第参拾陸巻 気遣い
第参拾陸巻 気遣い
牢獄核の結界の境界があった辺りより、さらに森の奥側。
3日前、『木の子』の木の実の一件で戦闘が行なわれた現場。
そこに『算盤小僧 改め 算盤小娘』の珠奇をはじめとする複数の少女たちの姿があった。
彼女たちは典人には内緒で、この牢獄核の結界があった境界辺りよりさらに外側にまで来ている。
典人はここ2・3日、何かを考え込んでいるように落ち込んだ雰囲気を漂わせていた。
その事については
~ ~ ~
「……このまま、守ってあげることも出来ず、守られるばかりで良いんだろうかって悩んでいる」
『覚』の慧理の見るところ、どうやら木の実の一件で自分の不甲斐なさに辟易しているらしく、皆で話し合い、しばらく一人で悩んでみさせて考えをまとめてもらうのが良いだろうということで、基本的に日ごろと変わりないように接するが、出来るだけそっとしておいてあげようということになった。
「……それから、召喚した時に思ってた「自分じゃ何もできないんじゃないか」ってループ……悪循環」
「そんな事はないですよ!」
『絹狸』の絹姫が、普段の自信のなさ気なおどおどした態度には似つかわしくないほどの声を上げる。
彼女は大き過ぎる胸にコンプレックスを持っていた自分を、素直に元気づけてくれた典人が、落ち込んでいることを心底心配していた。
「ええ、あの得体のしれない生き物の群れの中、真っ先に木の実ちゃんの元へ駆けこんで行ったのですから、そんな事はないのですけど……」
『木霊』の麗紀も同意して言葉を続ける。
「一つの絵の見え方は人によって異なります。良い絵とも悪い絵とも、穏やかな絵とも寂しい絵とも、賑やかな絵とも騒がしい絵とも。その評価は人からではなく、結局自分で決めるしかないのですけども……」
『画霊』の麗華が絵の妖らしい例えを出す。
「こればっかりは、周りがどう思うかじゃなく、自分がどう考えるかだからね。最終的には自分自身が納得するしかないんだよ」
『虎隠良』の陽虎が『禅釜尚』の陽泉から、両手でお茶を受け取り、猫舌なのかフウフウと息を吹きかけ冷ましながら言う。
「あまり溜め込み過ぎる様なら愛刃が相談に乗ってあげてよ」
「わかりました」
『コサメ小女郎』の小雨に『なまはげ』の愛刃が頷く。
「さて、『亀』の件もありますし、あまり時間の余裕も無さそうですので、私たちは私たちの出来る事をしておきましょうか」
『『ええ』』
『紅葉』の藻美慈がその場をまとめ、皆それぞれの持ち場へと散っていった。
……。
~ ~ ~
そうした話し合いの後、珠奇が音頭を取る形で、先日の木の実の身に起こった妖力の枯渇現象についての検証実験を行うべく、今回の検証に向いていそうな子たちに声を掛け、牢獄核の結界の境界のあった所よりもさらに外側へとやってきていたという訳である。
この妖力の枯渇現象に関して、珠奇は珠奇なりにある程度の当たりを付けていた。
それは
1.牢獄核には妖力を供給できる範囲がある。
2.牢獄核の範囲外、つまり、この世界では妖力を回復させることは出来ず、牢獄核が発動する以前と同じく、存在する為にも妖力が必要となる。
である。
事実、木の実以外の子は普段と変わらず、ゆっくりではあるが、妖力は増えている傾向にあるし、木の実もあの一件以降は典人の看病の元また増える傾向にあるように見える。さすがにまだ走り回るほど回復はしていないものの。
そうなると木の実だけに違いがあるとすれば、一人で牢獄核の結界のあった境界あたりより外側で『分け身』を何度も使ったため、牢獄核が発動することによって、最近少しずつ回復傾向にあった妖力を限界まで使ってしまったのではないかと推測している。
(だとすると別の疑問も浮かんでくるんだけど、今はこの2つの検証が先か)
なぜなら、この2点が意味するところは牢獄核の境界の範囲外に出ていったとしても、典人を召喚する前までの牢獄核内と変わらず、いずれは妖力を使い果たし存在が消えることになってしまうことを示している。また、牢獄核内でなら妖力の補充は少しずつでも可能にはなっているが、牢獄核の結界の範囲内でしか殆ど行動が出来ないのでは今までと大して変わらず、この世界から日本へと帰還するための方法を探すなど夢のまた夢であるからだ。
(典人を『かもめ』の召喚術式でこの世界に呼ぶ前、僕たちが牢獄核に囚われていた時も妖力の減少は起こっていた。加えて日々生きていくための維持に消費する妖力もかなりの負担となっていたものだ。だが、それはここまで急激なものじゃなかった。今現在、牢獄核が動き出し、砦の中での妖力の減少や存在の為の維持コストの為の妖力の消費はほぼなくなったと言っていい。それどころか、少しずつではあるが、妖力の回復もなされている。これだけ考えると『牢獄核』に囚われていたのか、それとも保護されていたのか分からなくなる)
少し首を振ってから目の前で妖力を振るっている子たちを見る。
そう。先に最初に上げた2点を確認しなければならない。
そう思い、思考を打ち切り目の前の口径に意識を集中する。
大きな氷柱を作り出している『つらら女』の雪良。
「『山土創気』」
その隣では『藤原千方の鬼』の一人、『土鬼』の千土が巨大な土の壁を作り出していた。
少し離れた所では『木霊』の麗紀が、典人たちを助ける為とは言え、『雷獣』のらいちが雷を纏い突撃したり、蹴散らすために『馬魔』の瑠宇魔が小型の竜巻を放って荒らしてしまった場所の植物に妖力を送り育成を促している。
手っ取り早く妖力を消費するには強力な技を行使するのが一番早い。
そう考え、一度に大量の妖力を消費することのできる子に協力を求めることにした。
あとから他の子たちも来て、この検証に協力してくれることになっている。
少し前ならこんな馬鹿げた事考えもしなかっただろう。ましてや、検証のために実行しようなどとは思いもしなかった。
ただその中で、火や雷を操る子たちにも声を掛けようとしたところ『木霊』の麗紀から、
「まだテリトリー外とはいえ、森で戦闘時以外で火を使うのはあまり賛成できません」
と、言われ比較的森への影響が少なくて済むように配慮した人選を考えることになった。
「どうだい?」
珠奇は皆の様子を見ながら声を掛ける。
「ちょっと疲れてきましたわ。身体が解けそうです」
雪良が額に大粒の汗? を浮かべつつ答える。
「流石にキツいかも」
淡々とこなしているように見える千土も疲労の色が見えてきた。
「様子見なら、私もこの辺が頃合いでしょうか」
いつものおっとりした感じで麗紀も答える。
「それじゃあ、そろそろ終わりにして。今日はここで一夜を過ごそう。『亀』の警戒は頼むね千隠、遥、夜星」
「分かった。『霞隠潜気』」
「うん」
「お任せ~♪」
三者三様に答えると、千隠は空気に溶けるように一瞬にして、遥は草むらの茂みに飛び込むように、夜星は地面の影に沈むように、これまた三者三様に姿を消していった。
この三人には別のお願いをしている。
珠奇たちは妖力の回復や存在の維持に妖力を消費するかを確かめるべく、砦には帰らずここでしばらく過ごすつもりでいた。
休憩がてら考えをまとめるべく、珠奇も座るのに手ごろそうな岩を見つけて、大きな木の傍にある岩の上に腰を下ろす。
珠奇は前にあげた自分の立てた仮説には一応の自信を持っていた。
典人を『かもめ』の儀式で召喚する前までは牢獄核の結界だけが張られており、結界内での妖力の供給はなされていなかった。おそらくは外の世界と同じ状態で、言ってしまえば、それまでは結界の内も外もこの世界から見て違いはなかったのだろう。
だが、典人が偶然にも牢獄核を作動させたことによって、結界の内部で妖力が供給されるようになった。
その後、また典人の偶然の行動により、牢獄核の結界の境界を消し去ることが出来た。
これによって、妖力の供給がすぐに止まったり、薄まったりするかと思いきや、3日経った現在のところその兆候は見られない。
つまり結界は消えたが、供給の範囲は維持しているのではないかと考えたのだ。
(まだ、結論付けるのには早すぎるのかもしれないけど)
ただ、幾つか疑問も生じている。
話に聞いたところ、羊のような狼の群れ(後にシープルフというこの世界の魔物であることが判明する)に木の実が牢獄核の境界の外で襲われ、それを助けるため、他の何人かがそれなりに大量の妖力を使うはずの技を行使しているという。しかし、木の実以外の子は、皆、思ったほど消費していないと言っていた。
「エヘン、へっちゃらだったよ!」
「問題ないのじゃ。久々に暴れられて満足なのじゃ」
外に探しに行った何グループかの中で、大きな力を使ったのはあの戦闘に参加した子たちだ。その中でも特に一度に大量の妖力を使ったと思われる『雷獣』のらいちと『馬魔』の瑠宇魔の二人にさほどの疲労は見られなかった。
その前にも牢獄核の結界がまだ存在している時、典人たちがその境界に行き偶然、結界の解除に成功して、そのまましばらく境界の外で行動した際にも『油取り』の亜鳥は結界が消えたかの確認のため何本もの大串を具現化して投擲していたという。
「あの時は私も牢獄核の結界の外に出られたことで、興奮してまして何本もの大きな串を具現化して投擲していたのですが、もともとこの能力は本来の日本での力とは違うこの世界で得た新たな能力の為、それなりに妖力を消費するはずなのですが、特に妖力を消費し過ぎたという感じはありませんでしたね」
という話を聞いている。
珠奇がこの世界で得た能力は『目分量』である。全てではないが、ある程度の事を数値としてとらえることが出来るようになっていた。
その見立てでも他の子達が言っていることが、気のせいではないことは確認できている。
そうなると、『木の子』の木の実だけが例外となってしまう。
だが、例外だとすると極端すぎる。
第一、木の実はその前の10日間ほどの間は砦の敷地内で好き勝手に『分け身』を使って遊び回っていたのを他の子たちに目撃されている。
そこで
「それともう一つ……」
前の仮説以外にも珠奇には思い浮かぶものがあった。
だがそこで静かに目を伏せ、そしてゆっくり目を開いた。
「けど、今は初めの二つの検証が先か……典人君、君は……」
呟いた珠奇の横顔を、この世界の二つの月が淡く薄く照らし出していた。




