第肆拾肆巻 気を回す
第肆拾肆巻 気を回す
「典人様、お姫様抱っこを所望しますわ!」
会議が終わってすぐ、『雪女』の淡雪は訓練場に行き、典人の前に来るや否や、開口一番に言い放った。
「何? いきなり」
突然の要求に典人は面食らったようで、その場にキョトンとしてしまう。
「何でもいいですからお姫様抱っこをするのですわ!」
「なんのために」
「もちろん、鍛錬のために決まってますわ」
「いや、正に今、皆でトレーニングをしてたばかりなんだけど」
そう、典人たちは今の今までトレーニングをしていたのであり、そろそろ終わりにしようかと片付けを始める所であった。
半分以上は遊んでいたようにしか見えなかったが、まあ、それは置いておくとしよう。
「もっと、鍛えるべきなのですわ」
「ええっ、もう結構疲れて来たし、って、分かった分かったから、その雪解け時計の雪だるまを振り上げるのはやめろ」
少し面倒くさそうに言う典人の反応を見て、おもむろに作り出していた雪だるまを頭上に翳し、ジト目で見てくる淡雪を手で制して、典人が慌てて答える。
「分かれば良いのですわ」
すると、満足気な表情で淡雪は掲げていた雪だるまを近くの大石の上に置き、典人の前へと歩み寄った。
「さあ」
「はいはい」
それから、淡雪はお姫様抱っこをされ、妖力の充電効率ならぬ充妖力効率が一番良い状態を文字通り肌で感じつつ、内心ご満悦であった。
ちなみにこの充妖力効率しかじかに関しては今のところ典人には内緒にされることになっている。
秘密にしている理由としては『算盤小僧 改め 算盤小娘』の珠奇が典人に話すまでは魑魅魍魎の女の子の間では名目上、「もう少し検証実験が必要」ということになったからであるが、皆密かにその方が、典人にベタベタするには都合が良いと思っているのが本音のところである。
そして、この秘密は珠奇が典人に話すまで、しっかりと守られる事となる。
その間、年少組だけでなく、見た目、典人と同世代の女の子たちまでもが、前にも増して典人とのスキンシップを撮りたがるようになったのは言うまでもない。
……うらめ、いや、うらやましい。
◇
それから数日後。
準備が整ったのか、珠奇が訓練場でトレーニングに励んでいるであろう典人の元にやってきた。
「あと少しですわ」
珠奇が見ると、訓練場には淡雪をお姫様抱っこして立っている典人の姿が目に入ってくる。
何故かその近くでは数人の女の子たちが順番待ちの列を作っていた。
よく見れば……よく見なくても、典人が必死になってお姫様抱っこした淡雪の重みに耐えている様子が見て取れる。
「負荷73kgか……どのくらいやっているかは知らないけど、淡雪も始めたばかりの典人に、ちゃんとさじ加減をしているみたいだね」
珠奇は一瞬足を止めたが、その光景を左の拳を口元に当てて苦笑交じりに見ながら、典人の隣まで歩み寄っていく。
「典人君、ちょっといいかな」
「ぬぐぐ、なに? ……お姫様抱っこならぐぬ……間に合ってるんだけど!」
「あははっ、それも魅力的だけどね。ちょっと話しておきたい事と、手伝ってほしい事があるんだよ」
「もう少し満喫したかったですわね。『亀』ならもっとゆっくりされてればよいのですのに」
日課? のお姫様抱っこトレーニングをされながら少し不満そうに淡雪が小声で言い、典人に掛けていた重みを解いた。
◇
「……という訳で、早速だけど、典人君にやってもらいたいことがあるんだ」
森の中。
典人たちは鍛錬場から場所を変え、牢獄核の妖力の供給範囲外に向かいながら、珠奇が先日行なった検証実験で得られた結果を掻い摘んで説明してもらっていた。
「オレに皆の妖力を補充する能力があるって言っても……あっ、そう言えば、『傘差し狸の抑止力』の緒札にそんな能力があったような。でも、あれって確か、牢獄核内ってなっていたような気がするけど、それじゃあ、牢獄核の影響範囲外に出てしまったら、効果は亡くなるんじゃないか?」
典人は異世界に召喚された初日に自分の中に入り込んだ『七つの緒祝い』の緒札の一枚である『傘差し狸の抑止力』のことを思い出していた。
~ ~ ~
『傘差し狸の抑止力』
さしかけられた傘に入って一緒に行くと何処かに連れ去られてしまうという化け狸の緒札。
牢獄核内で妖怪たちに妖力の供給を行う。
~ ~ ~
「うん、恐らくはそうなんだけどね。典人、君、僕たちがこの異世界に呼んだ時、初日に牢獄核の一部を身体に取り込んでいるだろ」
「ああ、そういえば」
典人はこの異世界に呼ばれた日のことを思い出していた。
当初、典人の心の中にある『七つの緒祝い』の緒札の一枚である『青行燈の呼び声』の百本の蝋燭を消すために、典人も牢獄核の欠片を全て自分の身に取り込まなくてはならないのかと考えたが、そうでなくても『青行燈の呼び声』の百本の蝋燭は消えていっているので、予想が外れたとがっかりしてその事をすっかり忘れかけていた。
「僕の考えだと、あの一件の影響で、典人君は小型の牢獄核とも言うべき存在になっているのではないかと推測しているんだ」
「えっ! マジで!?」
典人は自分の心臓あたりを押さえて目線を下げる。
「僕自身、牢獄核の範囲外で妖力を枯渇しかけて、この身体で理解したよ」
「誤解を招きそうな言い回しは止めろ」
ちなみに『経凛々の高望み』の緒札に関しては常時発動している効力以外の能力を意思を持って発動させようとする時に補助として機能する拡大術式ではないかと当たりを付けている。
仮説は合っていそうだが、まだまだ確かめなければならない事もある。
例えば、典人からどのくらい離れると妖力の供給が受けられなくなるのかとか、典人と一緒に行動する場合、何人までが効率的に動くことが出来るのかとか、牢獄核と同じ回復スピードなのかとかである。
「っで、改めて、まずは検証実験に付き合ってもらいたいという訳なんだ」
「それはかまわないけど、珠奇を含めて、もうあんな無茶なことやるんじゃないぞ」
典人は一緒に歩いている珠奇をはじめとする女の子たちに言い聞かせていた。
「善処はするよ」
珠奇は軽く笑って答える。
「お前は何処ぞの政治家か! 5万パーセント無いと言うのと同じくらい信頼性を感じないぞ」
「はははっ」
珠奇はさらに乾いた笑いで返した。
「はあ、こんどからは前もってオレにも一言相談してくれよな」
深く溜め息を付き、不満たらたらに典人が珠奇に言う。
「命なら以前に話したお寺にもぐりこんだ時も懸けてたさ」
少し真顔になって珠奇が呟いた。
「珠奇、お前、あの時は意外とばれないもんでって、軽く言っていたじゃないか」
「そうだね。女人禁制の所なんかばれたらかなり惨たらしいやり方での死罪って所にももぐりこんでいたしね。後学のために、どういう処刑方法だったか教えて上げようか?」
「いっ、いや、遠慮しとくよ」
「そうかい、残念」
何処か猟奇じみた光が珠奇の瞳に帯びる。
こと、学問の探求に関しては、珠奇は文字通り死してなお追い求めるほどに執着心が強い
その瞳を見た典人は背中にうすら寒い物を感じていた。
普段理知的に見えるだけに、余計にそう感じるのかもしれない。
「猟奇じみてるとか思っているでしょ? でも、そのくらいの執念がないと妖になんてなってないよ」
珠奇は軽く笑いながら目的地へと足を進めた。
◇
それからしばらくの間、牢獄核の結界のあった場所よりかなり離れた外に出て、典人たちは検証実験を行なっていた。
「やはりね。典人の体内に取り込んだ小型の牢獄核による妖力の供給には有効範囲があるという事になるようだね」
その内容は珠奇が少し離れた所で自分の能力である『目分量』という一種の鑑定能力を発動しつつ観察する中、典人に接触したまま、術を使う子、少し離れた場所で使う子、さらに少し離れた場所で使う子……というように、等間隔で距離を離していき、珠奇の立てた仮設「典人は牢獄核と同じく、この世界で女の子たちに妖力を供給する力を持っている」ことの検証と、その有効範囲を調べる実験を行なおうというものであった。
検証実験に至る前までで、木の実と他の子たちとの違いは単独で牢獄核の結界の境界のあった場所より外側に出たかどうかである。
そして、牢獄核の結界の境界のあった場所より外側に出た子たちの共通点は典人と共に牢獄核の結界の境界のあった場所より外側に出て典人が傍にいる時に妖力を大量に消費する能力を使ったということである。
木の実を探す際に牢獄核の結界の境界のあった場所より外側に出た子たちも何人かいたが、大量に妖力を消費するような能力を使った子はいなかった。
余談ではあるが、この検証実験に際し、誰が典人に接触して能力を使う役をするかでかなりもめていたのは典人には内緒である。
結果としては検証実験への参加者は術や能力が目で見て分かり易い事が第一条件とされ、配置に関しては順番で位置を変え何度か検証してみる事で決着がついた。
なお、森に大きな被害の出そうな火系の子はもちろんのこと、砦の警備や食料調達、家事などのシフト分担が割り当てられている子は外されている。
「今日はこのくらいにして、そろそろ砦に戻ろうか」
「オレは立ってただけだし、まだいけるぞ」
「いや、今日は妖力の供給が典人が自然体の時でも常時一定量行なわれていることが確認できれば十分だよ」
皆の為に何かできることがあるかもしれないとやる気になっていた典人からすると少し拍子抜けする感じではあるが、珠奇に無茶するなと言った手前、自分が病み上がりのような状態でムチャするわけにはいかないと、珠奇の言う事にしたがうことにした。
それから、各々帰り支度をして歩き始める。
「もう、あたしたちは典人なしでは生きられない体にされてしまったという事だね」
わざとらしく胸元を掻き抱く仕草をして『ろくろ首』の麓毘が典人を見やる。
「こっ、こら、麓毘、だから、誤解を招くような言い方をするなって!」
動揺した口調で典人が抗議する。
「誤解なものか。事実そうなのだからな」
その横合いからひょっこり現れた『妖狐』の璃菜が突っ込みを入れてくる。
「良かったじゃないか。前にも言ったけど、100人からの美少女ハーレムだよ。お百度参りはするまでも無かったけど、その橋姫ですらハーレム要員なんだからさ」
珠奇がニヤニヤしながらそのやり取りを眺めて言う。
「……」
典人は思わず閉口してしまうしか他なかった。
この検証実験によって、『傘さし狸の抑止力』の影響で典人の近くにいることにより牢獄核の範囲内にいる時同様、妖力を補充することが出来ることが分かった。
例えるならば、典人は所謂モバイルバッテリーチャージャーといったところだろうか。
しかも、典人に近ければ近いほど妖力の補充の効率が良くなるらしい。
つまりは密着しているのが一番効率が良い事になる。
年少組のちびっ子をはじめ、女の子たちが必要以上に密着したがるのは恐らく本能的にそれを察知していたからなのかもしれない。
「よよよっ、わっちたちは蜘蛛の巣にからめとられた哀れな蝶というわけね」
着物の袖で目を拭う仕草をしながら、『絡新婦』の紫雲が芝居がかった口調で演技をする。
「絡めとって捕食する側が言うと生々しいですね」
紫雲の言葉に、隣を歩いていた『古椿の霊』の小椿が素直な感想を漏らした。
「んっ。……」
しばらく歩いていると、ふと、『コボッチ』の千補が典人の服の裾を引っ張ってある方向を指さす。
「典人さま、たまにはこっちから回って帰ろうよ」
千補が指差した獣道らしき道は砦に帰るには少し遠回りをする道で、砦の正門とは違う門へと出ることになる。
「いいけど、どうしたんだ千補ちゃん。いきなり?」
「気分かな。ただの散歩だよ♪」
無邪気そうな笑顔を向けて千補は典人の腕に纏わり付く。
必然その幼い容姿からは不釣り合いな巨乳が典人の腕に押し当てられることになった。
「わっ、コラ、千補ちゃん腕にしがみ付かない」
少し顔が赤くなる典人。
「ええ! どうして~」
典人が慌てたような声を上げるのに対して、ちょっと悪戯っぽい笑みになり千補が典人を見上げる。
典人の近くにいることによる妖力の供給という側面もあるかもしれないが、間違いなく千補は自分がロリ巨乳であることを自覚して態とやっている。悪戯好きの『コボッチ』の性として……うらめ、いや、うらやましい。
それから千補は典人に見えないように、背中側で他の女の子たちにサインを送った。
「そうそう、散歩♪ 散歩♪ フンフン♪ヒョウヒョウ♪」
楽しそうに鼻歌交じりに歌いながら『ガラッパ』の嘉良波が後ろから典人の背中をズンズンと押して千補の示した道へと歩いていく。
「わっ! 嘉良波さん、押さないで! 千補ちゃんも引っ張らない! 分かった。歩くから。はあ、モテ期が来たかと思ったのに勘違いだったか」
からかわれているのを自覚して、典人が大きく一つため息をつくと、がっかりしたように肩を落としながら引っ張られるまま、押されるままに歩いていく。
「そんな事はないと思いますよ」
『木霊』の麗紀が典人の背中に向かっで小さく呟いた。だが、その言葉は当の本人には届いていない様であった。
「フンフン♪ヒョウヒョウ♪」
「はやくはやく!」
二人につれられるまま、典人は森の小道へと入っていく。
「夜簾補、頼める?」
「ええ、分かりました」
紫雲に頼まれた『オボノヤス』の夜簾補は皆の一番最後に移動すると、来た道に向かって吐息を吹きかけ始めた。
それから、他の女の子たちも目配せをしつつ、典人の後、獣道へと消えていく。
やがて、その道の周りから霧が発生し、見る見るうちに辺り一面は濃霧に覆われていった。




