第伍拾参巻 侵入者 意気消沈
第伍拾参巻 侵入者 意気消沈
二人の男が砦の長い廊下を音をたてぬよう、慎重に進んでいく。
砦に入るまでは霧がかかっており、砦の人間に見つからずに入り込むのは考えていたよりもずっと容易ではあったが、砦の中に入ると寝静まっているのか、廊下には明かりらしい明かりは点いてはいなかった。
寝静まっていることは都合がいいと言えば都合がいいことではあるのだが、そうなると、砦内ではなまじ広いが故、明かりが無ければ行動するのは困難で、ランタンを使わざるを得ず、自分達の人数が多い分、砦の人間に気が付かれず入り込むのも難しかったかもしれない。
だが、幸いなことに外の霧が晴れたのか、二つの月の月明かりが石の廊下の窓から差し込み、行く手を薄っすらと照らし出していた。
(なんとも都合のいいことで。これも月の双子女神エボーナ神とボニーナ神のお導きってか。女神さま方は好き者でいらっしゃる)
先を進む男は身勝手で不信心な考えを浮かべながら、ついているとばかりにニヤリと笑みをつくる。
「ぐひっ」
先頭を歩き、前方の気配を探りつつ慎重に進む男の背後で、興奮しているのか微かだが奇妙な声が上がる。
「馬鹿、静かにしろ」
(ブタかてめえは、お前が好色なのはどうでもいいんだよ!)
男が振り返らずに文句を言う
一度見つかってしまえば仕方がないが、それまでは砦の人間に見つからないように、出来るだけ気配を殺して行動をしようとしているのに、一緒に組むことになった奴がこれじゃあ意味が無い。
舌打ちしたい気持ちをこらえて先に進もうとする。
「かはっ」
だが、後ろの奴はそんな事気にもしていないのか、自分の忠告を無視してまたも妙な声を上げる。
「だから静かにしろって言ってるだろ。気付かれたらどうすんだ」
苛立ち気に後ろを振り返った男の目に飛び込んできたのは、空中で足をジタバタさせている男の下半身だった。
「なっ!?」
男も思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
まあ、それはそうだろう。
振り返ってもせいぜい、すぐそこの女を目前に鼻息荒く興奮を抑えられない不細工な男の間抜け面があるだけだろうと思っていたのに、立っている自分の目線の高さより高い位置に足があるのだ。
一瞬呆けたのち、それでもすぐにそこから視線を上にやると、首元に手をやり苦しそうな表情を浮かべ必死にもがく男と目が合った。
「たはっ……けへって……くれ」
もがきながらも声を出し助けを求める男。
両腕は首元を引っ掻く様に動かしている。
「何だ!?」
今までの慎重な行動はもはや頭の中に無く、男は声を上げる。
「こんな真夜中に何か御用ですか?」
そこへ突如、男に穏やかに澄んだ若い女の声がかかった。
はっとなり、男が吊るされている仲間から少し視線を後ろにずらしたその廊下の先には、メイド服を着た長い髪を一本にまとめ、紐を編み込んだものを肩口から垂らした18歳くらいの薄く笑みを浮かべた表情をした美しい女が、その細くて白い両手に縄の様なものを握りしめ佇んていた。
その縄を視線で辿って行くと天井の梁を通って仲間の男の首に巻き付いている。
(罠か。ちっ、バレてたのかよ!)
野盗の男が心の中で舌打ちし、咄嗟に剣を構えて襲いかかろうとする。
が、突然その背後から、何かが剣に巻き付き、手に持っていた剣を奪い取られた。
「なっ!?」
前方の女に注意を払いつつ、自分たちが進もうとしていた方向、後ろに視線をやれば、そこには前方にいる女と同じメイド服を身に纏い、手には鞭らしきものを構えた冷たい表情と冷たい目をした美女がいた。
思わず背筋がゾクリとする。
『鞭』の薙夢である。
「深夜の来客は歓迎できない」
薙夢が感情の薄い淡々とした口調で言う。その物言いは冷たく感じるが、当の薙夢には自覚は無く、至って自然な対応を相手にしているに過ぎない。
「ですが、折角おこしいただいたのですから、おもてなしをいたしませんと」
その隣には冷たい瞳の美女とは対照的に穏やかな笑みを浮かべたおしとやかそうな美少女が佇んでいる。
『ぶらり火』の佐友理であった。
前方に一人。後方に二人。
いずれもこの世界では珍しい丈の短い際どい官能的なメイド服の妙齢の美少女。
メイド服を拝むなど、数か月前に隣国の公国のお貴族様の屋敷に押し入った時に組み伏せたメイドの時以来だろうか。もっとも、その時のメイドは具合は悪くはなかったものの、これほど若く美しくはなかったが。あの時の貴族屋敷襲撃の一件で自分は公国から追われる事になり、帝国を通り抜けて、現在、この野盗の集団にいる。
美しい女たちに囲まれているとはいえ、明らかに歓迎されている訳では無い。
まあ、歓迎される要素のないことは自分が一番よく知っている。
どう考えても逃すまいと包囲しているに他ならないことは間違いないだろう。
野盗の男は一瞬思考し、目の前で首つりさせられている男の腰に下げられている剣を引き抜き、一人でいる委築に向かって走り出した。
(せっかく逃れて来たんだ。こんな所で捕まってたまるかよ。勿体無いが、殺るしかねえか)
走り出すと同時に、野盗の男は剣を一閃し、もう一人の男が首つりさせられている縄を切る。
ドサッという音と共に吊るされていた男が背後で床に落ちる気配がした。
「がはっ! げほっ、げほっ」
都合よくまだ息があったらしく、後ろで床に落ちた男から咽び咳込む声がする。
そんな男の反応には眼もくれず、さらに委築に向かって躊躇無く斬りかかった。
「良い判断です。仲間を助け……ではなく、捨て石にし、後方を邪魔して血路を開く」
委築はニコリと微笑み、軽く手を動かす。
「ですが」
次の瞬間には男の首に縄が巻き付き上方へと引き上げられていた。
「かはっ!」
男は咄嗟に剣を捨て首元に手をかけ完全に締まるのを防ぎ、縄から逃れようとする。
「本当に良い判断ですね」
委築は感心した様子で呟く。
その間も男の足はジタバタと空を切るばかりで、何の意味もなさない。
それどころか、喉元の縄は深く食い込むばかりで、逃れることは出来なかった。
「吊るされたままではお辛いでしょ? 今、楽にして差し上げますね」
ふと、すぐ後ろで気配がする。
縄から逃れるため、暴れていた勢いで縄がプラプラと揺れ、位置がかわりその姿が見えるようになった。
そこにはお淑やかそうに見える微笑にも関わらず、何処か狂気を孕んだような熱の籠った瞳でこちらを見ている佐友理の姿があった。
その手には刀が抜き身で握られている。
「!!!」
男はその姿を見て目を大きく見開き、より一層必死にもがくが、無駄な足掻きにしかならない。
「おもてなしは吊るし切りでの生き作りでよろしいでしょうか?」
「!!!」
男の最期の声にならない絶叫がしばらくの間廊下に響き続けた。
◇
同時刻。
寝室の一室。
「無粋な殿方ですねえ、仮にも女性の寝屋にこんな夜中に忍び込むなんて。典人様なら夜這いも大歓迎なのですけど」
掛け布団を胸元に抱き、『布団かぶせ』の布風が突然の深夜の部屋への乱入者たちに対し冷ややかな言葉を投げかける。
「布風ちゃんそうでもないよ、昔は正式に顔も知らない女性の元に殿方が忍び込んで求愛を申し込むなんて習慣もあったしね。しかも娘の両親公認で、協力して忍び込んだ殿方の履物まで隠してたからね」
『枕返し』の鞍魔も枕を胸元に抱え込み、柔らかな口調で布風に語り掛ける。だが、こちらは枕を抱え込むというよりも挟み込むといった表現の方が合っていそうな胸のボリュームである。
「ああ、そう言えば、平安時代でしたっけ? そんな時代もありましたね。ですが、一度にこれだけの人数が押し込んでくるというのは如何なものでしょうか?」
布風がスッと長い睫毛の目を細める。
「そうですね。夜這いにしても情緒の欠片もありませんね」
夜這いに情緒があるのかどうかは別として、この状況下で、随分と呑気な会話をしている二人である。
いつの間にか外の霧は晴れ、月明かりが窓から室内に差し込んでいた。
その月明かりに照らし出され浮かび上がる、長い黒髪の美少女が二人。寝室のベットの上で上半身を起こし、押し入ってきた野盗の男達を見つめている光景は、男達から見れば、酷く幻想的な美しさの有る光景でもあり、且つ情欲的な光景でもあった。
「へへへ、お嬢ちゃん達余裕じゃねえか。もしかして、ずっと男日照りで、こういうのを期待でもしてたか?」
「なら、安心しな。今夜はたっぷりと満足させてやるぜ」
複数の男達の中から、ヒタヒタという笑みを浮かべて先頭の二人がジリジリと布風と鞍魔のベットへと近寄って来る。
男達が少女たちに近づくごとに、その少女たちの身体から発せられているものか、甘くかぐわしい香りが鼻孔に広がり、より興奮を誘っているのか頭の芯がクラクラとしてくるのを感じる。
「たまんねえなあ、女の良い香りがしやがるぜ」
「ああ、もう限界だぜ」
そこへ。
「ばふっ!」
「ぬぐっ!」
枕と布団が投げつけられた。
一人は枕を顔にぶつけられ倒れ、もう一人は布団を頭から被る形でもがき始める。
「バーカ、何やってんだよ!」
「盛りが付き過ぎで、犯ることしか目の前に無かったんじゃねえのか」
「違えねえ」
暗かったとはいえ、間抜けな状況に後ろで見ていた男達から嘲笑の声が飛ぶ。
そして、そう言いながら、後続の男達が次々と鞍魔と布風の元へと手を伸ばし近付いてきた。
ところがである。
一人の男が頭が揺れたかと思うと、急にその場に崩れ落ちる。
他の男も眠気に抗えず、バタバタと倒れ気を失っていった。
「誘眠の香『鈴蘭』」
『枕返し』の鞍魔が、この世界で得た能力。妖力で様々な香を髪から発し、その効果を与えるというものである。
今回の香で与えたのは深い眠り。
それもどちらかと言うと昏倒に近い物であった。
「あらあら、布団も掛けずにこんな所で眠ってしまわれて。そんな所で寝てしまわれては風邪を引いてしまいますよ」
「再び幸せが訪れ……は無理でしょうから、せめて今は良い夢が見られますように。目覚めたら悪夢でしょうから」
倒れ伏した野盗の男達にベットの上から見下ろした二人の少女が、穏やかに声を掛けていた。
◇
「……申し訳ありませんでした」
そこには先ほどまで危機として刃物を振るっていた少女の姿は無く、いつものお淑やかな少女が身を縮めて反省しきりといった表情で平身低頭する姿があった。
「佐友理さん、生き作りにするのではなかったのですか?」
「つい、熱がこもってしまって……申し訳ありませんでした」
「はあ、鈴璃さんに頼まれて、情報を得るために何人かは生け捕りにしなければならないのですが、膾切りにしてしまっては……」
「……本当にすみません。こっ、こんどは一寸試しにいたします」
殊勝な態度の佐友理であるが「一寸試し」とは少しずつ切り刻んでいき苦しめることである。ちなみに「殊勝」という言葉、「けなげな」という意味もある如何にも普段の大和撫子しかとした雰囲気な佐友理にふさわしい言葉だが、「殊勝」の「殊」という文字。成り立ちは切り株のように両断して殺す極刑から来ているという。そういう意味では両面の意味で佐友理にはピッタリの言葉であるように思われる。
「仕方ありませんね。他のところ……いほらさんたちは……無理でしょうか」
委築が深く溜め息を付く。
「ですよねえ」
砦の長い廊下で、委築と佐友理が二人して途方に暮れる。
「心配ない。一人確保した」
二人が声の方向を見れば、初めに首つりさせられていた男をいつの間にか気絶させていた様で、薙夢が倒れている男をピンヒールで踏みつけながら佇んでいる。
薙夢本人は意識している訳では無いが、その姿が廊下から差し込み始めていた月明かりに照らし出され、妙に様になっていた。




