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一所懸命★魑魅魍魎♪  作者: 之園 神楽
第壱鬼 百鬼繚乱編
24/94

第弐拾肆巻 残気の念

第弐拾肆巻 残()の念


 坂と言うものは小股で小走りであっても、一度勢いが付くとなかなか止まることが出来ないものだ。

「おわああ、加速するうぅ!」

 ましてやそれが、雨上がりでそこそこ滑りやすくなっている草木で足場の悪い下り坂だったり、土がむき出しだったり、こけがびっしり生えていたりする山林の下り坂であればなおさらのことであろう。

 さらに坂の傾斜も徐々にではあるが急になっていっている。

 自力で止まるのは意外と難しく、転べば大惨事だいさんじ

 どろだらけで済めばまだマシだが、そのまま勢いに任せて転がり続ければ大怪我では済まない事態も起こりうる。

「のわあぁ、止まらないぃ! ぶつかるうぅ!」

 さけびながらもかろうじて目の前の木をけることが出来た典人のりとだが、いつまでそれが続くやら。

 いや、そんなには続かない。

 目で見ることはできないが、典人のりとの行く方向、坂の下には牢獄核の結界の境界が待ち構えているのだ。

 そして、典人のりとがそのまま結界に衝突すれば、恐らく先程の『油取り』の亜鳥あとりが結界に向かって投げた大きな串()の二の舞で、消滅のき目を見ることになるのであろうことは容易に想像できた。

「駄目です旦那様だんなさま! それより先は結界です。止まってください!」

 『清姫きよひめ』の祈世女きよめが悲痛な声で叫ぶ。

「んな事言ったってぇ!」

 典人のりとが走りながら声を上げる。

わたしが行きましょう」

千金ちがね、お主……」

「分かっている」

 『妖狐ようこ』の璃菜りなが何か言いたそうに言葉を切り出そうとするが、その前に『藤原千方ふじわらのちかたの鬼』の『金鬼きんき』である千金ちがねがその言葉をさえぎる。

「だが、今、御館様おやかたさまを失う訳にはいかないだろう」

 そう言うが早いか、千金ちがね典人のりとに向かい走り出す。

 恐らく100人の魑魅魍魎の中でも一番頑強(がんきょう)な『金鬼きんき』である千金ちがねが真っ先に結界の境界であろう所に、典人のりとを助けるために突っ込んでいった。

 その少し後方では『木霊こだま』の麗紀れいきも、手から植物のつるのようなものを伸ばし、典人のりとを助けようとするが、獲物の解体のためホーンラビットに近付いていたせいで行動が遅れてしまっていた。

 走る千金ちがねの、やや灰色味掛かった長い黒髪が風を切って流れる。

金剛装気こんごうそうき!」

 千金ちがねは下り坂を走り降りながら一度消していた妖力で作っていた防御膜を再び全身にまとう。

 流石は忍びのルーツとも言われるだけの事はある。

 千金ちがねの駆ける速さは足場の悪い下り坂を意に介さず、そのスピードをどんどん増していく。

 そして、勢いが付いて止まれずに加速してしまっている典人のりとよりも速くなり、見る見るうちに追いついていった。

 千金ちがね典人のりとを追いかけ走りながら、同時に過去の情景が脳裏に浮かんでいた。

 それはこの『牢獄核ろうごくかく』の結界内に跳ばされてきてから間もなくの事。

 『木の子』のが、知らずに森の中を走り回り、誤って結界の境界に触れ、はじき飛ばされたことにより、砦の周囲を囲むように結界が張り巡らされていることが砦にいるあやかしたちに知られるようになった時だった。

 それから、結界に精通しているあやかしや術にたけたあやかし、影に入り移動できるあやかしや空を飛べるあやかしなどが結界の解除や突破などを試みていた。

 実は千金ちがねも結界の存在が判明した後、結界の突破を試みている。

 そう、千金ちがねはここに跳ばされてから、一度、『藤原千方ふじわらのちかた』の四鬼(実際は六鬼)たちを率いて、自らが先頭に立ち、自分の頑強さを利用して結界の強行突破を計ったことがあるのだった。

 だが、突破は叶わず、千金ちがね自身かなりのダメージを追うことになってしまった。

 身体へのダメージは勿論の事、大部分の妖力を失う事となり、動く事さえ思うようにできなくなる状態にまでおちいっていたのである。

 その際、仲間である『隠形鬼おんぎょうき』の千隠ちがくれも影に入り移動を試みたが、結果は同様となった

 千金ちがねにとってみれば思い出したくない出来事である。

 そんな事を考えていると、かろうじて手を伸ばせば典人のりとの腕に手が届く間合いにまで追いついていた。

 千金ちがねは今までの考えを振り払い、一気に典人のりとへと手を伸ばす。

御館様おやかたさま!」

 腕を掴もうとしたその時。

 坂の傾斜が一段急になったのか、典人のりとの身体がまた加速して、千金ちがねの手が空を切る。

「なっ!」

 少し、間が開いた。

(くっ、もう一度)

 千金ちがねは再び間合いを詰め、今度は確実に手を伸ばせば届く範囲まで近付いた。

 そして再び手を伸ばし、今度こそしっかりと典人のりとに手が届いたその瞬間。

「うわっ!」

「えっ!」

 走っていた典人のりとが地面のこけに足をすべらせ、つかんだ千金ちがねを巻き込んで坂の下へと転がっていった。

(まずい! このままでは結界にまともにぶつかってしまう!)

 千金ちがねの瞬時の判断だった。

(せめて、御館様おやかたさまだけでも!)

 忍びとしての矜持きんじなのか、主を守ろうと、覚悟を決めた千金ちがねは自分よりも体の大きい典人のりとを抱き込むようにして自分の身体を盾にし、結界への衝突に備えた。


   ◇


典人のりと「ご主人様! 千金ちがね」さん!」

 皆が一斉に悲鳴を上げる。

 残された者たちからは、ダメージ覚悟で千金ちがね典人のりとに追いつき、抱き込み、結界に衝突する様に転がって行く姿が見えた。

 遂に牢獄核の結界の境界が有るであろう辺りに到達し、ぶつかり結界の力によって一巻の終わりと思い、皆が息を飲んだ。

 そして。

 二人の身体を中心に波紋はもんのような光が生じる。

 次の瞬間。

 波紋はもんは消え。

 やがて転がっていた二人の勢いは止まり、動かなくなった。

「……そんな!」

 祈世女きよめが両手で口元を抑えつぶやく。

 この場にいるあやかし、いや、とりでにいる全てのあやかしが幾度か眼にした光景。

 それなりに丈夫なあやかしたちでさえ、命を落としかねないダメージを負う結界に、何の力も無い只の人間がまともに衝突してしまった。

 その場にいた誰もが、その様子を見て絶望していた。


   ◇


 長い長い一瞬の時の流れ。

 千金ちがねは過去に経験した自分の身体に襲いかかって来るであろう激痛と、無理に妖力をむしり取られる苦痛に備え身体を無意識にこわばらせていた。

(衝突したタイミングでその反動を利用し、御館様を境界から突き飛ばして離す!)

 そう、心に決め、その時を待つ。

 だがそうなると自分は結界の境界により深く食い込む事になり、万全でない今の状態であれば、恐らく助からないであろうことも予想していた。

 けど、迷いはなかった。

(今度こそ、主を見放す真似はしない! 主の為に生き、主の為に死ぬ。それがさだめ!)

 伝承上、千金ちがねたちがつかえていた藤原千方ふじわらのちかたは伊賀・伊勢地方を束ね、朝廷に逆らい反意を示していたという。

 しかしこれは架空の人物とされ、該当する人物が存在せず、あくまで作り話とされている。

 ただ、歴史はしばしば勝者によって創作され、敗者の歴史はことごとくほおむり去られることがあった。

 勝者のゆがめし歴史と、敗者の忘れられし歴史。

 そんな歴史の中、千金ちがねたちは確かに存在した。

 敵からは『鬼』とは称されたが、当時は技量のひいでた『人』として。

 そして藤原千方ふじわらのちかたと共に戦い、幾つもの戦場を駆け抜け、幾人もの敵兵をほおむってきた鬼たちだが、ある日届いた一通の書状(一首のうたとされているが)により千方ちかたの元を離れ、結果、千方ちかたの敗北へとつながったという。

 その書状(一首の歌)の内容とは、


『草も木も 我大君の 国なれば いづくか鬼の すみかなるべき』


 と『太平記』の『日本朝敵の事』ではされている。

 大まかに言えば「この国は草も気もすべて朝廷の物だから、お前たち鬼の住むべき所は、一体何処にあるというんだ」というようなものだそうだ。

 実際は現代で言うところの土地を使用する権利の差し押さえの通告文であった。

 その頃の自分たちは卓越した技量を持ち合わせていたものの、各土地を納めていた一村のおさに過ぎなかった。

 鉱山、石切り場、川、山林など。

 その特異な技術の秘匿の為、隠れ里の様相が強かったことから、他所との交流も限られ、その暮らしはつつましいものだった。

 それぞれの部族を束ねる長として、その地に住まう民草を路頭に迷わせるわけにはいかなかった。

 一忍びとしてではなく、長として選ばざるを得なかった。

 退かざるを得なかった。

 その慙愧ざんきの念にえない思いが、その身を鬼と変えて現在にいたる。

 おそらくはその閉鎖性へいさせいゆえ、六部族が四部族と思われ、六鬼ろっき四鬼よんきとされることになった原因なのだろう。

(いづくか鬼のすみかなるべき、か……還る道は遠くとも、今はここがわたし、いや、わたしたちの(あるべき所)だ!」

 そして一瞬、背中に何かが振れる感覚がした。

 (今だ!)

 だが、身体に力が入らない。

(そんな!)

 千金ちがね驚愕きょうがくした。

(わたし)は……またしても……主を守りきれないのか。情けない……せめて、一緒に参りましょう・御館様)

 目元から一筋の涙が流れる。

 千金ちがねは力の入らない腕で典人のりとの頭を胸元に抱きしめた。

 何故なぜだろうか? 死を前にして主を抱えている事が心地よく感じられる。

 いつまでもこうしていたいと、心から思う。

(せめて、御館様が苦痛を感じませぬよう)

 祈る神無き鬼が願い、静かに目を閉じた。

 穏やかな気持ちで死を待つ。

 だが、その時は一考に訪れる気配が無い。

 やがて千金ちがねは自分たちが止まっていることに気付く。

 どうやら柔らかい草の上に倒れているようだった。

 いつの間にか自分の周りに貼っていた防御膜が消えている。

 そして、自分の胸元からフゴフゴと荒い息をする感覚が伝わってきた。

 尚且つ、モゾモゾと何かがうように動いている感覚もある。

「えっ? あんっ!」

 思わずなやましい声を上げ抱え込んでいる胸元を見る。

 そこには頭を押さえつけられ息苦しそうにジタバタし、千金ちがねの胸をむんずと掴んで指を動かし必死にその拘束から脱出を図ろうとする典人のりとの姿があった。

 どう見ても世の男達から見れば、何ともうらやましい光景なのだが、当の典人のりと本人は必死だ。繰り返そう! 当の典人のりと本人は必死だ!

「御館様っ!」

 慌てて千金ちがねが腕の力を緩める。

 そこには、鼻から血を流した典人のりとがいた。

「御館様、怪我を!」

 千金ちがねは自分は無傷らしく、逆に守るべき主が傷を負ってしまっている事に酷く動揺をした。

 普通に見れば美人系の女の子の胸に思いっきり顔を押し付けられて興奮して、鼻血を紛失したようにしか見えない。

 だが、実際のところ、千金ちがねの胸に抱きかかえられた際、千金ちがねは『金剛装気こんごうそうき』の防御膜を張っていた。

 そのため、本来なら千金ちがねの柔らかい胸に抱きかかえられていたのであろうが、抱きしめられ庇われた瞬間は防御膜の堅さで、大きく出っ張った堅い凶器に鼻から打ち付けられた状態となったのである。

 結果、鼻から出血。

 そう、決して千金ちがねの胸に顔をうずめ、その柔らかさと温かさと匂いに興奮こうふんしたからではない。そう、興奮したからではない! 典人のりとは無実だ!

「あって、いや、これは、大したことないから大丈夫」

 典人のりとは鼻を抑えつつ答える。

「しかし……」

「ポケットティッシュ持ってるし、草むらのおかげで他は大したことなさそうだし。それより、千金ちがねさんは怪我はない?」

「ですが……」

「確かに最初思いっきり鼻を打ち付けたけど、しばらくしてから柔らかかったし。まあ、その後は窒息しかけたけどね……あははっ」

 典人のりとは問題ない事を強調するため、千金ちがねに冗談めかして答えて見せた。まあ実際、途中から防御膜が解かれ、元の柔らかく温かい胸に埋もれていたのも間違いではない。

 見た目は綺麗系きれいけいの美人だが、鬼である千金ちがねは見た目の柔らかそうな身体に似合わず、はるかに典人のりとよりも力が強い。

 いや、千金ちがねだけでは無い。あやかしである牢獄核ろうごくかくらえられている女の子たちはそうじて典人のりとより力が強い。

 あの小さくてか弱そうな子どもの姿の『座敷童ざしきわらし』のさきらでさえ、典人のりとの事をグイグイ引っ張っていったほどだ。

「重ね重ねご無礼を!」

 だが千金ちがねは、出血させたことに加え、窒息ちっそくさせかけたことに気付き、より一層申し訳なさを感じていた。

 普段鬼たちの中で取りまとめ役を担っているだけあって、基本的に真面目なのだろう。

「ほら、千金さんの着物も汚しちゃったし、オレはいい事もあったしさ、プラスマイナスゼロっていう事でどうかな?」

「いえ、返り血はび慣れておりますのでお気になさらず。……ですが御館様がそうおっしゃるのであれば」

 何か物騒ぶっそうな事を聞いたような気がする典人のりとであったが、一応千金(ちがね)が納得してくれたのであればとそれ以上の深入りはしない方がいいと判断した。

 一方の千金ちがねはたった今起こった出来事に思いをめぐらせていた。

 千金ちがねは確かに結界にれた感覚を覚えている。

 以前に感じた強烈な衝撃と妖力を結界に無理矢理はぎ取られるような感覚。

 それが今回はおそってこなかった。

 間違いなく結界に触れたという感覚はあった。

 が、それと同時に今回は何かガラスがくだけるような感覚も覚えていた。

「あれっ?」

「どうしたの千金ちがねさん?」

 突然、目の前で呆けたように考え込んでしまった千金ちがねを見て、典人のりといぶかしむ。

「???」 

 千金ちがねには何かが引っかかっている。

 何であろうかと千金ちがねは考え、ぼんやりと周囲を見渡す。

 そして、ようやく気付いてハッとなった。

「……ここは……結界の……外!?」

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