第伍拾弐巻 侵入者 気韻生動 (きいんせいどう)
第伍拾弐巻 侵入者 気韻生動 (きいんせいどう)
「あたいたちのことがしりたいようだね」
『鎌鼬』の真截知が一歩前に出る。
「教えてあげるよ。あたいたちは盗人からわたしたちの砦を守る者さ」
「神刀・天目一!」
『一本だたら』のいほらが言葉を紡ぎ左手を前に出すと、次の瞬間には自分の分身であり、御神刀でもある『天目一』が顕現し、その左手に静かに納まった。
いほらは白木の莢に納められた刀を静かに、そして優美な所作で引き抜くと、白木の莢を無造作に横へと投げ捨てる。
放られた白木の莢が堅い石造りの床に落ちると、カランとした音を響かせ、続いてカランカランと鳴り響き、その音を数度繰り返し跳ねた後、部屋の隅へと転がっていく。
突如、現れた刀に動揺の声が上がるかと思えば、男達は誰一人油断することなく剣を抜き連ね構えをとっている。
それだけでも現在侵入して来ている他の只の野盗とは一線を画す、よく訓練された者の雰囲気を感じさせた。
「さきらは下がっていな!」
そういって真截知は茶色の髪の下の勝気そうな顔立ちに優し気な微笑みを浮かべ、『座敷童』のさきらを後ろの自分達が来た扉へと押しやった。
「うん! 真截知お姉ちゃん、いほらお姉ちゃん、がんばってね!」
緊張感なく応援された二人はどこか苦笑気味に口をほころばせ、素早く、さきらが出ていった扉を庇うように配置取る。
こんな状況では不思議な事ではあるが、男達も近くにいたはずのさきらを人質に取るようなことはせず、二人に対峙する様に位置を取った。
「真截知殿、私は話していた男を相手する。すまぬが、残りの者達は任せても良いか?」
素早く相手の力量を見て取ったいほらが、真截知に申し出る。
「あたいはどっちでもいいよ」
真截知は気負いなく軽く肩を上げて答えた。
油断なく構える男達に対して気負いなく会話している二人。
だが、傍から見れば、目に包帯を巻いた義足の儚げな少女と、両手に包帯を巻いて不便そうにも関わらず勝気そうな少女を、武器を構えた5人の男達が取り囲んで今にも襲いかかろうとしている絵面である。
ほんの僅かの静寂の後。
真截知の姿が一瞬その場からゆらりと揺れたように見えると次の瞬間には旋風とともに残りの男達の間へと移動していた。
「速い!」
男達の誰が言った言葉か、その声は思いのほか部屋内に響いた。
油断は無かった筈。
男達から見れば小柄であるが故、俊敏そうなのは予想は付く。
空気が変わった時点で、腕に巻かれた布も偽装の可能性を考慮に入れていた。
にもかかわらずである。
「造林源刈刃!」
真截知が叫ぶと同時に今まで何も持っていなかった手に長い棒の片方の先に鎌の付いた武器が握られていた。
ちなみに名付けたのは『衣蛸』のこころである。
それを一振り。
棒の方で素早く近くの男の足を払い、次の瞬間には体勢を崩した男の喉を反対側についている鎌で切り裂いていた。
やはり男に油断は無かった。
だが、反応できなかった。
「かひゅっ!」
男の口から声とも空気の漏れた音ともつかない音が聞こえ、次の瞬間には喉を切り裂かれた男は地面に崩れ落ち床に血溜まりを作り痙攣する。
やがて、その血溜まりは床に鮮血を広げていき、倒れた男は動かなくなった。
だが、他の男達はその状況を目の当たりにしても怯んだ様子はなく、油断なく真截知を包囲するように位置を取った。
「へえ、大したもんだね。顔色一つ変えないとは。やっぱり、只の雑魚ではないってことかい。まあ、いいや。あんたたちには見ての通り、血止めは無しだ」
そういうと、ニヤリと美しくも妖しげな微笑を浮かべ、頭上で得物をヒュンヒュンと切っ先の鎌で風切り音をさせて回転させながら、次の獲物へと視線を移した。
◇
もう一方では小隊長と呼ばれていた男と一本だたらのいほらが数合の撃ち合いをはじめている。
(これは……)
浅いものの、自分の刃が相手の袖にかすると同時に相手の刃も僅かにいほらの着物の袖を切り裂いていた。
小隊長と呼ばれていた男は自分の剣技にそれなりの自信を持っている。
他の四名もそれなりの実力を持ってはいるが、小隊長に選ばれるだけあって、この男の剣技は他の四人を頭一つ抜きんでていた。
潜入活動と個人の技量に秀でた小隊だからこそ、今回の特殊任務に選ばれているのである。
その自分と互角に打ち合っている。
(変わった剣だ。剣も見事だが剣技も見事だな)
しかも義足に片目を負傷した少女がだ。
(あの義足も見事だ)
この時代、戦傷を受ける者は少なからずいる。
裕福な者や高位の者であれば、早急に高位の治癒魔法を受け、ある程度は再生も可能であった。
だが、そうでない者は傷口を塞ぐ程度にとどまる。
故に義手や義足も存在しているが、固定やバランスを取ることが主体となる。
とてもではないが、動きを補うために作られている物など、滅多にお目にかかることのできるものではない。
それが、ここまで動きに対応し、膝部分が稼働する仕組みの義足を見るのは帝国の軍に所属するこの男でも初めて出会った。
そんな事を考えていた男に声が掛けられた。
「ほう、その太刀筋。お主、やはりただの野盗と言う訳では無いようだな。何処かで正統な剣術を学んでおるとお見受けするが?」
撃ち合いながらいほらが感心したようにこの中の長であろう男に声をかける。
「へえ、分かるか?」
男も同じく撃ち合いながら、その会話に応じる。
二人の力量がそれなりに高い同士だからこそできる事なのだろうか。
「ああ、剣だけじゃない。人質に取ろうと思えばいつでもできたはずのさきらをあっさりと見逃した事といい、相手が女だからと言って手を抜くような非礼な真似も無い。どう考えても野盗風情とは思えなくてな」
「そっちこそ、なかなか良い目をしているな」
これは目を負傷しているであろういほらに対する皮肉では無く、男から出た素直な称賛の言葉だった。
戦い慣れているという言葉にも幾つか種類がある。
弱い物を人質に取ってでも勝ちさえすればそれでいいという者もいる。
戦士であっても女と見ると甘く見て嬲ってやろうと、邪な考えで向かってくる奴もいる。
だが、この小隊長と呼ばれている男は女だからと言って手を抜く事は無く、強者とみると一切の手加減もなく剣を振るってきた。
しかも、他の男達もいつでもとる事の出来た人質を取ることなく、見た目幼子のさきらを見逃している。
戦い慣れているというが、この男達の戦い方は粗暴なの等の戦い方ではない。
どちらかと言えば、その行動理念からいっても騎士の戦い方に近かった。
「そっちこそ、その身体でなかなかやるじゃないか。もしかしてその目と義足、戦傷か?」
「さてな」
「惜しいな。今からでも我々の側につかないか? 悪いようにはしないぞ」
「野盗にか? それともお前たちにか? 生憎と私はどちらにもつく気はない」
「ほう」
小隊長と呼ばれている男は感心したように息を吐く。そして少しだけニヤリと口角をつり上げた。
(薄々とだろうが、我々の素性に見当を付けたか。本当に惜しいな……)
思考しながらも剣を撃ち合い、その後お互いがいったん距離を取った。
お互い殺す気ではいるものの、今まではどうやら二人にとっては様子見と言った程度のものらしい。
だが、数合撃ちあう中、表情には出しはしないが、お互いにかするものはあったらしく、所々服は避け、薄くではあるが肌には傷がついていた。
この場にあってこの男が目を奪われることはないが、いほらの裂けた着物の隙間からは白い柔肌がチラチラと見え隠れしている。
また、いほらもそれを気にした様子はない。
息を乱す事も無く、静かに相手の出方を見据える。
先ほどの打ち合いとは異なり、動きがないにもかかわらず、傍から見ていれば息が詰まりそうな緊迫感がその場を支配する。
たっぷり一呼吸後。
「ふん、まあどうでもいいか。厄介な相手には違いないようだ。悪いがこれは生死を賭けた戦士同士の戦いだ。遠慮なく弱点を突かせてもらうぞ!」
言うが早いか男は体勢を低くしてあからさまに、いほらの義足を狙って剣を振るってきた。
しかも、いほらが目に包帯を巻いている方から死角を突くように。
恐らく騎士だから、正々堂々真っ向勝負……と言う事も無い。
卑怯な手をあまり使わないだけで、弱点を責めないということではない。
それを読んでいたのかいほらもそれより一瞬早く後ろに飛んだ。
だが、男はさらに一歩踏み込み、いほらに迫り腰のあたりに剣を振るう。
((……やはり義足ではうまく跳べないか))
二人が、同時に同じ感想を思い浮かべていた。だが、その言葉に含まれるニュアンスには若干の違いがあるように思える。
次いで、いほらがそのはかなげな美貌に悔し気な表情を浮かべた。
(貰ったな)
さらに一歩。
男は躊躇なく剣を振りぬいた。
パキーン!
何か硬質な物が割れるような音の後。
カランカランカラーン!
と、いほらの義足が宙を舞ってから、地面に高い音を数度響かせて転がっていた。
「ふっ、これで動きは封じた。降参しな。せめてもの戦士の情けだ。あんな下劣な連中の慰み者にならぬよう俺が一思いに止めを刺してやる。
いほらは片足だけでしゃがみ込み、刀を支えになんとか体勢を保っているように見える。
表情は見えない。
そのいほらに対して、小隊長と呼ばれていた男は言葉を掛ける。
実際、心底惜しいと思っていた。
剣の技量と言い、度胸と言い、加えて戦傷を受けているにも拘らずの美貌。
五体満足であれば、さぞや大陸中に聞こえた美貌の女剣士になっていた事だろう。
だが、今の状態で野盗どもの手に落ちれば、キズを負っている分、他の女達よりも粗雑に扱われ、最後は加虐志向の金持ち連中にでも売り飛ばされ悲惨な末路を追うことは目に見えている。
それが故に今まで傷を負いつつも皆を守り続けてここまで逃げ延びて来たであろう、この女剣士に敬意を表し、そのような末路を迎えさせるのは心底回避してやりたいと感じていた。
それがせめてもの情けで、命を奪うことに対する偽善であると自覚していてもだ。
可能であれば生かしてやりたいが、表面上だけでも俺の女の振りをしろと言っても恐らくはこの女剣士は承知すまい。
「そうか。お気遣い痛み入る。だが、心配は無用だ」
「なっ!」
だが、いほらはその申し出を丁重に断り、言葉と同時に片足だけをバネに跳び上がり男の頭上を回転するように飛び越え、その際に頭上から一撃を入れた。
くっ!」
男は咄嗟の動きに多少の動揺を見せたが、流石と言うべきかその一撃に合わせて剣を振るいかろうじて頭への攻撃を避けることが出来た。
振り返り、体勢を整えつつ、着地したいほらを見る。
見れば不思議な事に、片足で立っているにも拘らず、重心が先程より安定しているように見えた。
まるで腰骨の位置が変化したように。
「私の本性は一本だたら。元々一本足でな。典人殿に気を使わせないように義足を着けていたのだが少しバランスが悪くてな。わざわざ動きやすくしてくれた事、礼を言うぞ」
「イッポンダタラ? なんだそれは?」
「すまぬ。こっちの話だ。改めて行くぞ!」
言うとともに再び一本足で跳び上がり男に向かいいほらが刀を閃かせた。
「馬鹿な! さっきとは動きがまるで違うだと!」
先ほどまで互角、いや、男がやや優勢に運んでいた勝負の流れが、一気にいほらへと傾いていた。
……。
◇
「麗華お姉ちゃん、様子はどう?」
そのころ、部屋から出された『座敷童』のさきらは怯えて逃げるでもなく、砦の奥、何もない壁に向かって声を掛けていた。
すると少しの間があって、何もなかった壁がまるでだまし絵を見ているかのように変化していき、紙がはがれ落ちると、そこには通路とその真ん中に佇む、着物姿に黒髪ポニーテールの涼やかな立ち姿の高校生くらいの少女と、血のように赤い瞳と同色の逆立った髪の少し斜に構えた中学生くらいの少女が現われた。
絵の妖である『画霊』の麗華と防御結界を張る事の出来る『血塊』の覇里亜である。
「こちらには誰も来ていませんし、問題はありませんよさきらちゃん。それにさきらちゃんが見張っていてくれるんでしょ?」
「うん! まかせて」
さきらが元気よく頷いて、ポンと自分の胸を勢いよく叩く。
何とも微笑ましい光景に麗華の顔も綻ぶ。
「例えこっちに来ても、この先はあたいが通さないから」
覇里亜が自分達が守る通路の先を見やって言う。
目線の先に現れた通路のさらに奥は地下に通じる階段があり、その先は女の子たちが跳ばされてきた『牢獄核の間』に繋がっている。
わざと砦内まで誘い込んだとはいえ、ここから先は通すわけにはいかないというのは砦の女の子全員の総意であった。
故に、麗華はそこに野盗達が侵入しないようにだまし絵を作り隠し、そこに覇里亜が防御結界を張って守っているのである。
「こちらは大丈夫ですから他の方を見てきてあげてください
「あたいたちでうまくやるから」
「うん、わかった。他のお姉ちゃんたちの所も見回ってくるね。頑張ってね麗華お姉ちゃん、覇里亜お姉ちゃん」
走り出すさきらに手を振り見送ると、麗華は懐からお札の束を取り出して、中空へと紙吹雪よろしく舞散らす。
すると、巻かれたお札はまるで意思があるかの如く、宙に切り絵を描くように貼り付いていき、やがては麗華と覇里亜の姿さえ覆い隠してしまい、最後にはまた元の騙し絵のように通路が無くなり壁と一体化していった。
◇
いほらは自分の分身でもあり御神刀でもある天目一の具現化を解きその場に佇んでいた。
それと同時に石造りの床に転がっていた白木の莢も消えていく。
「終わったかい?」
「ああ、死なすには少々惜しい剣士だったがな」
声を掛けてきた真截知に答えてから、一度床に倒れ息絶えている長らしき男に目線をやり、いほらは再び真截知に顔を向けた。
「こいつら何者だろうねえ
真截知もいほらが倒した男を見やり疑問を述べる。
「この者達に限って言うならば、只の野盗ではないようだな。恐らくはどこかの国の密偵として、この野盗の集団に潜入していたのであろうよ」
お互いに薄々とは出ている答えを確認するかのように、いほらが口にする。
「だとすると、全員殺しちゃったのはマズかったかね」
「生け捕りにしたかったのはやまやまだが、投降を促して素直に聞き入れる者達では無かっただろう?」
「まあね」
真截知が苦笑気味に肩をすくめる。
「私も真截知殿も捕縛には向いていないからな。そういうのは委築殿にでも任せるさ」
「そうだね」
「それに、鈴璃殿曰く「情報戦は相手に情報を持ち帰らせない事が大事」だそうだ」
「まあ、その辺の計算は珠奇や鈴璃たちに任せとけばいいやね」
いほらも軽くうなずく。
どうやら、一人も帰さないのは決定事項らしい。
「……そろそろ、他の所も方が付くころだろうかね?」
「そうだな」
真截知といほらは男達が入ってきた開けっ放しの扉を見つめていた。




