第陸拾巻 気迫十分・間 士気高揚 ある野盗のアジトにて
第陸拾巻 気迫十分・間 士気高揚 ある野盗のアジトにて
「はあ、今回私、出番がありませんでした」
正面門の前の橋を守っていた『橋姫』の姫刃が、つまらなそうに橋の欄干に座り足をプラプラさせながら太腿に頬杖をつき頬を膨らませて一人不満を漏らしていた。
夜更けの闇の中、少し離れた森の中から、暗がりに紛れ、虫の声が微かに耳に届く。
見上げれば、この世界特有の二つの月が穏やかに浮かんでいた。
一見すれば赤髪に日に焼けた小麦色の肌、頭には3つの炎をあしらった髪飾りに両耳には頭と同じ炎のデザインの耳飾りという派手な外見ではあるが、根は一途で真面目な性格の姫刃。
今回、数の多い野盗をできるだけ逃さないように砦内に誘い込み、『座敷童』のさきらの能力『家内繁栄』による味方の底上げを図って迎え撃つ策のため、『家内繁栄』の効果範囲外のこの砦前の橋は素通りさせることになった。
『橋姫』も橋の範囲内では力を底上げする能力を有しているが、それは『橋姫』である姫刃個人にしか効果がない。
そのことは理解しているが、その能力を活かして逃げ出してくる連中を相手しようにも正門の守護は守りに関して長年の定評のある『牛頭馬頭』の司宇と真宇のコンビである。
二人が討ち漏らすとも思えず。
結論。
折角の荒事にも関わらず、要するに暇なのである。
「さむしろに 衣かたしき 今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫、かあ」
月に向かって静かに呟く。
待つことには慣れているとはいえ、それは愛しい人を待つことであって典人のことであればともかく、これは 種類が違う。
「それじゃあさ、あたしたちと一緒にガイショクに行こうよ!」
そこに突然、正門の方から声がかかる。
見れば、声を掛けてきた『藤原千方』の『火鬼』である千火をはじめとする女の子たちがそこにいた。
「外食?」
それに驚いた様子もなく姫刃がゆっくりと首を向ける。
そろそろ片付くころだし、素通りさせた連中を見た限り大した強者もいなかったはずだ。
なら、打ち上げで火系の妖の子もいるし、森で狩りでもしてバーベキューでもするのだろうかと姫刃は考えた。
「まあ、いいけど」
◇
それから闇夜の森の中を駆けることしばし。
ある岩場の洞窟を利用した人工的に作られた砦の前。
「さて、奇襲と行きましょうか」
森の木々の陰に身を隠しながら様子をうかがっていた 『紅葉』の藻美慈が目線を皆に向ける。
「ここなら多少燃えてもいいよね! いいよね!」
やる気が抑えられないといった様子で千火が藻美慈に聞いてくる。
「ほどほどにお願いしますね。妙な烽火になっても面倒ですから」
千火に尋ねられた藻美慈は苦笑交じりに口元に手を当てながら答えを返す。
今回、藻美慈は野盗の拠点を奇襲するに際し指揮を任されていた
『紅葉』は高貴な身分まで上り詰めていながらその地位を追われ、戸隠山に落ち延びて鬼と化し、その地で山賊にまで身を窶したとされている。
そのため、野盗の動きには精通しているが故の起用である。
「フラグってヤツ?」
「フリってやつじゃない?」
千火と千風が茶化すように言う。
「……理解しているなら加減してくださいね」
「でも、ここなら遠慮しなくても良いんだろ?」
「千水がいれば水責めでもよかったのに」
「呼び水?」
「それもフリ?」
「ほらほら、言葉遊びはそれ位にして、遊ぶならあちらを相手にしてください」
二人のやり取りを制し、藻美慈は再び野盗の拠点の方に視線を戻す。
「では、始めましょうか」
そして、愛刀:小鴉丸を静かに抜き放ち号令をかけた。
◇
「頭からの命令はまだ来ねえのか?」
「ああ、今頃はあっちで女とよろしくやってる頃じゃねえか?」
「なんたって上玉揃いだって話だったしな。俺等のこと、忘れてるんじゃねえのか?」
「まさかな。いくら何でもここにあるお宝を向こうへ移動させねえとなんねえのにそりゃあねえだろ」
「わかんねえぞ。
「ようよう、今のうちに高価そうな物を見繕って俺達だけで帝国か王国にでも逃げちまわねえか?」
「馬鹿言うな、そんなの出来るかよ。もし頭領達に捕まったらただじゃ済まねえぞ。俺は首領が騎士をあの大斧で鎧ごと縦に真っ二つにしたのを見た事があるんだ。あれは酷えなんてもんじゃねえ。あんときゃ、まともに見ちまったせいで、しばらく物を食べても吐き続けてたんだぜ。俺はあんなのはごめんだね」
「じょ、冗談だって。まともに受けんなよな」
「それにしてもいいなあ。俺もあっちに混ざりたかったぜ」
だらけた口調で手ごろな岩に腰を下ろしている男や酒を飲みながら明らかに酔った口調で軽口を叩く男など、見張りと呼ぶにはあまりにもやる気のない光景が広がっている。
それもそのはず。
ここは森の奥深くの隠れた岩場に作られた古びた砦。
加えて森には魔物も存在する。
こんな夜中にこの大規模な野盗の集団のアジトを襲うものなどいるはずもない。
今は殆どが出払っているとはいえ、野盗の男達からしてみれば、いつものアジトの狭さから、外で見張りの役を押し付けられたという感覚でしかなかった。
しかも、出払っている男達は今頃お楽しみの真っ最中である。
やる気が起きようはずもない。
「あ~あ、今頃は女達とよろしくやってやがるんだろうな~。羨ましい限りだぜ」
「そうだな。早く俺も味わいてえぜ」
そこへ。
「そ? そんなに良いモノじゃないとおもうけど」
「向こうと同じ目を味わいたいというなら、同じ目に味わわせて上げるよ」
野盗の男達の矮小な雑談の中、森の暗がりから二人の女の声がした。
「誰だ!?」
だらけていた野盗の男達も不意の声に流石に声のした方向に身構える。
だが、それはすでに遅かった。
視線の先にはいずれも異国の装束を身に纏った美しい女、赤い髪の褐色の千火と、対照的に白い髪の色白の千風が静かに佇んでいる。
だが、千火に至っては盛大に燃やしたくて仕方がないといわんばかりに手をうずうずさせていた
「『火炎放気』!」
「うわあああああっ!」
男たちが反応する前に無数の火玉の雨が砦の門の前、野盗の男達へと降り注いだ。
これだけ見ると危ない人間にしか見えないが、もともと千火は火を扱うことに長けた忍びである。
それもちまちました攻撃法より派手な技を好む。
砦内ではかなり抑えて技を使っていたため、それはそれで技の向上には役に立っていたのだろうが、大分ストレスが溜まっていたようだ。
「『風颯破気』!」
「ぎゃあああああっ!」
そこに、後に続いて千風が大技を放つ。
風の塊が千火の放った炎もろとも巻き込み、砦の門を突き破りアジト内へと襲い掛かっていった。
これだけ見ると危ない人間にしか見えないが、もともと千風は風を扱う……以下同文。
以前砦内で洗濯物の乾燥の際、冗談ぽく危うく火災旋風を起こしそうになったと二人でにこやかに言っていたが、今まさに砦の門の内部では炎の嵐が吹き荒れていた。
「いやあ、戦闘系なのに今回あたしだけ出番なしかと思ったよ。流石に砦内を燃やし過ぎると御屋形様にバレるもんな」
「それは私も同じだよ」
心底スッキリしたといわんばかりの清々しい良い笑顔で二人が目の前の惨状を眺めている。
「千火さん、千風さん、あまりやり過ぎないでください。こういう場所にはさらわれた女性が囚われている可能性が高いですから」
すでに手遅れの気もするが、二人のこの行動に指揮を任されている藻美慈が上品な口調で注意する。
「分かってるって」
「妖力の関係上、これで打ち止めだから。藻美慈は優しいね」
「いえ、その方達を助けて、家まで送り届ければ、謝礼が貰えるかもしれませんし、身分のそれなりの所の場合は更に交渉次第でいろいろ便宜を図ってもらえる可能性もありますので」
「「藻美慈ちゃん、意外と腹黒い」」
楚々としたお淑やかな所作とは裏腹に藻美慈は結構打算的な面がある。
これは元は貴族の娘でありながら野盗の頭へと身を落とした過去の性によるものであろう。
「ねえ千火、これの何処が外食なの?」
姫刃が燃え盛る野盗のアジトと呼んでいる洞窟付近の様子を見ながら千火に問う。
「鎧袖一触、略して鎧触ってね♪」
千火は姫刃の問いにあっけらかんと言ってのけた。
「はあ、まあ、斬殺で憂さ晴らししたい気分だから別に良いけどね」
一度息を吐くと姫刃は名刀・髭切を鞘からスラリと引き抜く。
「草木も眠る丑三つ刻。愛しい人の為、悪縁はこの髭切で断ち切りましょう」
それもまた『橋姫』姫刃の性であった。
「それじゃあ、山砦取りでもしますかね」
千火が刀を肩に担いで軽く言った。
妖力のことを考えると今ので打ち止めだが、千火も千風も忍のルーツともいわれるだけあって刀での戦闘も心得ている。
ちなみに千火が山砦と言ったのは山賊のことである。
「じゃあボク一番乗りね!」
そういうと武器も持たずに『古籠火』の呼炉が燃え盛る砦の入り口に向かって走り出していった。
外見を見ると、上は白いTシャツに下は濃紺のレギンス、足にはハイカットのバッシュを履いた、どう見ても放課後の部活少女が、逃げ惑い混乱している野盗の男達の傍まで駆け寄っていく。
「何だ!?」
「ばあー!」
「どわっ!」
一人の野盗の男の前で飛び上がると、呼炉はいきなり炎を口から野盗の男の顔に向かって吹きかけた。
「あっ、! 私も!」
出遅れたといわんばかりに姫刃も走りだす。
そのあとを千火、千風、藻美慈が続いていった。




