第参拾漆巻 灰心喪気 (かいしんそうき)
第参拾漆巻 灰心喪気 (かいしんそうき)
『木の子』の木の実の一件から5日程経過していた。
あれ以降、典人たちは一応は平穏な日々を送っている。
もちろん、砦の守備を担当している子たちは交代でしっかり見回りをしていた。
あの後、典人の中にある七枚の緒札の中の一枚『青行燈の呼び声』が反応して、典人の心の中にある蝋燭の1本、つまり4本目が消えた。
(自分自身では何もしていないんだけど……)
恐らくは木の実をあの羊の様な生き物から守る為、皆で倒したことによるものだと推測されるが、典人自身は殆ど何もできていなかったことに典人自身かなり気落ちしていた。
冷静に考えれば、異世界に来て未知の生物に対峙したのだから、相手がどれだけ強く、どんな特性を持っているかなんてわかるはずもないのだから仕方のないこと。
そう割り切れれば良かったのかもしれない。
けど、女の子たちはあの羊の様な姿をした狼の群れに、怯むことなく向かっていった。
皆、それぞれ特異な能力を持っているにしても。
その事が、より典人の気分を沈ませている。
割と切り替えは速い方の典人であったが、今回ばかりは流石にあの一件は心にくるものがあったらしく、ここ5日ほど引きずっていた。
キーン!
ガキン!
「んっ?」
砦の廊下を歩いていると、外から金属同士が激しくぶつかり合う音が典人の耳に入ってきた。
恐らくは外の訓練場で誰かが訓練しているのだろう。
「……」
典人の心に何事か思う処があったのか、その激しく金属を撃ち合う音が、自然と砦内にある屋外の訓練場へと典人の足を向けさせていた。
◇
砦の敷地内。
雲一つなく良く晴れた空の下。
屋外の訓練場で激しい剣戟の音が響いていた。
そこにはその緊迫した剣戟の音とは似つかわしくない、なんともフリフリした白にところどころ黒い模様の入ったゴスロリ衣装を着た、大きな牛刀をもった、歳の割りに胸の大きな少女と、裾の短い、太腿を露わにした、緑色の着物をきて、両手に二本の剣らしき物を装備した、これまた巨乳の緑髪を後ろで一本に束ねた少女が戦っていた。
『牛頭』の司宇と『わいら』の琲羅である。
そして少し離れた所に黒地に白のアクセントを施したフリフリしたゴスロリ衣装を着て立っている『馬頭』の真宇が審判役を勤めていた。
この廃砦の敷地内には広々とした訓練場が存在している。典人から見ると、宛ら(さながら)学校のグラウンドのように思える光景だ。
この廃砦はかなり規模が大きい様で、こういった訓練場が何か所かある。多分、部隊ごとに訓練が行える様になっているのだろう。
よくテレビで「○○何個分」みたいな表現で建物や敷地の広さを今一ピンと来ない大きさで表しているが、典人はこの砦の広さを自分の学校が2つ3つはいりそうな広さの有る砦だと感じている。
琲羅は両手から伸ばした爪を揃えた剣の様に構え、縦横無尽、緩急自在に攻撃を繰り出していく。
それに大して司宇は牛刀の大きさをものともせず巧みに操り、琲羅の攻撃を見事にさばきその場から殆ど動かずに隙あらば渾身の一撃を叩き込もうと狙っていた。
変幻自在な動きとそこから繰り出す強烈な一撃を持ち味とする琲羅と、門の守護を任としその場を死守する事を旨とする司宇。
正に、動と静ともいうべき対照的な戦い方であった。
琲羅が体勢を低くして前傾姿勢のまま足元を狙って突撃とともに鋭い突きを繰り出せば、司宇は牛刀をくるりと下方に翻して弾き、その回転の余力で上段から真っ二つにしようと振り下ろす。
その瞬間、琲羅は自身の脚力を生かし右へ跳ぶ。
司宇も完全に打ち下ろして隙を作るような真似をせず、地面すれすれで牛刀を止め、琲羅が横から攻撃しようとするのに対して横に牛刀を薙いで牽制する。
だが、相手の身体さばきがしずらいように攻撃を仕掛けていた琲羅が、跳び上がり落下の勢いとともに両手の剣を突き出してきた。
司宇は無理に手首を捻り切り返すような真似をせず、咄嗟に牛刀を逆手に持ち替え開いた脇を戻す様に琲羅に向けて牛刀を振りぬく。
と、両者の刃が交わり拮抗する。
次の瞬間、琲羅は牛刀の腹を蹴って後ろへと跳んでいた。
司宇が構え直すと同時に、着地した琲羅も体勢を立て直して構えの姿勢を取る。
「そこまで! 時間切れ」
真宇が、斬馬刀を持ったまま片手を上げて叫んだ声が訓練場に響く。
「「ありがとうございました!」」
と、同時に司宇と琲羅は構えを解いて一礼した。
「互角ですね」
「互角」
お互いに良い笑顔を向けて近付き握手する二人。
「Eカップ勝負、もとい、いい勝負だった」
……。
折角の緊迫感が、真宇の総評で台無しである。
◇
「……凄いなあ二人とも」
典人がポツリと呟く。
典人は訓練場の脇の石壁に腕を乗せもたれながら、司宇と琲羅の模擬試合を見て素直に感心していた。
二人の大きな胸の揺れではない。
二人の戦いにである。
「はあ」
典人は大きく溜め息を付いた。
空が晴れ渡っている割りに、心が晴れない。
「どうしました主様?」
典人が司宇と琲羅の模擬試合に見入って、そのまま思考の渦に沈んでいると、背後から声が掛かった。
「愛刃さん」
典人が振り返ると、そこには『なまはげ』の愛刃が優しげな蒼い瞳で典人を見つめて立っていた。
そのまま、愛刃は典人の隣にまで歩いて来ると、静かに典人に並んで同じように石壁に手を置きもたれかかる。
「砦の女の子たち皆すごいのに、なんかオレ情けないなあって」
ちょっと前までは底まで気にしてはいなかった。
魑魅魍魎の女の子たちは皆、ある意味それぞれの分野のエキスパートと言っても過言ではない子たちである。
多分、典人も日本みたいに平和な世界で有れば、そこまで気にする事も無くお気楽に過ごせたのかもしれない。
だが、この世界、この森の中、凶暴な生き物が存在する。
この異世界に来てから3週間未満、いや、砦の外に出る様になってから1週間くらいしか経っていないにも拘らず、すでに2度も危険な生き物に襲われた。
「オレ、なんの力もないまま、この先やっていけるのだろうか? 皆にとって、ただの足手まといにしかならないんじゃないだろうか?」
典人は思わず愛刃に心情を吐露する。
愛刃は何も言わず黙って典人の言葉を聞いていた。
この世界に呼ばれてきた直後に感じた思いが、典人の心を再び過りはじめていた。
愛刃は典人を『かごめ』の儀式で召喚した次の日、典人の心の内を読んだ『覚』の慧理から聞いていた『ろくろ首』の麓毘より教えられている。
「自分って、ほとほと何も出来ていないんだなあって」
「そんな事はないと思いますよ。主様が来られる前は私たちは皆まとまりがなくバラバラに行動していましたから。それがここ2・3週間で驚く程皆が協力的になっています。それは主様のおかげですよ」
典人の一通りの愚痴を聞いた後、愛刃はゆっくりと話し始める。
「それだって『ぬらりひょんの七光り』の緒札の力に頼っているようなもんですし」
典人が悲観気味に言う。
「そんなことありませんよ。いくら緒札があっても主様と呼応しなければ只のお札。行ってしまえば紙切れのようなものでしょう。現に他の緒札の中には普段は反応しない緒札もあるのでしょう? それを使えているのですから、自信を持たれてもよろしいのでは?」
「微妙に、励まされてるような、そうでないような」
暗に使えていない緒札があると言われているような、少し複雑な表情を浮かべる典人。
「その辺はこれからの努力次第でしょうか」
そのあたりは否定せず、愛刃はニッコリと笑って言った。
「知ってますか? 『山婆」である麻弥刃さんと、『雪女』である淡雪さんは本来とても仲が悪いのですよ。国津神の流れを引く今の二人や『川天狗』の天音さんたちと、天津神の流れを引く『鈴彦姫』の鈴姫さんや『足長手長』である芦那さんと薙那さんたちは、史実上、穏便に支配地の譲渡を行なったように伝わっていますが、潜在的には対立しています。その他にも、同族系の河童や狸の妖内でも勢力争いがあります。それが現在は張り合う程度で収まっていますし」
「ああ、そういえば、ここに来た次の日に、鈴姫さんと天音さんはもめそうになったよね」
そのもめそうになった原因は典人のスケベ心であるが、今は置いておこう。
「私は毎年、家々を回り、色々ないざこざを聞いてきました。それを解きほぐし、不和を取り除くことの難しさを、私は誰よりも見聞きし知っているつもりです」
愛刃はもたれていた石壁から手を離し、改めて典人に身体を向けて口を開く。
「千歳に及ぶ故事来歴の因果を変える緒を主様はお持ちです。不和を解消する能力のある私をはじめとする他の能力の子たちでも叶わなかった事です。それがどれだけ凄いことであるか、砦の皆は知っています。言ってしまえば、気付いていないのは典人様だけです」
愛刃はきっぱりと言い切った。
その後、典人の頬に手を触れて真摯に語る。
愛刃の手の温もりが、典人には心に染みわたるように伝わってくる感じがした。
実際、愛刃の手の平からは淡い光が漏れ出ていたのだが、触れられている典人が気付く事は無かった。
「自信をお持ちください」
しばらくその状態で見つめていた愛刃がゆっくりと典人の頬に添えていた手を離す。
「もし、男子として皆を守りたいとお思いでしたら、今からでも遅くは有りませんよ。強くなるには鍛錬に時間が掛かるかもしれませんが、まずは身体を動かすところからはじめてみてはいかがですか?」
典人の眼前で、愛刃が、今までとは少し違った多少軽い口調でニッコリと微笑む。
可愛い女の子に眼前で真剣に見つめられて呆けていた典人であったが、やがて瞳に光が戻り始めた。
「そうだ、な……そうしてみるか」
典人は大きく伸びをする。
その顔は今までの憑き物が少し落ちたようにスッキリとしていた。
「ありがとう愛刃さん。話を聞いてもらったら、なんとなく少し気が楽になったよ。早速、天音さんに相談してみる」
そういうと典人は遠くの方で訓練している子たちの元へと駆け出していった。
「お疲れ愛刃」
愛刃が典人の走り去っていく後姿を眺めていると、愛刃の後ろ、木の影からスッと一人の少女が姿を現した。
それは『絡新婦』の紫雲であった。
「愛刃は上げ間の素質があるわね」
「なっ! 何をイキナリ!」
紫雲の言葉に愛刃が顔を真っ赤にして言う。
「あれえ、意味誤解してない? 『上げ間』、つまり巡り合わせの運気を上げる素質のことよ」
紫雲が愛刃に近寄り愛刃の頬を突く。その赤い瞳は面白そうに細められていた。
「してません! 第壱、私は『なまはげ』ですよ。不和解消や厄除けの能力があるのですから当然ではありませんか」
「ふ~ん」
事実、愛刃は典人に対して、相手が話しやすいよう精神的に促す『聞き上手』の能力と、相手の負の告白を精神的に浄化する『懺悔』を使用している。
だが、言った言葉には嘘はなかった。
牢獄核によって、この世界、この砦に跳ばされてきた魑魅魍魎のなかには、やり方は違えど、相手の精神に作用して、愛刃のように不和を解消したり、不安を取り除いたりといった能力を持つ子が何人かいる。
しかし、それでも典人を『かごめ』の儀式で召喚するまで、誰かがまとめることは出来なかった。
『かごめ』の儀式を行なったのも『牢獄核』からの声があったからである。
「もしかすると、天音さんが言っていた通り、緒札の効力以外にも、何かお持ちなのかもしれませんね」
典人の走っていった方を見やりながら、愛刃がそっと呟いた。




