いに顔を見合わせて、あきれたといわんばかりの表情を浮かべ肩を竦める。
「捕らぬ狸の皮算用ってね」
「私はそう簡単に取られたりしないけどねえ」
千火の言葉に典人の能力で判明した、この世界では狸人族と呼ばれるらしい『豆狸』の瞑魔が飄々とした態度で答える。
「失敗することなんて微塵も考えていなかったんだろうなあ」
「まあ、油断させるために文字通り一肌脱いだもんね」
千風の乾燥に姫刃がニヤリと笑い着物の胸元の裾を左手の人差し指でチラリとずらして見せる。
そこは日焼けをしておらず姫刃の元の肌の白さが映え、日焼けの部分とのコントラストがアジトの燃える残り火に照らされて、何とも艶めかしい色気を出していた。
まあ、姫刃の場合、元々日焼け跡の差があったのではあるが。
「大体片が付いたでしょうか」
藻美慈が辺りを見回して言う。
「双葉ちゃんと陽虎ちゃんのおかげで荷物については助かっちゃったね」
「ふふん、まあね」
呼炉の無邪気な賞賛に、双葉が胸を張る頭の上では赤い蝦蟇口のような帽子の辺りから「ケフッ」という音が聞こえた。
「さあて、戦利品を持って帰るとしようかねえ」
陽虎が熊手を担ぎなおす。
「そうですね。皆さん、そろそろ撤収しますよ」
「「はーい」」
藻美慈の号令に、とても大規模な野盗のアジトを奇襲したとは思えないような朗らかなこえで返事を返しながら、皆帰路に就く準備を始めるのであった。




