第陸巻 気を持たせる
第陸巻 気を持たせる
「さっきはゴメン。済まなかった」
典人は第一声、100妖? 100鬼?……100人のホールに戻ってきた女の子の前でそう言うと深々と頭を下げた。
女の子たちは動揺したようにざわざわとざわつき出す。
そんな中、一人の女の子が一歩歩み出てくる。
長いウェーブのかかった黒髪の女の子、初めに典人に接触した6人のうちの一人、ろくろ首である。
「御館様、あたしたちは気にしてないよ。もともと、あたしたちの勝手で御館様に迷惑を掛けたんだから、謝らなければならないのはあたしたちの方なんだからね」
会ったばかりの時のおどけた様な態度は無く、ただ真剣に申し訳なさそうに話すろくろ首。
そのろくろ首の発した言葉に女の子全員が頷く。
「有難う」
典人は頭を上げて自然に笑みをこぼす。
「それで、オレ……じゃないにしろ『かごめ』で召喚する事によって一応、牢獄核を動かす事に成功して当面のキミたちの消滅の危機は去ったという事だけど、この先、元の日本に還れる当てはあるのかな?」
その典人の言葉にホール内にいた子たちは一斉に暗い顔を見せる。
「御館様、申し訳ありません。牢獄核からわたしたちに伝えられた事はあまり多くないのです」
小豆洗いが申し訳なさそうに典人に答える。
その傍らには小豆洗いの着物の裾を握りしめた座敷童が心配そうに典人と小豆洗いを交互に見ている。
「はあ、やっぱりね」
つまりは無策である。
何となく予想は付いていた。
妖怪たちは人間から見れば特異な力を持っている。
この中には神と呼ばれるモノもいる様だし、還れる手段があるのなら、はなから全員の力を合わせて人一人を召喚するなんて回りくどい方法を牢獄核が皆に伝えたりはしないだろう。
だとすると、典人がここに来る際に何らかの意味を持たされ送り込まれたことになる。
(それは何だ?)
もう答えは薄々解っていた。
いや、『答え』と言っても本当の正解じゃないかもしれない。
でも、何らかの『鍵』になっている事は間違えないだろうと、典人は確信めいた気持ちを持っていた。
「皆聞いてほしい。オレが気を失っていた時夢……というかどうやら意識の中にいたらしい。その時にここに召喚された際にオレの身体に入ってきた『七つの緒祝い』という御札の事を見せられていたんだ。そこで見た中に『青行燈の呼び声』という御札があったんだけど、オレが昔お爺ちゃんやお婆ちゃんから聞かされた話だと百物語を話し終えると何処からともなく鬼が現れてそこにいる人を何処かへ連れ去ってしまうと聞いたことがあるんだ。その鬼が確か『青行燈』って言ったと思う」
典人の話に皆真剣な表情で聞き入っている。
「オレの予想でしかないんだが、オレの中にある『青行燈の呼び声』の緒札の力を使えばもしかしたら元の日本に還れるかもしれない」
典人のその言葉に聞いていた女の子たちの表情に喜びの色が浮かぶ。
「ただ、どうやらこの『青行燈の呼び声』の緒札を使える様にする為には『百物語』を完成させなければならないみたいなんだ」
「それはどうやって?」
落ち着いた静穏で雪女が典人に問いかけて来る。
「分からない」
典人が首を振る。
即答されて皆が浮かべていた喜びの表情をまた暗いものへと戻してしまう。
「けど、ヒントはある。多分皆も見ていたと思うけど、俺が『牢獄核』の一部を取り込んだ時、心の中で百本ある蝋燭の火の一本が消えた感覚があったんだ」
「それじゃあ」
どうやら、典人の言葉の先を察したようで、小豆洗いがそのクリッとした大きな目を輝かせながら典人を見つめる。
隣にいた座敷童も小豆洗いのその表情を読み取ったのか、期待に満ちた表情を典人に向けていた。
「ああそうだ。どうすればいいかまでは分からないけど、あそこにある『牢獄核』を全て取り込むことが出来れば、オレの心の中の蝋燭の火を全て消すことが出来、『百物語』を完成させたという事になるんじゃないかと思うんだ。そうすることによって『青行燈の呼び声』を発動させることが出来る様になるんじゃないだろうか?」
自分の考えを話終わって、典人は女の子たちを見渡した。
しばらく周りと相談でもしているのか、さわさわとささめく女の子たちの声が聞こえてくる。
するとやがて、その中から一人進み出てくる者がいた。オレンジ、赤、黄の彩りの鮮やかな着物に身を包んだそれでいて楚々とした典人と同じくらいの歳の少女が、典人の前まで歩み出てくる。そして美しい所作で典人に一礼すると口を開いた。
「私は戸隠山の紅葉衆の鬼です」
「紅葉の鬼? あっ、確か中学の頃、校外学習の一環とかで秋の芸術観賞会で見た芝居がそんな話だった様な。確か『もみじがり』だったっけ?」
確かに良く見れば頭の両側に角らしきものが見て取れる。さっきまでなら典人は「それ、かざりなの?」とでも言ってしまいそうだが、今は違う。
「よくご存じで。それで、御館様の話された「百物語」ですが、おそらくは集団による召喚術式や次元の門を空ける術式と考えられてきたものです。我々が執り行った『かごめ』と類似の術式になるでしょう」
紅葉の鬼は良く通るそれでいて涼やかな声で話し始める。
「なあ、今思い付いたんだけど、皆妖力が戻りつつあるんだろ? だったら、それが満タンになるまで待ってから再び『かごめ』をやればいいんじゃないか?」
紅葉の鬼の説明に、典人は頭にふと浮かんだ疑問をストレートに尋ねてみることにする。
その質問に、紅葉は静かな所作で左右に首を振る。
「いいえ、御館様。『かごめ』は次元の門を開き召喚する術式ではありますが、『送る』もしくは『行く』ことはできないのです」
「ふ~ん、一方通行という事か」
「はい。『かもめ』の召喚術式の祝詞の中に「来ると神が術得た」と有ります通り『来る』つまりは『呼ぶ術』なのです」
「なあ、確か『通りゃんせ』も聞こえたんだけど、あれも術式なんだろ? そっちはどうなんだ?」
「『通りゃんせ』は補助術式です。『かもめ』で開いた召喚用の次元の穴に干渉して円滑に召喚できるようにと『牢獄核』の意志が伝えてきました。同じく『通りゃんせ』の補助術式の祝詞の中に「逝きは良い良い 還りは怖い」と言う文言が有りますので、これも一方通行の術式かと」
「正に「行きは良い良い、帰りは怖い」ってことか。ご丁寧何だか何だか」
典人は両手を軽く広げ首をすくめる。
紅葉の鬼もそれに合わせて軽く微笑んだ。口元からわずかに覗く八重歯が愛らしい。
「ですが、伝承でも『百物語』の術式を完成させた事例が殆ど残っていないので定かではありませんが、恐らく『青行燈』はその場にいた者をいずこかへ連れ去ったとの話がつたわっておりますので、小規模なれど、術者側から『行く』ことが可能なのではと考えます」
「『百物語』が術式で、『青行燈』は術式じゃないって事? じゃあ『青行燈』って何?」
新たな疑問が浮かぶ。
「多分ですが『青行燈』は私と同じ鬼女だと聞き及んでおりますので、次元の門の案内役ではないかと」
同じ鬼族だからと言ってすべての鬼を知っている訳ではない。紅葉の鬼としても知っている知識から可能性が有りそうな答えを返す。
「その名を冠する緒札という事は」
少し期待に満ちた声で典人が訪ねる。
「はい。可能性はあるかと」
その言葉に静かに耳を傾けていた女の子たちの間から歓喜の声が上がり、俄かに室内が色めき立つ。
典人も自分の仮説が概ね合っていそうだという事に安心する。
「よし! じゃあ、最終的な目的は『牢獄核』を全部取り込んで『百物語』の術式を完成させて『青行燈の呼び声』の緒札を発動させ、皆で元の日本に還るでいいな!」
その言葉に一気に女の子たちから歓声が上がる。
「皆頼む! オレに力を貸してくれ!」
『「「御館様!」」』
『「「お館さま!」」』
一気に女の子たちの黄色い声が上がる。
その感覚に典人も悪い気はせず、むしろこれだけの美少女に囲まれて声援を一身に受けていることに、一種の高揚感を覚える。
だけどしばらくして、何かコンサート会場の様な熱気に、典人は思わず我に返ってたじろぐ。
そして一気に冷めた頭で冷静に思考してしまう。
(あれ? オレって、こんなにリーダーシップみたいなもんあったかな)
ふと、典人は考えて、そしてとあることに気が付く。
『ぬらりひょんの七光り』
典人の身体の中に入り込んで消えて行った『七つの緒祝い』の一つの緒札。
心の中でこの緒札が淡く光を放っているような気がしていた。
それに気が付いて、典人は少し落ち込む。自分の力では無い事に。
だが、すぐに考え直す。今は何を置いても希望が必要だと
「よし、それじゃあ、方針は決まったし、もう遅い時間の筈だから、詳しい事は明日から考えるとして、今日のところは解散しよう」
多少収拾が付かなくなりつつあるこの場をまとめようと典人が声を掛ける。
一体どのくらいの間、この子たちはこの『牢獄核』の結界内に囚われていたのだろうか?
典人には想像もつかず測り知る事さえできないが、その間徐々に妖力が減って行き回復手段も無いまま時だけが過ぎていく状況は魑魅魍魎からしても恐怖だったのだろう。
その妖力が底を突き、消えてしまいそうな事態から一転、妖力が戻り初め、尚且つ、元の日本に戻れるかも知れない糸口が見えたのであるから喜ぶのは無理からぬことである。
「ええ! あたしたちはこれからが活動時間って子も多いのに。せっかく妖力も戻り始めてきているんだからお祝いに朝まで騒ごうよ」
案の定、ろくろ首が不満の声を上げる。初めの頃の様におどけた感じのそれでいて憎めない態度に戻っている。
「勘弁してくれ。いろいろあり過ぎて頭が付いて行ってないんだよ。フリーズ寸前で眠いんだ」
一段落ついたせいか、急に眠気が襲ってきた。
それもそうだろう。ここ最近の異常気象で猛暑打の酷暑だのと言われる中を、日中歩いていたのだ。十分に休憩も水分も塩分も気にしながら取っていたとはいえ、それなりの日数歩き続けていたのだから、いくら高校生で気力も体力も充実している年齢の典人であっても疲労が蓄積していない訳がない。
それに加えてこの異常事態である。精神的疲労は肉体的疲労に比べて急激に加速する。更に肉体的疲労が有るのなら、それも更に加速させるのである。典人は結構フラフラで足元がおぼつかないのを男の子の意地とプライドと見栄だけで踏み止まっていた。
「ろくろ首ちゃん、無理を言ってはいけませんよ。御館様、何が有る訳でもありませんが、部屋だけは沢山有る様なので良さそうな部屋にご案内いたします」
垢舐めが申し出る。
もしかしたら、典人の薄っぺらい見栄などは当に見透かしているのかもしれないが、そこは垢舐めの優しさなのかおくびにも出さない態度である。
「じゃあ、わたしが案内してあげる! 屋敷のことならわたしに任せて! 小豆洗いちゃんも一緒に行こう」
元気良く座敷童が手を上げる。それから典人の手を引いて部屋を出ようと歩き出した。
家に憑くと言われる座敷童である。この廃砦内のことは隅々まで見ているのであろう。自信たっぷりに歩を進めようとグイグイと典人の腕を引っ張る。その力は座敷童の幼い容姿と小さな体躯に似合わず驚くほど強く、いくら疲れているとはいえ、高校生の典人が意外とあっさり引っ張られていきそうになる。
(今日と言う日がようやく終わる)
「ちょっと待って! 荷物、荷物!」
(そして今日は物凄く疲れた気がする)
慌てて座敷童の行動を制止しようと声を出す典人。
(だから、今は取り敢えず泥の様に眠ろう)
その姿を周りの女の子たちは温かい表情で見ている。
(すべては明日、起きてからだ)