第肆拾伍巻 気運
第肆拾伍巻 気運
「そろそろ『亀』さんたち、動き出しそうだよ」
壁際にもたれかかりながら腕を組み『ヤンボシ』の夜星が口を開いた。
「そう。ギリギリ間に合ったというところでしょうか」
『硯の精』の鈴璃がその報告を聞いて、その墨を垂らしたような艶やかな黒髪と同じ、整った長く美しい睫毛を伏せた。
現在、通称『生徒会室』と呼ばれるようになった一室で、複数の女の子たちが話し合っていた。
典人が食事の時に、皆の前で「まずは生徒会みたいなものを作っていこうと思うんだけど」と言ったのがきっかけで、典人たちが日ごろ使う部屋をそう呼ぶようになった。
ちなみに、この場には典人の姿はない。あえて典人には伏せている話題だからである。
「随分と遅かったと思いますけど」
持っていた湯呑を机の上にコトリと置いて『河童』の津渦波が感想を述べた。
「女の子の数から考えて、この砦にいる戦力になりそうな男の数を推測していたらしい」
『藤原千方の鬼』の『隠形鬼』の千隠がその疑問に答える。
「まあ、確かに囲っていると考えるなら、最低でも女の子の数の3倍は見るでしょうか?」
『七人みさき』の次女設定のみさらが人差し指を頬に当て推測する。
「慎重にさせちゃったかな? 少しサービスし過ぎたかもね。生足出すくらいでも十分だったんじゃないのかな?」
『馬の足』の魔埜亜がコロコロと笑いながら言い放った。
「まあ、どの程度で釣れるかがわからなかったし、」
爪の手入れをしながら『コサメ小女郎』の小雨が言う。
「この数日間、わざわざ水着で挑発した甲斐がありましたわね。まあ、典人様が真っ先に釣れましたのはご愛敬というところですわね」
「鈴姫、あんた大していつもと変わらない恰好でしょうが」
『鈴彦姫』の鈴姫の言葉に『橋姫』の姫刃が突っ込みを入れている。
「やっぱりウチの悩殺貝殻ビキニが効いたのお」
「「はいはい」」
座りながら、腰と頭に手を当ててポーズを取りつつ『衣蛸』のこころが言うのに対し、小雨と姫刃が両手を広げて上げ肩を竦めた。
「でも、『亀』達が慎重になってくれたおかげで助かりましたね。珠奇さんたちの検証結果次第では典人様を巻き込むことになってしまったかもしれませんから」
鈴璃が安堵の息を漏らしながら言った言葉に、室内にいた皆が頷く。
「それじゃあ、いよいよ大掃除を始めるといたしましょうか」
「「ええ」」
『箒神』の奉祈の言葉に皆が返事を返して動き出した。
どうやら砦の女の子たちの間では『亀』と呼ばれているモノに動きがあるようだ。
◇
広い砦の一廓には芝生の整えられた、寝転がったり、走り回ったりするのに丁度良さそうな場所があった。
もちろん、当初は伸びるに任せてそれなりに鬱蒼としていたが、それを整えたのは砦の女の子たちである。
今日みたいに良く晴れた日なら、草の上に敷物でも敷き、そこにお弁当でも広げれば、ちょっとしたピクニック気分を味わえそうである。
そこに三人の美しい少女が座っている光景は少し離れた所から見ると実に一枚の絵画を見ているような気持ちにさせられる。
現に少し離れた所では『画霊』の麗華がここに跳ばされてから作ったのであろうキャンバスに向かって筆を走らせていた。
それもまた遠目で見れば一つの絵になる光景となっている。
そんな穏やかでゆったりとした時間が流れていた。
「い~い~天気ですね~」
「そうですねえ。こういう日は、お外で日向ぼっこして光合成するのが良いですねえ」
「なるほどお、それは気持ち良さそおですう」
順番に、『琴古主』の美琴、『木霊』の麗紀、『七人みさき』の五女設定のみさりである。
見事におっとりした口調の3人娘が集まっている。
「女三人寄れば姦しい」と言ったりもするが、この場合なんと評すべきだろうか。
数人の中に一人だけゆっくり話す人間がいれば、場合によってはテンポが崩されるかもしれないが、全員がスローテンポで話す空間にあってはそれが自然の流れのように思える。
あくまでその空間限定の話だ。
「時の流れがあそこだけ歪んで見える」
『七人みさき』の六女設定のみさのが目に手を覆うように翳して、草の上にのんびりと座っている三人を少し離れた所から見やっていた。
「長い時を存在し続けている妖のわたしたちですけど、それでもさらにあそこだけ、時間の流れが違う感じがしますね」
みさのの言葉に『油徳利』の由利も同意する。
「あそこはあれで空間が安定していますから、そのままにしておきましょう」
『藤原千方の鬼』の『金鬼』である千金がもう片方でのんびりと過ごしている典人たちのほうを見やりながらそう言った。
しばらくして、何処からともなく取り出した琴を芝生の敷物の上に置き、美琴が琴の弦を弾き、音を合わせるようにピンという音を何度か響かせた。
やがて音の確認が終わると、美琴はゆったりとした曲をを奏で始める。
「平和だなあ」
そんな琴の音を聞き、穏やかな日差しに和みつつ、典人もゆったりとした一時を過ごしていた。
「この辺にももう少し花を植えるべきかのう。う~む、やはり食べられるものを優先させるべきか」
典人の近くでは辺りを見回しながら『山姥』の麻弥刃が腕を組みつつ何やら考え込んでいる。
見た目の年齢に不相応な真剣そうな面持ちであるが、それがなんとも愛らしく様になっていた。
最近では畑を広げようと砦のあちこちでそういうのに詳しい子たちがせっせと作業をしている光景が見られるようになっている。
「花っていっても種とかどうするんだ? 森で探すしかないだろうけど、どんな種類の種とか分かるのか?」
典人がそんな麻弥刃に問いかける。
この世界に来てまだ良く分からないことだらけである。
当然動植物についても知らないことだらけだ。
元々植物を育てたりするための知識なんて典人にはないし、もしかしたら麗紀あたりならこの世界の植物にも知識があるのだろうかと、チラリと麗紀たちの方を見やる。
「そこはご心配なく。大丈夫ですよ。麻弥刃ちゃんがいろいろと出してくれますからね」
そんな疑問に答えてくれたのは花壇に桶から柄杓で水をやっていた『瓶長』の芽梨茶であった。今日はメイド服ではなく、着物を着ている。やっぱり桶に柄杓なら和装が合うなとちょっと思っている典人であった。メイド服が合わないと思っている訳ではない。風情という点から典人がそう思っているだけである。
「へえ、すごいね。どうやっているの?
何の気なしの、純粋な疑問。
「乙女の秘密なのじゃ。御館様よ、それ以上聞くななのじゃ。ああ、そうじゃ。妾はお花摘みに行ってくるのじゃ」
それに対し、やや早口で麻弥刃がまくしたてるように言うと、そそくさとその場を離れていく。
「お花摘みって、確かトイ……」
その背を見送りながら典人が一人ボソリと呟こうとした。
バキッ! スパーン!
その途中、鈍い音と小気味の良い音の二重奏と共に大地に沈む典人
「Oh! 4バンバッターハイリマスデース」
『キュウモウ狸』のキキの感心したような声の先、そこには手に棍棒のようなものを振りぬいた姿勢で持つ絹姫と、張り扇をパンパンと手で叩いている『二口女』の双葉の姿があった。二人とも何処と無く頬がほんのりと朱に染まっているように見える。
地に伏している典人がピクピクとヒクついているが、一応は手加減していると思いたい。
巨大な胸を持ちその事にコンプレックスを感じており、普段引っ込み思案で大人しい雰囲気の絹姫だが、典人に対し打ち解けて来たのか大分遠慮が無くなってきている。
懐いたとも言えなくもない。
双葉に至っては慣れた手つきでパンパンと叩いているから、恐らくは条件反射だろう。
「いってらっしゃ~い! お土産よろしくね~!」
「いてて。お花摘みでお土産って……」
にこやかな笑顔で見送る双葉の足元から、後頭部を摩りつつ立ち上がりながら突っ込む典人。意外に頑丈であるようだ。ここ最近のトレーニングの賜物であろうか?
「土から産まれると書いて土産とは良く言ったものですよね」
その光景を目にしながらも、芽梨茶はニコニコとしながら、まるで井戸端会議を楽しむかのように話す。
「いや確かオレがここに呼ばれる前、伊勢神宮のお店で聞いた時は昔は伊勢神宮に参詣するのが一つの庶民の流行で、ただ露銀が掛かる為皆が行くことが出来なかったらしい。そこで地域で『お伊勢講』という組合みたいなのを作ってお金を集めて、選ばれた代表者が、皆から託された餞別を持って代わりに祈願し、その帰りにお札を貼るための板・宮笥を買って帰ったのが、変化して「みやげ」になったって聞いたけど」
それも一つの説とされている。その他にも、人に上げる者に対し、丁寧な言い方として「御」を付けて「御上げ」が変化したものとか、「良く見て差し上げる」の意味から「見上げ」からへんかしたものとか、幾つかの説がある。それにその土地の名産品という意味で「土産」の文字が当てられたという。
「詳しいですね」
『絹狸』の絹姫が 感心したようにのりと(のりと)を見つめている。とても先ほど、典人に棍棒のようなもので張り倒した娘とは思えない。
「いや、ここに呼ばれて来る前に聞いたばかりだったからね。たまたま覚えていただけで、全部受け売りだよ」
典人は感心されてちょっと照れたように右手で頭の後ろを掻いている。
そこへ『硯の精』の鈴璃が姿を現す。
鈴璃の長く艶やかな黒髪の一房だけ飛び出た髪の毛が、穏やかな風に軽く揺れる。
「典人様、少しお話よろしいでしょうか?」
「鈴璃ちゃん? 別に構わないけど、何?」
典人の返事に鈴璃は普段でも美しい佇まいを正して少し上目遣いに典人を見た。
「典人様に折り入って頼みたいことがあるのです」
普段は柔和な面持ちだった鈴璃が真剣な表情にかわったことに気付き、典人も自然と姿勢を正す。
「典人様には砦の子を何人か連れて、砦の結界の外の世界を見てきて頂きたいのです」




