第肆拾漆巻 旅立ち 意気揚々
第肆拾漆巻 旅立ち 意気揚々
次の日。
牢獄核の結界の境界の外への探索へと向かう朝。
砦の大食堂で、いつものように朝食を取る面々。
「ほら典人、はやく御茶碗貸して」
『血塊』の覇里亜が催促するように、右手にしゃもじを持ち、典人に向かって左手を伸ばしている。
「ああ、覇里亜、ありがとな」
それに促されるように典人がお茶碗を差し出す。
「……うっ、うん」
それを受け取ると、返された言葉に少し照れた様子で、覇里亜がしゃもじを手に典人の茶碗にご飯を装い始めた。
覇里亜も砦内の女の子たちに御多分に漏れず美少女なのは間違いないが、血のように赤い瞳と同色の髪が軽く逆立っていて少し斜に構えた感じのする外見が、一見するとツンケンしているようにも見える。
しかし、実際のところは本人にもあまり自覚はないようだが、結構家庭的で世話好きである。
その行動は外見年齢で見た目15歳くらいに見える容姿とは裏腹に、母性を感じさせる部分を垣間見せることがしばしばある。
ただ、素直に感謝や好意の言葉を向けられることに慣れていないため、このような態度になってしまう。
赤子の生まれたかったという無念の思いと、母親の生んであげられなかったという悲痛な感情から生じたが故に、そのような反応になってしまうのかもしれない。
「はい、典人……それと、気を付けていってくるんだよ」
ご飯を装ったお茶碗を典人に返しつつ、覇里亜が牢獄核の結界のあった範囲外に探索に出ることに対して心配そうに言葉を掛ける。
魑魅魍魎の女の子たちを閉じ込めていた牢獄核の結界の境界が典人によって消失して以降、砦の比較的近い範囲であれば女の子たちも境界の有った場所より外に出て活動することはあった。
しかし、今回は長期間砦から離れた所を探索し、あわよくばこの世界の知的生命体を見つけ接触できればという目的で旅に出る。
ただ、長期と言ってもいきなり何ヵ月もの長期間の放浪というものではなく、最初のため、1週間から10日を目安に探索する事になっている。
その為、行く者も残る者も、それ程深刻な表情をしていない。だからこそ、探索のメンバーの大半を阿弥陀くじで決めるなんてふざけたこともできたわけだし。
まあ、これは実のところ、阿弥陀くじに参加した大半は女の子たちが今回の典人の探索に同行するのに適していると判断した子たちであり、ある理由から、向いていても残るべきと判断した子たちは参加していなかった。
慣らしが目的であり、基本的に10人も同行すれば、どの組み合わせでも一週間程度なら何とかなると考えていたし、その前に戻ることになる様な緊急事態でもどうにかなると思っていた。
どちらかと言えば、残った方側の問題である。
故に、大半を阿弥陀くじで決めたのは典人に緊張させないための演出でしかない。
「ああ、ありがとうな、覇里亜、心配してくれて」
典人はお茶碗を受け取りながら素直にお礼を返した。
「はっ、はやく食べちゃいなよ。さっさと出発しないと日が暮れるよ!」
その言葉に覇里亜は思わず赤面し早口になる。
「まだ朝だろが」
「うっ、うるさい!」
至極当然な典人の返しに、覇里亜は更に赤面してしまい、照れ隠しなのか、典人はしゃもじで頭を叩かれた。
「こっ、こら、しゃもじで人の頭を叩くな!」
「安心しなよ。具現化しなおしているから清潔だよ」
「そういう問題じゃない」
そんな様子を、周囲はほほえましく眺めている。
いつもの賑やかな朝食風景のようで、少しいつもと違った朝の何気ない風景が流れていった。
◇
「やっぱり、わたしも旦那様と一緒に行きます!」
祈世女が両手を胸の前で組み、名残惜しそうに典人を潤んだ瞳で見上げてくる。
長い黒髪の大人しくさえしていれば、間違いなく清楚系美少女のこの様な仕草は反則に近い。
しかも、呼び方も好きに呼んでいいと言った手前、よほどひどい呼び名でない限り否定してしまうと他の女の子達にも遠慮されてしまう原因となってしまうため、このくらいならと容認して以降、実に良い場面場面で『旦那様』を使ってくる。
恐らくは最初の名付けの時に『典人様』から、すぐに『旦那様』に呼び方を変えたのも強かな祈世女の考えだったのだろう。
実に場を上手く使って追い詰めてくる。流石は『清姫』といったところか。
「いや、祈世女ちゃんは砦にいてほしい」
それでも、それなりに慣れてはきたのか、それとも今はちょっとした使命感からか、典人が真剣な眼差しで祈世女の両肩に手を置いて思い止まらせるために口を開いていた。
実際上、典人が内に持つ『七つの緒祝い』の一枚、『傘差し狸の抑止力』の緒札の能力が十全にその効力を発揮できるのは今のところ10人程度であると検証実験の結果が出ている。
何があるか分からないこの異世界の地にあって、途中で女の子たちが妖力の供給が出来なくなり、行動不能はもちろん、最悪の事態になることだけは典人としてもまとめる者として避けなければならない。
命を預かるのに等しい訳で、緊張するなと言うのも無理からぬことである。
「そんなあ! はっ、これはもしや、「俺は外で働いて来るから、祈世女はこの家を守ってくれ」と言う事なのですね! ぽっ」
そんな典人のいつにない真剣な瞳に見つめられて、見事な御都合主義的脳内変換を繰り広げ始める祈世女であった。
「え~っと」
思いは伝わったようだけど、意図している方向に伝わっていないようで、ちょっとたじろぐ典人。
「分かりました! 砦を守るのは嫁の務め! その御役目、しっかり果たして見せます! うふふっ」
こうなった祈世女の妄想はもう止まらない。
「ううっ、うん。頼んだ」
引き攣った笑みで考え込みはしたが、すぐに思考を放棄し、諦めそのまま門を出て行こうとする。
「お任せください旦那様! これも内助の功です。ポッ」
典人がその場を離れたのに気づいていないのか、自分の都合のいい解釈を尚も続行し続ける祈世女の世界はまだまだ続く。
「……典人、押しに弱い」
「あれは、押しとかそう言う生易しいものじゃ無い気がするんだが」
今回同行する『覚』の慧理の言葉に典人も反論する。
「どちらかと言うより『押し』と言うより『引き』込まれているような感じだけどね。いや、引き摺りこまれてるかな?」
「引き倒されて、引き摺られて、引き回されて、引き摺りこまれてる」
『ヤンボシ』の夜星と『化け蟹』のはにかが、楽しそうに典人をいじり始める。夜星はニコニコと、はにかは無表情と違いはあるが、楽しそうにしているのには違いはない。
「言いたい放題だなお前ら。にしても、夜星が日の下にいるのは珍しいんじゃないか? 大丈夫なのか?」
「まあね、でもあたし別に引きこもりじゃないよ。典人は勘違いしているみたいだけど、あたしはアウトドア派だよ。ただ夜型なだけで」
「そっ、そうか。すまない」
どうも最初に地下の『牢獄核の間』で見たイメージが強くてついついそう思ってしまったのかもしれない。
「お留守番は任せて!」
元気な声で可愛らしく宣言した『座敷童』のさきらの頭を優しく撫でる。
「典人様、そのまま少しお待ちください。切り火を致しますので」
『石妖』の清瀬が呼び止めた。
「切り火?」
「厄除けや道中の無事を祈って、行う縁起担ぎです」
聞きなれない言葉に、典人が首を傾げると、清瀬が簡単に説明してくれた。
そして、3歩程離れた所から典人の右肩に向かって、左手に火打鎌を構えた清瀬が右手の火打石をカチカチと小気味よく打ち鳴らすと僅かな火花が宙を飛んだ。
「ご無事で帰ってきてください……」
「ああっ! それわたしがしたかったです」
遠く妄想の世界に浸っていた祈世女がやっと我に返り、清瀬の行動を見て、羨ましそうに叫んでいる。
「祈世女さんもやりますか?」
祈世女のあまりにも羨ましそうな言いように清瀬は苦笑しつつ火打鎌と火打石をパタパタとやってきた祈世女の方へと差し出す。
「良いんですか!」
「ええ、もちろん」
「有難うございます清瀬さん」
喜色の声を上げ清瀬から火打鎌と火打石を受け取ると典人に向き直り、祈世女がカチカチと石を打ち合わせる。その所作は見た目に似合わず様になっていた。少女には見えても、長い年月をあり続けているのだから、古い風習にもそれなりに慣れているであろうことは想像に難くないので、当たり前と言えば当たり前のことではある。
「絶対、わたしの所に還ってきてください」
「おっ、おう」
思わず背筋が伸びる。
言っている言葉は至極全うなのに、何故かそこから漏れる雲谷のような気配が尋常ならざるものを感じ取った典人は得体の知れない今までとは別のプレッシャーに、緊張感をもって答えるのであった。
これは「安珍・清姫の伝説」に起因しているのだが、逃げ回った安珍と違って典人の帰ってくるべき場所はこの異世界にあって、ここしかないのだから、どちらかと言えば道中の無事を祈ればいいのだけれども、やはり清姫の業と言うべきものであろうか。
「あれで置いて行かれたのでしょうかあ?」
少し離れた所で『七人みさき』の五女設定のみさりがおっとりとした口調で言いながら眺めている。
「かもね。でも、あれは置いて行かれたと言うより迫り過ぎの自爆だけどね」
同じく『七人みさき』の次女設定のみさらがそれに冷静に返していた。
「あのセリフは「帰ってこない」の死亡フラグじゃなくて、「戻ってこない」の婚約破棄ルートなのお。むぐぐっ!」
「こころ、シー。……とはいえ、祈世女ちゃんは祈世女ちゃんで、主様の緊張をほぐそうとしているみたいよ」
その隣では小雨がこころの口を塞ぐように抑えながら、典人たちのやり取りを見つめていた。
「じゃあ、そろそろ行くな。みんな」
今回、同行する女の子たちに合図を送ると、典人は砦に背を向けて歩き出した。
それに続いて同行する女の子たちも次々と砦の門をくぐって少し離れた橋を渡っていく。
「「いってらっしゃ~い」ませ」
一斉に手を振り見送る砦の女の子たち。
晴れた空の下、時折振り返り手を振る典人を暖かい微笑で応え、森の中に消えていくまで目で追っていた。
「行っちゃったね」
「そうですね」
方々から名残惜しそうな声が漏れる。
やがて、典人たちが出発して森の中へと消えていく後姿を見えなくなるまで見送り、その気配が感じられなくなると、残った女の子たちはいきなり表情を引き締めた。
「さあ皆さん、お見送りしたばかりですが、早速招かれざる客のお出迎えの準備をしましょうか」
『宗旦狐』の爽がメイド長ポジションらしくパンパンと手を叩いて皆の注目を集めてから口を開いた。
「「は~い!」」
抜けるような青空の下、やけに、女の子たちの揃った声が砦内に響いていた。




