第弐拾弐巻 出発前 気を引き締めて行こう!
第弐拾弐巻 出発前 気を引き締めて行こう!
10日ぶりの晴れ。
典人は取りあえず、皆が言っている『牢獄核』から出れないという状況を確認しに行くことから始めようと思った。
朝食の時に皆にその話をして、もしかしたら一緒に見に行ってもらうかもしれない旨を伝えた。
「今回はボクが憑りつく番だね♪」
「憑りつくんじゃなくて、膝の上に抱っこするだけだからな」
ただその際、以前食事の時に見た目年少組の子たちに典人の膝の上に抱っこしてほしいとねだられ一人ずつならと了承したため、今回順番の『コボッチ』の千補を抱きかかえながら話をしていたので、何とも締まらない状況ではあったが。
それにしてもと典人は思う。
(これはアリなのか?)
千補は背が小さい為、今抱っこして座っていても視界を千補の頭が遮ることは無い。
しかし、お風呂にちびっ子たちが乱入してきた時もおもったが、千補は身体が小さい割に巨乳だ。
しかも、現在はゆったりとした浴衣の様なものを着ている。
その為、抱きかかえている体制の典人の位置からだと、少し視線を落とすだけで浴衣の袷の間から胸の谷間が覗き込めてしまうのであった。
典人は思わずそれを会話の最中もチラリチラリと目線をやってしまっていた。健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
(取り敢えずこれは今朝のウイニングショットだな)
そして、この素晴らしい光景はしっかりと心のアルバムに加えることを忘れなかった典人であった。
そんなまったりとした朝のひと時を過ごし、朝食後。
砦の敷地内と砦の外、どちらを先に見るべきか迷った典人は、少し悩んで優先順位を考えた末、兎に角状況が分からないと話にならないと思い、まずは牢獄核から出られないという現状を見に行くことにした。
砦内は一先ず安全なので、雨が降ってさえいなければいつでも見れると思ったからである。
砦外にでて、牢獄核の結界の境目に向かうにあたり、朝食の際に、まずは森に精通している『木霊』の麗紀と結界に詳しそうな子たちから、『妖狐』の璃菜(りな、『清姫』の祈世女、『血塊』の覇里亜に付いて来てもらいたいと頼んだ。
『血塊』は関東地方に広く伝わる産怪で、これが現われると産婦の命が危なくなると言われる妖怪である。名前の『血塊』は『けっかい』の言霊から『結界』に通じているともされている。
それから護衛として、防御が得意と言う『藤原千方の四鬼』の千金にも同行してもらう様に頼んでおいた。
あとは肉を調達するため動物を狩りに行きたいという『油取り』の亜鳥と、朝に一緒に大食堂に行く際に生卵が食べたいと言っていた『七歩蛇』の七帆を連れて行くことにした。
『油取り』は東北地方に伝わる怪異譚で、女子供を攫いその身体より油を搾り取り殺すと言われる怪である。
全員で見に行きたいのはやまやまなのだが、あまり大所帯になってしまっては動きが取りにくくなるだろうし、砦の方も空けるわけにはいかないので、一回の集団行動のパーティー編成として5~8人くらいに抑えておくことにした。
無理をする必要は無い。何かあればまた出直して改めてメンバーを選びなおせばいいと典人は考えていた。
朝食を済ませてから、各自準備を済ませて砦内の正門前に集合とすることになった。
もともと典人は歩き旅の途中でこの世界に召喚されたので、服装は山歩きに向いたトレッキングシューズにジーンズ、両方の胸のあたりに大きなポケットの付いたシャツを持っていた。
折角の可愛い女の子達とのお出掛けなのだから、それなりにキメたいという気持ちは確かにあるのだが、持っていたのが実用性重視の物ばかりなので仕方がないとあきらめた。
異世界に召喚されてしまっても、いくつか着替えを持っていてちょっとは選べるだけでも、自分の読んだことのあるラノベ小説の主人公より、幾分マシと思うことにして割り切ったのである。
一体、何と比較して気休めしてるのやら。かなり比較対象が間違っている典人であった。
まあ、その為殆ど身支度の時間を必要としない典人はいち早く集合場所に来て手ごろなところに座り、待っている間少し考え事をしていた。
この異世界に召喚されてから、10日の月日が経った。
そんな中で思うことは、今日の朝からもそうだったが、この10日間、妙に女の子たちが典人にくっつきたがる事であった。
食事時はもちろんの事、砦内を見て回っている時や何かの作業をしている時、果てはお風呂や眠ろうとしている時まで。
見た目年少組とも評すべきちびっ子たちが懐いてくれているのはうれしいが、それだけではなく、典人と同世代風の子たちまで事あるごとに過度なスキンシップで、やたらと密着しようとしてくるのである。
元の世界では高校生として、クラスメイトの女子や委員会なんかで先輩後輩の女の子と話す事はあったが、相手の対応は至って普通だったと典人は思う。
典人自身、人とのコミュニケーションをとるのが苦手と言う訳ではなく、所謂『コミュ障』ではない。
かと言って、調子よく話す、所謂『チャラ男』というわけでもない。
ほんと普通だと自分では思っている。
多少、自分の本能に正直な部分はあるが、きわめて常識の範疇内だと思っている。自分では。
少なくともここまでベタベタとくっ付いて来ようとされる程好かれる要素はないと考えていた。
事実、元の日本で典人に彼女はいない。
だが、典人自身は自覚していないが、実際は結構顔立ちは整っており、少し能天気なところはあるが、かなりモテる部類だろうはずであった。
その証拠に、雪女の淡雪は会って早々「割と顔は好み」と素直に称している。
典人は一瞬モテ期が来たかとも思ったがすぐにその考えは引っ込めてしまった。
(前にも思ったけど、これもオレの中にある七つの緒札の一枚『ぬらりひょんの七光り』の効果なんだろうな)
そう思ってしまうと、冷静になった分、なんだか空しく感じてしまう典人であった。
フッと、一呼吸してから典人は立ち上がる。
座っていたズボンのお尻の部分をはらう動作をしながら、どれくらい時間が経っただろうかと考える。
準備も殆ど必要としない典人に対して、女の子は準備に時間が掛かるだろうと思い30分くらいは時間を潰さなくちゃと考えていた。
そう、思っていたのだが、そうでもなかったようだ。
「旦那様、わたしお役に立って見せますね!」
『清姫』の祈世女が真っ先に勢いよく駆け寄ってきて典人の腕に絡みつき、うっとりとした表情で語りかけてくる。
(そう言えば、この子も初め会った時「好みの顔のタイプ」って言ってくれてたっけ)
12~3歳くらいの見た目に長い黒髪を真ん中で分け、印象としては「おてんば姫」といった感じの少女。
典人としてはこの子はちょっと危険な感じもしているが、やっぱりこんな可愛い子に好意的にされれば少し勘違いしそうになる。
だが、先程の思考が頭を巡り、典人は苦笑する。
「そんなに意気込まなくてもいいから、結界を近くで見に行くだけだからもっと気楽に行こうね」
「分かりました! お任せください旦那様」
より一層絡みついた腕に力が籠められる。
だが、ふと祈世女の足元を見ると裸足であることに気が付いた。
「祈世女ちゃん、裸足じゃないか!」
「大丈夫です! わたし熊野街道から上野の里くらいまでなら、裸足で走った事もありますから」
祈世女は自信たっぷりに輝かんばかりの笑顔で応える。
「いや、凄いけど駄目だから! 折角の綺麗な足が傷付いちゃうでしょ。何か履いてきて、ねっ」
祈世女が、何故裸足でそれ程の距離を走ったのか? その目的が何の為で会ったかは知る由も無かった典人は真剣に心配して諭すのであった。
「そうですか。旦那様がそこまでおっしゃるならわたし従います。それに綺麗な足だなんて! ポッ」
両手を頬に添え、顔を赤らめてくねくねとしてから「急いで履いてきますね」と言って、物凄い勢いで走って行ってしまった。
(大丈夫かなあ)
一抹の不安を覚えつつも祈世女の返事に典人は笑顔を作って見送った。
「生卵」
ふと、後ろから声が掛かる。
いつの間にか七歩蛇の七帆が後ろに寄ってきていた。
「ああ、見つかると良いな」
典人は少し驚きはしたものの、今朝も似たようなことが有ったので、動ずることなく七帆の方を振り向いて軽く笑顔で応える。
「ウン」
「卵とな。妾もほしい」
妖狐の璃菜も白いフサフサの狐耳としっぽをフリフリやってきた。
「手に入ったら、早速梓に頼んで小豆飯を作ってもらって卵掛けご飯だ!」
「オオ!」
何やら二人で盛り上がっている。
その後から続いて覇里亜が淡々とした感じで歩いてきた。
「よろしく頼むよ。典人」
血のように赤い髪が軽く逆立っていて少し斜に構えた感じのする15歳くらいの美少女。
「ああ、こちらこそ」
典人のその返事には答えず、覇里亜は軽く髪をかき上げる。
「よろしくお願い致します御館(典人)様」
さらに千金と麗紀が揃って挨拶をしてくる。
「すみません。私が最後でしたか」
普段は生活系担当でメイド服を着ている油取りの亜鳥が着替えに時間が掛かったのか一番最後となった。
(女の子って服を着替えるだけで物凄くイメージが変わるよな)
亜鳥は普段? のメイド服から動きやすい服に着替え、特徴的なのは足にベージュの布を巻き腰には手差しを装備していた。
年齢的には典人と同じか少し上といったところか。普段から動きやすいように艶やかな長い油色の髪を両方にお団子を作ってまとめている
「いや、祈世女ちゃんが靴を履きにいってるからもう少し待ってて」
そう典人が言いかけた時、祈世女が走って行った勢いと同じ勢いで戻って来た。
「お待たせしました旦那様! これでいかがですか」
祈世女がその場でクルリと一回転して見せる。
祈世女の足元を見れば、確かに山歩きに向いてそうだがデザインにも気を配ったような可愛らしい靴を履いていた。
(毎回思うけど、これって誰がデザインしてるんだろ? 今度、服飾系の子に聞いてみよう)
「うん、良く似合っているよ」
「そんなあ、えへへっ、ポッ」
祈世女が再び顔を赤らめてくねくねとし始める。
「典人様、これで全員そろったようですね」
麗紀が周りを見渡して言う。
「じゃあ、行くよ」
典人が軽く声を掛け歩き出す。
「「はい!」」
その後に続いて皆も砦の門に向かっていった。
砦の門を潜るとその外側の左右には『牛頭』の司宇と『馬頭』の真宇がそれぞれの武器、司宇が牛刀、真宇が斬馬刀を持ちながら門を守るために立っていた。
「「行ってらっしゃいませ、御主人様!」」
いつの間にか典人に対する呼び方が『御館様』から『御主人様』に変わっている。
(絶対、生活系担当のメイド服の子たちの『御主人様』とニュアンスが違うよな、あれ)
典人は顔を引きつらせつつ右手を挙げ門を通り過ぎた。
砦の前はちょっとした広場になっており、少し歩くとその先に橋が架かっている。
見れば、『橋姫』の姫刃が橋の欄干に腰を下ろして手を振っていた。
長い赤髪の髪の毛を五つに分けた頭には三つの炎をあしらったデザインのティアラを被り、両耳にも炎の形のイヤリングを付けている。
元は色白なのだろう、日に焼けた肌の部分と白い着物の袂からちらりと見える日に焼けていない白い肌の部分のコントラストが艶めかしさを出していた。
さらに艶めかしく足を組み替えたりもしている。
「典人様の無事のお帰りをお待ちしております。なんでしたら無事ご帰還を願ってお百度参りでも」
「そっ、それはちょっと遠慮しておこうかな」
「ではお見送りの舞などを」
「いっ、いや、そこまでしなくてもいいから。ちょっとそこまで見にいってくるだけだから、ねっ」
「そうですか。では、お早い帰りを」
「あっ、うん。行って来ます」
『橋姫』はいろいろな橋に存在しており、橋の守り神、嫉妬深い鬼女、愛しい人を待つ女性と幾つかの側面を持ち合わせている。中でも有名なのが丑の刻参りの原型となった橋姫である。
典人達は姫刃の見送りを受けながら歩き出した。
考えてみれば今更だが、典人はこの砦に召喚されてきて10日経ってようやく初めて砦の敷地内から出ることになる。
その事に気が付いて何かこう、身の引き締まる思いがしていた。
目の前には久々の日の光に精一杯両手を広げるかのように青々とした葉を湛えた木々が連なる広大な森が広がっている。
典人は立ち止まって何事か思い、晴天の空を見上げる。
雲一つない青空だった。
それから自分の周りを見渡す。
総勢8人。
『清姫』の祈世女、『七歩蛇』の七帆、『血塊』の覇里亜、『木霊』の麗紀、『油取り』の亜鳥、『藤原千方(藤原のちかた)の四鬼』の千金、『妖狐』の璃菜、そして典人。
今回、牢獄核の結界の境界に向かうのはこのメンバーである。
「さあ、行こうか!」
「「はい!」」
改めての典人の号令に皆がきれいに返事を返し、牢獄核の結界の境界に向かって森の中へと入って行った。




