第参拾壱巻 気が変わった
第参拾壱巻 気が変わった
典人が砦の外の川で女の子たちが水着の試着会を開いていることを『木の葉天狗』の木埜葉から聞き、予定を変更して、若干早歩きで砦の正面玄関らしきところに近付くと、シャーシャーと小気味の良い音が聞こえて来た。
典人にはひどく耳に覚えのある音。
学校では馴染みの清掃の時間に外を掃いている音であった。
出入り口を出て辺りを見渡せば、外を箒神の奉祈が竹箒で、虎隠良の陽虎が竹の熊手で地面を掃いている所であった。
見れば砦の建物の入り口付近はもとより、典人の見る限りの範囲は綺麗に掃き清められていて、学校でも感じる掃除が終わった後特有の清浄化された空気の様なものが漂っていた。
見た目中高生くらいの二人がお揃いの服装で掃除をしている光景は、正に学校の清掃の時間である。服装はメイド服だが、それもまた乙であった。
箒神は古くは『ははきがみ』と呼ばれており、安産の神や邪気を払う神としての縁起物として祭られている。
その近くの植え込みの辺りでは、『鎌鼬』の真截知が鎌で雑草を刈っていたり、『髪切り』の霧霞が枝の剪定を行なっていたり、『瓶長』の芽梨茶が水まきを行なっていた。
皆の清掃活動のおかげで、廃砦となっていたはずの建物を含め敷地内は草木の伸び放題、雑草の生え放題と言った事も無い。
建物自体の歴史を感じさせる古さというものはあるにしろ、それ以外の周りは良く手入れをされている様子で、砦の重厚さを引き立たせている。
典人はここ数日、砦の外に出る度にこの辺りを見ていたが、こうやって掃除をしている女の子たちの姿を見ていると、ここが今は自分たちの居場所なんだと、改めて実感してくる。
「皆、お疲れ様」
「「お疲れ様です、御主人様!」」
綺麗な澄んだ高い声が揃う中、典人は頼まれ事を思い出して芽梨茶の方に歩み寄る。
「芽梨茶さん、佐友理さんが調理場で芽梨茶さんのこと探していましたよ。何でも瞑魔ちゃんたちが美味しいお味噌を作ったそうで、美味しいお水が欲しいんだって」
「あっ、は~い、分かりました。今行きます。御主人様有難うございます」
そう言うと早速、芽梨茶は水まきの後片付けをはじめる。
そのまま、典人も正面門へと足を進めた。
◇
「御主人様、お一人でどちらに行かれるのですか?」
「外は一人だと危ない」
砦の正面門を出ると、両側にいた『牛頭馬頭』の司宇と真宇が声を掛けてきた。
相変わらずのゴスロリファッションで体に合わない大きな武器を持って門の出入り口を守っている光景はかなりシュールな光景なのだが、この10日間あまりの中でいろいろな状況に接してきたせいかさほど気にしなくなっていた。
「二人ともお疲れ様。外と言ってもそこの川へだよ」
「ああ、鈴姫さんの紐水着姿を見に行かれるのですね」
「紫雲の穴あき水着姿もある」
「紐っ! 穴っ!」
正面門を出て川に向かっているのだから当然見ている二人に、図星をつかれてまともな返答をできずにいる典人に更なる追い打ちが掛かる。
「はっ! まっ、まさかわたしたちにもあの水着姿で門を守護しろと」
「露出羞恥放置プレイのオーダー入りました」
「入ってない入ってないから!」
「むしろイれてくださっても良いのですよ」
「是非、イれて」
「……えっと、じゃあ、西洋風砦の門番らしく、今度は女騎士の恰好で門を守ってみて」
至極全うなリクエスト。
だが、
「くっ殺プレイ!」
「ビキニアーマーのオーダー入りました」
斜め上の解釈が入っていた。
「……」
(やっぱり、この二人に突っ込んだら負けな気がする)
微妙な発音と発言をスルーしつつ、典人は門を通り過ぎるのだった。
◇
お待たせして申し訳ありませんでした!
ご一緒にファイナルカウントダウンお願いいたします!
『スリー』『オウ!』
食い込みの激しいはみ出たお尻たち!
『ツー』『イエー!』
露わになった太腿からの切れ込みたち!
『ワン』『ヒュー!』
縦横無尽に跳ねる胸たち!
『ゼロ』『ワオ!』
そこに広がる光景はまさに至上の楽園。男のパラダイスであった。
最初から水着で現れた『鈴彦姫』の鈴姫と『絡新婦』の紫雲は勿論のこと、典人が川辺に到着する前に川で魚を捕っていた子たちが水着に着替えている以外にも、予め水着を着て他の場所から出てきた女の子たちが続々と集まってきており、華やかな水着の華たちがあちらこちらで咲き乱れていた。
では、その一部をご案内しよう!
川の浅いところでは『藤原千方の水鬼』の千水が髪の色と同じ水色のチューブトップビキニで、迷彩柄のワンピースの『シバカキ』の遥と水の掛け合いをしている。『シバカキ』は夜中に道を歩いていると、路傍の暗闇からガリガリと音をさせ、石を投げて来るとされる怪である。
その少し離れた川の深い処では『コサメ小女郎』の小雨が、青のワンショルダービキニで正に水を得た魚のように泳いでいる。
川べりでは『七人みさき』の七姉妹が、それぞれ一色ずつ虹色のワンピースでカラフルさを演出してビーチバレーに興じていた。
「かっ、勘違いしないでよ。あたしが着てみたかったから着てるだけで、典人のために着てるんじゃないんだからね!」
なんの言い訳をしているんだか、『磯姫』の姫埜はなんと! 紺のスクール水着! 地面まで届きそうな黒のツインテールが見事にマッチしていた。しかも胸元には白地に「3-H」とまでご丁寧に書かれている。非情にマニア心を擽る芸の細やかさである。
『キュウモウ狸』のキキは唯一西洋系の顔立ちにそのグラマーな肢体の魅力を遺憾なく発揮するかのような前側のカットのキツイ赤いハイレグの三角ビキニという如何にも外国のグラビアモデルを想起させる姿で、その大きな胸が揺れるのも構わず水際を楽しそうに走っていた。
他の方向を見れば、胸元に白い大きなリボンの付いた赤いワンピースの水着を着た『化け蟹』のはにかが、沢蟹らしき生き物と戯れている。
「いい風」
その近くでは『鞭』の薙夢が、黒いビスチェタイプの水着を着て、髪をかき上げながらモデルウォークさながらに川辺を歩いていた。『鞭』は高知県の田に吹く魔風で、これに当たると病気になったり牛馬が死んだりすると言い伝えられている。
水の中では、フリフリの付いた青地に薄い水玉模様のワンピースの『ケセランパサラン』の世良と、ロリな見た目にそぐわぬ巨乳を白と黄緑のストライプのビキニに包んだ『コボッチ』の千補がはしゃいでいた。
川の中央を見れば、『ガラッパ』の嘉良波が、深緑のモノキニで川をのんびり流れている。
「フンフン♪ ヒョウヒョウ♪」
というか完全に女の子たちに見とれて流されていた。どうやら女の子好きらしい。
「お~い、嘉良波ちゃ~ん。戻っておいで~!」
それを緑色のバンドゥビキニを着た『河童』の津渦波が泳いで追いかけている。
少し離れた所では『木霊』の麗紀が、オレンジ色の立体デザインのフラワーモチーフビキニを着て、近くの2本の木の間にハンモックを吊るしその中で光合成……日光浴を楽しんでいた。
皆思い思いに川遊びを満喫している様であった。
そこに文字通り駆けつけた典人は一瞬たりとも休むことなくあちらこちらに視線を移し、あるいは凝視し、この光景を堪能し、ウイニングショットを量産し、心のアルバムに加え続けていた。
そしてようやく一段落付いて、あまりの素晴らしい光景に打ち震え立ち尽くしている典人に対し声が掛かる。
「典人、どう? 皆の水着の感想は?」
「お気に召していただけましたか、典人様?」
背後で紫雲と鈴姫の声がしたので典人が振り向く。
「ああ、紫雲、鈴姫さん、すご……」
が、鈴姫たち、主に鈴姫を見た瞬間典人は固まった。
そして、
「普段より さらに際どい 紐水着(二回繰り返し)」
心の声が素直に漏れ出していた。
紐水着だとは聞いていたが、まさか生きているうちに生でマイクロビキニ、しかも白を拝めるとは思ってもいなかった典人である。
(ヤバいコレ、遠目だと全裸じゃん!)
などと、こんどは心のうちだけに抑えていると、回りには続々と女の子たちが集まってくる。
「なぜ、俳句調?」
桑色のビキニに白い絹製のパレオを腰から斜めに纏った『おしら様』の白葉が突っ込みを入れてくる。『おしら様』は棒に掘られた馬や人などの二体一対のご神体で、養蚕をはじめ、女性や子の守り、山や農耕や狩り、馬などいろいろな神としてあがめられており、巫女などが託宣を受けたりしている。
「季語は何処に?」
赤と黄色とオレンジの紅葉柄のワンピースを着た『紅葉の藻美慈が訪ねると
「『紐水着』でしょうかね。夏の季語で」
水色のビキニに白のラッシュガードを羽織った『角盥漱』の湖真知が答える。
「『紐』はいらないんじゃないかい?」
小麦色に日焼けした肌に薄紅色のビキニを纏った『藤原千方の火鬼』の千火が素朴な疑問を呈するが、
「紐が無いと鈴姫の場合全裸ね」
長い黒髪を一本にまとめ紐で編み肩口から垂らし、胸の前の結びが紐の網目になっているベージュのビキニを着た『縊鬼』の委築が飲み物を飲みながら適当な事を呟く。『縊鬼』は人を唆し、首つり自殺へと導こうとする妖である。
「そういう委築さんの場合、胸がポロリますね」
黄色のタンクトップビキニを着た千火と同じく『藤原千方の風鬼』の千風が、それに乗っかって続ける。
そこに、
「なら、典人はこれでとどめなのお」
『衣蛸』のこころが、なかなかにマニア心を擽るピンクの貝殻のスカラップ水着で現れた。
だが、もともと『衣蛸』は普段貝殻の中におり海を漂っているという。ある意味、貝殻水着に身を包んだこころの今の姿はあるべき本来の姿と言える。
「人魚になったウチなのお」
「「はいはい」」
頭と腰に手を当ててポーズを取るこころに対して周りはかなり冷めた対応を返す。
「それでもって、この吸い付くようなお肌に男どもはメロメロなのお」
それでもめげないこころ。
「「それはない」」
一斉に周りが首を振る。
「オウ! デビルフィッシュデース」
キキが喜んでいるのに微妙に褒めていない感想を口にし、
「ナマモノね」
小雨が完全に落とす
「なんか、タコ殴りなのお」
「スマン、スマンデース!」
「ゴメンゴメン、冗談だって。こころ、それ似合ってるから。でも、その貝殻は自前?」
キキと小雨が慰めに入る。
明らかに狙ってはいるものの、似合ってもいるのも確かである。
「自前だとすると、ある意味全裸!」
緑の髪に大きな胸をオレンジ色のビキニに包んだ『わいら』の琲羅が、何かに気付いたように声を上げた。『わいら』は牛のような上半身に両手に一本ずつ太く鋭いカギ爪を生やした姿で描かれている妖である。下半身は描かれていないが、蝦蟇蛙のような感じとも言われている。
そんな360度美少女水着包囲網の真っただ中で楽し気な会話が周りからしているが、典人にはまるで耳に入ってはいなかった。
この世界に召喚されて10日あまり。
際どい恰好やシチュエーション、果ては風呂場や寝室にまで乱入までされているが、やはり男というものは女の子の衣装? 一つ変わるだけでこうまでもトキメかされてしまう動物なのだろうかと、改めて再認識する典人であった。
(この場で鼻血出さなかったオレ、表彰モン)
「ふっふっふっ、気に入ったみたいね。他の子達も着替えてまだまだ後から来るから期待しててね」
紫雲が悪戯っぽく微笑む。
(まだまだ後から! オレ、耐えられるのか?)
そのときだった。
『小豆洗い』の梓が息を弾ませながら走ってきた。
「遅れてすみません、って、ごっ、ご主人様! ご主人様もいらしてたんですか」
梓の水着は黒のホルターネックでもともと巨乳の胸をしているにも拘らず、結構胸を強調するタイプの水着で、控えめな感じのする梓にしてはかなり攻めている印象を受けた。
梓は顔だけでなく全身真っ赤になる。
その桃色に染まり恥じらっている姿が何とも言えぬ初々しさを出していた。
普段、大人し目で控えめの梓が、こういう場面で大胆になる。しかし、いざとなると恥じらいが先に出てしまう。
所謂ギャップ萌えであろうか。
(うおおおっ! これは来る!)
内側に秘めし野獣が解き放たれそうになる典人であった。
◇
羊の様な動物たちの群れはのんびりと草を食んで固まってはいるが思い思いに過ごしていた。
その中に10人の木の実たちが突入していく。
「いちばんのり~!」
「なんびきいるかな?」
「いっぱいいるね!」
「うわあ、フカフカだあ」
「モコモコつ~かまえた~♪」
「せなかのせて」
「あたちものせてのせて」
「まてまて~!」
「なに、たべてるの?」
「おいしいのかな?」
ある子はそのフカフカそうな白い毛の塊にそのまま突進していき、またある子は直前で跳び上がって上からダイブするように飛び込んで行き、はたまたある子は捕まえて抱きかかえようと両手を広げて迫っていった。
のどかで穏やかな一時の風景。
だが、一瞬、羊の中の一匹の目が鋭くなったように見えた。




