第伍拾陸巻 侵入者 負けん気 猫と鼠と狐狸霧中!?
第伍拾陸巻 負けん気 猫と鼠と狐狸霧中!?
ベシッ!
「ぐへっ!」
「跨羽、なんでわたしの周りでチョロチョロする? あっち行け!」
ゲシッ!
「がはっ!」
「鼠のようにチョロチョロしているのは優希の方でしょ。優希こそ、別の所で狩ればいいじゃない!」
ゴキッ!
「ごあっ!」
「むっかー! あんたから噛み千切ろうか」
ザクッ!
「ごふっ!」
「べーだ。この爪で返り討ちだもんねえ」
『旧鼠』の優希と『化け猫』の跨羽は薄くなりつつあるものの霧の中、野盗の男達に向かって、その間を縫うようにあっちこっち動き回っていた。
二人は言い争いをしながらも、敷地内を走り回り、霧によって分散された野盗の男達を見つけては我先にと、蹴りを入れたり、殴りつけたり、その鋭い爪と歯で喉笛を引き裂いたり……と、先を争う様に倒していく。
「何をやっているんだ、あやつらは?」
「賊の退治だと思いますけど」
それを少し離れた所から見ていた『妖狐』の璃菜と『絹狸』の絹姫が、まるで世間話でもするかのような口調で会話している。
「はあ、あれだけ言い争いをしているのだから、離れて行動すればよいものを。まったく不可解な」
「ふふふっ、二人とも仲良しさんですねえ」
「あれがか?」
「ええ、それはとても」
「可愛らしいじゃれ合いじゃないですか」
そこに『オボノヤス』の夜簾補も加わって、目を細めながら眺めている。
「そうかのう? 確か不倶戴天の敵だったような気がするのだがな」
「『喧嘩する程仲が良い』とも言いますよ」
「う~む」
夜簾補の言葉に、璃菜が釈然としないといった感じで首を傾け腕を組んで唸り込む。
何気なく会話をしている様に見えるが、3人に襲いかかろうと近付いてきた野盗の男達は絹姫の手に持つ新体操のクラブのような木の棍棒で殴られ気絶させられていた。
誰が作ったのか、着ている服はレオタードを基調としたデザインとなっているのが、その印象を与えているのだろう。
その動きは鮮やかでまるで演舞をしているかの如く華麗である。
しかも、動くたびに一本の三つ編みにまとめて後ろに垂らしている艶のある茶色の髪と、そのスイカともバスケットボールとも称すべき胸が、縦横無尽に揺れていた。
「まったく、力で押し切るだけが妖だと思われては不愉快だな。ここは一つ妾たちで妖としての真骨頂を見せんとな」
璃菜としては最近の妖怪が力技や飛び道具に偏り頼り切っていることへの不満を口にする。
力技にしろ、搦め手にしろ、どちらにしても全員最終的には生きて返すつもりがないのだから、同じことではないのかとも思わなくもないのだが、どうやら、璃菜の矜恃が許さないらしい。
「頼むぞ夜簾補」
「ええ、任せてください璃菜さん」
夜簾補はそう請け合うと、己の作り出した霧の中へと姿を消していった。
◇
砦の敷地内に入り込んだ野盗の男達は砦の建物に向かうべく歩き出した。
中に入ってからは一気に攻め込むかと思いきや、意外に用心深く、この一団は見つかって騒がれるまでは静かに動こうと、極力音を立てずに行動している。
「何かやたらと霧が濃くなってきやがったな」
「これじゃあ、どっちがどっちだか分かりゃしねえぜ
「早く建物に入って、金目の物と女にご対面といきたいねえ」
だが、所詮は野盗の集まり、砦の敷地内に侵入することがうまく行ったので気が緩んでいるのか、軽口は出始めていた。
「おっ!」
そんな中、野盗の男の一人が前方を見て、何かに気付いたようで短く声を発し立ち止まる。
他の野盗の男達も身構え立ち止まった。
初めに立ち止まった野盗の男の視線を追ってみた先には霧の中、前方に灰色の髪を後頭部で一つに束ねて後ろに流した、年のころは17・8歳といったくらいの美しい少女が、井戸の傍ららしき場所に立っていた。
その少女は突然現れた男達を見て、右手を口元に当て目を開いて驚きのあまり声も出ないといった表情をしている。
すると、しばし硬直していた少女がくるりと身を翻し、霧の中へと走り出した。
「待ちやがれ!」
「俺が初めに見つけたんだ。俺が先だ!」
「ざけんな。早い者勝ちに決まってんだろが!」
野盗の男達は我先にと次々に追いかけ始めて行った。
『オボノヤス』の夜簾補の後を。
◇
野盗の男の一人は逃げた女の後を追って霧の中を走っていた。
不思議な事に、これだけ濃い霧の中を走っているにもかからず、進もうとしている前方は視界が効く様で、足元もしっかり確認することが出来ていた。
だが、周りにはさっきまで一緒に女を追いかけていたはずの他の野盗の男達の姿は一人もいなくなっている。
これからのことを考えての煩悩が勝つせいか、野盗の男はそれを疑問に思わず走り続けている。
いや、何か夢心地のような感覚に囚われており、そういった疑問が浮かんでくることを拒んでいるかのようであった。
やがて、徐々に霧が薄くなってきた。
視界が段々開けていく。
(おっ! いたいたって、違う女? 綺麗な姉ちゃん。何だ、水浴びか。へへへっ、好都合じゃねえか。手間が省けるってもんだ)
男の目線の先。
そこには先ほどの灰色の髪の美少女とは違うが、先程の女にも勝るとも劣らない美しい少女が井戸の傍で素肌も露わに水浴を行なおうとしている光景が広がっていた。
先程の女もそれなりに胸が大きかったが、今、目の枚で水浴びをしている女、というよりまだ少女の域の娘はさらに大きかった。野盗の男が知る中でも最上級と言って良い大きさであろう。
肝心なところは霧のせいか微妙にぼやけているが、そんなのは捕まえて組み伏せてしまえば、今からいくらだって拝めると思えば、涎が出て来そうになる。
冷静に考えれば、こんな時間、こんな霧の中でこの様な状況、不自然以外の何物でもないのだが、野盗の男にはそんな考えが浮かばないのか、フラフラと手を伸ばし歩み寄っていく。
いや、その目はまともに焦点が合っておらず、傍からはどこか夢遊病者のようにも見えた。
そして、その女の前に突然、年老いた老人が剣を構えて立ちはだかった。
だが、その恰好は護衛と言うより、ただの身の回りのお世話役といった感じで、防具などは着けておらず、くたびれた服だけである。
恐らくはあの少女が高貴な身分の娘でこの老いぼれがその従者なのであろうと推測される。
しかも、剣を握る手はこの霧の中でも分かるほど震えていた。
「ちっ、やっぱり男もいやがったか。」
少し冷静になったようで、野盗の男は舌打ちと共にすかさず腰から手斧をを抜き、振りかぶって構える。
それと同時に、いかにも弱々しそうな老人の男が、覚悟を決めたような悲壮な顔で野盗の男へと向かって走り出してきた。
◇
夜簾補を追いかけていた別の野盗の男。
「こっちくんな!」
こちらの野盗の男の目は血走っていた。
女を追ってもう一人の男より先に捕まえようとしたがそこで出会ったのは大きな六本腕の熊の魔物。この世界でアシュランベアと呼ばれる魔物であった。
このアシュランベアなる魔物、力が強く、また動きもそこそこ俊敏なため、退治する際は複数人からなるパーティーをもって臨むのが必然とされていた。
何と運の悪い事か。
いつの間にか後ろは壁になっており逃げ場がない。
いや、不思議な事にボーッとした頭の中には逃げるという選択肢が何故か浮かんでこなかった。
足が震える。
剣を持った手が震える。
それどころか全身が震えるのが分かる。
恐怖に押し潰されそうになるのを必死に堪え、野盗の男は一か八かの賭けに出るべく、腕を振り上げたアシュランベアに向かって剣と共に体当たりよろしく突進していった。
「うおおおおっ!」
◇
「自ら手を下すばかりが戦いではあるまいよ」
璃菜は周りにいた誰に聞かせるでもなく腕を組んで一人ごつ。
晴れた霧の後に残されていたのはあちらこちらで互いに相打ちとなって地面に倒れている複数の野盗の男達であった。
ある者は胸に剣を突き立てられ。
またある者は頭をかち割られ。
そしてある者は互いに刺し違えた状態で
璃菜はその光景を満足そうに眺めている。
モフモフのしっぽも上機嫌に揺れていた。
「あのお、(わたし)が脱ぐ必要、あったんですか?」
胸元を抑えつつ、絹姫がおずおずと璃菜に尋ねる。しかし、なまじ巨大すぎる胸のため、抑えた反動で変形し、溢れんばかりになっている光景は凄いことになっていた。
「幻術には虚実を混ぜるのが基本中の基本であろう?」
「それはそうですけど」
「まあ、今回はリアリティーを追求したが上での過剰サービスだな」
「今、さらっと過剰って言いましたよね、過剰って」
「小さい事を気にするでない。お主も狐狸の端くれであれば懐の大きい所を見せぬか」
「もう十分見せたじゃないですか!」
温和な印象を与える垂れ眼気味な瞳がちょっと涙目になりつつ、絹姫が抗議の声を上げる。
だが、璃菜に意に返した様子はない。
「まあまあ、絹姫ちゃん、見た人間はいなくなったのですから、そんなにお気になさらなくても」
「夜簾補さん、それ、なんのなぐさめにもなってませんよ」
以前ならおどおどとしていた絹姫も随分と皆に馴染んだもんだ。
傍らの絹姫と夜簾補のやり取りを見ながら璃菜は目を細める。
(一番化けたのはこやつかも知れんな)
璃菜は牢獄核の術式を仕組んだ何者かによって、この異世界に跳ばされてきた当初、バラバラだった魑魅魍魎たちを何とか束ねられないだろうかと画策した時期が合った。
それは『妖狐』という日本妖怪でも代表格であるという自負もあったかもしれない。
「同じ穴の狢」というわけではないが、少なくとも同種族であれば、この異常な状況下でまとまれるのではないかと、狐狸の系統の妖に声を掛けていった。
人懐っこい『豆狸』の瞑魔や人の中に混ざる事を好む『宗旦狐』の爽や『キュウモウ狸』のキキなどは比較的声は掛けやすかったが、性格的なものや妖としての性で、元来、臆病だったり、引っ込み思案だったりするものはなかなかまとまらなかったし、今でこそ仲良くしていたり、張り合う程度だが、同種族でも潜在的に派閥争いのある狸系の妖や河童系の妖は典人を召喚するまでまとまることはなかった。
況んや天敵である鼠と猫の『旧鼠』の優希と『化け猫』の跨羽や国津神と天津神系の流れを引く妖ならばをやである。
だが、現在は典人たちが探索の旅から帰って来る前に野盗という外敵を排除するために一つになって行動している。
自負があった分、多少釈然としない思いがあるではないが、こうやって一丸となって事に当たっている様はこれからにおいて望ましい限りである。
「さて、他の所も大方片付いた頃合いだろうて……そろそろか」
夜簾補が自身の妖力で張っていた霧を完全に晴らし、この世界の二つの月が辺りを照らし出し見通しの良くなった夜の月下の元、徐に璃菜は静かに佇む砦の屋上付近を見上げつつ呟いた。




