第弐拾玖巻 気が気ではない
第弐拾玖巻 気が気ではない
典人たちが牢獄核の結界の境界線辺りを見に行き、『怪我の功名(鼻血が含まれるのか?)』? で、運よく結界を消滅させることが出来た日から3日目。
朝食時。
交代しながらなので全員が一堂に会することはよほどのことでもない限りないが、それでも7~80人は大食堂内にいるので、毎日朝から賑やかである。
ちなみに、今回朝食での典人の膝の上を占領していたのは猫耳で白黒茶の髪をした『化け猫』の跨羽であった。
「ふわあぁぁぁ、乗り心地最高! お昼寝に最適!」
「こら、乗っかるな! 丸まるな! まだ朝だ!」
跨羽は猫の妖らしくか、猫人らしくか、初め典人の膝の上に丸まって座ろうとしていたのを慌てて普通の抱っこの体制に直させたのはご愛敬だろう。
「典人さまに迷惑かけるな」
ところがである。
その跨羽の行動に噛み付いてくる子がいた。
同じような三色の髪をした小柄な少女がピッと跨羽に指を突きつけて抗議している。
こちらは赤白黒の髪をした小学校中学年くらいの少女『旧鼠』の優希である。
『旧鼠』は日本各地で伝承があり、親を亡くした仔猫を育てたり、その逆に夜な夜な猫を食い殺したり、寺などに住み着きその家人を襲ったりと様々な話が残っている。
「ふんだ。今はわたしの番だもんね、べーだ」
「むっかあー、降りろ!」
「コラッ、朝から喧嘩すんな」
「ほら、ご主人様に怒られたじゃないか」
「わたしのせいじゃないもんね、べーだ」
優希の文句に跨羽が舌を出す。
この二人は微妙に仲が悪い。
基本的には優希が跨羽に突っかかっていくことが多いようである。
猫と鼠だからかと思えるが、優希は他の猫系の妖とは仲が良い。
「跨羽はそのままだと朝ごはん食べにくいだろ? ちゃんと座りなおそうな。優希も席に戻って朝食を食べような。優希の番は木の実ちゃんの次だから明日の朝ごはんの時だろ?」
「「は~い」」
そのくせ、仲が悪い割には不思議と息の合った返事が帰ってくる。
典人はそんな二人を宥めつつ朝食をとっていた。
その朝食の才、レベルのことを考えていると心の中の『七つの緒札』に反応がある事に気付いた。
集中してみると、心の中で『経凛々の高望み』と『雲外鏡の万華鏡』の緒札が淡く光っている。
典人はその二つの緒札を使う為に触れるようなイメージをする。
すると心の中に以前見た巻物が現われ開いていった。
典人が妖怪名だけしか見ることが出来ないと思っていた巻物だが、いろいろ試して見たところ、個々の妖怪名を強く意識することで、一度巻物が巻き取られ、再び開いた時、それぞれのデータが表示されるという事が分かった。
しかも妖怪名も牢獄核に跳ばされてきた順ではなく、名付けた女の子の名で表示され、その名前の50音順で並び変わっていた。
もしかすると、これはレベル3になったことで出来るようになったのかもしれない。
ただ単に典人が気付かなかっただけかもしれないが。
とは言っても詳しいデータが表示される訳では無い。
どうも以前にはなかったようで、レベル3になって見れるようになった項目が増えているようだった。
そこには『俗称』と『現種族』という項目が表示されているだけであった。
当然、典人にとっては残念な事ではあるがスリーサイズも載ってはいない。
これは典人のレベルが低い為なのか、こういう物なのかは今のところはあまり良く分かってはいない。
(よし! レベルを上げて必ずやスリーサイズの項目を開放してみせるぞ!)
高い高い目標を持った典人であった。が、そんな項目、そもそも存在するかは不明だ。
ところで何故『俗称』と『現種族』という項目があるのだろうかと典人は考えた。
本来なら、どちらか一方で事足りるようなものであるが、試しに跨羽を見てみて納得した。
* * *
名前: 跨羽 (こはね)
俗称: 化け猫 (ばけねこ) 新
現種族: 猫人族 新
* * *
どうやら『俗称』は日本で呼ばれている名称で、『現種族』はこの世界での種俗名のようである。
『新』と書かれているのは多分ゲームでスキルなどが増えた時に表示される『NEW』の事だろうと、典人は解釈した。
それが今回の場合は表示項目の開放なのだろう。
(和風だなあ)
それは兎も角、典人は彼女たちの外見を見て思っていた事ではあるが、やはりこの世界では獣人がいるようである。
出なければ『現』などと表記されることはないだろうと、典人は考えた。
もしかしたらファンタジー世界の定番、エルフやドワーフなどの俗に言う亜人と呼ばれる種族も存在するかもしれない。
まだ見ぬこの世界の住人に思いをはせつつ、少しテンションの上がる典人であった。
◇
「わあ、ほんとうに『けっかい』からでられたよ!」
一人の蒼いワンピースを着た小さな女の子が両手を広げて嬉しそうに森の中を早緑色のロングウェーブをなびかせながら走り回っている。
時にはクルクルと木の周りを回り、時には岩の上に飛び乗ったりと、チョコマカと一時としてひとところにとどまらずにはしゃぐ光景は見る者がいれば、思わず目を細めてしまう程愛らしい光景であろう。
彼女は『木の子』と呼ばれる森の妖で山童の仲間とされ、群れで山の中を遊び回っている姿を樵や山仕事の者たちによって目撃されている。気を抜くと弁当などを盗っていってしまう悪戯をするという悪戯っ子でもある。
現在は典人によって木の実と名付けられていた。
「ノリトおにいちゃま、スゴいね!」
「うん、スゴいスゴい!」
「こっちにおもしろいかたちのハナがあるよ!」
「あっちにヘンななきごえのトリがいるよ!」
「あっ、ちいさなドウブツ、み~つけた!」
「「まてまて~!」」
いつの間にか木の実と同じ蒼いワンピースを着た女の子が増えていた。
いや、見れば姿形だけでなく顔までそっくりである。
どうやらこの木の子という妖怪がこの異世界で使えるようになった妖力は『分け身』らしくすべてが木の実自身であるらしい。
その数、10人。
10人の木の実はそれぞれ思い思いに森の中をはしゃぎまわり、楽しそうに跳び回っている。
10人の一人遊びが始まっていた。
◇
典人の執務室。
コン、コン、コン
扉の向こうからノックの音が三度聞こえた。
「はい、どうぞ!」
典人は執務室の入口に向かって声を掛ける。
朝食後、典人は執務室にしている部屋で巻物の全員の項目を一応ザッとではあるが流し見してみた。
すると、何人かの『現種族』の項目に疑問が生じた。
進化、と言うより変化と言うべきか。
どうしてそうなった? と首を傾げたくなる種族に変化している子がちらほらと見受けられた。
そのため、典人はその子たちを呼んで再面接をして聞いてみることにした。
「えっと、失礼します」
おどおどとした様子で室内に入って来る少女。
髪は長い銀鼠(シルバーグレー)でリップを塗ったわけでもないのに桃色の唇と赤い瞳が印象的な女の子である。
その目立つ容姿とは裏腹に少し背中を屈めた姿勢をしているが、それでも隠しきれない大きな胸が典人の目を引いた。
前述の極端な例が、この飛倉または野衾と呼ばれる妖の毘駆羅である。
* * *
名前: 毘駆羅
俗称: 飛倉 (とびくら)
現種族: ヴァンパイア族(魔人族)
* * *
「なあ、種族がバンパイア族になっているぞ」
「ええ!」
典人は本題をストレートに切り出した。
それに対し、かなりショックをうけて動揺している毘駆羅と名付けられた目の前の少女。
確かに物から擬人化して変化した付喪神系統の子たちは種族が『人族』になっていたりもするのだが、この世界に存在するのか狐系統の子は『キツネ人族』だったり、天狗系統の子は『有翼人族』だったりこの世界にあるであろう自分の元の特性に近い種族に変化している。それ以外で人型でも類似する種族が無い場合は、どうやら一括りに『人族』になっていることが多いようだ。
ところがこの子の場合、聞けば元の種族は諸説あるようだが『獣人族』になりそうな筈である。それが当てはまらない様でも『人族』で落ち着くのが筋のように思えるのだが、そうはなっていなかった。
「あわわ、どうしてこんなことに」
「落ち着いて毘駆羅の事もう一度話してくれるかな」
「はっ、はい。分かりました。あらためまして、えっと、我は『野衾』または『飛倉』と呼ばれる妖怪でして」
「うん」
「えっと、蝙蝠のような翼を持った姿をしてまして」
「それから?」
「えっと、生活習慣が夜型でして」
「ふんふん」
「えっと、えっと、食事として、夜に空から飛びかかって取り付き、人や動物の血を飲ませて頂いていました」
「……ああ」
しばらくの間の痕、典人は納得したと言わんばかりに唸る。
(特徴だけ聞いてると、まるっきり吸血鬼だよなやっぱこれ)
つまり、この異世界には『バンパイア族』というものがあるという事になる。ただ、典人のイメージしている『バンパイア族』と同じかどうかは分からないのだが
典人のイメージする『バンパイア』は不死族で、青白い顔をしているイメージがあるが、目の前の少女は肌艶の良い黒髪のごく普通の美少女だ。胸が異様に大きいことを除けば。
まだ、この廃砦の周り以外、殆ど知らない典人たちにとって、この異世界は知らない事だらけである。
安全なのか危険なのか? 食べ物事情は? 文明は? そもそも人はいるの? いたとして言葉は通じるの? など確かめなければならないことだらけであるのだが、目下、日常生活をおくる為の基盤づくりで手一杯というのが現状である。
とても外の世界にまで気を回している余裕はまだない。
あともう少し経てば何とかなりそうではあるのだが。
(近いうちに町とか村とか探しに出ないといけないよな。情報を得るには大きな都市がいいんだけど)
「あわわ、我はこれから一体どうすれば良いのでしょうか?」
両手で頭を抱えてオロオロと落ち着かない様子の毘駆羅ではあるが、そのせいで両手で両側からその大きな胸を挟み込む形となっている為、寄せて上げてとさらにすごい事になっていた。
典人の視線はそれに釘付けとなっている。健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
(取り敢えずこれは今日のウイニングショットだな)
そして、目の前の素晴らしい光景はしっかりと心のアルバムに加えることを忘れなかった典人であった。
「それで、胸が異様に大きい事に心当たりは?」
「えっと、そうですね……胸……乳、あっ!」
「何か心当たりが?」
典人が乗り出す様に尋ねる。
「はい。えっとですね。我は地方によっては山地乳と呼ばれていまして、恐らくはそれが何か関係があるのではないかと」
「それだ! 山のような乳! 間違いない! なかなか良い仕事をする黒幕だ!」
「ひえええっ!」
典人がさらにずいーっと毘駆羅に迫る。
典人の危機迫る迫力に、毘駆羅は思わず押されてしまい後ろにのけ反り、大きな胸がより強調されてしまった。ちなみに大きなお世話だが、『算盤小僧改め算盤小娘』の珠奇のときとは大違いである。
「で、カップ数は?」
「えっとですね……ジ」
スパーン!
「どさくさ紛れに何いろいろ聞き出そうとしてるのよ」
小気味の良い音とともに典人の頭に張り扇がクリーンヒットする。
見れば、典人の後ろで張り扇を豪快に振りぬいた姿勢の赤いがま口型のベレー帽をかぶった少女がいた。
「痛いっ!双葉、それ、紙の張り扇じゃなくて本物の扇だろうが」
後頭部を摩りながら振り向きつつ典人が抗議の声を上げる。
「伝統的な張り扇は紙ではなくコレよ! 安心しなさい。親骨は抜いてあるから」
「さっきまで持ってなかったろ、何処から出したそんなもん!」
「乙女の隠し場所は秘密がいっぱいなのよ!」
その時「ケフッ」と頭の上の赤いがま口型のベレー帽から小さな音が聞こえたような気がした。
『二口女』は薪割りの際、誤って斧が当たってしまった女の後頭部に出来た傷口が本物の口の様になり何でも食べてしまうようになったという怪異である。
この世界に来てからの双葉が得た能力は『空間収納』であり、その頭の上にある赤いガマ口型のベレー帽が開いていろいろな物を飲み込むことができるらしい。
ちなみに、典人は双葉が空間収納持ちというのは知っているが、何処に入れて何処から出しているかということまではまだ知らない。
この二口女の双葉、現在は典人をサポートするメンバーとして主に備品などの管理を担当していた。
「ったく、オレが折角バンパイアの偉大なる神秘の謎に迫っていたというのに……ちょっと失礼」
不平を鳴らしつつ、いきなり典人は毘駆羅の胸に耳を当てる。
先ほども述べたように、 典人のイメージする『バンパイア』は不死族で、青白い顔おしているイメージであった。もとが死んでいる種族のはずなので当然、体温などはなく冷たいのではないかと考えたからの行動であった。疚しい気持ちは一つもない。
(温かい! 心音が聞こえる! 良い匂いがする! 何より柔らかい!)
……最後の方が余計であるが、典人は改めて疑問を覚えた。
(バンパイア族って不死族だったよな。なら何故、温かい? 心臓の鼓動が聞こえる? ひょっとして、この世界のバンパイアはオレのイメージしているバンパイアとは違うのか?)
典人が深い深い思案にどっぷりと埋もれていると、
「何時まで毘駆羅ちゃんの胸に耳を押し付けているのかな?」
トーンの落ちた声で双葉がジト目になって問いかけてきた。
「あと5分。ダメならあと5時間」
夢心地に典人が答える。
スパーン!
「寝起きか! 寝言は寝てから言おうか」
「だから痛いって! 頭が割れるだろうが!」
「うるさい! 何なら斧でも出そうか?」
「えっと、それじゃあ我は枕ですか? それだと枕返しちゃんに申し訳が……」
おどおどと毘駆羅が答えた。
「そこ、そんなボケしなくていいから!」
双葉がキレのある動作で毘駆羅に張り扇をピッと突きつけるのであった。
「今日も平和ですねえ」
同じ室内では、メイドの鏡とも言うべき気配を感じさせない見事な所作でお茶を入れている『宗旦狐』の爽が微笑んでいた。




