第参巻 本気でした
第参巻 本気でした
(いなかった! 勘違いでも見落としでもない。今度こそ本当にいなかったはずだ!)
かなり広い部屋で、明かりも乏しく薄暗いので、この空間といってもいい大き過ぎる部屋の中をはっきりと照らし出している訳では無いが、今度は一気に3人!
いくら典人が鈍くても3人、先の3人を合わせれば6人もの人間が自分の周りを囲むように立っていれば気付けないと言うのはおかし過ぎる。いくら気が付いたばかりで起き抜けで頭がボッーとしていたとは言えでもだ。
「雪女です」
「ヤッホー! ろくろ首だよ」
「川天狗と申します。お見知りおきを」
さっき話しかけてきた順番に名乗って行く少女たち。
雪女と名乗った少女は年のころは典人よりも少し下くらいだろうか。中学生くらいに見える。
白い着物に青味の濃いストレートロング、そして切れ長の目が涼し気なクール系だ。ちょっと生意気そうではあるが
ろくろ首と名乗った少女は典人と同年代くらいで、ウェーブがかった長い髪に気さくな感じの顔立ちをしている。
最後に川天狗と名乗った少女は年のころはやはり典人と同じくらい。緋色の着物を着ていて長い黒髪で優しい顔つきをしている。
三者三様ではあるが、いや、前の3人も含めて六者六様ではあるが、皆美少女と言って差し支えない容貌をしている。
ここまで揃うとかなり怪しい。
この辺りのご当地アイドルグループが、地方番組で素人相手にドッキリを仕掛ける番組とかネット配信とかではないかと勘繰ってしまう。
それなら、このふざけた名乗りもシチュエーションも納得がいく。全部セットかと、典人は思い始めていた。多分薄暗いのも何処かに隠れる場所があってそれを気付かせないようにするためのトリックのひとつなのだろう。
典人の方が名乗っているにも関わらず『御館様』と呼ぶのもそうだ。多分放送の際、個人情報保護に気を使っての事だろう。
まあ、人をいきなり昏倒させてこんな所に連れ込むなんてやり方はかなりまずいのだが。
そう考え始めた典人は、何となく自分が冷静になって行くのを感じていた。
(ははーん。状況は読めて来たぞ。さて、どう反応して行こうかな)
などと、妙な余裕も出始めていた。これが冗談抜きの犯罪だと感じられなかったことも一因かもしれない。
「……サマ……御館様」
「へっ!?」
少し呆けた様な返事を返す典人。
「ところで、御館様。触り心地が良いのは解るけど、いつまで小豆洗いちゃんの手を握っている気なのかな?」
「えっ! あっ!」
ろくろ首と名乗った少女の指摘に、少し冷静になりかけていた頭が再び慌てだす。
「不可抗力だ!」
「使い方間違ってますわ」
雪女と名乗った少女の冷ややかな指摘に、うろたえていた典人も少し反撃してやろうという気になって口を開く。
「もういいでしょ? キミたちなんて言うご当地アイドルなの?」
「そうじゃないよ。わたしたち妖怪なの」
座敷童と名乗っていた少女が頬を膨らませて典人に主張してくる。ちょっと涙目になっているのがとても愛らしい。
「分かった分かったから」
典人はこの子たちにとっては大事な企画を台無しにしちゃったかなと少し罪悪感を覚えつつ、座敷童と名乗った少女を宥める。
「信じてないでしょ。ほんとなんだから」
座敷童と名乗った子の目元がどんどん潤んでいく。これはマズい。
「信じる信じるから、泣きそうになるのは止めて」
小さい子の扱いにあまり慣れていない典人はワタワタとするばかりである。
「はあ、仕方ないですわね。残りの妖力も少ないのであまり無駄遣いはしたくなかったのですが」
フォローを入れてくれたのか、そう溜め息を付きながらこぼした雪女と名乗った少女が、自分の胸の前で三角形を作るように両手で形作り集中し始める。
すると、周囲の温度が急に下がったような感じがし、その三角形の中心付近から光が発せられて小さな氷の塊が現われた。
その氷は徐々に大きくなりソフトボール大の大きさになると、少女が掌をお椀のようにしたその上にゆっくりと乗っかっていく。
「どうかしら、これで理解したでしょ?」
「へえ~、すごい手品だね
見とれていた典人は素直に感心して褒めていた。
その感想に一切の悪気は無かったのだが、雪女と名乗った少女は気に入らなかったらしい。
「ムカッ! この人、氷漬けにしても良いですか? 顔は割と好みなので」
雪女と名乗った少女が典人を指差して言い放つ。さりげなくフォローを入れてくれた事といい、ストレートに典人を好みだと言ってしまう事といい、この子はツンデレなのだろうか? いや、クールも入っているからツンクーデレなのだろう。
「まあ待たれよ。ならば御館様、これをご覧下さいませ」
すると川天狗と名乗った少女の背中から黒い烏の羽根の様な一対の翼が姿を現して軽く羽ばたいて見せた。
昔から語られている女天狗と言われるものの中には人間の女性と何ら見分けが付かないものも多い。いや、それ以上に見目が麗しくその翼を見るまでは一見天狗とは気づかれないことも多いようだ。
「これでは如何でしょうか?」
「へえ、本物そっくりだね。どうやって動かしているの?」
だが、今回はその事が仇になったようであった。
典人に自分達が妖怪である事を証明しようとしたのだが、どうも典人には作り物のように思われているようである。
「違います! ですから本物です。お疑いになられるなら、背中の付け根の部分をご覧になりますか? それで作り物で無い事が証明できます故」
川天狗と名乗った少女も雪女と名乗った少女と同様思わずムキになってしまい服を肌蹴させ背中を露わにさせようとする。穏やかな顔つきをしているのに意外と激情的な面もある子なのかもしれない。まぁ、行動的には男子の前で着物を肌蹴させようとしているのだからどちらかと言えばうっかりさんではある。
「いいの!?」
典人はそれを食い入るように見ている。健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
「コラコラ、川天狗っち。何脱ごうとしているのよ。自分を大切にしなきゃダメでしょ」
ふと、典人の目の前を何かが塞ぐ。
「まっ、前が見えない! 今良いところなのに」
「これなら疑いようがないでしょ」
目を塞いでいたものが外れると、間近にろくろ首と名乗った少女の顔があり、にこりと笑顔を向けていた。
顔と顔の距離が近い。
ふわりと良い香りが鼻孔を擽る。
普通なら、こんだけ可愛い女の子が顔を寄せているのだから、心臓がドキドキしない訳がない。
だが、現在の典人は違う意味で心臓の鼓動がドキドキしているのを感じていた。
女の子の首から下が無い!
いや、首は繋がっているのだが、その首は典人を一周して斜め前の頭の無い女の子の身体に繋がっている。
どうやら典人の視界を塞いでいたのはろくろ首と名乗った少女の首だったようだ。
「何だよ、コレ!」
これは流石にトリックとか作り物とかいうレベルの話ではない。
「どう? このまま首で首を絞めて落としてあげようか?」
どうにも説明しようがない。
「分かった! 分かったから、信じるから、これをはずしてくれ!」
可愛い女の子と首と首を接しているという嬉しいシチュエーションなはずなのに、ロマンとかスウィートとかいうものの欠片も無い状況。
流石に唯々慌てるだけの典人である。
「よろしい」
してやったりと言わんばかりの満面の笑みを浮かべているろくろ首と名乗った少女。
「いやあ、御館様、良い反応してくれるね」
実に悪戯っぽいがそれが憎めない愛嬌のある少女である。
首をシュルシュルと元に戻している最中で無ければではあるが。
典人は自分の心臓辺りを抑えてしばらく鼓動が治まるのを待った。
その間も思考はめぐらす。
(何なんだよ! 本物って言うのか!? でも最後のは手品とかイリュージョンとか特撮とかそんなんじゃなさそうだし。だとすると、前の2人のも本物! じゃあ、最初の3人も人間じゃない! オレどうなっちまたんだ? もしかして喰われる!? かわいいけど、喰われるならせめて違う意味で)
最後の方は若干混乱気味である。
逃避行動とも言う。
「ところでさあ、あれ、何? 吊り下げられているのじゃなくて宙に浮いているようにも見えるんだけど、どうやっているの?」
一周周ったらしい。
典人は誤魔化すために天井で浮いているように淡く紫に発行している巴とか勾玉とかの形に似た物体を指さした。
「正直に申しまして、私たちにも良く解りません」
小豆洗いと名乗った少女、改め小豆洗いが答える。
「私たちがここに連れてこられた時には既にあそこに浮かんでいました」
さらにその言葉を垢舐めが引き継ぐ。
「恐らくはあれが原因でしょうが、私たちも皆ここに呼び寄せられて囚われているのです」
川天狗がその穏やかな面持ちを真剣な物に変えて話す。
「囚われて? もしかしてさっき座敷童ちゃんが言っていた森から出られないって言うのは」
「はい。一定の範囲から外に出ることは叶いませんでした。よほど強力な結界が張られている様で、私たちの中には結界に通じている者もいるのですが無理でした」
「なるほど」
「むっ! なんで川天狗ちゃんの言う事は信じるの」
ちょっと拗ねたように座敷童が典人に抗議する。
「ゴメンゴメン」
典人は取りあえず素直に謝って座敷童の頭を撫でる。謝っているのに相手の頭を撫でるというのは噛み合っていない行動のようにもとれるが、何と無くそうすべきだろうと典人は感じていた。
「えへへっ」
機嫌は直ったようだ。見た目通りか。
「あたしたちもあれのことは殆ど何もわかっていないんだけど、唯一みんなが一致している認識があるんだよ」
ろくろ首がさっきのからかう態度とは一転、真剣な口調で言う。
「それは?」
「あの物体の名前」
「名前? 何て言うの?」
「「牢獄核」」
「……ろうごくかく」
典人が宙に浮かぶ物体を見つめながら呟いたその瞬間。
今まで淡い紫の光でしかなかった牢獄核の光が強味を増して輝きだした。
「なっ!」
典人は思わず息を飲む。
「今までこんな事なかったのに」
クール系の雪女でも流石に驚いたのだろう。
先程、典人にムカッとした時でも淡々とした口調だったのに今は少し声が上ずっている。
「なあ、これ、爆発とかヤバいんじゃないか!?」
典人は慌てた。
そうしている間にも牢獄核の光は徐々に輝きを増していく。
ところが、他の女の子たちは最初程の驚きはない。
それどころか何か期待に満ちたような表情ですらある。
ねえ」
「うん」
「どうやら私たちは救われたのかもしれません」
「それはどういう……!」
垢舐めの発した一言に問い返そうと、左の腕で光を遮って見ていた典人が口を開いた時、一気に何かを解き放つかのように牢獄核の輝きが更に増した。
その次の瞬間。
牢獄核から一つの物体が降りてくる。
よく見れば、牢獄核を小さくしたような巴の形状をしている。
その欠片は一直線に典人の元に向かって降りてきた。
「うわっ!」
(何か、これに近いような事が最近あったような気が?)
そんな事を考えているうちに、牢獄核の欠片が、典人の中に吸い込まれていった。