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一所懸命★魑魅魍魎♪  作者: 之園 神楽
第弐鬼 悪戦鬼闘編
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第肆拾巻 酒気

第肆拾巻 酒気 酒()


 『豆狸まめたぬき』の瞑魔めいまの案内で、『一本だたら』のいほらたちが鍛治をしている区画から少し歩いて行くと、段々と辺りからかぐわしい、日本人には馴染みの深い香りが漂ってきた。

「なんか良い匂いがしてきたな」

「ここら辺の蔵では味噌や醤油しょうゆなんかを造っているからねえ」

 そんなやり取りをしながら歩いて一つの倉庫に近付いて行くと、『瓶長かめおさ』の芽梨茶めりさがメイド服姿で倉庫の前で木の柄杓ひしゃくを使って木のおけから水を撒いているのが目に入ってきた。

 夏の暑さをしのぐためやほこりを抑えるために行なわれる、所謂いわゆる打ち水というものである。

 なんとも風情のある光景であろうか。

「これは御主人様、ようこそおいでくださいました」

 典人のりとたちが近付くと、打ち水の手を止めて芽梨茶めりさが、軽く会釈えしゃくをしてくる。

 みずみずしい長い黒髪が軽く揺れ、はにかんだように軽く会釈する姿が何とも言えぬ清らかさをかもし出している。

(可愛い系のメイド服で木の桶に柄杓ひしゃくって、何度見ても不思議な感じがするな。これも和洋折衷ってヤツかな? って、違うか)

 着物で打ち水というのも良いが、これはこれでまた乙と言うものであろう。

「お疲れ様芽梨茶めりささん」

 芽梨茶めりさと挨拶を交わして蔵の中に入ると、その香ばしい匂いは一層強くなった。

 なんでも、瞑魔めいまの説明によると、この蔵で『小豆あずき洗い』のあずさが妖力で出してくれた大豆を使って加工しているらしい。

 それに先程の芽梨茶めりさが良い水を提供してくれるおかげで、よりおいしくすることが出来るようになったそうだ。

 さらに以前は一部の仲間だけでやっていた作業工程が、『古椿ふるつばきの霊』の小椿こつばきが磨り潰すのを手伝ってくれたり、『油取り』の亜鳥あとりが搾るのを手伝ってくれたりしてくれているのでかなり楽になったようだ。

麻弥刃まやは麗紀れいきにも協力してもらって、いろいろな種類の植物の種を畑で育てる計画もあってねえ」

「えっ! 畑も作ってたのか?」

「まあ、そっちはこれからと言うところだねえ」

「道具も無いのに大変じゃないか?」

 典人のりとがこの異世界に跳ばされてきた時、この砦には部屋はあっても家具は兎も角基本的にその他の道具や備品のたぐいは殆ど無かった。

 故にいろいろと足らない物も多い。

 皆、妖力を使って、得意な分野を補ってくれているため、衣食住の生活環境は最低限辛うじて整っているようには見える。

 その分かり易い例が『油徳利あぶらとっくり』の由利ゆりたちが作ってくれた数種類の石鹸だろうか。

「その辺は今、いほらたちが頑張って作ってくれているねえ」

「さっきの忙しそうな様子はそれか」

「まあ、それだけじゃないけどねえ」

「んっ?」

 瞑魔めいまの言動に典人のりとは少しの引っ掛かりを覚える。

「なんでもないさね。それより、妖力に頼り切るよりも自分達で造った方が後々には良いからねえ。御館様おやかたさまが来てくれてから妖力に余裕は出来てきたけど、いざと言うときに溜ておきたいし、御館様おやかたさまが来る前の妖力を節約するための食事の為の食料確保は大変だったからねえ」

 だが、当の瞑魔めいまは素知らぬ顔で話を続けて行った。

「なるほどな」

 それからも説明を聞きながら蔵の中を一通り見て回る。

 幾つものたるかめつぼが並んでいる場所や、大豆を蒸しているところを見学していく。

 気分は学校の社会見学の工場見学だろうか。

「それにしても手伝ってくれる子が増えたにしても、よく短い時間で出来たな」

「それに関しては小補玖こほくちゃんのおかげだねえ」

  瞑魔めいまは隣にいる小補玖こほくを見る。

 当の小補玖こほくはニコニコと屈託のない笑顔を浮かべて典人のりとを見ていた。

小補玖こほくちゃんの?」

「ああ、そうだよ。小補玖こほくちゃんが蔵の中の気温や湿度なんかを最適な環境に調節してくれるおかげで、いろいろな菌を育てるのがとても楽になってねえ」

「エラい? うち、エラい?」

「ああ、スゴいよ小補玖こほくちゃん」

 典人のりとは歩きながら小補玖こほくの頭を撫でた。

「えへへ」

 小補玖こほくが満面の笑みを浮かべる。

 髪の長さは違うが、その笑みが『座敷童ざしきわらし』のさきらによく似ていた。どうも、この二人は牢獄核ろうごくかくに跳ばされてきた時に従姉妹いとこ設定を付けられている様である。

 瞑魔めいまが、また別の蔵に向かうべく歩きながら語り始める。

「跳ばされてきたとき、私は二番目だったんだけど、一番目に跳ばされてきていたさきらちゃんと仲良くなってねえ。同じ座敷童系の蔵ぼっこである小補玖こほくちゃんとも仲良くなってさあ、あとは同じく梓さんとも知り合ってね。ご主人様をお呼びする前から、少しずつやってはいたんだ」

「ふ~ん」

「でも、他はバラバラだったからねぇ。出来る事にも限りがあったわけさ。けれど、これからは御主人様のおかげで、他の子たちにも協力が得られていろいろなものが作れそうだよ」

「オレの緒札おふだの効果も少しは役に立てているのかな」

 この頃ほんの少しだけ、自分を認めても良いのかなと思えるようになり始めてきた典人のりと

 でも、まだやはりどこか自嘲気味に呟いてしまう自分がいた。

「もちろんだよ。後は何より、日本の調味料を持って来てくれた事は大きいねぇ。良い菌が手に入ったおかげで、よりよい物ができそうだよ」

 何気ない話をしながら 一つの倉庫の前に来ると、蔵の前に何かがぶら下がっているのが典人のりとの目に留まる。

「ねえ、瞑魔めいま、あの倉庫の入口にぶら下がっているボールみたいなの、あれは何?」

 典人のりとはそれを指さして瞑魔めいまに問いかけた。

「んっ、ああ、杉玉すぎたまのことだねぇ。酒林さかばやしとも言うねぇ」

 典人のりとの疑問に、瞑魔めいま典人のりとが指差しした先を追っていくと、理解したらしく一つ大きくうなづき教えてくれた。

「スギダマ? サカバヤシ?」

「あの蔵ではお酒を造っているんだよ」

 小補玖こほくが元気よく教えてくれた。

「お酒を」

「聞いた事が無いかな? 昔は蔵元でお酒を仕込むと新酒が出来た事を皆に知らせるために軒先に吊るしたんだよ。しぼりを始めたよってね」

「へえ」

「今は葉っぱが青々としているけど、あの葉っぱが徐々に枯れ始めて来るのをお酒の熟成が進んでいく目安として目で楽しみながら心待ちにしていたもんさ。まあ、ここでは代用品で、気分的な物なだけなんだけどね。気分は大切だよ」

「なるほどね。じゃあ、本当にお酒作ってるの?」

「そうだよ。白酒とかねえ」

山川酒やまかわざけとも言いますね」

 それまで黙って皆の後ろから付き従ってきていた『角盥漱(つのはんぞう)』の湖真知こまちが口を開いた。

山川酒やまかわざけ?」

「ええ、「およそ山間の流水多く 白くしてにごれり 此の酒其の色に似て甘美なり」と申しまして、山間に流れる川の白き濁りになぞらえて付けられた名です。大変人気で、行列が出来て並んでいる間に倒れる者も続出したため、店でお医者様が待機していたほどです

 あずさ亜鳥あとり、『禅釜尚ぜんふしょう』の陽泉ようせん、それ以外にも何人かの子たちが作業をしている蔵の中に入りながら、湖真知こまちが流れるような美しい声でうたそらんじた後、当時の事を語って聞かせてくれた。

「へえ、なんか風流って感じだね。それにしても、そんなに美味しいんだ? ちょっと興味が出てきたな」

「「典人のりと様はまだ駄目ですからね!」」

「御主人様はダメですからね。お酒は成人してからです!」

 作業をしていた子たちをも含め、周りから一斉にたしなめられる。

「えっ、あっ、はい」

 典人のりとは思わず姿勢を正して、反射的に上擦うわずった声で応えていた。

 ちなみに、この砦にいる女の子たちは見た目は兎も角として、皆お酒を飲むことは出来る。

 人間の『偏見』と言う尺度で物を見ると勘違いしがちだが、冷静に考えれば、ここにいる魑魅魍魎は皆、数世紀の単位の年月を経ている為、典人より遥かに年上、所謂『合法ロリ』である。

 しかも、合法も合法、法の訴求そきゅうも及ばない、法を作った者達よりもはるかに昔より存在する敬うべきものたちばかりであった。

 ただ、見た目の在り方とそれに引き摺られた性格や行動が、人間の見た目の歳それ相応なだけであって……。

 とはいえ、典人のりとがいる手前、現在はお酒をたしなむ子達も飲んでいる訳では無い。

 料理に多少は使ってはいるが、どうも違う目的で作っている様であった。

「こっちなら良いんじゃないかい。一夜酒いちやざけだよ。元の世界でいうところの『ノンアルコール』ってやつだねえ」

 瞑魔めいまが一つのたるを指差す。

「一夜酒?」

「ああ、甘酒のことだよ。米麹こめこうじ酒粕さけかすから作ったものだからねえ。お正月や桃の節句、ひな祭りに飲むやつだよ。でも実は夏の飲み物でもあるんだ」

 古く、本来のひな祭りでは米から作ったお酒の白酒が飲まれていたが、時代と共に女の子の節句ということで甘酒が飲まれるようになっていった。

「夏の?」

「そう。元は夏バテ防止の飲み物だったんだよ。栄養価もあって美容にも良いしねえ」

「甘酒は夏の季語でもありますし」

 湖真知こまちが教えてくれた。

「へえ」

「御主人様どうぞ」

 典人のりとが感心していると、陽泉ようせんが甘酒を柄杓ひしゃくで救い陶器のコップに注ぎ典人のりとに手渡してくれる。

「あっ、陽泉ようせんちゃんありがとう。へえ、よくお正月の初詣とかひな祭りの時に見てたから、てっきり冬のものかと思ってた」

 それを受け取り、甘い香りのする少しトロリとした液体を一口飲んだ。

「うん、甘くておいしい」

「でしょう」

 小補玖こほくが自慢げに言う。

 その微笑ましさに、典人のりとは思わずホッコリとした笑みになりながら残りを飲んでいると、

典人のりとさまー!」

(ん? 今、誰かに呼ばれたような気がする? 気のせいかな?)

 ふと、遠くからかすかに声が聞こえた気がして、口に付けていたコップを離して蔵の入口から顔を出してみる。

典人のりとさまー!」

 それは気のせいでは無く、典人のりとを呼ぶ声は徐々に大きくなってきた。

「誰かが呼んでる」

「そのようですね。あれは」

 話をしていると、突然『コボッチ』の千補ちほが典人を呼びに走り込んできた。

「あって、双葉ちゃんの言う通り、典人のりとさまいた!」

千補ちほちゃん、どうしたの?」

 慌てた様子で駆け込んでくる千補ちほの姿を見て典人のりとが声を掛ける。

典人のりとさま大変だよ! 森の牢獄核ろうごくかくの境界の外に行った子たちが! ……」

「何があった!」

 ただならぬ千補ちほの表情に典人のりとも改めて真剣な表情で聞き返す。

「皆、森で倒れてるんだ!」

「えっ!!!」

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