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一所懸命★魑魅魍魎♪  作者: 之園 神楽
第弐鬼 悪戦鬼闘編
57/94

第伍拾漆巻 砦の最上階にて 気に病んでいた事

第伍拾漆巻 侵入者 砦の最上階にて ()に病んでいた事


 砦の最上階。

 屋上に設置された周囲を360度見渡せる物見台の上に、肩を露わにするように着物を着崩した一人の少女がたたずみ、眼下に広がる敷地内の様子を静かに眺めていた。

 少し風が出て来たのか、わずかに少女の黒髪とそこに飾られている赤い玉の髪留め、そして耳に飾られた同じく赤い玉の耳飾りがそよ風に遊ばれるように揺れる。

 その風のおかげだろうか、いつの間にか霧は晴れ、視界が通るようになっていた。

 とは言え、月明かりだけではたかが知れている。

 それでも満月からはかなり欠けるものの、この世界の月は二つあり、その光は地上に落ち辺りを完全な闇の世界からかろうじて救い出していた。

 そして、この少女にとってみればそれで十分である。

 『絡新婦じょろうぐも』の紫雲しうんはわずかに手で頬に纏わり付いた髪の毛を払いのける。

 月明かりに照らされたその仕草は、女性と言うには少し幼いにも関わらず、そのしどけなさが婀娜あだな姿を際立たせていた。

 ふと、微かに風の流れが変わったように感じられ、僅かな羽音とともに背後に人の気配が空から降り立ってきたように現れた。

 紫雲しうんには振り向いて誰かと確認する必要はない。

 代わりに、ツーサイドアップを留めているその艶っぽい瞳と同じ色の二つの赤い玉と流した後ろ髪を二つに束ねている同じく二つの赤い玉がほんの僅かに光を放ったような気がした。

天音あまね、何か用? 天狗のさがとは言え、高い所だからって突き落とすのは勘弁願いたいのだけど」

 振り返らずに背後に降り立った人物に声を掛ける。

 その言葉には答えず、天音あまねと呼ばれた『川天狗かわてんぐ』の少女は紫雲しうんの傍まで歩みより、隣に立ち、紫雲しうんと同じように眼下を見下ろしながら口を開く。

「戦況はどうなっていますか紫雲しうん?」

「何? そんなに男達の様子が気になるの?」

 天音あまねの解り切った質問に、わざと茶化した含みを持たせた言葉で聞き返す紫雲しうん

紫雲しうん! ふざけている場合ですか!」

「ふざけてなんかいないわよ。天音あまねなら修行(・・)をすればすぐに男どもを手玉にとれるようになるわ。わっちが保証してあげるわよ。修行、好きでしょ? なんなら、わっちが指南してあげようか?

 紫雲しうんがその着崩した着物の肩口をより強調するかのように少しずらし、露出させた肩を軽く上げ、妖しく微笑ほほえむ。

「結構です!」

 そんな紫雲しうんの仕草など眼もくれず、天音あまねが間髪入れずきっぱりと言い捨てた。

「そう? ざ~んねん」

 紫雲しうんは少し肩をすくめるような仕草をしてから、その後、表情を変えた。

「概ね順調じゃない? この世界の人間の力量がどれ程のものか分からなかったから、用心のため、妖力の補充が出来なくなるのを警戒してと、さきらちゃんの能力の効果範囲を期待して砦内にまでおびき寄せたけど、所詮は野盗風情といったところかしら。これなら、砦内にまで招き入れる必要、なかったかもね」

 紫雲しうんたちは野盗達が砦の周りを嗅ぎ回っているのを察知した時、野盗の事情に精通している『紅葉もみじ』の藻美慈もみじや『算盤小僧そろばんこぞう改め算盤小娘そろばんこむすめ』の珠奇たまきたちをはじめとする典人のりとのサポートをする女の子たちを交えて密かに対策を話し合っていた。もちろん、典人のりとには内緒にされている。

 その際、この異世界に跳ばされてから新たに得た能力などもある程度お互いに教えあっていた。

 本来は反発しあっている者もいる中で、自分の能力は出来るだけ隠しておきたいと思う者も少なくないであろうが、典人のりとの七つの緒札おふだの一枚である『ぬらりひょんの七光り』の影響か、それとも異世界に合って同郷の者という念からか、皆ある程度は自分の能力について互いに比較的素直に教え合っている。

 そのおかげで、元の集団にとらわれない配置や組み分けなどを行なうことができた。

 その中で配置の大きなかなめの一つが『座敷童』のさきらがこの異世界に飛ばされた際に得た能力の一つ、『家内繁栄かないはんえい』である。 この能力は『()の敷地内にいる身内の基礎能力値を上昇させる』という見た目には分かり難いが極めて重要で効果的なものだった。加えて、さきらは砦内のある程度の状況は把握することが出来るようで、今回のような防衛戦の場合、大変有用な能力となる。

「そうですか。ですが、この異世界にあって、わたし達の力がどのくらい通用するのか解りませんし、どうやら、私たちが新たに得た能力や変化した能力のようにこの世界の住人には元の世界にはない特別な能力が備わっている様ですから、用心に越した事はないでしょう」

 天音あまねは満足そうに頷きながらも苦言を呈する。

「砦内は?」

 視線は眼下に向けたそのままに、こんどは紫雲が天音あまねに聞き返した。

「何人かは多少の強者はいた様ですが、こちらも問題はなさそうな程度のものです」

「そう」

 さして関心を示したようでも無く、紫雲は適当に返事を返す。

 そしてしばらくの沈黙の後、

「でも、わっちが言うのもなんだけど、今回の事、典人のりとに黙ってて、本当に良かったの? 天音あまねの言い分なら包み隠さず話しておいた方が良かったんじゃない?」

 自分自身も、初めから典人のりとに黙って動いていた紫雲であるが、改めて確認する様に天音あまねに問う。

「それは私たちの事についてならという事です。あのような下賎げせんやからの事にまで、御館様の御心をわずらわせる必要はありませんから」

 天音あまねがきっぱり言い切った。

「そうね」

 紫雲もそれに同意する。

 相手の出方を見て備えはしたものの、この異世界に跳ばされて最初の意思疎通の出来るであろうこの世界の住人との接触が、『話し合い』では無く『襲撃』なのである。

 この世界の有りようがある程度知れるというものであろう。

 自衛の為とは言え、相手が武器を持ち襲いかかってくる以上、それ相応の対処をしなければならない。

 紫雲や天音あまねたちからしてみれば、日本でも数百年ほど前以前なら、それなりに見て来たことがある。

 いくさ、一揆、騒乱。

 文字通り、血生臭い光景。

 だが、典人のりとにとってみれば違う。

 現在の日本では現実に見ることのない光景だ。

 その衝撃的な光景が、典人のりとの精神にどのような影響を及ぼすか。

 もちろん、今回は最初からたまたま遭遇した相手が悪かっただけで、ちゃんと『話し合い』の通じる相手は存在するだろう。

 そう思うからこそ、この異世界に『人』が存在することが分かった後、典人を送り出したのだから。

 いずれは避けられないにしても、帰還後の事を考えれば、このような血生臭い事を見せるのは出来る限り避けさせたい。それが叶わぬまでも、できる限り先延ばしにしたいというのが砦にいる魑魅魍魎の女の子たち皆の総意であった。

 二人はまたしばらく黙って眼科の森を見つめている。

 やがて、

「……ねえ、紫雲さん」

「何?」

 徐に天音あまねが口を開いた。

「私は貴女の事を誤解していました」

「へえ」

 紫雲が面白そうにその艶っぽい赤い瞳に興味の色を湛える。

「いっ、今はそうでもありません」

 少し慌てたように天音あまねが取り繕った様に言葉を続ける。

「皆で水着で川遊びをしないかなんて聞いた時、最初は貴女がここまで考えて網を張っているとは思いませんでした。正直、御館様の気分転換のためとはいえ、羽目を外し過ぎていると思っていました。話を聞いてようやく納得しました。……こんな風に、わたしたち妖怪同士も分かり合える時が来るのでしょうか?」

 うまくまとまっていないのか、端的に言葉を繰り出す天音あまね

「無理なんじゃない?」

 それに対して紫雲はこともなげに天音あまねの言葉を否定する。

「なっ!」

 あまりにも素っ気なく言い放った紫雲の言葉に天音あまねは愕然とした表情を浮かべた。

 そんな天音あまねの表情を気にした様子も無く、紫雲は月明かりに照らされただけの薄暗い眼下を見下ろしたまま、言葉を続ける。

「縁の事をよく糸に例える事があるんだけど、ほつれた糸ってのはほどくのにえらい労力と時間がかかるのよ。更に時間が経てば経つ程こんがらがるだけだし」

「それは解ります」

「手っ取り早いのはほつれた部分を断ち切って結びなおすか、根元から取り除いて新たにつなぎなおすのが良いんでしょうけど、結局は痕が残るし、余計な物も出るしね」

「それじゃあ……」

 無理なのかと天音あまねが言おうとした瞬間。

「でも」

 紫雲が天音あまねの方を振り向く。その赤い瞳はいつものあやを含んだ相手を引き込むような光では無く、ただ純粋に真っ直ぐに射貫くような視線を向けて来た。

「えっ?」

 いつにない紫雲の眼差しに、普段はあまり動揺する事のない天音あまねが珍しく戸惑った困惑顔を見せる。

「気付いたなら、ほつれた部分を解くように少しずつ努力すればいいんじゃない? 時間が掛かるし歪みは完全には元には戻りはしないけど、無理矢理繋げ直すよりはそれが一番最終的にはすっきりするとわっちは思うわよ」

「紫雲さん……そうですね」

 戸惑うような表情は一瞬のことで、天音はいつもの穏やかな表情を浮かべて頷いた。

「ねえ、天音あまねってさあ、穏やかな顔をしている割に、お堅いとか言われた事ない?」

「よく、麓毘ろくひに言われますね」

 紫雲に答えてから、そう言えばと天音あまねは思う。紫雲は何処と無く『ろくろ首』の麓毘ろくひに似ているのだと。

 何処どこがどうとは言い切れないが、普段から茶化しているが実際は周りをよく見ているところなんかがそう思えた。

 そのことに気付いた天音あまねは自然と穏やかな笑みを作る。

 そんな二人の間に、微かな風が流れていった。

「「ん?」」

 その直後、不意に風の向きが変わったような気がした。

「さてと、どうやらお出ましのようね」

 何かに気付いたのか、紫雲が妖しくもつやかしい微笑ほほえみを浮かべる。

「そのようですね」

 天音あまねも穏やかな笑みを消しそれに応じる。

「では残党刈りはそちらにお任せします。私は頭らしき奴のいる一団を相手して来ますので」

 バサリと天音が背中の翼を広げて大きく一度羽ばたかせる。

「ええ、蜘蛛の雌はね、事の後、逃げる雄は逃さず食べるのがエチケットなのよ。わっちたちの巣でやりたい放題やりに来て、やり逃げさせて上げる訳ないでしょ」

 紫雲が、その少し幼くも見える要望とは裏腹に、怪しくも艶やかに舌なめずりをした。

「紫雲さん、出来ればもう少し表現方法をなんとかしてくれませんか? 御館様の成長に良くありません」

「無理ね。これがわっちのさがだから。ふふっ。それに典人に何かあれば、わっちたちで面倒見て上げればいいだけじゃない?」

 紫雲がいつもの調子であっけらかんと言ってのける。

「……まったく」

 天音あまねも呆れるように溜め息を付いてはいるが、前に麓毘ろくひが同じような事を言っていたと思い出しつつ、以前までの憤慨ふんがい気味な雰囲気ではなく、仕方ないと言った苦笑交じりの息を漏らしてその言葉に応じる。

 次の瞬間。

 二人は揃って砦の屋上から身を躍らせた。

 二人の少女が、その可憐な姿をこの異世界に輝く二つの月光に照らし出されて夜の中空に身を躍らせて舞う。

 一人の少女は漆黒の鳥の羽を広げて、風を捕まえるかのように力強く羽ばたき、

 もう一人は風に乗るかのように、糸を伸ばしつつ軽やかに。

 砦はその後ろ姿を、静かに見送っていた。

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