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一所懸命★魑魅魍魎♪  作者: 之園 神楽
第壱鬼 百鬼繚乱編
26/94

第弐拾陸巻 結界が焼失した! 気休め

第弐拾陸巻 結界が焼失した! ()休め


 典人のりとの思わぬ行動により、意図せずして牢獄核の結界を消すことができた一行は、現在は皆思い思いに結界があったであろう境界辺りを行ったり来たりしている。

 こういう時、反射的に何故か斜め上辺りの空を見上げてしまうのはどうしてなんだろうか?

「はああ」

「ほええ」

 まさか、いきなり牢獄核の結界が消失してしまうとは思ってもみなかった面々。

 今回の本来の目的は、ただ牢獄核の結界の境界がどの辺にあるかを、実際自分の目で確認する事だけだったので、思わぬ状況に皆呆けたようにフラフラとあちこち歩き回って見ている。

「結界ってやっぱり、そんなに分かり難いものなのか?」

 典人のりとは素朴な疑問を口にしてみる。

 典人からしてみれば、結界なんて日本で普通に生活していればお目にかかる事なんてないから、まるで実感がわかない。

 精々、ゲームやアニメの世界でのイメージくらいしか思いつかない。

 とはいえ、その日本で、実際に結界を使っていたであろう子たちが目の前にいる。

「結界にもいろんな種類があるんだよ。分かり易いのだと、神社の注連縄しめなわかな。見えない結界とか、わざと見せておく結界とか。簡単なものなら隠していてもあたいたち術が使える者なら感知できるけど、この結界は牢獄核に囚われた誰も、結界の境界に接触するまで気付けなかったんだ」

 結界に詳しいという『血塊』の覇里亜はりあがツンとしているかと思えば、意外と丁寧に教えてくれている。

「見えない結界? わざと見せておく結界?」

 典人が疑問に思う。

「えっとですね。見せる結界を配置しておくことで相手の気をそちらに向けて他の見えない結界を張ることによって守ったり、わざと見せることで警戒させたりと工夫して相手に心理的負荷を与えたりすることも出来るんですよ。うふふっ」

 『清姫』の祈世女きよめも典人に分かり易く解説しようとしているのは良いのだが、何故か『相手に心理的負荷を与える』の辺りで妙に嬉しそうに聞こえるのが何とも残念だ。

「じゃあ、皆誰もが触れるまで気付くことが出来なかったっていう牢獄核の結界は」

「悔しいけど、それだけ高度な結界と言う事だね」

 妖狐の璃菜りながちょっと苦い顔をしつつまとめる。

「なあ、オレ思うんだけど、この世界に皆を召喚した奴の正体や目的は分からないけど、今の話からするとこの世界って、日本ではかなり強い妖力ってやつを持ってる璃菜たち100人を結界内に閉じ込めておけるだけの妖術なり魔術なりが存在する世界なんじゃないか? それってかなりヤバい所なんじゃ? さっきみたいな凶暴な生き物もいるみたいだし」

「……そう考えられなくもないね。ただ、牢獄核自体が時間を掛けて作り上げられた一種の巨大な術式の装置と考えた方がいいから、この世界に存在するかもしれない術者が強力な連中ばかりかどうかは一概には言えないよ」

 璃菜は少し不満げに言った。

 高位の術者である自分自身が手も足も出なかったのだ。総じて自尊心の強い妖狐からすると、かなりプライドを傷付けられていたのは間違いない。

 そんなところに素人考えであるにも関わらず、自分も感じていた的を得ているかもしれない意見をぶつけられて多少不機嫌になったのは致し方のない事なのかもしれない。

 自分が発した言葉が璃菜自信を納得させようとしている言葉でしかない事も充分理解していた。

「牢獄核の結界が消失して結界の外側の様子も多少は感じられるようになりましたが、私が見るにこの森はかなり広大なようです。ただ、この場所自体は森の浅い部分、外縁部のようですので、もしかしたら森を抜ければ、何か分かるかも知れません。いずれにしても近いうちに、この森周辺も調べてみる必要がありそうですね」

「……そうだな」

 麗紀が提案した意見に典人が何事か考え呟いた。

それから一しきり結界の境界の当たりを見回った後、結界の境界らしき所の外側まで行って、皆でしばらく狩りやら採取やらをして帰ることになった。

 半径500m程度の面積の中で100の魑魅魍魎が各々食料を調達していたのである。

 食料的には大分取り尽くした感が有り、かなり深刻な問題になりつつあったが、結界が消滅したおかげで、その心配は無くなりそうである。

 木霊である麗紀が食べられそうな野草や山菜や木の実、それにキノコなどを探し出してくれていた。

 一応、毒に関しては七帆が調べている。時折齧かじったりして……。

 鳥や小動物の狩りに関しては亜鳥が小さな串を妖力で生み出し、それを投擲することで仕留めていた。

 千金もそれを手伝っている。

 璃菜は採取にも狩猟にもたけており両方に活躍している。しかもストレス発散とばかりに、実に生き生きと走り回っていた。

 なので残りのメンバーで仕分けをしたり、解体をしたりしている。

 典人は動物の解体などやったことが無いため、木の実や山菜の仕分けを手伝っていた。

 その最中、典人は自分が逃げ回っているばかりだったことを気にして少し落ち込んでいた。

 しかも、今現在もあまり役に立ててはいない。

 まあ、冷静になれば、いきなり異世界に来て魔物を狩ったり、見た事も無い植物を食べられるかどうか見分けたりなんて事できるわけないのだから、そこまで気にすることもないのだが、当の本人にとってみればそうでは無い様だ。

(本当に淡雪ちゃんや天音さんに鍛えてもらおうかなあ)

 しみじみと思う典人であった。

 ひとしきり採取や狩りを終え、今は皆で砦まで持って帰るための準備をしていた。

「生卵♪」

 もちろん、鳥の巣を見つけ生卵……卵もそれなりの数を手に入れる事が出来た。

「でも、とても全員に行き渡るだけの数はないけど」

 元気なく典人が言う。

「それは仕方ありませんよ。好物の子たちを優先に苦手な子は覗いて後は均等に分けて行くしかないですね」

 亜鳥が隣に来て典人の言葉に応える。

「好き嫌いとかあるの?」

「もちろんです。例えば、白葉しらはちゃんは卵とお肉が苦手ですね 

 典人が白葉と名付けた少女は『おしらさま』と呼ばれ、養蚕の神として知られている。ちなみに苦手と評しているが、実際は誤ってお供えしてしまった家人にたたりが生じるほどの禁忌である。

「メイド長のそうさんは揚げ物を控えているみたいで」

「爽さんってメイド長なの!?」

 典人は軽く驚いた。

 面接を行なって典人は役割を割り振りはしたが、役職的な物は割り振ってはいない。

 となると、生活系の子たちで決めたことになる。

 今までバラバラに過ごしていたという彼女達からすると大した進歩である。

(これもやっぱり七つの緒札おふだの一つ『ぬらりひょんの七光り』の効果かね。『七光り』とはよく言ったもんだ……)

「爽さんはお茶の入れ方から作法、立ち居振る舞いから家計のやりくりまでいろいろできますので」

「で、油物を控えているって、ダイエット? そんな事しなくても十分スタイルいいのに」

「……いえ、神通力が失われるとか何とかで。特にネズミの天ぷらが大好物で目が無いらしく、ついつい食べ過ぎてしまうんだそうです」

「鼠の天ぷらって、それは……」

 典人は微妙に口元が引きつっていた。だが、実際のところ、お稲荷さんにお供えする油揚げにご飯を詰めた『稲荷寿司』は本来は鼠の天婦羅てんぷらであるとされる。それが宗教上の理由で肉食が嫌厭けんえんされ、それを模した代用品として作られたともされている。

「それで、過去に神通力を失って狐の姿に戻ってしまったところに犬から追いかけまわされた経験があるそうで」

「そう言えば、爽さんって宗旦狐そうたんぎつねっていうくらいだから璃菜と同じ狐人なんだよね。でも、耳とかしっぽとか出てないよね」

「爽は昔から人間の中に混じるのが好きでな、普段から人と同じ姿を取っているんだよ。でも、気が緩むとすぐにしっぽを出すんだ。基本完璧なのに、案外抜けているところがある残念なやつなんだよ」

 璃菜が話に入って来た。璃菜自身は白い狐耳と狐しっぽを隠そうともせず出している。

「へえ」

(うん、多分大好物を食べ過ぎて気が緩んで狐に戻っちゃって、犬にほえられて慌てて逃げようとしたんだけどお腹がいっぱいで膨れてて思う様に動けなかったのがトラウマになったんだな)

 身も蓋も無い見解にたどり着いた典人。

「あっ、優希ゆうきちゃんにはメイド長が鼠の天ぷらが好きな事、内緒ですよ。怯えますので」

 亜鳥は右手の人差し指を唇の前で立てて悪戯っぽく微笑んだ。

 優希ゆうきは『旧鼠きゅうそ』と呼ばれる鼠のあやかしである。

「ぷっ、分かったよ」

 典人もつられて噴き出していた。

 亜鳥はどうやら典人が落ち込んでいるようだったので元気づけようとしてくれていたのだろう。

 その甲斐あってか典人は先程よりは元気を取り戻していた。

 それからほどなくして、解体やら仕分けやらの作業は終わった。

「結界を見に来ただけで軽く狩りをするつもりだったからな。まさか、結界がなくなって外側で狩りや採取が出来るなんて思ってもいなかったから、こんなに取れるならもう少し荷物を入れられる物を持って来ればよかったよ」

「そうですね。双葉さんとか陽虎ようこさんとかがいればもっとたくさん持って帰れたのですが」

「双葉ちゃんとか陽虎ようこちゃん? ああ、二人は収納系の妖力が使えるんだったっけ」

 双葉は『二口女』という後頭部に大きな二つ目の口を持つ妖怪で、その二つ目の口で何でも食べてしまうというあやかしであり、陽虎ようこは『虎隠良こいんりょう』という皮製の巾着に熊手の付いた妖怪で、毛槍の妖である槍毛長やりけちょうや茶釜の妖である禅釜尚ぜんふしょうとともに描かれている事が多いあやかしである

 今は二人とも生活系担当の仕事をしてもらっていた。

 木霊である麗紀れいきが森に生えている木々のつたを上手く使って即席の背負う為のかごを編んでくれた。

「へえ、器用なもんだね」

「間に合わせですが、ないよりはいいでしょう」

「充分だよ、それじゃあ取ったものを詰めて……そろそろ……帰ろう、かあ!」

 男の子だからここで役に立たないとと気合を入れる。

 そして典人は篭を背負い立ち上がろうと身体に力をこめた。

 何とか持ち上がるものの結構キツい。

 これを背負ったままあの滑り落ちて来た傾斜を登ったり降りたりして砦まで戻らなければならないのかと考えると、典人はかなり憂鬱になってくる。

 そして結界の境界の外から砦へと戻る為に歩き出す。

 典人も召喚前まで一人旅をしてそれなりに大きなリュックに荷物をつめて背負い、長い道のりを歩いていたのだが、やはり舗装されている道と道の無い森の中、しかもホーンラビットの一件でかなり下ったところから登るとなるとまったくの別物なのだろう。

 加えて典人は元の世界の日本では完全無欠の帰宅部。いくら直前まで歩き旅をしていたとはいえ、日ごろからの運動不足は如何いかんともし難いところであった。

 案の定、すぐに息が上がりへばりだした。

 余裕が無いながらも周りを見てみれば、覇里亜や祈世女はもちろんのこと、身体の小さい七帆や璃菜でさえ、典人よりも重そうなものを難なく持って歩いている。

(本当に淡雪ちゃんや天音さんに鍛えてもらおうかなあ)

 先ほどより一層しみじみと思う典人であった。

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