第弐拾捌巻 気が騒ぐ
第弐拾捌巻 気が騒ぐ
典人たちが昼間、牢獄核の結界の境界を見に行って帰ってきた夕食時。
「みんなちょっと聞いてほしい事があるんだ」
今回は『火取り魔』の灯鞠を膝に乗せながら話し始めようとする典人の言葉に、大食堂内がしんと静まり返る。『火取り魔』は夜中に明かりを灯しながら道や橋を歩いていると突如としてその灯りの火を細くしたり消し去ったり、時には砂を掛けて悪戯をしたりする妖であり、広い地域でいろいろな名で呼ばれていたりする。
「火を貸せ♪ 火を貸せ♪」
今も典人の膝の上に乗っている、小学校中学年くらいの赤髪を右側でサイドテールにした女の子、灯鞠が机の上にある燭台に右手を翳し、灯りの火を細めたり戻したりしては楽しそうに遊んでいる。
「今日、牢獄核の結界の境界を見に行ってきたんだけど……」
典人は一度大食堂内をぐるりと見まわしてから、集まった女の子たちに結界が消失したことを告げた。
その事を聞いた大食堂内の女の子たちは一斉に驚きと歓喜に沸く。
合わせて、典人の中にある七枚の緒札の中の一枚『青行燈の呼び声』が反応して、典人の心の中にある蝋燭の1本、つまり3本目が消えた事も伝えると大食堂にいた女の子たちの間からさらに歓声が上がった。
その後は各テーブルで食事とともに思い思い談笑が始まっていった。
「わたし、一生ついて行きます!」
昼間一緒に行動していた『清姫』の祈世女が改めて典人にきらきらとした目を向ける。
「祈世女ちゃん、それは、えっと……」
だが、そのきらきらとした目を向けられた典人としてはこの娘は文字通りあらゆる所に付いてきそうで、引き攣った笑みを浮かべていた。
「ノリト! ヤラカシデカシマシタ! オマツリデース! サンヤン! サンヤン」
別のテーブルの方では『キュウモウ狸』のキキが、見事な長い金髪と爆乳を揺らしながら、お皿におたまをカンカンと打ち付けながら踊り騒ぎ出す。『キュウモウ狸』は室町時代頃に、海外から外国船に紛れて日本にやってきて、日本中を旅してまわっていたという。定住地を決めると、そこで世話になった村の為に牛馬の守り神になったり、火難盗難をしらせたりした。『魔法様』とも呼ばれたりするが魔法とは関係が無いらしい。この砦の女の子の中で、唯一西洋人風の顔立ちで蒼い目の美少女である。
「キキさんお行儀が悪いですよ」
近くにいたためキキをたしなめている『画霊』の麗華も言葉に反して嬉しそうである。
「スマン、スマンデース!」
麗華にたしなめられて、キキはどこか憎めない態度で素直に謝り席に戻っていく。
「でも、キキさんの気持ちも分かりますよ。私たちがあれだけ苦労してもどうにもできなかった牢獄核の結界が典人様のおかげで消えたのですから。しかも見に行って早々」
見た目中学生くらいの女の子、砂色の髪にやはり狸人の特徴なのか大きな胸が際立つ『砂ふらし』の砂羅がニコニコと話す。
『砂ふらし』は道端で人に砂をかけ方向感覚を狂わし、水辺に落としてしまうという狸の怪である。
「これで他の所にも行くことができますね」
「ですが、どんな世界か良く分かっていない以上、慎重に行かなければ」
砂羅の言葉に麗華が慎重な意見を述べるが、麗華も嬉しそうにしているのは間違いない。
「ご主人さま、痛いところとかはないですか? よく効く塗り薬がありますよ」
二人の会話を遠目に眺めていると、千金の座っているテーブルにいたメイド服姿の女の子が、油の様なものが入った壺を胸元に抱えながら典人のところまでやってきて尋ねる。
見れば、典人と同じ位か少し上くらいの見た目で、緑色の髪を後頭部でお団子状にまとめた清潔感のある女の子、『センポクカンポク』の餞保であった。『センポクカンポク』は越中富山に伝わる大きな蟾蜍の妖怪で、家に死者が出ると現われ、その死者の魂を守り導くとされたり、またこの地方では大きな蛙自体を信仰の対象とし、神として拝むと瀕死の者が助かるともされている。
どうやら千金から昼間の一件を詳しく聞いたらしく典人の身体を心配して来てくれたようだ。
「餞保さん有難う。情けない話だけど、多分明日は筋肉痛になっているかもしれないから、それに効くのあるかな?」
「それでしたら私がマッサージいたしますよ」
典人の隣のテーブルから、餞保と同じくらいで如何にも真面目そうな女の子『石妖』の清瀬が申し出てくる。
『石妖』は静岡県の石切り場に現れたという妖で、女の姿で石工たちに近づき按摩を施した。石工たちはその按摩のあまりの気持ちよさに次々と寝入ってしまったが、一人の石工が怪しみ、逃げ出して近くの猟師とともにその女の妖を撃ったところ、後には砕け散った石が残っていただけだという話がある。
「あっ、助かるよ」
「もしかして、エッチなマッサージとかぁ? それならわっちも手伝うよ」
『絡新婦』の紫雲が清瀬をからかうように典人のテーブル、というか典人の傍までやってきた。
「そんなことしません! いたって普通のマッサージです!」
やはりというべきか清瀬が反論する。その横で、ちょっと期待していた典人の顔ががっかりした表情になっていたのは見なかったことにしておいて上げてほしい。
「でも聞いた話だと物凄~く気持ちいいんでしょ? 思わず寝入っちゃうくらいにさぁ」
「だからってエッチなことはしてません!」
清瀬がムッとした顔で答える。
「もう冗談だってば、固いなぁ清瀬は」
「私、石の気ですから」
ぷんぷんと怒る清瀬に紫雲は軽い調子で話している。
「……エッチなマッサージ……わたしも温熱マッサージなら……」
その横では二人の会話の隣で祈世女が何やら黒い靄を発しながらブツブツと言い出したのを見なかったことにしつつ、夕食を続けていく典人の姿があった。
◇
「今日は疲れたなあ。夕食時はいつにも増して賑やかだったし」
夕食を終え、入浴を済ませた典人が、自分の部屋へと向かうため、砦の廊下を独り歩いている。
途中の窓から外を見ると、月が見事な満月を湛えて輝いていた。
しかも二つ。
「月が二つ!」
今まではずっと雨が降り続いていたため、雲に隠され見ることが出来なかったが、典人がこの世界に召喚されて10日程経ってようやっと初めて雲一つない星空を見ることが出来た。
そこに主役とばかりに浮かぶ月が二つ。
もはや疑っている訳では無いが、典人は改めてここが異世界であることを確認することとなった。
ふと足を止めて窓枠に手を載せ、もたれかかるように、しばらくその二つの月を眺めている。
「この世界に来る前も一人旅で河原とか森とかで野宿を何日かしたことあったけど、地上の電気の光が無いところだと、やっぱり星がきれいに見えるな」
夜空に瞬く見知らぬ星の数々と二つの月を不思議に思いながら眺めつつ、典人は物思いにふける。
この異世界に来てから10日あまり。
まだ、何も分かった訳でもないが、牢獄核の結界を偶然消滅させる事が出来た事で取りあえずの突破口が開けた。
ついでと言うか、典人の中にある七枚の緒札の中の一枚『青行燈の呼び声』が反応して典人の心の中にある蝋燭の1本、つまり3本目が消えた。
最初は強さを上げなければレベルが上がらず蝋燭が消えなかったらどうしようかと心配していて、そうではなさそうな事に安堵したが、後になってよくよく考えてみれば、どんな条件で蝋燭が消えているのか良く分からない方が厄介なことに気が付いた。
(レベル3で出来るようになった事はなんだろうか?)
典人が勝手にレベル3と言っているが、もう一つ厄介な点はレベル? が上がったとしてもゲームのように『○○が出来るようになった!』とか『○○の魔法を覚えた!』とか『○○の能力が解放された』とかいうアナウンスが入るわけでもなく、一体これで自分がどう変わったのか検討が付かない事である。
(……急いでもしょうがないし、ゆっくり考えていくしかないか)
耳に聞こえて来る虫の鳴き声と、夜空に輝く星の瞬きの中、しばらくぼんやりとしていた。
「ふわあああぁぁ」
やがて、典人は一つ大きな欠伸をする。
「明日は砦の敷地内を見て回らないといけないし、そろそろ部屋に戻って寝るか」
もたれかかっていた窓枠から身を離し、典人は自分の部屋へと向かうべく、再び廊下を歩きだした。
◇
草木も眠る丑三つ時。
砦の廊下を進む影が一つ。
黒い髪を長く伸ばしたお転婆姫といった感じの元気の良さそうな小学校高学年か中学生くらいの少女。
『清姫』の祈世女であった。
どうやら安珍の時同様、夜這いを仕掛けるつもりのようである。
「今日こそは旦那様の部屋に忍び込み、除夜の鐘を高らかに鳴らすのです!」
それだと、何度鳴らそうと煩悩は消えそうにない。
「今度こそ『せいこう』して見せます!」
意気込みだけは凄いが、何か言葉のニュアンスがおかしい。
ぐっと拳に力を込めて、再び典人の寝室へと密かに歩みを進める。
(こういうの確か、わたしの為に有る様な言葉が有りましたっけ? えっと、スネーキングミッション?)
おしい、スニーキングミッションである。
典人は気付くことが無かったが、実は典人が召喚されてから直後、祈世女は毎夜夜這いを試みていた
が、その度にことごとく『川天狗』の天音や『なまはげ』の愛刃に捕まって阻止されていたのである。
(今夜こそ、旦那様の寝室に……ポッ)
夜討ち朝駆けは当たり前。
典人の部屋に向かい毎回ルートを変え時間帯を変え試みていた。
抜き足、差し足、忍び足。
祈世女は廊下の曲がり角まで忍び寄るとソッと顔を出し様子を伺う。
どうやら、廊下の先には誰もいないようだ。
祈世女はホッと胸を撫で下ろす。
と、次の瞬間。
チョンチョンと肩を叩かれ、
「ひっ!」
祈世女はギクリと身を固くした。
そしてギギギーッとぎこちなくゆっくりと後ろを振り向く。
するとそこには、
「悪い子はいませんか?」
「ひぃぃっ! 愛刃さん!」
穏やかな表情にも拘らず有無も言わせない迫力の『なまはげ』の愛刃が仁王立ちしていた。
見れば、愛刃だけでなくその後ろには『川天狗』の天音と、天音と同じ天狗の種族で『木の葉天狗』の木埜葉が、腰に手を当てて立っている。『木の葉天狗』は長い年月を生きた白い狼が転じたものとも言われ、天狗の中では最下級の天狗とされ、山でつくった薪を売ったり、山を行く人たちの荷物持ちをしてお金を稼ぎ、他の天狗のために物を買う資金を調達していたという。これだけ聞くと何とも涙ぐましい健気な天狗である。
「はあ、性懲りも無く、またですか」
愛刃が溜め息を付く。流石の生剥である愛刃でもこう毎日毎日夜這いを掛けようとする祈世女には流石に辟易気味のようであった。
「これはわたしの性なのです! 見逃してください」
両手を顔の前で拝む様に合わせ、祈世女が懇願する。
「貴方のは性ではなくて性でしょ」
「上手い事言いますね。では御機嫌よう」
愛刃の呆れ交じりの言葉に応えるが早いか、祈世女は廊下の先に向かって走り出した。
「あっ、逃げました!」
木埜葉が叫ぶ。
「木埜葉、祈世女さんを捕まえなさい。典人様のお部屋へ行かせてはなりません!」
天音が指をさして木埜葉に指示を出す。
「はい、天音お姉さま! いっくよ~!」
元気の良い返事とともに木埜葉は白い犬耳を立てて祈世女を追って駆けだした。
「ひえええ、わたし追い回すのは得意なんですけど、追い回されるのは苦手なんですぅ!」
それはどうなんだろうという言葉を叫びながら祈世女が砦内を走り回り逃げ回っていった。
- それから数時間 -
明け方まで三人は典人のいる部屋には近づけさせまいと祈世女のことを追い回していった
典人にとって幸か不幸か。こうして典人の安眠と貞操は本人に知られることなく今日も守られているのであった。




