第肆拾弐巻 気難しい話
第肆拾弐巻 気難しい話
牢獄核の結界があった場所の外側で女の子たちが倒れていた件から3日ほど経った昼下がり。
砦内にある複数ある部屋の中の会議室として使用している一室で、複数の女の子たちが集まって何やら話し合っていた。
全員という訳では無い。
今集まっているのはシフトに入っている子や鍛錬をしている子以外の子たちである。
その中心には今回の『検証実験』を計画した『算盤小僧 改め 算盤小娘』の珠奇の姿もあった。
おそらくは典人の緒札の力によって妖力をある程度まで回復することが出来たのであろうが、十全というには程遠いようにみえる。
それでも、動けない程ではなさそうであった。
故に今回の会議に出ている。
そう、あの後が大変だった。
妖力が戻り始めたとはいえ、皆、珠奇の『検証実験』に、限界ギリギリまで妖力を使い続けたため、少し戻った程度では身体を動かす事もままならなかった。
結果、『コボッチ』の千補が典人に知らせに蔵へ駈け込んできたとき、蔵の中で作業を手伝っていて、たまたま居合わせた『禅釜尚』の陽泉たちが応援を呼び、後から駆けつけてきて、手分けして運ぶこととなった。
典人は砦に帰ってきてから、緊張の糸が切れたのか、それとも『経凛々(きょうりんりん)の高望み』と『傘差し狸の抑止力』の緒札の力を使って気力を使い果たしたのか、自室に変えるとベットに倒れ込み、それからは丸2日、泥の様に眠り続けていた。
昨日、起きて来てからは何時ものように元気を取り戻し、今は会議室の窓から見下ろせる砦の訓練場で、この場にはいない他の女の子たち、主に年少組の子たちとトレーニングをしている。
典人の身体を気遣って、念のために『センポクカンポク』の餞保と『薬缶吊る』の冶架、『石妖』の清瀬が傍に着いていた
「ご主人さま、具合が悪くなったら、すぐに知らせてくださいね」
「水分補給が必要な時はいつでも言ってください。
「御主人様、ご無理はなさらないでくださいな」
「分かってるって!」
その3人に向かって軽く手を上げる典人。
そんな窓の外の声を聞きながら会議は始まっていた。
「それにしても、思い切って無茶をしたものですね」
『硯の精』の鈴璃が珠奇を見やって言う。
「あまり時間がなさそうだったから、結構、賭けに近かったけどね。典人がいなかったら、決してやらなかったし、そもそも考えつきもしなかったよ。ただ、もしもの時は砦に運び込んでもらえば、牢獄核からの妖力の供給は受けることが出来たし、予測が正しければ……いや、これは後にしておこうか」
珠奇がキシシっというような悪戯っぽい笑みを浮かべながら机の上に両肘をついて組んだ手に顎を乗せたまま鈴璃に応えた。
「それより『亀』の方に動きはあった?」
逆に珠奇が鈴璃や『絡新婦』の紫雲の方を見渡し聞き返す。
「今のところは。外から様子を除き見てるだけね」
紫雲が手に持った湯呑の縁に這わせてチロリと舌で舐める。相変わらず、その仕草の一つ一つが童顔にも拘らず艶っぽい。
「『巣』の方はどうだった」
珠奇が検証実験の最中、牢獄核の結界があった場所から外に出る際、もう一つの目的のために頼んでいた子たちに話を振る。
「女の子ばかりのここのことは半信半疑といったところかな。動くかどうかはこちらの男手がどれだけあるか把握しきれていない様で、決めかねているようだね」
それに『ヤンボシ』の夜星が軽い口調で答える。
「普通に考えれば、これだけの女の子が囲われていると考えると、その数倍の男が囲い込んでいると考えるのが当たり前でしょうからね」
『紅葉』の藻美慈が予想通りといった口調で頷く。
「意外と慎重。下半身だけで生きているような連中かと思った」
爪の手入れをしながら『わいら』の琲羅がそんな感想を述べる。
「折角頑張って水着を織りましたのに、水着で挑発したのが裏目に出たでしょうか? 時間を稼げたのは典人様のことを考えると良かったのかもしれませんが」
ちょっと残念そうに言いながら『機尋』の千尋がお茶に口をつける。
「やはり、全裸の方がより効果的でしたの」
そんなことを宣う『鈴彦姫』の鈴姫。
「鈴姫っち、ちょっと黙ってようか」
「もぐっ」
それに対し左隣に座っていた『ろくろ首』の麓毘がすかさず首を伸ばし、鈴姫の顔の周りを一周して口をふさぐ。その際、どさくさに紛れて右手はしっかり鈴姫の爆乳の左胸を揉み拉いていたがそれはご愛敬というものだろうか。
丁度反対側の席で、その光景を逃さず捉えていた『ガラッパ』の嘉良波がボソッと、
「折角の『絡み』なのに微妙」
と、評していたのも、まあご愛敬だ。
「いっそ、こちらから攻め込んでしまえば?」
机に左手で頬杖をついて『藤原千方の火鬼』の千火がその方が楽だよと言わん表情で言い放つ。
「一気に血祭に上げた方が話が早いんじゃないの?」
『血塊』の覇里亜もそれに賛同する。
「でも、藪の中から、しばらく出入りを観察していたけど、数が多いよ。200は超えているかも」
それに対して『シバカキ』の遥が報告する。
「何それ、野盗風情でしょ?」
長い黒髪ツインテールの片方をクルクルと手でもてあそんでいた『磯姫』の姫埜が文句っぽい口調で言い放つ。
「中には手練れも結構混じっている」
『藤原千方の隠形鬼』の千隠が忍びの洞察力から見て取った相手の技量を付け加える。
実際、隠形に長けた千隠 (ちがくれ)や闇に溶け込める夜星、藪の中に隠れることに長けた遥たちだけで偵察に行ったのは正解だったと思っている。
妖怪は総じて気配を消すことに優れたものが多いが、相手も手練れとなれば話は変わってくる。
如何に他の子たちが気配を消すのがうまくても、相手の力量が上回れば、人間であっても後れを取ることも多々ある。
事実、伝承上の妖怪退治に出てくる者は腕に覚えのある者が多いのだから。
「本当にそれ野盗なの?」
もてあそんでいたツインテールを跳ねのけ、再び姫埜が口を尖らせる。
「野盗なのは間違いないけど、それだけじゃないかも」
千隠が予想を返す。
「こちらで戦える子はどれくらいいますか?」
飲んでいた湯呑を机に置いて『古椿の霊』の小椿が鈴璃たちの方に問いかけた。
「そうですね、半分強っていうところでしょうか」
その問いに、手元の紙を見ながら鈴璃が答えた。
「雑魚なら皆いけるんじゃない?」
『コサメ小女郎』の小雨が何の気なしに言う。
「この世界にはスキルやギフトみたいな特殊能力が存在するのお。異世界ファンタジーなのお!」
間延びのした口調ではあるが、『衣蛸』のこころが言ったことは十分に留意すべきことであった。
こころが言うように、この世界にはどうやらスキルやギフトといったような特別な能力を持っている者が存在するで有ろうと予測されている。その根拠が砦内の女の子たちの中に、本来の自分達では持ちえない能力を発言させている子たちが何人もいるからに他ならない。
故に、単純に日本での一人分と同等に計算するのは難しく、且つ危険と考えられた。
「そう、それは厄介ね」
『髪切り』の桐霞が難しい顔をする。
「速めに片付けておかないとですね」
『洗濯狐』の月世がお茶うけに出されているおせんべいをポリポリと齧りながら言う。
「やはり地の利が生かせる砦に誘い込んだ方が得策ね」
湯呑をコトリと置いた紫雲が、一見この場にはそぐわないように見える『座敷童』のさきらの方を見やった。
「はい、さきらちゃん」
「有難う梓お姉ちゃん」
そのさきらはというと、さきらも月世同様、梓から手渡され受け取ったおせんべいを嬉しそうに食べている。
「その為には安全のために御主人様にはこの砦から離れて頂かないと」
『絹狸』の絹姫が典人の事を気遣ってその温和な垂れ眼をより下げて言う。余談だが、その巨大な胸が机の上に乗っている光景はなかなかに迫力があった。
「そうですね。で、珠奇さん、その為の検証実験の結果とやらはどうだったのですか?」
絹姫の言葉が切っ掛けとなって、今回の本題に入っていく。『川天狗』の天音が珠奇を促した。
「さっきの『亀』の件もあって、この後のため、典人を外に出すべく、多少無理をする必要があったんだ」
珠奇はそう前置きをして、室内を見渡し、2本の指を立てる。
「まず、僕が予想を立てたのが2つ。それは「1.牢獄核には妖力を供給できる範囲がある」ということ」
一本、指を折る。
「そして「2.牢獄核の範囲外、つまり、この世界では妖力を回復させることは出来ず、牢獄核が発動する以前と同じく、存在する為にも妖力が必要となる」ということ」
二本目の指を追った。
「結果はどうだったのですか?」
『七人みさき』の長女設定のみさおが問う。
「結果から言うと、僕の仮説通りの結果だったよ。「1.牢獄核には妖力を供給できる範囲がある」の供給できる範囲は以前牢獄核の結界の境界があった辺りまでだね。そして重要なのは「2.牢獄核の範囲外、つまり、この世界では妖力を回復させることは出来ず、牢獄核が発動する以前と同じく、存在する為にも妖力が必要となる」の方」
珠奇は一旦言葉を切って室内を見渡す。
「「2.牢獄核の範囲外、つまり、この世界では妖力を回復させることは出来ず、牢獄核が発動する以前と同じく、存在する為にも妖力が必要となる」は牢獄核の結界内に囚われていた時よりも消耗が激しかった」
その言葉に室内にいた皆が沈黙となった。
「それじゃあ、私達、日本へ還るどころか、結局この世界でも手掛かり一つ探しに行くことが出来ないって事ですか?」
月世が、そのモフモフの狐耳をペタンと伏せ、落ち込んだように言う。
「そんなの、前と何も変わってないじゃない!」
姫埜が苛立たし気に不満を漏らす。
その他にも、あちらこちらから落胆の声が聞こえてくる。
そんな中。
「それともう一つ」
珠奇は再び口を開いた。
「典人を『かごめ』の儀式で召喚した日、典人が牢獄核の欠片を体内に取り込んだところは皆も見ていただろ」
その唐突な問いに、室内にいた全員がいきなり何をというような戸惑いの表情を浮かべながらも頷く。
「今回の『検証実験』が終わってから改めて典人には頼もうと思っていたんだけど、実は僕はもう一つ仮説を立てていたんだ」
「それは?」
桐霞の問いに、珠奇は頷いて続けようとする。
そして、右手の指を3本立てて言った。
「3.典人は小型の牢獄核である」ってことさ」




