第参拾玖巻 小気味の良い音
第参拾玖巻 小気味の良い音
典人が自分の不甲斐なさに憤りを覚え、悩み、少しでもみんなの為に強くなるべく、トレーニングを始めてから数日。
まだまだ始めたばかりで元々帰宅部だった典人からしてみれば、次の日からの相当の筋肉痛との戦いを覚悟していた。
しかし、『石妖』の清瀬のマッサージや『薬缶吊る』の冶架が入れてくれた薬湯入りの栄養ドリンク、『センポクカンポク』の餞保の塗り薬など、何処の高級スポーツクラブのアフターケアだよと言わんばかりの至れり尽くせりのお世話のおかげで、大した筋肉痛にも見舞われず、空き時間に砦内を見て回ろうと、今こうして散歩をしていた。
気持ちが落ち着いてきたことにより、典人は数日前の『木の子』の木の実と羊のような狼の様な魔物、後に羊の皮を被った狼という名で呼ばれていることが分かるが、その魔物との一件で、自分の心の中の蝋燭の一本、つまりは4本目が消えている事に気付いた。
典人が考える『青行燈の呼び声』の緒札の効果によるところのレベルアップによる、レベル4。
けれど、あの一件で自分は何も役に立っていないという気持ちもあったし、ここ数日は落ち込んでいて、そういった心の余裕がなくなっていたのもレベルが上がっていたのに気づく事の出来なかった一因である。
正直、現在でも何故レベルが上がったのかと言う困惑も大きい。
そして、相変わらずレベルが上がったとはいえ、ゲームのように効果音が鳴るわけでも説明文が表示されるわけでもないので、レベルが4になったことでどう変わったのかはよく分からずじまいである。
考えても分からないし、今までみたいに必要になれば何らかの反応が出るだろうと典人はいつもの切り替えの早さを取り戻し、一先ずはここでの生活リズムを戻しつつあった。
現在は『ぶらり火』の佐友理に教えてもらった通り、『蔵ぼっこ』の小補玖に砦内のいくつかの倉庫の集まっている区画の1か所の案内をしてもらっている最中である。
「ほいほい、案内はお任せ」
小補玖が楽しそうに応える。
『座敷童』のさきらとよく似た顔立ちをしているが、小補玖の方は髪が長く地面にまで届きそうである。
どうやらさきらとは従姉設定が付けられているらしく、少しお姉さんぽい口調だ。とは言え、まだまだ幼さは残る言動ではある。
「何処から見て回る?」
「そうだなあ」
典人は腕を組み思案する。
砦の倉庫は複数あり、一つ一つが大きく、おそらくは食糧や武具、生活雑貨といった用途ごとにや、部隊ごとにと分けられていたのだろう、それだけで敷地内の一廓を成していた。
それが東西南北四方にあるそうだ。
つまりは4か所あると言う事になる。
「小補玖ちゃんにまかせるよ」
「ほいほい、お任せコースだね」
「コースって」
楽しそうに言う小補玖の隣を並んで歩く典人。
ニコニコと笑顔を見せるその顔はさきらによく似ていた。
二人して倉庫の立ち並ぶ場所へ向かう途中、『二口女』の双葉とすれ違った。
「どうしたの典人? もしかして、あたしの荷物運びを手伝ってくれるの?」
ちなみに現在、双葉は手ぶらである。
「今日は倉庫の見学だよ。何があるのかとか、何を作ってるのかとか、今までゆっくり見てる暇が無かったから」
「そっか」
「双葉も一緒に行くか?」
「ううん、梓に冷蔵倉庫からお肉を持って来てほしいって頼まれてるのよ」
双葉が残念そうに首を振る。
この砦内には当然元の世界の冷蔵庫は無かった。
一応、砦の大食堂の厨房には氷を入れて保存するための昔の冷蔵庫の様なものはあったため『つらら女』の雪良や『雪女』の淡雪の強力のもと氷を妖力で出してもらってはいるが、100人分からの大量の食糧を保存しておくためには容量的に厳しい物があった。
そこで砦の敷地内にあるたくさんの倉庫のうちの2か所を小補玖がこの世界で得た能力で丸ごと冷蔵庫と冷凍庫にしてしまおうということになった訳である。
『蔵ぼっこ』の小補玖がこの世界で得た能力。
それは小補玖が『蔵』と定めた閉鎖空間の環境状態を制御することが出来ると言うものである。
温度や湿度、気圧などを制御することが可能で、それにより『豆狸』の瞑魔や『小豆洗い』の梓たちによって、味噌や醤油、お酒などの製造が試みられ始めていた。
そして、冷蔵倉庫と冷凍倉庫に関しても雪良と淡雪が協力してくれている。
このように、お互いが得意な分野を協力することで、いろいろな事が出来るようになっただけでは無く、妖力の節約と効率的に使うことが出来るようになってきていた。
余談ではあるがこのお肉、先日、木の実を捜索している時に牢獄核の結界のあった境界の外で遭遇した羊の様な外見の生き物、後に羊の皮を被った狼と判明する魔物の群れを一掃した後回収して日々の糧として有り難く食させていただいている物である。味は見た目通りの羊肉で焼き肉のたれのようなものまで作り始めた『豆狸』の瞑魔のおかげで、ここ数日はお肉祭りとなっていた。
そのお肉を丸ごと『二口女』の双葉の能力である空間収納『食いしんぼ』に収納して運んでいる途中で会った。
「そうか、それじゃあ仕方ないな」
「ちょっと残念、典人と一緒にいられると思ったんだけど」
双葉が小声で呟いていた。
「ん? 双葉、何か言ったか?」
「えっ! なっ、何にも言ってないわよ」
ちょっと慌てた様子で首を振る双葉。
思わず口から呟き出た言葉を典人に拾い聞かれ、双葉は頬が熱くなるのを感じていた。
「そうか?」
「あっ、あたし、急いでるから」
双葉は早口で言うと、足早にその場を去っていく。
「おう、気を付けてな」
双葉の背中に向かって声を掛ける典人に、双葉はさらに早足になり、倉庫の角に消えて行った。
「いやあ、なんか初々しい反応だねえ
典人が双葉の消えて行った角をボンヤリ見やっていると、不意に後ろから声が掛かる。
振り向くと、そこにはいつのまにやらひょっこりと顔を出した『豆狸』の瞑魔がニヤニヤした笑顔を浮かべて小補玖の隣に立っていた。その背中ではモフモフの狸シッポが楽し気な感情を表現するかのようにユラユラと揺れている。
「何がだ?」
典人が疑問形で応える。これは典人が鈍感と言うのではなく、ただ単に双葉の小声が聞き取れなかっただけであった。
「いや、何でもないさね。それより、典人は見学かい?」
「そう、小補玖ちゃんに案内をしてもらっているところだよ。ここに来てもう大分経つっていうのに、今まで全然見れていなかったからな」
「そうかい。私も一緒に見て回ってもいいかい?」
「ああ、瞑魔さんも一緒に見て回ろうか」
「それでしたら私もご一緒してよろしいですか?」
声のした方を典人が振り返ると、双葉の消えて行った蔵の角から入れ替わりに『角盥漱』の湖真知が桶を抱えて典人たちのもとにやってくるところであった。
「もちろんです湖真知さん」
そうして4人で倉庫の一廓を歩いていると、やがて。
トンテンカーン♪ トンテンカーン♪
と、小気味のいい一定のリズムが倉庫の一角から響いてきた。
一応、小補玖の能力で外に音が漏れないよう防音を施してはいるのだが、高い所にある小窓が開いているらしく、そこから僅かばかり聞こえてきているようだ。
「今は作業中の様ですね。中へ入るのは遠慮しましょうか」
「そうだな。邪魔しちゃ悪いし」
湖真知の言葉に典人も頷く。
何となくこういう時、声を掛けて集中を乱すのは悪い気がした典人は中には入らず、蔵の中から聞こえてくる小気味の良い音をしばらく外で聞いていた。
「この槌を叩き合う音や光景が『相槌を打つ』の語源なんだよ」
「うん、なんか心地のいい音の響きだよな」
小補玖が得意げに言うのに、正に相槌を打つ典人。そのリズム感のある音の響きに聞き入っていた。
「中でね、慧理ちゃんと陽槍ちゃんが手伝っているんだよ」
「えっ? 慧理が!?」
小補玖の言葉に典人が意外そうな顔をしている。
『槍毛長』の陽槍は分かる。槍の付喪神であり、普段は持っている木槌(本人はサブウェポンと言っている)を片手に砦の修繕をして回っている姿を目にしていたから、物を作ることを得てとしているだろうし、相槌を打つことも出来そうな気がすると典人は思う。
だが、慧理は特に鍛治はもちろん、物づくりに精通しているようには思えなかった。
「慧理が? 鍛治出来るのか?」
「慧理ちゃんは心が読めますので、いほらさんの呼吸に合わせて相槌を打つことが出来ますから」
そこに湖真知がフォローを入れる。
「ああ、なるほどね。正に阿吽の呼吸ってやつだな」
典人が納得したように手を打っていると、
キシュー
やがて、熱い物を水の中につけた時のような音がした。
「灯鞠、砂羅、火の始末を頼む。呼炉、こっちに火を入れてくれないか」
「は~い! 火を貸せ♪ 火を貸せ♪」
「わかりました」
「わかったよ」
「いほらさん、こちらは準備できてますよ」
「ありがとう、ことね」
「ああ、千火! 火が強過ぎ!」
「千風が風を送り込み過ぎるからだよ」
「水の準備もできましたよ」
「済まない千水。それじゃあ、慧理、陽槍、次の作業に取り掛かろうか」
「……うん」
「はいよ」
声は聞こえるが、蔵の中での作業のため、姿は見えない。
だが、今日は人が多いのが声の慌ただしさで伝わって来る。
「……忙しそうだな」
「忙しそうですね」
「いつもは、いほらお姉さんが一人でいることが多いんだけどねえ」
「中に入ります?」
「いや、やっぱり邪魔するのは悪いから、また今度見せてもらうことにして、次に行こうか」
「そうですね」
「じゃあ、次は私の蔵に来ないかい?」
瞑魔が提案した。
「そうしようか」
典人がそれに同意し、その場から動こうとする。
「火の始末はしっかりしてくださいね! 火の用心ですよ!」
鞍の中に向かって小補玖が声を掛ける。
「むろん、心得ている」
「任せてください!」
「「は~い!」」
何人かの返事が返ってきた。
それからまたしばらくして、
トンテンカーン♪ トンテンカーン♪
小気味の良い音が開いた窓から響いてくる。
典人たち4人はその音を背に聞きながら、その場を後にした。




