第肆拾参巻 元気いっぱい!
第肆拾参巻 元気いっぱい!
『『鬼さんこちら♪ 手の鳴る方へ♪』』
珠奇たちが、会議を行なっている窓の外では丁度典人と何人かの年少組の子たちがトレーニングに飽きたのか、トレーニングと称した「鬼ごっこ」を始めている風景が広がっていた。
「典人お兄さん、こっちです」
可愛らしくお尻ぺんぺんの仕草をしながら典人を挑発している『ケセランパサラン』の世良だが、本人はお尻に着いている兎しっぽが本体だと主張しているので、あれは本人からすると一体どういう行動に当たるのだろうか?
反対側では『化け猫』の跨羽と『旧鼠』の優希が
「ご主人さま、こっちだよ!」
「違う典人さま、わたしわたし!」
「わたしの方だって!」
「わたしが先!」
「わ! た! し!」
「なにおお! それじゃあ、あそこの木まで、どっちが早くたどり着けるかで勝負だ!」
「いいよ、勝つのは私だもんね」
「負けるか!」
良く分からない張り合い方で競い始めた。
「のりとおにいちゃま、こっちこっち!」
そして、『木の子』の木の実も羊の皮を被った狼に襲われた一件から回復したようで、訓練場内のグラウンドを元気一杯に走り回っていた。
流石に木の実の能力である『分け身』を使ってはいないが、懲りない木の実のこと、何れ使い始め、あちこち走り回るのは砦内の誰の目から見ても時間の問題のように見えた。
ふと見ると、訓練場の片隅では何故か『石妖』の清瀬が、大きめの石に向かって何やら語り掛けていた。
「七帆ちゃん、「かくれんぼ」じゃないのですから、大石の隙間に入り込むのは止めた方が良いですよ。「鬼ごっこ」なのですぐに捕まると思いますから」
石に縁のある妖だからではなく、どうやら、石の下の隙間に入り込んだ『七歩蛇』の七帆に向かって話しかけていたようだ。
「ダメ?」
「……いえ、駄目ではないのですが」
石の下からうつ伏せの恰好で金色の瞳を輝かせながら見上げるように見つめてくる七帆に、清瀬は微妙な表情を浮かべて頬を掻いていた。
「七帆は一体何やってんだ?」
それを、皆を追いかける足を止め、少し離れた所から見ていた典人の背後から、忍び寄る者があった。
「隙あり!」
と、『糸取り狢』の射鳥が飛びかかり、典人の後頭部に糸をぐるぐる巻きにした管の一撃を叩き込む。
痛っ!」
いきなり受けた後頭部への衝撃に頭を抑え、振り向く典人の目の前には、一本取ってしてやったりの射鳥が糸を巻いた管を高らかに掲げて満面の笑みを浮かべて立つ姿があった。
「鬼ごっこじゃなかったのかよ!」
実際には糸が何重にも巻かれているため、頭に受けた衝撃はそれ程強いものではなかったが、いきなりの不意討ちに思わず文句を言う。
「残念でした。これはトレーニングです」
「なんだよそれは」
「鬼ごっこは弱肉強食、諦めたらそこで焼肉定食! 食うか食われるかなんですよ」
「何か怖えよ!」
などと、典人と射鳥が掛け合いをしていると、さらに典人の背後から、飛びつく者があった。
「「スキありです!」」
少し離れた場所で組み手をしていた『足長手長』の芦那と薙那が、息の合ったコンビネーションで両腕を固めてきた。
「ちょっ、芦那ちゃん、薙那ちゃん」
「面白そうなので」
「私たちも混ぜてください!」
「待って! 当たってる! 当たってるから!」
何がとは聞くまい!
典人の羨ましい悲鳴を他所に、さらに続く。
「あたちもあたちも!」
『赤殿中』の灯狸も典人に負ぶさろうと背中にとびついてきた。何気に灯狸は見た目のちっこさの割に、狸系の妖の特徴か巨乳だ。それを無自覚に押し付けてくる。
「ボクも肩車して!」
身動きの取れない典人に『古籠火』の呼炉もよじ登って行こうとする。
「よじ登るなら、わたしの十八番だよ」
検証実験に参加していたにもかかわらず、今回の会議には出席せずに訓練場の日向でゴロゴロしていた『妙多羅天女』の妙羅もいつの間にか騒ぎを聞きつけ混ざっている。
「「ああっ! 皆ずるい!」」
意味不明なかけっこをしていた跨羽と優希がその様子を見つけ叫びながら走り寄ってくる光景も目に入ってきた。何故かこういう時は不思議と息がピッタリ合っている。
それ以外の子たちも走り寄ってきた。
『『わたちも!』』
ついには我慢しきれなくなったのか木の実までもが『分け身』を使って典人に向かって突撃して来た。
「こら木の実! 病み上がりなんだから『分け身』を使うな!」
『『へいきだもん!』』
「どわあ! はなれろ!」
周りの小さい子達からキャーキャーと歓声や笑い声が起こり、訓練場内に響いていた。
妖怪は元々勝手気ままに行動するもの……いや、この場合は、小さい子供は自由に行動するものだから、 子供たちの遊びとは虚ろいやすいものである。
鬼役の典人に皆群がって行っているのだから、もはや「鬼ごっこ」の体裁は成り立たなくなっていた。
そんな訓練場の賑やかな光景を横目に会議は続いている。
「興味深い話だね。詳しく離してくれないかい」
『妖狐』の璃菜が両手で湯呑を抱えながら、その大人ぶった口調とは反対に可愛らしい仕草でお茶を啜る。その椅子の後ろからははみ出した大きなモフモフしっぽがユラユラと左右に揺れていた。
「もちろんだよ」
『算盤小僧 改め 算盤小娘』の珠奇が頷き、手を組みなおしてから話し始める。
「初め疑問に思ったのは木の実ちゃんが妖力を使い果たして倒れた時、急ぎ砦に戻ることより、無意識に典人に運んでもらうことを選んだという話を聞いた時なんだ」
「ええ、確かにそうでした」
珠奇の言葉を『川天狗』の天音が肯定する。
「その事と、典人を『かごめ』の儀式で呼んだ日の事を照らし合わせて考えてみたんだよ」
典人はこの砦に召喚された初日に牢獄核を起動させている。
そのおかげで、砦内にいる魑魅魍魎の100人に及ぶ女の子たちはそれまで生存するために必要な妖力を消費し続け枯渇寸前まで追い詰められていたものが、妖力の供給が成されるようになり、当面の消滅の危機は回避できることとなった。
それと同時に典人は牢獄核の一部をその身に取り込んでいる。
「あの牢獄核が動き出したことで、僕たちに妖力の供給が成されたのならば、典人の身体の中に入った牢獄核の欠片も同じ効果が期待できるんじゃないかってね」
室内が少しざわつく。
それが落ち着くのを見計らって珠奇は再び話し出す。
「牢獄核に囚われていた頃の僕たちは今風に言えば充電してあったバッテリーのみで放り出され、充電できない状態だったんだ。それが、典人のおかげで、牢獄核(牢獄核)が作動するようになって、家での充電が出来るようになったということさ。ところが、家の一か所だけでしか充電できない状態じゃ、バッテリーだけじゃもたないから遠くまで行くことはできない。つまりは、外の世界に日本へ還る手掛かりを探しに行くことが出来ないということだね」
「そこで、典人様と言う事ですか」
「そう。典人には牢獄核と同じく、一定範囲内の僕たちに妖力を供給する力がある」
両手で湯呑を持ちながらの『琵琶牧々』の日和の問いに珠奇が頷いて答える。
「言わば移動できる小さな牢獄核と称すべき存在となったわけだ。これによって、僕たちは外の世界に出る事が出来るようになる訳さ」
もう少し噛み砕いてしまえば、モバイルバッテリーチャージャーといったところだろうか。
「それも、珠奇さんの計算に入っていたんですか?」
『七人みさき』の次女設定のみさらが問うと
「うん、まあね。後回しにするつもりだったんだけど、仮説が正しければ、少しずつでも典人から妖力を回復させてもらえることが出来ると思たしね。まさか、あそこまでとは嬉しい誤算だったけど」
珠奇が、『コボッチ』の千補を見やって続ける。
「千補には予め頼んでおいたんだ。牢獄核の結界のあった範囲の内側から『千里眼』を使って僕たちのことを見ていてくれるようにってね。そして、もしもの時は典人に知らせて僕たちの所まで連れてきてもらえるようにとね」
「実際、砦から見ていて、ボク、ハラハラしたよ。まさか、珠奇ちゃんたちがあそこまでやるなんて思ってなかったしね」
「一気に大量の妖力を消費する火や雷系の子たちに頼めればもう少し楽で速かったかもしれないけど、麗紀に森への被害を考えて止められたし、なにより『亀』の事があったからね。あまり派手には出来なかったからさ。時間も無さそうだったし、回りくどいけど、無茶をせざるを得なかったんだ」
「本当ですわね。珠奇さんが見ていてくれるとはいえ、自分でもまさか溶ける寸前まで無理するとは思ってませんでしたわ」
検証実験に初めから参加していた『つらら女』の雪良が、口元に手を当てて苦笑交じりに語った。
「皆、それだけ日本に戻りたいという思いが強いということですよ」
『絹狸』の絹姫が穏やかに言う。
その言葉に会議室にいた子たち皆が感慨深げな物になり、室内がしんと静まり返る。
「つまり、結論としては典人っちの周りに侍っているのが一番妖力の補充には効率的ということだね」
そんな中で、『ろくろ首』の麓毘が、場の雰囲気を変えようとするかのように茶化して両手を軽く上げて言った。
窓の外を見れば、年少組の賑やかな声が続いている。
まだこの事を知らない年少組の女の子たちが今も砦の敷地内にあっても典人に纏わり付いているのは、小さな子供特有の敏感な感性で、本能的に典人から妖力を供給してもらえることを感じ取っているのかもしれない。
「ここにいない子たちには手分けして伝えてもらって良いけど、『亀』の件も含めて、まだ、この事は典人には黙って置いて」
「何故ですかあ?」
ややおっとりとした口調で『七人みさき』の五女設定のみさりが訪ねると、
「典人にはこの『検証実験』を踏まえて、この後、手伝ってもらうから。怒られたからね、僕から話すよ」
珠奇はそう苦笑いを浮かべた。
そうして会議は終わり、各々席を立ち、部屋から出ていく。
(あの時の心地よさはそういうことだったのですわね)
何か思い当たる節があるのか『雪女』の淡雪は思案顔になる。
「もう一度試して見る価値がありそうですわね。そうと決まれば善は急げですわ」
淡雪が、唇に指を当てて窓の外の遠くの空を見つめるように何事かを考え静かに呟いた。




