第肆拾陸巻 気を引く
第肆拾陸巻 気を引く
「牢獄核から遠く離れて長期間活動するには牢獄核の欠片をその身に宿した典人様の能力が必要不可欠です」
『硯の精』の鈴璃に牢獄核の結界のあった場所より外に探索に出てほしいとお願いされた典人は詳しい話を聞くべく、砦内の大食堂に場所を移していた。
予め予定されていた様で、大食堂に来てみれば、砦の警戒をする子たちや管理をする子たちを除いた大部分の女の子が集まっている様であった。
「随分、急ぐんだな」
流石の典人も何か状況が変化したことを察して真剣な表情となる。
恐らくは今までやって来た検証実験の結果から導き出したのだろうとも当たりは付いているので典人の理解も早い。
ただ、それを踏まえても少し急だなとは感じていた。
「当たり前だよ。牢獄核からの妖力の供給も何時まで続くか保証の限りじゃないし、何より、早く元の日本に還りたいでしょ?」
『ヤンボシ』の夜星が当然とばかりに言う。
「そうか……そうだよな」
典人は頷きながらも考え込んだ。
女の子たちがどれくらい前から何者かによってこの異世界に跳ばされて来たのかは分からないが、最初に牢獄核に跳ばされてきたという『座敷童』のさきらの話を聞く限り、少なくとも典人が生まれるよりもっと前からこの牢獄核内に閉じ込められている計算になる。
曖昧なのはこの異世界と元の世界の時間間隔や時間軸の繋がりが同じかどうかが分からないし、元々魑魅魍魎である女の子たちは時の流れに対して頓着が無いため、あまりその辺のことを気にしていなかったことによるものである。
(そう考えれば急という訳でもないのか)
「そ・れ・と・も、典人はここで、わっちたち100人の可愛い女の子たちとの生活の方が良いのかなあ?」
考え込んでいた典人の頬に手を当てて『絡新婦』の紫雲が耳元で艶っぽく囁く。
「なっ! そっ、そんなこと……還りたいに……決まってる……じゃないか……」
一瞬答えに詰まり、目が泳ぐ。
それなりの大事はあったものの、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、こういう暮らしも悪くないと思い始めてしまっていた典人がそこにはいた。
100人からなるこれだけの美少女の中にあって、只一人の男子。
にも拘らず、疎外されることもなく、虐げられる事も無く、それどころか過剰なまでのスキンシップを図ってくる。
牢獄核の結界の範囲外での『検証実験』以降、年少組だけでなく、典人と同年代の子たちも積極的にスキンシップを取り始めて来ていた。
まあ、一部の子は最初から過激に攻めていた者もいはしたが。
この環境で健全な高校生男子の典人の心が揺らがされない訳がない。
典人は悪くない!
「大分、迷ってる♪」
『ガラッパ』の嘉良波が楽し気に言う。
「最後の方は尻窄みでしたね」
『河童』の津渦波も嘉良波に同調して楽しそうにからかうように頷いていた。
……弁護しよう。典人は悪くない……と、思う。
「兎に角です。これは御館様にしか出来ないことなのです」
『川天狗』の天音が断言する。
これは事実である。
長期にわたって牢獄核の妖力の供給範囲外から離れる事の出来ない魑魅魍魎の女の子たちにとって、典人は正に希望の光である。
「分かったよ。いつかはやらなければならない事だったんだし。で、いつ出発する予定?」
「明日でお願いいたします」
「明日!? いきなり過ぎない」
鈴璃の返答に典人は少し驚いた。
「善は急げと申しますし」
「やっぱり典人、わっちたちと……」
「行くよ。行きますから」
紫雲のからかい交じりの発言に、これ以上いじられるのは勘弁とばかりに典人が降参の意を示すように両手を上げつつ了承の旨を表すと、大食堂の中にいた者たちから歓喜の声が上がり出す。
「それじゃあ、今回森の外に向けて探索するメンバーなんだけど、誰にするの?」
だが、『七人みさき』の七女設定であるみさなの一言に、皆、シンと静まり返った。
そう、誰が典人と共に結界の外へと行くか、それが問題である。
「今のところオレの能力だと10人くらいが限界ってとこみたいだけど」
典人を守りながらという意味ではなるべく多くの子を同行させたいのはやまやまだが、『七枚の緒札』の一枚、『傘差し狸の抑止力』の緒札による妖力供給に限りがある以上、人数にも限りがあり、限度ギリギリまで連れていくわけにもいかないため、通常状態でも余力をもって動ける人数となった。
『算盤小僧、実は算盤小娘』の珠奇たちに手伝ってもらい、この数日牢獄核の影響下の範囲外までいって、典人の『傘差し狸の抑止力』の能力の検証を行なっていた。
それは、典人を中心とした半径何メートルが妖力を補充できる範囲なのか、その範囲内に何人入ると妖力の補充効率が下がるのか、その範囲内で妖力を使った場合どんな影響が出るのかなどなど、これから外の世界に出るにあたって自分達の身を守るための、重要な検証実験で会った。
結果、現段階において十全に力を発揮できるのは典人から半径50m程度、人数は女の子にもよるが10人以内といったところの用である。
先程も述べたように、典人を守りながらという意味ではなるべく多くの子を同行させたいのはやまやまだが、『七つの緒祝い』の一枚、『傘差し狸の抑止力』の緒札による妖力供給に限りがある以上、人数にも限りがあり、限度ギリギリまで連れていくわけにもいかないため、通常状態でも余力をもって動ける人数となった。
これが典人の言うところのレベル(『青行燈の呼び声』の心の中の100本の蝋燭の消えた数)が上がればもっと拡大できるのかもしれないが、今は万全を考えるとこのくらいが限界と珠奇たちは判断した。
「そうだね、典人の護衛として千金は決まりとして
「一命に変えても」
『妖狐』の璃菜が言うと、『藤原千方の鬼』の『金鬼』である千金が、その場に片膝を突き手を胸に当て真剣な面持ちで承諾の意を示した。
千金は実際に身を挺して典人を護ろうとした実績があるので砦内でも典人の護衛としての信頼は高かったため、この人選は誰も異論を唱えることなくあっさり決まった。
「……話し合いなら、私が典人の役に立つ」
『覚』の慧理が名乗りを上げた。
慧理の元々持っている能力の『悟り』は相手の思考を読む能力である。異世界に跳ばされてからもその性質は今のところ変わらないように思えた。故に、この状況の分からない異世界に置いて交渉の際には非常に有用な能力となり得る。
「旅路での交渉事でしたら、私の出番ですの」
慧理に続いて『鈴彦姫』の鈴姫も名乗りを上げた。
「私の交渉の腕と肌をお見せする良い機会ですの」
「肌は見せなくていいから」
「いくら旅の恥は掻き捨てとは言っても」
「脱ぎ捨てはちょっと」
「日本の恥以外にも、いろいろ曝してきそうで不安だわ」
が、こちらは『機尋』の千尋や『橋姫』の姫刃をはじめとする周りからストップがかかった。
確かに鈴姫は交渉事には自信があるようではあるが、その手段が問題である。
芸能の神の天鈿女命との関連を示唆されているが故に、扉を開けるのに露出度高めで妖艶な舞を踊ったり、道を通してもらうのに全裸になったりといろいろやらかしそうな不安があった。
実際は神事にも精通しているため、礼儀作法もそれなりに弁えてはいるのではあろうが、普段の振る舞いが振る舞いだけに不安が拭いきれない。
「取りあえず、鈴姫と祈世女は留守番組ね」
姫刃がバッサリと切って捨てる。
「なんでですの」
「なんでわたしまで!」
「このせかいが砦から見て西洋風だと考えるなら、外見的に、唯一、西洋から来たキキを連れて言った方が相手側に警戒されにくいんじゃない?」
「そうですね」
二人の抗議の声を気にせず続ける姫刃にみさなも同意する。
「Oh! 泥船に乗ッタ気デ任セテクダサーイ!」
「狸のキキさんがそれ言うとシャレになりませんね」
「兎の世良ちゃんが突っ込むのもどうかと思うけどねえ」
そう突っ込んでいるのは『豆狸』の瞑魔である。
「あとはどうします? このまま喧々囂々やってても埒が明かなそうですし」
みさなの一言に皆が考え込む。
では、残りの枠は阿弥陀くじで決めましょうか」
結局、話し合いの末、鈴璃の発案の元、あまり執行部で決めてしまうのは角が立つと言う事で構成に決める方法が取られることになった。
「探索隊に参加したいと希望する方は48本の線から好きなのを選んでください」
「何これ?」
鈴璃がすらすらとかき上げた阿弥陀くじを見て、典人が首を傾げた。
それもそうである。
阿弥陀くじと聞いて典人がイメージしたのは、ガタガタした梯子の並びのようなものである。
しかし、今目の前に書かれているのは放射状に引かれた線の集まりである。これで横線が引かれて変則的な蜘蛛の巣状にでもなっていれば分からなくもない。
「平安時代あたりはこんな感じだったんですよ。元は博打のようなものでした。線の形が阿弥陀様の光背、つまりは後光に似ているところから阿弥陀くじと呼ばれるようになりました」
「阿弥陀様のおぼしめしということで、皆納得しますしね」
鈴璃の説明に天音が続ける。
「あなた任せ、阿弥陀任せ」
『化け蟹』のはにかが早速とばかりに一つ選び、そこに独鈷杵を突き立てた。
それに続いて続々と選んでいく。
祈世女と鈴姫も当然参加したが、残念ながらハズレてしまった。
そうして決まったのは『覚』の慧理、『糸取り狢』の射鳥、『キュウモウ狸』のキキ、『シバカキ』の遥、『藤原千方』の『金鬼』の千金と『水鬼』の千水、『木霊』の麗紀、『磯姫』の姫埜、『小豆洗い』の梓、そして……。
「でも、この世界に人がいたとして、言葉が通じるかなあ?」
典人が懸念事項を口にする。
「その辺は心配ないない」
「えっ?」
やけに確信めいた夜星の軽い口調に典人が訝しむ。
「いっ、いやあ、心配してもしょうがないんじゃないのかな。兎に角、まずはこの世界の知的生命体とコンタクトを取らないと、どうにもならない訳だし」
内心冷や汗を流しつつ夜星が取り繕って言う。
「それは確かにそうだな」
典人が一応の納得を見せたことに、ホッとする夜星。
「それじゃあ、探索隊になった方々は明日の準備を始めてください」
鈴璃の号令に探索隊になった女の子たちだけでなく、他の女の子たちも一斉に腰を上げ動き出した。
こうして典人と決まったメンバーは明日の出発のために準備を始めるのであった。




