第参拾参巻 落ち着かない気分
第参拾参巻 落ち着かない気分
典人が白ビキニの水着姿の『油徳利』の由利に引っ張られて砦の外の川辺から砦の執務室に連れて来られると、そこには『川天狗』の天音、『硯の精』の鈴璃、『算盤小僧 改め 算盤小娘』の珠奇、『二口女』の双葉、『宗旦狐』の爽、『センポクカンポク』の餞保など、典人のサポートを行なってくれている主だったメンバーが集まって何やら会議をしているところであった。
典人と由利が扉から室内に入ると、一斉に視線が典人たちに注がれる。
天音が由利の恰好を見てわずかに驚きの表情を見せるが、次の瞬間には何事も無かったかのようにいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「何か急ぎの用って聞いてきたんだけど? 今日、会議だったっけ?」
「いえ、皆で集まってお茶していただけですよ」
天音が席を立って、典人たちの方へと歩み寄る。
「紫雲さんが天音さんに「亀さんを見つけたんだけど、しばらく泳がせておく」って言えば分かるって言ってたんですけど」
由利が天音に紫雲から預かってきた伝言を伝える。
「そうですか」
天音が納得したように軽く頷いた。
「亀? 何のこと?」
典人が興味を持ったように天音に尋ねる。
「えっと、夕飯の話でしょうかね。この川で取れる亀は日本のすっぽんみたいに滋養強壮に良いらしくて」
そこに鈴璃が話に加わった。
「それでは、近いうちにすっぽん鍋にでもいたしましょうか」
爽も典人と鈴璃のお茶の準備をしながら話に加わる。
「へえ、すっぽん鍋かあ。祈世女あたりが危機として、いやもとい、喜々として典人に食べさせそうだね」
面白がるように珠奇が机に両腕を乗せ頬杖を突きながら典人をからかう様に言う。
「滋養強壮とは精力増進のことではありませんよ。食物から身体に必要な栄養素を作り出し吸収して体の隅々に届けることにより、弱っている部分を強くすることですよ」
餞保が注釈を入れる。
「分かってるって。でもさあ、祈世女なら絶対やると思うんだよね」
「「確かに」」
注釈を加えた餞保も含め、室内にいた女の子全員が珠奇の言葉に賛同した。
「で、急ぎの用って何?」
その言葉にちょっと顔を引きつらせながら典人は自分が呼ばれた理由を問う。
「えっとですね。そのあの、そうです。そこの荷物を運ぶのを手伝っていただけませんか」
『川天狗』の天音が典人を前に目を泳がせるように言葉を発する。
すると、今まで何もなかったと思っていた場所に何やら荷物らしきものが積み上げられていた。
「あれ? 入って来た時、こんなのあったっけ?」
典人が疑問で頭を傾げる。
「あったじゃん、さっきから」
いつの間にか、荷物の隣で双葉が立っている。何と無く双葉の頭の上の赤い蝦蟇口型のベレー帽から「ケフッ」という音がしたような気がした。
「これ、双葉が運んだ方が早くないか?」
「仕分けるのは大変なの! 典人はか弱い乙女にだけやらせる気なの?」
双葉はそういうと、いつの間にやら手に持っていた張り扇をパンパンと手で叩いた。
「だから何処から出したそれ!? 「か弱い」言いながら張り扇を叩くな!」
典人が双葉に抗議する。
「乙女の隠し場所は秘密がいっぱいなのよ! いいから四の五の言わずに男なら黙って手伝う!」
双葉の勢いに押されてその場を流されるように手伝いに入る典人であった。
その後、天音から呼ばれたということで、水着会の海上から泣く泣く砦へと戻ってきた典人であったが、大した用とも急ぎとも言えない用をあれこれと頼まれ、済ませているうちに陽が傾いて行った。
◇
もう何度目になるだろうか。
『木の子』の木の実は羊の皮を被った狼の群れと、食い付かれては消滅し、消滅してはまた10人に増えるを幾度と無く繰り返して遊んでいた。
端から見れば、「遊んでいた」というにはあまりにもシュール過ぎる光景であったが、少なくとも木の実から見ると「遊んでいた」以外の何物でもなかった。
そして今回も4人にまで減った後、木の実は面白がりながら元に戻す様に妖力の『分け身』を使った。
「ばんごう! 1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
……。
「9? あれ!? ふえない!? まあいいや。みんな逃げろ~!」
『わ~い!』
本来、木の実が使える『分け身』は10人であるところを、9人にしか増えなかったことをさしたる疑問には思わず、木の実たちは羊の皮を被った狼たちとの鬼ごっこを続けて行った。
◇
「あれ? 今回は木の実ちゃんの番の筈なのに」
夕飯時。
大食堂に向かい、いつものように食事の際、順番こで典人の膝の上に座る子を待っていた典人だったが、今回座るはずの木の実が、一向にやってこないことに疑問を覚えた。
大食堂内をグルリと見渡してみるが、小っちゃい割に良く目立つはずの木の実の姿がやはり見当たらない。
「木の実は気まぐれじゃからのう。いつものように何処かで遊びに夢中になっていて忘れているのかもしれんのう」
今回同じテーブルに座っていた『馬魔』の瑠宇魔が言う。
「そう言えばお昼御飯も見てないですの」
『髪切り』の霧霞も、皆のご飯をよそいながら答える。
「一応私たちは食べなくても妖力である程度は保ちますけど、今は食べた方が妖力の節約になりますし……典人様、粗茶ですが、どうぞ」
『禅釜尚』の陽泉がお茶を入れてくれながら言う。
「あっ、有難う陽泉ちゃん」
(忘れている?)
入れてくれた湯呑を受け取り、湯呑の中のお茶を覗き込みながら典人は以前の食事時の光景を思い浮かべていた。
~ ~ ~
「ねえねえ、のりとおにいちゃま、だっこちて」
「えっ?」
そう典人が安堵していると、いきなり横から可愛らしい声が掛かった。
見れば横には『木の子』の木の実が典人の袖をクイクイと引っ張りながらニコニコとした屈託のない笑顔を浮かべながら立っていた。
もちろん、今回はちゃんと服、蒼いワンピースを着ている。
「のりとおにいちゃま、だっこちて、おひざのうえにのせて、ごはんたべさせて」
「えっ? えっ?」
木の実の突然の申し出に戸惑っていると、更に反対側からも声が掛けられた。
「木の実よ、抜け駆けはズルいのじゃ。妾も抱っこを所望するのじゃ」
典人が困惑していると反対側からトテトテと『山姥』の麻弥刃が寄って来て、木の実とは反対側の膝によじ登ろうとしてくる。
「ちょっ」
「わたしも良いですか?」
小学生高学年くらいの見た目のわりに胸がかなり大きい女の子、『糸取り貉』の射鳥も何時の間にか寄って来ていた。糸取り貉は行灯を持ち糸取り車を回す女性に化けた妖怪である。
「じゃあ、ぼくも。本当は肩車が良いんだけど」
黒髪をショートカットにしたボーイッシュな女の子、『古籠火』の呼呂も参加する。古籠火は石灯篭の上に乗り口から火を吐いた姿で描かれている妖怪である。
「のりとさま、あたちもあたちも。あたちはおんぶのほうがよいけど」
小さいのに狸系の妖の特徴なのか胸が大きい『赤殿中』の灯狸も袖を引っ張り要求する。
「典人お兄さん、わたしも座りたいです」
「旦那様、妻である私も」
「ボクもボクも」
さらに『ケセランパサラン』の世良、『清姫』の祈世女、『コボッチ』の千補がそれに続く。『コボッチ』は人に憑依したりして悪戯をする妖怪である。
「えっ、ちょっ、待っ!」
典人が制止する間もなく、見事にお子ちゃま系の子が我も我もと群がって来る。
~ ~ ~
(一番最初に膝の上に乗せてほしいって言ってきたのに? ……こういうのは木の実ちゃん、忘れないような気がするんだけど、忘れるかなあ?)
そう思いながら典人はお茶を一口すすった。
◇
『『えっ、!!』』
今まで元気いっぱい動き回っていた木の実であったが、突如その動きが鈍くなった。
「あれれっ?」
「あれっ? からだがうごかなくなってきた」
「あっ、あれ? からだがおもたくなってきたよ」
「なんかだるくなってきたよ」
全身が重くなったようになり、フラリと身体が揺れる。
するとすかさず、
「きゃあああ!」
野生の動物……魔物である羊の皮を被った狼が、そんな隙を見逃すはずも無く、一気に攻勢を掛けはじめてきた。
それでもいつものように『分け身』を使おうとする木の実であったのだが、
「えいっ! あっ、あれ? 増えない? えいっ! えいっ!」
いつの間にか、思う様に妖力を振るうことが出来なくなっていた。
そのことに戸惑っている木の実に羊の皮を被った狼達は容赦なく次々と残りの木の実たちめがけて食らいついていく。
「きゃあああ!」
「くるなぁ! くるなぁ!」
「あっちいっちゃえ!」
今までは遊び半分、からかい半分、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で、ワザと捕まってみたりしていた木の実であったが、今は必死に逃げ回っている。
だが、
「きゃあああ!」
一人、また一人とかみ殺され、消えていく木の実の分身体たち。
『分け身』で増やすこともできぬまま、その数を5人にまで減らしていた。
◇
『のりとおにいちゃま!』
今、一瞬。
僅かにだが、典人の中にある牢獄核の欠片が震えた気がした。
(木の実ちゃん!)
「……何か嫌な予感がする。探してみようか」
典人はそういうと、大食堂内を見渡して、『座敷童』のさきらを探し出すとさきらに呼び掛けた。
「さきらちゃん、ちょっと来て」
「は~い、どうしたの典人お兄ちゃん」
「さきらちゃん。砦内に木の実ちゃんが居るか分かる?」
「うん、やってみる、ちょと待っててね……」
さきらが集中している間、典人も次の行動に映る。
「小補玖ちゃん、倉庫に隠れてたりしないか分かるかな?」
今度は比較的近くのテーブルにいた『蔵ぼっこ』の小補玖に声を掛ける。
「ほいほい、お任せ! 探ってみるよ」
地面まで届く程の長い黒髪をした『蔵ぼっこ』の小補玖が軽い調子で請け負う。『蔵ぼっこ』は蔵に住み着く座敷童の類とされ、火災などから蔵の荷を守ったりもするという妖である。
「砦の敷地内にはいないみたい。小補玖ちゃんはどう?」
「さきらちゃんとかぶるけど、倉の中もやっぱりいないね」
「って、ことは森の中か……麗紀さん、分かりますか?」
典人が砦内を探すのに適していそうな子たちを頭に浮かべ次々と指示を出していく。
これも日頃より面接の際にそれぞれの子達の得意な事を聞いてまとめていた賜物であるだろう。
「ここからだと……森に行ってみないと何とも言えませんね」
「じゃあ、行こう。皆は先に食べてて」
そう言い残すと、典人は足早に冷気を伴って大食堂から砦の外へと出て言った。
夕闇迫る砦の門の前。
「私の感知できる範囲は以前牢獄核の結界の境界があった辺りくらいまでです。それも完全に把握している訳ではありませんから、おおよそといったところですが」
「それでいいよ」
砦の外に出ると、典人は森の手前で橋を守る『橋姫』の姫刃と共に、麗紀が森に入ってすぐの所で集中する様子を黙って見つめていた。
しばらくして麗紀が暗い表情で戻って来る。
「どうだった?」
答えは何となく察せてはいるが、典人は一応問いかけてみる。
「……駄目です。全く木の実ちゃんの気配が感じられません」
「それじゃあ、まさか!」
「はい。木の実ちゃんは境界の外に出てしまった可能性があります」




