第参拾肆巻 気が散る
第参拾肆巻 気が散る
典人は今回食事の際、典人の膝の上に座る順番で夕食時にはいるはずの『木の子』の木の実の姿がないことに何か不安を覚え、辺りを探る事の出来る子たちにお願いして砦内を見てもらうことにした。
しかし、隠れている様子はなく、さらに砦の外の森の辺りを見てもらう為、『木霊』の麗紀とともに砦の外、森の入口に来たものの、やはり木の実の気配を捉えることは出来なかった。
何か胸騒ぎの様な物を感じていた典人は、それから急いで砦内に戻り、皆のいる大食堂へ走り込むと、事情を話し、木の実を探すのを手伝ってくれるように頼んだ。
いくら女の子だからと言っても、妖は基本的に闇のモノであり、且つ自由であるため、最初は典人の気にし過ぎではとの反応が多かったが、典人の表情から何かを感じ取った子たちが動き出すと、それに続き皆協力してくれる流れになっていった。
「……典人、牢獄核の欠片が反応したの、大切な事。皆に知らせなきゃ駄目」
『『えっ!』』
「あっ、ああ、ゴメン」
特に『覚』の慧理が、典人の心の中にある 牢獄核の欠片が反応したことに気付き、それを指摘し、典人が皆に事情を離すと、皆が真剣になった。
「空さんは砦に残って、誰かが木の実ちゃんを見つけた知らせを受けたら、太鼓を3度叩いて皆に知らせて。それ以外でも何かあれば太鼓を叩いて知らせて」
「分かったよ」
『虚空太鼓』の空に砦に残り皆の連絡役をお願いし、自分は森へ捜索に行こうと動き出す。
「皆は太鼓の音が鳴ったのが聞こえたら、兎に角砦に戻って来て」
『『はい!』』
典人は牢獄核の境界があった外側を捜索する上で、最初から仲間同士だった子たち、森に慣れている子たち、夜の闇に慣れている子たちを考慮して選んだ。
最後の夜の闇に慣れている子たちに関しては妖なら大抵は慣れているのであろうが、この場合、特に闇に特化しているであろう子たちを選んだつもりだった。
その他の子たちには引き続き砦内や『牢獄核』の元の結界の範囲内の捜索を行なってもらうことにした。
一度、砦内は『座敷童』のさきらや『蔵ぼっこ』の小補玖に、『牢獄核』の元の結界の範囲内の森は『木霊』の麗紀にお願いして探ってもらっているが、相手も小っちゃい女の子とはいえ森の妖の一員である。
気配を消す事には長けているであろうし、木の実の場合、『かくれんぼ』と称され本気で隠れられれば、『木の子』の妖としての性質上、見つけるのはより困難になる。
この異世界ではまだ何が起こるかさっぱり分からない以上、万が一のことを考えてやれる事はやっておこうと典人は思った。
砦に戻ってくる時は宵闇くらいだったが、再び砦の正門前に典人達が出てきたころには、この世界特有の二つの月が自らの存在を主張するかのように夜空に浮かんでいた。
森の奥へと視線を向ければ、昼間でさえ、薄暗いと思えた森が、ぽっかりと暗く大きな口を開いているかのように広がっている。
この世界に典人が呼ばれてしばらくは雨が続いていたため、気付かなかった二つの月ではあるが、その明るさをもってしても深い森の中ではまともに視界が効きそうになさそうだと典人には思えた。
「牢獄核の外の世界はまだ何が有るか分からないから、くれぐれも仲間から離れて行動しない事」
砦の前にある少し開けた広場に集まった女の子たちを前に、典人が皆に注意する。
『『はい!』』
藤原衆は正門から右側を頼む」
「「「「「「御意!」」」」」」
『藤原千方の四鬼、実は六鬼』は指示を受け慣れているのか、見事な礼をとると素早く森へと散って言った。
「みさき姉妹は正門から左側をお願い」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
『七人みさき』の七姉妹も息の合った返事を返し森へと掛けていく。
「天音さん、木埜葉ちゃん、瑠宇魔ちゃん、妙羅ちゃん、らいちちゃんは空から探して」
「お任せを」
「はい!」
「分かったのじゃ」
「いいよ」
「うん!」
バラバラな返事ではあるが、 『川天狗』の天音、『木の葉天狗』の木埜葉、『馬魔』の瑠宇魔、『妙多羅天女』の妙羅、『雷獣』のらいちは各々空を自由に飛ぶことができる術を持っている。
見ていると、天音は背中の漆黒の翼を広げはためかせ、木埜葉は妖力を使い印を組み、同じく漆黒の翼を具現化させ天音に続き、瑠宇魔は玉虫色の仔馬を出現させ飛び乗り、妙羅は両手を広げるとまるで体重が亡くなったかのようにフワリと浮き上がり、らいちは湧き上がった雲に飛び乗り四つん這いになり、それぞれ空へと消えて行った。
それからも、他にもいくつかのグループに別れて探すことになった。
典人がそれぞれのグループに探す方向を次々と指示すると、皆、各々に森の方へと散っていく。
「オレたちは正門から真っ直ぐ方向を探そう」
典人のところには木の実を一番心配しているであろう『木霊』の麗紀と、自分も小さい割に小さい子の面倒見がいい『旧鼠』の優希、暗がりでも夜目と遠目が効く『シバカキ』の遥、典人のため、足元の灯りを作る事の出来る『古籠火』の呼炉、それに『古椿の霊』の小椿が一緒に行くことになった。
「捜索でしたら、私がお役に立てると思いますよ」
そう言って小椿が両手を合わせ花が開くような形を作り、そこに吐息を吹きかけると、手の平が椿の花を思わせる淡く赤い光が溢れ、無数の小さな何かが形取られて飛び出てくる。
それらはブーンという羽音をさせ、小椿の周りで飛び回っている。
「げっ、蜂!」
典人がそれを見て思わず一歩後ずさった。
「ご安心を。私が妖力で具現化した忠実な僕ですもの。御主人様に害をなすことはありませんわ。ちなみに、蜂蜜を集めてくれている種類の子たちとは別種です」
小椿がニッコリと微笑んで言う。
典人は小椿の言葉におっかなびっくりだが彼女の近くに寄っていった。
飛んでいる蜂をよく見ると、お腹の方に黄色と黒の縞模様があり、お尻の方は黒の波模様になっているのが見て取れる。
「でも蜂って夜動けるの?」
典人が疑問に思う。
典人の知る蜂はカブトムシやクワガタなどと違って、夜行性ではなかったはずである。
確かに、広い範囲をカバーするためには機動力のある蜂は有効化も知れないが、今は月も出始めていて、いくら小椿が妖力で出し、手名付けている蜂と言えども、夜行性ではない蜂には難しいのではないかと思ってしまう。
「大体の蜂は夜、巣に戻って休みますが、この紋雀蜂はこのくらいの時間ならまだ活発に活動できますよ」
「へえ」
「あと光に向かっていく習性がありますかね」
「えっ、ボク、危なくない?」
典人の隣にいて灯篭型のランタンを具現化して明かりをとっていた呼炉がそれを聞いてビクリと肩を震わせる。
「大丈夫ですよ。基本的にモンスズメバチは火を恐れますから。それにさっきも言った通り、私が妖力で出した物ですから、ご主人様や砦の者には攻撃しません」
小椿のその言葉に、呼炉がホッと胸を撫で下ろす。
「この子たちを森に放ち、広い範囲を探させてみますわ」
「それは助かる」
「行きなさい!」
小椿が軽く手を振ると、紋雀蜂の群れはブーンという羽音とともに森の中へと飛んで消えていった。
「典人さま、わたしたちも早く行こう!」
典人の服の袖をクイクイと引っ張り優希が落ち着かない様子で急かす!。
「そうだな、皆行こう」
◇
暗い森の中。
一塊になって走り抜ける女の子の集団があった。
同じ長い黒髪に、同じ美しい顔立ち。
『七人みさき』の七姉妹である。
「ねえ、あいつらの仕業って事はないかしら?」
走りながら、みさらが現在の状況から考えられる事態を推測する。
「あいつら? ああ、結界が無くなってからすぐ現れた例の『亀』のことですか」
末っ子設定らしからぬ落ち着いた口調でみさなが言う。
「う~ん、どうだろう? 木の実ちゃんの能力なら、逃げるだけなら十分できると思うんだけど」
みささがみさらの推測に首を傾げる。
「ただ、この世界の連中が、どんな『能力』をもっているか分からないし」
それに対し、みさりがおっとりとした喋り方で疑問を口にする。
「もし、あいつらだったら、木の実ちゃんに手を出して見ろ、その汚い手を引き抜いてやる!」
みさとが声を荒げ吐き捨てるように言い放った。
「その時は手を貸すよ、みさと姉」
みさのもそれに賛同する。
「兎に角、典人様に言われた所を探しましょう」
「「「「「「ええ」」」」」」
みさおが長女設定らしく皆をまとめ、七人は牢獄核の結界の境界があった場所の外へと急いだ。
◇
「えっ、えいっ! えいっ!」
木の実は有りっ丈の妖力を使って『分け身』を使うが、本来10人にまで増やす事の出来るはずが、今は全く『分け身』を使うことが出来ない。
現在、木の実の『分け身』は残り3人となっていた。
「なんで!?」
「こわいよ!」
「たすけて!」
少し前までは羊の皮を被った狼からふざけるように逃げ回っていた木の実であったが、今はそんな余裕があるはずも無く、3人が3人出鱈目な方向に逃げ始めた。
だが、群れで狩りを行う羊の皮を被った狼たちはそんな木の実たちの逃げ道を巧みな連携で追い詰め、3人を一か所へと誘導していく。
「きゃああぁ!」
また一人木の実の分身体が、羊の皮を被った狼の牙に掛かり消え去っていく。
残りは2人となった。
◇
典人たちのグループは砦の正面方向、森の奥、牢獄核の結界の境界があった辺りまで捜索範囲を広げていた。
「遥ちゃん、そっちはどうだ?」
「ううん、いないみたい」
遥が藪の向こうから返事を返す。
他のグループからも木の実が見つかったという知らせはないらしく、未だに砦方向からの空からの太鼓の音は聞こえてこない。
徐々に皆から焦りの色が出てくるのがお互いに伝わって来ていた。
張り詰めた緊張感の中、時間だけが過ぎていく。
「んっ?」
そんな中、遠くから虫の羽音が微かに聞こえて来た。
いち早くそれに気づいた小椿が、その方向に目をやると、一匹の紋雀蜂が木々の間から姿を現わした。
その紋雀蜂は小椿の前までやって来ると、何やら「8」の字に飛び始める。所謂蜂が目的のものを見つけた時などに仲間に知らせる『八の字ダンス』である。蜜蜂の「八の字ダンス」が広く知られており、100m以内だとダンスが円になるとも言われている。
「もどりましたか。どうやら見つけた様ですね。あちらですか」
紋雀蜂のお尻の示す方向を見つめながら小椿が呟くと同時に、
『のりとおにいちゃま、たすけて!』
今、また、一瞬。
僅かにだが、典人の中にある牢獄核の欠片が震えた。
(木の実ちゃん!)
典人が急に、紋雀蜂が示した方向へと走り出す。
「典人様お待ちください!!」
麗紀が叫ぶように声を上げ、手を伸ばすが、典人はその声が聞こえていないのか、止まる様子はなく森の奥へと走っていってしまう。
典人より体力も力もあるものの走る速さという意味では『藤原千方の鬼』や由来が動物系の妖でもない限りは典人と速さはさして変わりがない。付喪神の類に至っては遅いモノもいる。
「典人さま!」
「一人じゃあぶない!」
夜目が効き、少し離れた所を探していた優希と別方向を照らして探していた呼炉が麗紀の声に気が付き典人たちの方を振り向いて慌てて呼びかける。
その声を後ろに置いて、典人は木々の中へと消えて行った。




