第伍巻 気に入らない
第伍巻 気に入らない
(何だよこの数は! マジでご当地アイドルみたいじゃないか)
典人はその数と質の高さに思わず圧倒されていた。
周りを見渡せば、美少女、美女、美幼女、可愛い子……。
色とりどりの着物に、中には一目で巨乳と分かる子もいる。
『消滅するかと思った』
『よかったぁ!』
『消えなくてすんだよぉ!』
(これが全員妖怪!? おいおいおい、ウソだろ!?)
『たすかったね!』
『妖力が戻って来てる!』
『これで日本に還れるよ!』
『一時はどうなるかと思ったけどね』
周りから口々に歓喜の声が上がる。
典人を見つめる視線も何だか熱い物を感じる。
これだけの美少女が自分に対して好意的で喜んでいるのだから、悪い気はしない。
思わず鼻の下が伸びそうになる。けど……。
(んっ、ちょっと待て!? さっき確か)
ある言葉が、典人の頭の隅に引っかかった。
それは……。
(「『かごめ』です。私たちが御館様を召喚する為の術式として描きました」)
(ちょっと待て!)
ドクン
心音が大きくなり、
(「私たちが御館様を召喚する為の術式として描きました」)
(ちょっと待て!)
ドクンドクンドクン
鼓動が速くなる。
(「私たちが御館様を召喚」)
(ちょっと待て!)
ドクンドクンドクンドクンドクンドクン
それ以外の音が消え、
やけに心臓の音だけが耳に響く。
ドクン!
「ちょっと待て!!!」
100の少女たちの歓喜の声を縫って、石造りのホールに典人の怒声が響き渡り、それと同時にそれまで安堵の表情と喜びの言葉を口々に語り合っていた声が消え、室内が一気に静まり返る。
「川天狗、あんたさっきオレを召喚する為の術式って言ってたよな」
語気が強まり、さっきまで「ちゃん」付けしていたものが呼び捨てになる。
「はい。言いました」
それに臆する事無く、川天狗は典人を真っ直ぐ見据えて答えた。
とすると何か? って言う事は、オレを召喚したのはキミたちを召喚した奴と同じじゃなくてキミたちってことか?」
典人は川天狗を睨み付けるように見据える。
「はい。その通りです」
変わらず川天狗はその典人の視線から逃げずに答える。
そんな川天狗の態度を見て、典人は川天狗の胸倉に掴みかかろうとする気持ちをぐっと抑えて両手の拳に力を入れて握りしめる。いくら怒髪天を突くと言った状況でも流石に女の子の姿をしている子に掴みかかる事を躊躇い何とか踏みとどまれたのだろう。
「何の為だよ!」
その替わりに、語気が強くなる。
「聞いていただけますか」
「……」
「最初、ここに跳ばされてきた時は、皆各々バラバラに好き勝手に行動していました」
沈黙を承諾と受け取った川天狗は今までの経緯を話し始める。
「ところが、やがて時が経つにつれて、徐々に妖力が減っていき、それを補う方法が見つからないと、皆がこのままでは自身が消えてしまう事に気が付き焦りだしました。
「……」
「そんなときです、全員の意識に語り掛けてくるモノが有りました。それは今まで沈黙を守っていた『牢獄核』からでした。それにより、それまで自由に過ごしていたものもしぶしぶ協力し、私たちはその言葉に望みを託す事となりました。それが『かごめ』の召喚術式を行う事だったのです」
「……」
「本来は六人の能力の高い選ばれた巫女で行う術式ですが、残り少なくなっていた全員の妖力を少しずつ使ってやっと行うことが出来ました。幸いかどうか分かりませぬが、全員が人化していた事も術式を行う上での助けとなったのでしょう。儀式は三日三晩続きました。そしてようやく御館様を召喚する事が出来ました」
「……」
「お怒りはごもっともですが、どうかわたくし達を御救いください」
川天狗は深々と典人に向かって頭を下げた。
『「「御館様、おねがいします!」」』
「「「お館さま、助けて!」」』
川天狗が頭を下げたと同時に、口々に懇願の声が上がる。
「……ひ……に……ないか」
「はい?」
目の前にいて、微かに聞こえてきた典人の声に反応することができた川天狗が聞き返す。
「一人にしてくれないか」
今度はそれ程大きな声でもないにも関わらず、その声は全員に届きホール内が再び静まり返る。
典人の言葉に暫しの静寂が流れる。それはやがて質量を伴って徐々に周囲の空気と音を押し潰すかの様な重苦しさとなっていった。
誰も一言も発しようとしない中、典人の傍にいた垢舐めが、典人より一歩前に歩み出て皆に語り掛けた。
「皆さん、一旦この部屋から出ましょう! 気配を消して残るのも無しです!」
垢舐めのその言葉に皆黙って従い、広いホールの様な部屋に光の増した牢獄核の灯りで見えるようになった出入り口から、次々と女の子たちが退室していく。
典人の周りにいた6人の女の子たちも、まず小豆洗いが座敷童の背中を押して出入口へと向かい、それに続き、ろくろ首、雪女が暗がりに消え、少し遅れて川天狗が後を追う。
最後に部屋から出た垢舐めが振り返り黙礼をして通路の奥へと姿を消していった。
そして、典人一人残った広いホール内に本当の静寂が訪れる。
◇
典人は石造りの大きなホールの様な部屋、薄紫に光る『牢獄核』の真下、『かもめ』の術式の描かれている中央に自分の背負ってきた荷物にもたれかかって膝を抱えてうずくまって座り込んでいた。
女の子たち……妖怪が退室してからどれくらいの時間が流れているのだろう?
そもそもがこの世界は元いた日本と同じ時間の流れなのだろうかも定かではない。
グゥーとお腹の音が鳴る。
こんな時でも腹は減るもんだ。
典人は締まらない自分に対して顔を伏せたまま軽く苦笑する。
(そう言えばまだ夕飯食べてなかったな)
確かに腹は減っている。
けど、特に何かを口にしたいとは思えなかった。
何故なら、食欲よりも典人を埋めつくす感情があったからに他ならない。
その思いがさっきから何度も頭を巡っている。
(なんでオレが?)
単純かつ当たり前の疑問。
多分意味は無いだろう。
彼女達も狙ってやった訳じゃ無いだろうから、たまたまに違いない。
だからこそ、答えの出ない疑問に、至高の渦に嵌りこんだ様な気がする。
もうそれを何度となく繰り返している。
(なんでオレが?)
でも結局そこに立ち返る。
少し眠気も混じってきただろうか?
典人は考えが鈍ってまとまらなくなっているのを、少しいらだたし気に感じ始めていた。
そんなときである。
「隣座ってもよろしいですか?」
ふいに、ではないが、聞き覚えのある声が典人に掛けられる。
垢舐めの声であった。
典人も部屋に入って来た時から気配に気づいていた。いや、垢舐めの方が気配を隠すことなく、それどころかわざと気配を出す様にして典人の元まで近付いてきたのである。
「……好きにしろよ。言っておくけど面識のある中で一番色っぽいあんたが来たからってムダだからな」
典人は顔を上げずに応えぶっきら棒に言い放つ。こういう時、一番手っ取り早い懐柔方法は色仕掛けだろうと典人は察しを付けて虚勢を張ったのであろう。
「そういう訳ではありませんよ。ううん、そうですね。そういう訳かもしれません」
「何だよ、ソレ?」
不機嫌、というかあまり感情が乗っていないような平坦な口調で、顔も上げずに典人はぶっきら棒に言い放った。
「私たちは魑魅魍魎。鬼、河童、天狗、狐、狸、その他様々な妖怪や精霊果ては神に近きものも含まれています」
「……」
なおも典人は顔を両膝に沈めながら黙り込んでいる。
その事を垢舐めは気にせず話を続けていく。
「中には千年を超えて恐れられてきたモノも多く存在します。そんな私たちが初めて会った相手に「私たちは妖怪です。困っているので、どうか助けて下さい」と言って、あっさり信用されて受け入れられると思いますか?」
「……」
「なので少しは私たちも考えましたよ」
(……)
相変わらず典人の返答は返ってこない。それでも垢舐めは話を続ける。
「私たちが姿を維持していられるのも後僅かでした。百の魑魅魍魎が集まって残りの妖力をかき集めて儀式を行うにもあれが最初で最後の一回限りの賭け。『かごめ』の頂点にいた6名が最初に召喚された人に接することになります。後の残りの94名は殆ど妖力を失くし、消え入る寸前でした。そのままなら託された私たち6名も後を追うだけでした」
(……)
「だからこそ、最初に接する6名は何としても御館様に受け入れられなければなりませんでした。始めは小さい子供が良いだろうという事になりました」
(だから座敷童か)
「それから、ある程度名前の知られている妖怪の中で、伝承上、人に害が少なかったり、親しみやすかったりするものを選びました」
(人を氷漬けにしようとか言っていた子がいたけどな)
しばらく間を置いてから垢舐めは続けた。
「御館様のおかげで『牢獄核』が動き出し、私たちに妖力の供給がなされたことにより、私たち100名は救われました。皆本当に心から喜んでいたんです。実際は気配を消していたのではなく、維持出来なかったのです」
(必死。命がけだったという事か……だからって、そう簡単に割り切れるかよ)
「それに妖怪の中に唯一人の人間。女性型の中に唯一人の男性型。これでおかしいと思わない人の方が少ないでしょう。もっとも『美少女妖怪ハーレム100人できるかな? キャッホー!』とか思ってくれれば妖としては楽なのですけどね」
「何だよ、それ?」
その言葉に典人はこんどは思わず吹き出しながら応えた。
「やっとお顔を上げてくださいましたね」
垢舐めが軽く微笑みかけてくる。改めて見ても口元が妖艶で同じ年くらいの容姿なのに色っぽさが滲み出ている。
そしてそこにもう一人? の気配が下。
さらに顔を上げ典人が見ると、そこには川天狗が少し前に浮かべていた穏やかな微笑を湛えて佇んでいた。
「御館様」
「……なあ、あの時、川天狗……さんは何で話したんだ?」
気まずそうに頬を右手の人差し指でポリポリと掻きながら典人が口を開いた。
「何がですか?」
キョトンとした様子でコテンと首を傾げ川天狗が典人に問い返す。
「ここにオレを跳ばしたのもキミたちと同じ『牢獄核』関係の奴の仕業にでもしておけば楽だったはずだ。それをわざわざ自分たちが召喚したと馬鹿正直に本当の事を言えばこういう反応になるのは予測が付いただろうに」
「ああ、そうですね」
「まさか、みんなして考えてなかったとか?」
「いいえ、考えていましたよ。私たちは妖です。誑かす・化かす・騙す・あやかすは十八番です。ですが、先程垢舐めちゃんも言っていた通り、信用を得られなければこの先、必ず立ち行かなくなるでしょう。そうなれば日本に還る事は叶いません」
「だから初めから正直に話す事に皆で決めていたんですよ」
横で垢舐めが付け加える。そう言えば、垢舐めも最初から典人に対して『私たちが御館様を呼んだ』と言っていたなと典人は思い出していた。あの時はこの子たちをご当地アイドルグループか何かと思っていたから、その言葉をまともには受け止めてはいなかった。
今となっては解る。
この子たちは最初から隠さずに素直に伝えようとしていた。小豆洗いさんも、雪女ちゃんも、ろくろ首もそうだった。そして……。
(小さな座敷童ちゃんでさえも)
あのわたわたと必死に伝えようとする姿を思い出して微かに口元が綻ぶ。
その後、しばらくの重い沈黙。
垢舐めと川天狗は静かに典人を待ち続ける。
しばらくして、典人は徐に立ち上がると、二人に向かって川天狗が行なったと同じように深々と頭を下げて言った。
「川天狗さん、垢舐めさん。さっきはゴメン」
「いいえ、お気になさらず」
「汚れ役とそれを拭うのは私の性ですから」
頭を上げた典人の目に映っていたのは、二人の美少女の穏やかな笑みと迷いを祓った澄んだ光だった。
「……みんなを呼んできてくれるかな?」
「「はい!」」




