第弐拾漆巻 無邪気なお出迎え!?
第弐拾漆巻 無邪気なお出迎え!?
典人たちは森での狩りや採取を終え、大量の鳥や小動物、それに一つ角の大型兎などの獲物や山菜、食べられそうなキノコや木の実などの収穫物を持って砦への帰路の途中であった。
あともう少しで森を抜け、砦に着く。
典人たちがいた所から砦まで1時間も掛からないのであろうが、ここまで上り下りがあり、前日まで10日ほど雨が降り続いていたため、ぬかるんではいないものの滑りやすくまともな道ではない場所を行きとは違い、重い荷物を背負って歩いてきたのである。
典人は大分息が上がっていた。
行きと違い軽口をたたいている余裕は無く、完全に沈黙し意識的にはただひたすら前に進んでいる。
すると、不意に典人の目の前に細長い肌色の何かがニューッと現れた。
「どわっ!」
避けきれずその肌色の何かに顔をぶつける典人だったが、堅さは無くむしろムニュリとした柔らかさとスベスベとした質感を顔で感じていた。
「なっ、何だ一体!」
やや朦朧気味だった意識が、急にはっきりした。
木の枝にでもぶつかったのかと思いきや、そういう感覚ではない。
そんな典人の目の前に、不意に肉付きが良く程よく引き締まったスラリとした長い脚が現れる。
どうやら典人は避けきれずその柔らかそうで、それでいて引き締まった脹脛に思わず口づけをするかたちとなってしまっていたようだ。
目線をやや上に向ける。
すると今まで誰もいなかったはずの目の前のやや高い位置の枝に、生足を露わにしプラプラさせている茶色の髪をポニーテールにした少女が座っていた。
「えへへっ、驚いた御館様?」
「魔埜亜か。まったく驚かすなよ。それよりそんな所に上ってると危ないぞ」
魔埜亜は『馬の足』と呼ばれる妖で道端の木の上や壁から馬の脚が急に現われ人を驚かせるという怪である。
魔埜亜が腰かけている枝の高さは実際には2メートル無い程度の高さではあるが男の子ならいざ知らず女の子が降りるもしくは飛び降りるには少々危なっかしい高さであろう。
そう思って典人が気遣って声を掛けて両手を伸ばして差し出すと、魔埜亜はキョトンとした顔になり、それからニッコリと笑顔になる。
「大丈夫だよ。あたし、脚力とバネには自信があるから」
ポニーテールを後ろで揺らしコロコロと笑いながら、両足を更にブラブラさせている魔埜亜。
何かとても機嫌が良さそうに見える。
ふと、典人の視線が有る一点に釘付けとなった。
それは足をブラブラさせている太腿の付け根の辺り。
着物の裾で隠れているとはいえ、その高さは典人の目線の少し上ぐらいの位置である以上、どうしても足の付け根の方に目が行ってしまうのは、健全な、そう健全な高校生男子としては仕方のない事である。
典人はそれを食い入るように見ている。健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
「旦那様、何を見ていらっしゃるのですか?」
そんな典人の背中に冷たいものが走る。
ゆっくり首を巡らすと、そこにはジト目になって典人を見つめる祈世女の姿があった。
「いっ、いや、何でもないよ」
典人は上ずったような声で答える。
「そうですか? ですから、言ってくださればいつでもわたしは……」
「で、冶架は木の上で何をしようとしているのかな?」
それから誤魔化す様に近くの木の上を見上げれば、自分の身体に木の蔓を巻き付けて嬉しそうに今にも典人に向かってダイブしようとしている『薬缶吊る』の冶架の姿があった。
だが、飛び降りる前に典人に見つかり、引き攣った笑みを浮かべている。
『薬缶吊る』は先程の『馬の足』同様、夜の山中で木の上から薬缶が下がって来て人を驚かすという妖である。
「もう、ご主人さまのいけず」
ちょっと涙目になりながら木の上から降りて来る冶架。
「あはははっ、やっぱり二番煎じはうま味がなかったようだね」
木の上から降りてきた冶架の隣で魔埜亜がコロコロと笑っている。
「とっ、ところで御館様、喉乾いてません?」
「うん、もうカラカラ」
そう典人が答えると冶架はその答えに満足したように頷き両手に妖力を集中させる。
すると、光が生じ、治まると同時に薬缶を両手で抱え持っていた。
「どうぞ」
冶架は用意してあったコップに薬缶の中身を注ぐと、典人へと手渡した。
「あっ、有難う」
典人は冶架からコップを受け取ると、よっぽど喉が渇いていたのか、一気に飲み干す。
「あっ、甘い」
「お口に合いましたか?」
「うん、美味しい。森の中歩き回ってて喉がカラカラだったんだ。丁度良かったよ。それに何だか疲れが取れたみたい」
「それはようございました。中身は疲労回復に効く薬湯が入っていますので。皆さんもどうぞ」
冶架に飲み終わったコップを返してから、背負っていた荷物を一旦下ろし、近くにあった石の上に腰を下ろして少し休憩を取る典人。
「有難う冶架ちゃん」
そのあと冶架は他の女の子たちにも飲み物を配って回った。
とは言ってもコップは一つしかないようなので皆で回し飲みをしている。
美味しそうに冶架から渡された飲み物のコップを回し飲みして嬉しそうに話している女の子たちを眺めながら典人は思う。
基本的に砦の女の子たち……妖怪は純粋に人を驚かす事が好きなのだと。
確かに、昔話に聞く夜の暗がりからいきなり馬の脚や吊るされた薬缶が下がって来れば怖がるのは仕方ないかもしれない。
けど、明るい昼間に木の上から可愛い女の子が生足出したり、ダイブして人を驚かせようとしている光景は、まるで様相が変わってしまい、何と微笑ましい事か。
そして典人はこうも思う。
(間接キスとか平気なんだな)
◇
しばしの休憩の後、魔埜亜と冶架も加わって砦への帰り道を進んでいた。
典人としては情けない事ではあるが、魔埜亜と冶架にも荷物を持ってもらっている。
もう少し行けば森を抜けることができるだろう。
「の~り~と~、」
「んっ? この声は麓毘か?」
木の上の方から『ろくろ首』の麓毘の声がする。
(またこのパターンか。本人は知らないだろうけど、流石に三度目だとね)
典人は余裕綽々で首を上げ、目線を木の上の声のした枝の方に向けると、案の定。
「お帰りなさ~い」
そこには木の太めの枝の上に麓毘の首だけが乗っかり髪が垂れている光景があった。
「うわっ! くっ、首! 生首!」
木の上に置かれたその生首を見て思わず後ずさる典人。
実際は典人たちから見て、木とその木の太い枝との裏側に当たるところに身体と首を添うように隠し、首だけを枝の上に置いたように配しているだけなのだが、典人にはそんな事考えてる余裕も無く後ずさっていた。
運の悪い事には、後ずさった地面に石が出てたらしく、その石に躓き、背負っている荷物の重さも手伝って盛大に尻もちをついてしまう。
「痛っ!」
「あははっ。わ~い、驚いた! 驚いた! 大成功~!」
木の枝に晒されたままの生首が心底嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。
その木の影から木に添って隠す様に配していた身体と伸びた首が姿を現した。
そして身体は首のある真下まで来ると立ち止まり、典人たちに向かい右手にVサインを作り勢いよく突き出す。
もちろん左手は腰にである。
元気の良い美少女の渾身のVサインである。決まらない筈がない……ただし首の位置が3m以上上の木の枝に乗っかっていなければという話ではあるが。
「何やってるんだよ、麓毘!」
典人は強か打ち付けた腰をさすりながら文句の声を上げる。
「処刑場の晒し首かと思ったじゃないか」
「やったー! 驚いてくれた!」
そんな文句はどこ吹く風といわんばかりに喜ぶ麓毘。
「だってぇ、妖怪は驚かしてこそが妖怪の存在証明? なんだよ」
「そんなレゾンデートル捨ててしまえ!」
「何てこと言うのかな典人は。帰って来るの首を長くして待ってたんだからね」
「麓毘が言うと洒落にならないだろうが! それからいい加減、その伸ばしてる首、元に戻せ! 見上げながら話すのは結構首が疲れるんだよ!」
「はーい」
麓毘は言われるまま首をシュルシュルと元に戻していく。
「じゃあさじゃあさ、しゃれこうべ系の妖怪がやったら、シャレで済ませられる?」
「それこそ洒落にならん! もっとダメだろ!」
「もう、典人は注文が多すぎだよ」
「俺が悪いのか!
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「どうもすんな!」
結局この後麓毘も伴って砦への帰途に就いた。
◇
青々とした葉を湛えた木々の生い茂る森の隙間からチラチラと砦の姿が見えて来た。
結局砦に着いたのは昼もだいぶ過ぎてしまってからである。
ようやく砦の門の前の橋の所まで来ると、『橋姫』の姫刃と『牛頭』の司宇と『馬頭』の真宇がお出迎えをしてくれていた。
「「「お帰りなさいませ御主人様!」」」
三人の息が合う。だが、確か行きの時姫刃は「典人様」と呼んでいたはずだが、今回は司宇と真宇に合わせたようだ。
「たっ、ただいま」
典人もこの辺は多少あきらめつつ返す。
「お館さま!」
「のりとさま!」
その後、突如として頭上から声がした。
(ここはもう登れる木は無いはずだけど)
橋と門の間の広場である。見通しを確保する為か立ち木一本ありはしない。
典人が空を見上げると、玉虫色の馬にまたがった『馬魔』の瑠宇魔と雲のような乗り物に四つん這いの姿勢で乗っている『雷獣』のらいちが空から降りて来た。
『馬魔』は路上を歩いている馬を突如として死に至らしめるという恐ろしい魔性の風で、この風にさらされた馬は肛門が何か太い物を突き刺し込まれたようにポッカリと大きな穴を空けられているという。
『雷獣』は激しい雨の日に雲に乗り天を駆ける猫の様な妖で、時折雷を纏い地上へと突撃し被害を出すと言われている。
二人が地上に着地し、瑠宇魔が馬から降りると玉虫色の馬は一声嘶き、右回りにくるりと回って姿が消えて行き、らいちの雲は解けるように消えて行った。
緋色の着物に金色の髪飾りを付けた中学生くらいの黒髪の少女と、同じく中学生くらいの艶のある灰色の髪をした猫耳の少女が駆け寄って来る。
これが瑠宇魔とらいちの妖力の一つであるのだろう。
典人は今更驚かないでいる自分に気が付き、自分も大分いろいろと慣らされたなと苦笑する。
「お館さま、お帰りなさいませ」
「のりとさま、おかえり!」
「おう! ただいま瑠宇魔、らいち」
典人は砦に帰って来た安心感もあり、自然と笑顔になり手を上げてこたえる。
「らいちチャン、生卵、オ土産」
「やったー!」
どうやら卵好きのらいちは挨拶もそこそこに七帆の元に行き生卵……卵を確認し始める。
もう片方の瑠宇魔はニッコリと微笑んで典人の方に近付いてきた。
だが、それと同時に。
「ひっ」
後ろにいた魔埜亜がお尻を抑えて瑠宇魔から逃げるように後ずさっていった。
何か挙動がおかしい。
「あいつどうしたんだ?」
典人が疑問に思う。
「さあ?」
軽く麓毘が首を振る。
それと同時に。
「ひんっ!」
逆に門の所にいた真宇がお尻をくねくねさせて瑠宇魔ににじり寄ってきた。
何か挙動がおかしい。
「あいつどうしたんだ?」
典人が疑問に思う。
「さあ?」
再び麓毘が首を振る。
「真宇ちゃん、落ち着いて、どうどう」
そこへ正門の中から飛び出してきた15歳くらいの赤髪ツインテールの少女がいた。
『鐙口』の愛実である。
『鐙口』は馬具の一つである鐙が戦場で撃ち捨てられ妖怪化したものとされている。
愛実が興奮気味の真宇の肩を抑えて留めた。
その後、真宇の身体をゆっくりと撫でている。
「愛実ちゃ~ん!」
「魔埜亜ちゃんも、落ち着いて、どうどう」
瑠宇魔からお尻を抑えつつ距離を取っていた魔埜亜が愛実に向かって抱き着いて行く。
愛実は魔埜亜を受け止めると真宇と同じように魔埜亜の身体をゆっくりと撫でていく。
典人の面接では馬の扱いが得意だと言っていたが、どうやら馬に類する妖にも有効そうであった。
愛実に宥められながら真宇と魔埜亜が門へと戻って行った。
(愛実ちゃんって桃尻なんだなあ)
三人の後姿を眺めながら、どうでもいいことを考えている典人であった。
もう一度語って置こう。
『馬魔』は路上を歩いている馬を突如として死に至らしめるという恐ろしい魔性の風で、この風にさらされた馬は肛門が何か太い物を突き刺し込まれたようにポッカリと大きな穴を空けられているという。




