第伍拾伍巻 侵入者 気を散らす
第伍拾伍巻 気を散らす
砦の一階の一廓。
「ここは……ちっ、広すぎるが、どうやら食堂らしいな」
室内を用心深く覗き込んだ野盗の男達の一人が、舌打ち交じりに吐き捨てる。
「なんだ、ハズレかよ。それじゃあ、お宝や女はいねえか」
つまらなそうに、他の野盗の男が言い捨てた。
「しかたねえ、が、食いもんくらいはあんだろうよ」
「そうだな。腹ごなしでもしてから、別の部屋を探すとするか」
四人の野盗の男達が、期待外れと言わんばかりの表情を浮かべて大食堂の中へと入って来る。
室内は複数の大きな机やそれに付随する椅子が置かれ、辺りからは今夜の夕食だったのだろうか、食欲を刺激するうまそうな香りの残り香が漂っていた。
男達は暗がりの中、奥の部屋、恐らくは調理場であろう場所に向かって歩き出そうとする。
そこに、
「どちら様ですか?」
不意に横合いから声が掛かる。
「うわっ!」
「誰だ!」
驚いた野盗の男の一人が声のした方向に視線を向けると、そこには薄暗い中、かなりこの世界では丈の短い奇抜なメイド服を着た、可愛らしさと美しさの中間といった感じの年頃の少女がいつの間にか佇んでいた。
暗い中でもよく目を凝らしてみれば、その可愛らしい顔の上には冠のような髪飾りが着けられており、その横からは獣、猫の耳らしきものが生えている。
「女!」
「獣人族か。猫人族だな。まあ、見た目は良さそうだ」
「へへ、自分から現れてくれるとはありがてえ。それじゃあ、早速味見をするとしますか」
「食堂だけにってか」
下卑た笑いを漏らす一人の野盗の男。
「運が悪かったなお嬢ちゃん、あきらめな」
他の野盗の男が抜き身の剣をこれ見よがしにことねにちらつかせて、抵抗する名といわんばかりに言い放つ。
「深夜の食堂に何用ですか? 真夜中のつまみ食いは感心しませんね。太りますよ」
ことねはそれを気にした様子も無く、ため息交じりに冷めた視線で男達を見ている。
「つまみ食いはいけませんってよ」
「俺達の身体の心配をしてくれるとは嬉しいねえ」
「安心しな。運動なら、今からたっぷり出来るぜ。俺達とあんたで」
「そうですね。ひい、ふう、み、四人ですか。丁度いいですね。では食堂でダンスと致しましょうか」
男達には聞きなれない言い回しで指を向けてくる少女。
どうやら、その動作から数を数えているようだと判断する。
「へへへっ、複数相手がお望みか」
ことねの言葉をどういう意味か都合よく受け取った男の一人が、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべて自分の腰ひもに手をかけた。
「そりゃあ、頑張らないといけねえな、っと」
その男に応じて言いながら近付こうとしたの等の男の一人の動きが止まる。
ことねを見れば、薄暗い中何処から取り出したのか気が付かなかったが、左手には槍がいつの間にか握られていた。
しかし、その野盗の男も一瞬ピクリとはしたものの、槍を握っているのが、とても可愛らしいメイド少女なので、すぐに舐めた視線へと代わった。
「どこに隠してたんだ?」
「それにしても、メイド服に槍って」
「おおっ、怖い怖い」
一人の男が、わざとらしく両手を広げて肩をすくめる動作をしてみせる。
他の野盗の男達も同じだったのだろう。
男達が、ことねに近づきながら、どうせ碌に振るうこともできやしないだろうと嘲るように笑い声をあげながら言う。
「ええ、現在はこれがわたしの鎧ですので」
その言葉を気にする様子も無く、ことねは穏やかな口調で男達に返した。
そして、僅かに妖しく微笑みながら、頭に着けている五徳のような形のティアラ型の髪飾りを右手で外し持つ。
それは輪っか状の物だった。
その際、止めていた紙が一部はらりと落ち、その髪の毛が一房、頬をなぞって唇に掛かる。
薄暗い中でも、その様は幼さのまだ残る顔に似合わず艶やかさを醸し出し、野盗の男達の中から思わずゴクリという生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「では踊ってください。『五徳チャクラム』」
ことねは静かに声を発すると、右手に持っていた五徳型の髪飾りを野盗の男達に向かって投げた。
牽制の意味だろうか?
思ったよりもゆっくりと野盗の男達へと向かっていく。
だがと言うべきか、やはりというべきか、直線的に投げられた一つの武器では複数の男達にはあまり効果は無かったようで、さして野盗の男達は驚きもせず、やすやすと避けてしまっていた。
そこにフッという音と共に何かが野盗の男の一人に飛んできた。
「おっとあぶねえ……ついでに、よっと」
だがやはり簡単に避けられてしまう。
男の横を通り過ぎたのは銀色に光る細長い物。
針だった。
「奇妙な輪っかで牽制して本命はその吹き矢の針ってか。可愛い顔して結構したたかだな」
ことねの右手には槍同様、いつの間に握られていたのか、吹き矢の筒があり、口元に当てられていた。
「……」
ことねは筒を少し口元からはずし、黙って吹き矢の針を避けたの等の男を見つめる。
「おいたはダメだぜお嬢ちゃん。咥えるなら、もっと良い物を咥えさせてやるからよ」
隣の男が解いた腰ひもをプラプラとさせながら、ことねへとさらに近付いて来る。
「そうそう、次は何を隠し持っているか分からないからな、全部ひんむいて、奥の奥まで隅々調べてやらないとな」
他の男達も追従する。
その時であった。
通り抜け、床へと落ちるだけの筈の その髪飾りは途中で分裂していき、五つの輪となって速度を増し、野盗の男達に再び襲いかかっていった。
「ぐわああっ!」
咄嗟の事で避けきれなかった野盗の男の一人が、五徳チャクラムの一つを背中に深々と受け、絶叫と共に石の床へと倒れ込む。
他の残りの四つもその軌道は直線的では無く分裂する際にそれぞれが軌道を変え、縦横無尽に乱れ飛んでいく。
「変な輪っかが複数に分裂しやがった!? ちっ、こっちが本命だったか」
「どわっ!」
「ひえっ!」
残りの三人の野盗の男達は今までの様子とは一転して、悲鳴を上げつつ身を反らしたり、頭を抱えてしゃがみ込んだりして、襲い来る刃物のような輪を避けた。
ことねはその隙を見逃すはずも無く動き出す。
「『秦王破陣楽』」
そう叫ぶと三人の男達の中央に滑り込み槍を振るう。
舞う様に。
軽やかに。
ことねは4つのチャクラムが乱れ飛ぶ中を気にした様子も無く槍を振るっていた。
また、分裂し、飛び交い続けている残りの4つの『五徳チャクラム』も、まるでことねを避けるかのように飛び交い、逆に三人の野盗の男達に向かって襲いかかっていった。
相手をチャクラムで翻弄しているとはいえ3対1。
槍も辛うじてだが避けられている。
それは三人の中の一人の剣捌きによるところが大きい。
槍の切っ先と五徳チャクラムの不規則な攻撃をかわしつつ、ことねに一撃入れようとすらして来る。
だが、何とかその攻撃から逃れようとしていた男達だが、一人の男、腰ひもを外していた男が、その鋭い槍の切っ先に捕まった。
「がはっ!」
鮮血が飛び散る。
男は胸に槍を受け、呻き声を上げた。
わずかに男の体重が、ことねの持つ槍に掛かる。
ことねは足で蹴り、男に刺さった槍を引き抜こうと右足を浮かしかける。
が、次の瞬間だった。
ことねに向かって何かが飛んで来る。
ことねは咄嗟に槍から手を離し、後ろへと飛びのいた。
その刹那。
ことねのいた場所に銀色の光が刺す。
通り過ぎて行ったものは投擲用のナイフであった。
「やはり、あなたが一番厄介でしたね」
ことねが体勢を立て直してナイフの飛んできた方を見れば、仲間の死体を盾にして残りのチャクラムを無力化した男が、その五つのチャクラムが突き刺さった男の骸を投げ捨てる光景が目に入ってきた。
「大した嬢ちゃんだ」
四人でいた時とは明らかに違う目つきで一歩、ことねに近づく。
「ひっ!」
無手となったことねはその迫力に、怯えたような表情を浮かべて数歩下がる。
それに合わせて野盗の男もジリジリと間合いを詰める。
「ちっ、近付かないで下さい」
男の様子からこの期に及んで身体が目的ではないのは明らかだが、胸の前をギュッと寄せ、ことねはさらに2歩後ろに下がる。
「流石にもう品切れか」
男も追い詰めるようにことねに合わせて2歩前に詰めてきた。
そして目の前まで来ると男は持っていた剣を油断なく振りかぶる。
「……一つ、言い忘れてました」
身体窮まったという様に表情の抜け落ちたことねが口を開く。
言い残した最後の言葉かと男はおもったが、油断してやる気などない男はそのままことねに向かって剣を振り下ろそうとする。
「わたしの五徳チャクラムは七つに分裂するんですが、うち二つは透明で見えにくいんですよ。気を付けてくださいね」
「ぐあああ!!!」
琴音が言い終わると同時に、男は背中に激痛を受け、その場に崩れ落ちる。
手から滑り落ちた剣が石の床に落ち、甲高い音を立てて数度跳ねその音を大食堂内に響かせた。
石造りの床に、血の海が広がっていく。
倒れた男を見れば、その背中には二か所の切り傷があり、そこには赤く血塗られた輪が深々と突き刺さっていた。
「もう一つ言い忘れていました。わたし、猫被るのは得意なんですよ……ああ、言うの遅かったですかね?」
ことねは誰に向けるでもなく悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「わたし、一度に複数の事をしようとするといつも、二つくらいは忘れちゃうんですよねえ。まったく、困った性です」
そう言って溜め息を付く。
その時入口からパタパタと誰かが駆け込んでくる足音がした。
「ことねちゃん!」
ことねが入口の方に目を向けると、入って来たのは『座敷童』のさきらであった。
「さきらちゃん」
さきらを見たことねの表情が思わず緩む。
ことねを見つけたさきらは無邪気に駆け寄ろうとする。
「そっちにいっぱいいっちゃったみたいだけど、だいじょ……」
ところが突然、それまで机の下に隠れて気配を消していた野盗の男の最後の一人が、さきらを捕まえ人質にしてここから逃げようと、さきらに向かって机の下から飛び出してきた。
流石と言うべきか、腐っても野盗の男の気配消しにことねも気付かなかった。と、いうか恐らくは五徳猫の性か、完全に抜け落ちていた。
(冗談じゃねえ。何なんだよあの女は!)
「さきらちゃん!」
目の前に迫る男。
呆然とした表情でそれを見つめるさきら。
ことねの位置からでは間に合いそうにない。
野盗の男の手が、さきらの目の前まで伸びる。
その直前。
「えいっ!」
さきらが気の抜けたような可愛らしい声で叫んだ。
と、次の瞬間。
「ぐはっ!」
突如、何処から湧いて出たのか、野盗の男の頭上から大きな石臼が現われて男を押し潰した。
床に、血の花が咲く。
「あぁ、びっくりした」
目の前に石臼に頭から押し潰され、血みどろで息絶えている男がいるにも関わらず、軽く胸を押さえて、その後は何事もなかったかのように、ことねの元へと笑顔でパタパタと駆け寄っていくさきら。
「大丈夫、ことねちゃん?」
「わたしはだいじょうぶだけど、食堂をよごしちゃった」
「あっ、わたしも汚してしまいました。どうしましょう」
二人して唸りながら悩み始める。
見た目に反して、いや、無邪気さ故か、その光景はより背筋の寒いもののように思われた。




