第参拾弐巻 気を逸らす
第参拾弐巻 気を逸らす
砦内の中庭に面した廊下で『一本だたら』のいほらと『方相氏』の練が話をしていた。『方相氏』は、元は宮中の役職で盾と矛を持ち鬼を祓う役目を追っていたが、時が経つにつれ祓われる側の鬼となった。節分の豆まきのルーツともされている。
「練殿、何か必要な物はありますか?」
「そうですね、麻弥刃さんや麗紀さんの妖力が戻って来たおかげで、いろいろな食物の種が手に入りそうですし、砦の敷地内に畑を作ろうかと思うのですが、農具があると助かるでしょうか」
「なるほど。分かった、作ってみよう」
「お願いしますね」
「あっ! いました! いほらさ~ん!」
いほらと練が廊下で話をしていると、廊下の向こうから『木の葉天狗』の木埜葉が元気よく手を振りながら走ってきた。
「木埜葉はいつも元気だな」
「元気はいいのは良い事ですが、あまり廊下は走るものではありませんよ」
「あっ、はい。ごめんなさい練さん」
「ふふっ、相変わらず素直で良い子だ。で、それだけ急いで私を探していたという事は何かあったのか?」
「あっ、そうです。練さんも聞いてください」
木埜葉は『絡新婦』の紫雲から頼まれた言伝を話し始めた。
「……そうか、分かった。準備しておこう」
「私も備えておくことにしましょう」
二人は木埜葉の話を聞き終わると、それぞれ動き始めた。
◇
その変化は突然だった。
結界の境界のあった外側の森で遊んでいた『木の子』の木の実の『分け身』の群れが、羊のような動物の群れを見つけ、飛び込んで遊んでいたのだが、 突如として羊のような生き物たちの群れから殺気の様なものが発せられたかと思うと、木の実たちに向かって襲いかかってきた。
後に典人達は知ることになるが名を羊の皮を被った狼というこの世界特有の魔物で、日本で言うところの狼の身体に羊の様なモコモコとした体毛が生えており集団でノッソリと移動しているため、一見大人しくか弱い動物の群れのように見えるのだが、一度獲物が自分たちの狩場内に入り込めば、油断したところを見計らい集団で一気に襲いかかるという恐ろしい魔物である。
ガルルルルル!
「おわあ!」
「びっくりした!」
「びっくりしたよ」
「びっくりしたね」
当然最初、木の実たちも眼を丸くして驚いていた。
ところがである。
「なになに、こんどはおいかけっこ?」
「こっちだよ!」
「あっちだよ!」
「どっちかな?」
「きゃははははっ!」
皆、喜びながらあちらこちらへと鬼ごっこよろしく逃げ始めたのである。
その恐ろしいはずの魔物が本性を現したにもかかわらず、相変わらず能天気な木の実であった。
◇
(それにしても豆狸の瞑魔ちゃんとか小豆洗いの梓ちゃんとか『豆』って着いてる割りに大きいよなあ。名前負け……いや、名前に勝ってるんだから『名前勝ち』か)
少し休憩とばかりに手ごろな岩の上に座り、思春期高校生全開のしょうもない考えを巡らせつつ典人は川辺で戯れる妖・精たちの水着姿を堪能していた。
それまでは思う存分、水着美少女と水遊びに興じ、久しぶりに穏やかでゆったりとした楽しい時間を過ごしていた。
ここ1・2週間、異世界に召喚されて、典人は慣れないながらも手探り状態で砦内をまとめていこうと気を張っていた。多少の息抜きは有ったものの、降り続いた雨の影響もあり表情には出さないものの、慣れない環境で自分ではあまり役に立てていないのではないかと言う思いがいつも付き纏い、欝々とした感情が常に頭を過っていた。
年少組の子達と水のかけっこでじゃれ合い、
『七人みさき』姉妹たちとビーチバレーに興じ、
『油徳利』の由利特性サンオイルを由利や『鈴彦姫』の鈴姫や『絡新婦』の紫雲たちに塗りまくったり!
と、お日様の下の元、健康的に身体を動かすことによって、かなり気分転換が出来た様で、心から水遊びを堪能しまくっていた。
◇
「はえっ?」
羊の皮を被った狼の群れのうちの三匹が一人の木の実に向かって走り出した。
だが、それは正面から突進していくのではなく、一匹が正面直前で止まり威嚇をし、残りの二匹が両側へと走り、一人を囲むように位置を取る。
両側の二匹が配置に付いたと同時に、正面の一匹が木の実に食らいつこうと飛びかかった。
「へへーん」
それを木の実は難なくかわそうとする。
ところが、
突進してきた一匹は住んでのところで止まり、急に後ろに跳び下がる。
「へっ?」
キョトンとする木の実の右側から両側に別れたうちの一匹が飛びかかってくる。
「うわあっ!」
その爪と牙を寸でのところで避けた木の実。
だが、今度は左側。
死角を突く様に、残りの一匹が飛びかかるように迫ってくる。
「へーんだ。しってたもんね」
木の実はちょっと身体を動かして避ける。
しかし、それがまずかった。
木の実の目の前を通り過ぎた一匹が目隠しとなり視線を遮る。
それが明けた瞬間。
目の前には最初に正面から突進してきた一匹が、もう目の前まで迫って来ていた。
ついに獣の牙が木の実を捉え、その柔らかそうなお腹からかぶりついた。
「うわあ!」
◇
「紫雲」
自前の妖力の糸でハンモックを作り寛いでいた紫雲の背後に、いきなり人影が現われた。
紫雲の髪留めやイヤリングについている赤い玉は視覚の役目を果たしており、赤い両目を合わせて全方位カバーしている。
つまりは何処から現れたにしても紫雲には死角は基本的に存在しない。
なのでこれにはさすがに紫雲も一瞬驚きの表情を浮かべたが、現れた相手を確認するとすぐにその表情を元に戻し、いつもの蠱惑的な美称を浮かべる。
現れたのは『藤原千方の鬼』の『隠形鬼』である千隠であった。
千隠の技は隠形に特化しており、相手に気取られず相手に近づくことを得意としている。
忍のルーツとも言われているに相応しく、音も無くその場に現れたのは良いのだが、その姿はしっかりと黒のワンショルダービキニを着ていた。
まあ、忍らしく周囲に溶け込んでいると言えなくもないのだが。
突如紫雲の傍に姿を現した千隠が紫雲に耳打ちする。
「また只見客?牢獄核の結界がなくなったばかりなのに……冷やかしはご遠慮願いたいわね」
紫雲は何事か考えた後、再び女の子たちと戯れ始めた典人を見やり、溜め息を一つ付いた。
(折角、典人の息抜きになっているのに無粋ね)
「どうする? 捕まえる?」
近くで一緒に聞いていた『シバカキ』の遥が紫雲に問う。
「いいえ、まだ友好的か否かが分からない者。接触するのは様子見ね。泳がせましょうか。頼めるかしら千隠、遥」
「「頼まれた」」
「由利、ちょっと来て」
「なんですか紫雲さん?」
紫雲は千隠と遥に指示を出すと、由利を招き寄せて何事かを話していた。
◇
木の実の身体に牙を突き立てた羊の皮を被った狼がその柔らかそうな肉に更なる力を加え、噛み千切ろうとした瞬間。
ポンッ!
っと、奇妙な音とともに木の実の身体が、まるで風船が割れたかのように弾けて消えてしまった。
噛み千切った当の羊の皮を被った狼は何が起きたか分からずにその場でしばらく硬直する。
「ざんね~ん、はっずれだよ」
羊の皮を被った狼から離れたところから声がする。
反射的に首をやると、自分が噛み千切った獲物とは別の物がそこにいた。
「あ~ぁ、」捕まっちゃった」
「ひとりへっちゃったねぇ」
「たべられちゃったねぇ」
「へいきだもん」
「ふえるもん」
「ばんごう! 1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
「10!」
『『ほらふえた。きゃははははっ!』』
木の実が妖力を使って行える能力の『分け身』。
これこそが、木の実が結界の境界に触れてしまった際、消失を免れることの出来た理由である。
「みんな、にげろぉ! きゃははははっ」
『『わーい!!』』
再び四方八方へと走り出した。
◇
「「完成、朱雀門!」」
「おおっ!」
典人は『藤原千方』の千土と『砂ふらし』の砂羅、『火取り魔』の灯鞠、『虎隠良の陽虎、『画霊』の麗華たちの合作によるサンドアートに感嘆の声を上げていた。
正直、門の違いなど分からないのだが、立派なことには間違いないので素直な感嘆の声を上げていた。
「典人様~!」
そこに、白ビキニの由利が、見事な天使の輪を湛えた黒髪を靡かせつつ、手を振りながら駆け寄ってくる。
「由利ちゃんどうしたの?」
「天音さんが砦の執務室で呼んでます」
「何かあったかな?」
典人がその場で考え込む。
「急ぎの用だそうですよ。さあ、はやく行きましょう!」
由利は典人の手をとると砦の正面門の方にむかって引っ張り出した。
「えっ、ちょっ、もう少し見て……」
「はやくはやく、典人様!」
明らかにか弱そうな見た目の女の子の由利であるが、案の定と言うか、御多分に漏れず典人より力が強いようで、グイグイと引っ張られていく。
まあ、水着の美少女に手を取られて引っ張られているので典人も大した抵抗はしていないのだが。
(あれ? そういえば、皆のあんな恰好を見たら天音さんとか愛刃さんとかがおこりそうだけど、特に何も言ってないよな。……やっぱ、水着は別物なのかな?)
◇
「うわああ!」
またも逃げきれなかった木の実の一人に、本性をむき出しにしたシープウルフの群れが襲いかかり、森のあちこちに逃げ回っていた木の実たちのうちの何人かがその爪と牙に掛かっていく。
「ありゃりゃ、またきえちゃった」
「あ~あ、ひとりへっちゃったねえ」
「ああ、たくさんへっちゃったねえ」
「でも、ざんねんでした!」
「「え~い!」」
その声と同時にシープウルフに噛み消されたはずの木の実たちが何処からともなく現われまた10人になっていた。
「さあ、つづきをしよっか!」
◇
典人は由利に引っ張られつつ砦の門を潜り、建物へと入っていった。
「あの光景を悟朗が見たら絶叫しながら転げまわるだろうな」
「ゴロウ? どなたですかその方は?」
「ああ、オレの小さい頃からの幼馴染だよ。何て言うか、腐れ縁でさあ、クラスは時々違ったけど幼稚園から小中高と同じでさあ、妙に気が合うヤツなんだよ。今回の夏休みの旅行も本当は二人で行く予定だったんだけど、あいつの田舎でどうしても外せない用事があったらしくて、今回はオレ一人の旅になったんだ。もし一緒に旅してたら、あいつもここにいたのかなあと思ってさ」
「それはどうでしょうか?」
由利が難しい顔で考え込む。
「どういう事?」
「わたしたちが行なった『かごめ』の儀式ではあの時のわたしたちの残りの妖力から考えても一人しか呼ぶことはできませんでしたので、仮に二人を巻き込んでいたら、恐らくは定員オーバーで、二人共次元の間に跳ばされていたのではないかと」
「冗談だろ? 怖い事言わないでくれよ」
由利の言葉に思わず典人の顔が引きつる。
「いえ、まず間違いないと思います。それだけギリギリだったんですから」
「そう考えるとタイミングが良かったのかな? あいつ昔っから妙にタイミングが良いヤツなんだよな」
「例えば?」
「そうだなあ。例えば、あいつが見てる時って何故かタイミング良く強風が吹いて女の子のスカートがまくれ上がるんだよ」
「うわあ、最低」
そうして、まだ見ぬ典人の友人である悟朗の評価はあらぬ方向へと下されていくのであった。




