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一所懸命★魑魅魍魎♪  作者: 之園 神楽
第壱鬼 百鬼繚乱編
17/94

第拾漆巻 気を鎮めないとヤバい!

第拾漆巻 ()を鎮めないとヤバい!


 典人のりとがこの砦に儀式『かもめ』によって召喚されてから一週間が経とうとしていた。

 面接をし、役割分担を決め、少しずつではあるが集団生活の形を作っていっている。

 そんな中、典人が提案したのが「出来るだけ三食皆で揃って食べること」であった。

 砦だけあって食堂は大きく、全員が集まってもまだ十分に余裕があるくらい広いのでうってつけだと思ったからである。

 役割分担の関係上や習性による生活リズムや生活スタイルの違いなどで、完全に全員が揃うのは難しいが、極力集まって食事がてらミーティングをして情報交換やコミュニケーションを計ろうと思ったからである。

 話し合いの度に『牢獄核ろうごくかくの間』や何処かの大会議室に集めてもらうのは手間だし効率が悪いからと思ったからではあるが、意図せず企業や自治体などで行っている事のあるランチミーティングのような形式を行っていた。

 そんなある日の昼食時。

「「いただきます!」」

 大食堂と言って良い程の広さの室内に一斉に声が響く。

 この辺は日本人気質を感じさせる光景である。

 自分で提案していて何だが、去年や中学の時に行った修学旅行の食事風景みたいだなと典人は思っていた。

 もっとも典人のかよっている高校も中学も当然共学で、こんな女子高みたいな眺めではなかったのだけども。

「そう言えば、食事って、今までどうしてたの?」

 異世界にも拘らず、目の前には小豆飯に豆腐のお味噌汁、おかずに砦の近くに流れる川で取れたという焼き魚という見事に純和風テイストが並んでいる光景に感心しつつ尋ねた。

 これは妖力で小豆洗いのあずさや豆狸の瞑魔めいまなどが穀物や味噌等を、水瓶のあやかしである瓶長かめおさ芽梨茶めりさなどが良質な水を提供してくれているおかげである。

「食事ですか? 皆各自で取ってましたね。基本的には私たち魑魅魍魎は食事を取らなくても、妖力だけである程度は存在していけますので」

 目の前で食事を取っていた長い灰色の髪をポニーテールにした典人と同じか少し上くらいの少女、『オボノヤス』の夜簾補やすほが答えてくれた。オボノヤスは山の中で出会うと霧を吹きかけて来て、道に迷わせると言われる妖怪である。

「じゃあ、もしかして食事を取るのって不要だったかな?」

 典人としてみれば見た目、普通の女の子と変わりないように見えるので、当然三度の食事は必要ではないかと思っていたのだが、やはりその辺は違ったのだろうかと不安になる。

「いえ、取らなくても有る程度は大丈夫と言うだけです。この世界に飛ばされてこの身体になってお腹も減りますし、食べる事によって妖力の節約にもなりますから」

 典人はその言葉を聞いて少し安心した。今のところ、食事を用意するのも食材を妖力で生み出せる梓のような日常生活でも食事関係の担当の子たちの妖力に頼りきりになる為、もしかしたら余計な事をして負担を増やしただけではないかと心配になったからである。

「ところで、節約になるって、どのくらい?」

「難しい質問ですね。そうですね、一概には言えませんが、私たちはそれぞれに得意の妖力を使った技を持っている事はご存じの通りですが、存在を維持するのにも妖力が必要となります。得意な技、私の場合は口から霧を発生させる事が出来るのですが、こういった得意の技に使う妖力は比較的少なくて済みますが、存在を維持するために用いる妖力はかなり必要となります。それが食事を撮ることによって、私の場合、半日くらいは抑える事が出来る様になりますので」

「全体的な効率は良くなるわけか」

「ええ。それに存在維持に使うよりも、得意な技に妖力を使った方が活性化もしますし」

「典人様が来るまでは妖力の補充が出来ず、存在の維持にだけ妖力を使っていたから皆心身ともにボロボロだったんですよ。文字通り身を削って爪に火を灯す思いで凌いできましたから」

 オボノヤスの隣で聞いていた墨を垂らしたように美しい長い黒髪の16歳くらいの少女、『すずりの精』の鈴璃すずりが話に加わって来た。

「なら良かったよ」

 自分のした提案がどうやら功を奏している様でホッと胸を撫で下ろす典人であった。

「ねえねえ、のりとおにいちゃま、だっこちて」

「えっ?」

 そう典人が安堵していると、いきなり横から可愛らしい声が掛かった。

 見れば横には『木の子』の木の実(このみ)が典人の袖をクイクイと引っ張りながらニコニコとした屈託のない笑顔を浮かべながら立っていた。

 もちろん、今回はちゃんと服、蒼いワンピースを着ている。

「のりとおにいちゃま、だっこちて、おひざのうえにのせて、ごはんたべさせて」

「えっ? えっ?」

 木の実の突然の申し出に戸惑っていると、更に反対側からも声が掛けられた。

「木の実よ、抜け駆けはズルいのじゃ。妾も抱っこを所望するのじゃ」

 典人が困惑していると反対側からトテトテと『山姥』の麻弥刃まやはが寄って来て、木の実とは反対側の膝によじ登ろうとしてくる。

「ちょっ」

「わたしも良いですか?」

 小学生高学年くらいの見た目のわりに胸がかなり大きい女の子、『糸取りむじな』の射鳥いとりも何時の間にか寄って来ていた。糸取り貉は行灯を持ち糸取り車を回す女性に化けた妖怪である。

「じゃあ、ぼくも。本当は肩車が良いんだけど」

 黒髪をショートカットにしたボーイッシュな女の子、『古籠火ころうか』の呼呂ころも参加する。『古籠火ころうか』は石灯篭いしとうろうの上に乗り、口から火を吐いた姿で描かれている妖怪である。

「のりとさま、あたちもあたちも。あたちはおんぶのほうがよいけど」

 小さいのに狸系の妖の特徴なのか胸が大きい『赤殿中あかでんちゅう』の灯狸あかりも袖を引っ張り要求する。

「典人お兄さん、わたしも座りたいです」

「旦那様、妻である私も」

「ボクもボクも」

 さらに『ケセランパサラン』の世良せら、『清姫』の祈世女きよめ、『コボッチ』の千補ちほがそれに続く。『コボッチ』は人に憑依したりして悪戯をする妖怪である。

「えっ、ちょっ、待っ!」

 典人が制止する間もなく、見事にお子ちゃま系の子が我も我もと群がって来る。

 さながら膝の上の妖怪陣取合戦である。

 典人はこういう時の小さい女の子の扱いはあまり慣れてはいなかった。

 精々、年に1・2回田舎の爺ちゃんの家で親戚一同が介した時に会う従妹のちびっ子たちの相手をするくらいしか機会がなかったからだが。

 故にあたふたとするばかりで一向に収拾がつかない。

 そんな時である。

「それじゃあ、わっちもおねだりしちゃおうかなあ」

 横合いからいきなり典人の首に腕を絡めて来て胸を押し当てて耳元で歌うように囁く、年少組とは明らかに違う女の子がいた。

 長い黒髪をツーサイドアップにし赤い玉の飾りで止め、流した後ろ髪も同じく赤い玉の飾りで二つに束ね、耳にも同じ赤い玉のイヤリングを付けた、赤い瞳の怪しい美貌を持った、見た目16歳くらいの少女。『絡新婦じょろうぐも』の紫雲しうんである。

 そして、わざと耳に甘い吐息を吹きかける様に再び囁く。

「の・り・と・を・た・べ・た・い・な」

 蠱惑的な笑みを浮かべ典人の頬に掌を添え、自分の方へ典人の顔を向けさせようとする。

 外見は年下に見えるのだが、その怪しい妖艶さは小悪魔的後輩と言ったイメージだろうか。

 本質は蜘蛛の雌なのでこの発言は雄としては非常に危険なのだが、紫雲のせいで典人は現在、雄として別の危機に瀕していた。

(うおわ! これヤバい! 膝にちびっ子載せてるのに後背の禁断の二つの山に、俺の活火山が! 活火山がぁあ! 避難誘導が間に合わないぃ!)

 紫雲の胸は普通といった程度ではあるが、当て方がやけに巧みで只押し当てて来るのではなく、微妙に緩急をつけて圧力を変化させているのである。そんな高等テクニックに免疫の有るはずもない典人としてはこの先起こるであろう個人的阿鼻叫喚の地獄絵図を幻視して必死に耐えるので精一杯であった。

「紫雲さん、おふざけが過ぎますよ。そんなに纏わり付いていると、典人様が食事を取れないではありませんか」

 そこに立っていたのは『なまはげ』の愛刃まなはであった。

 怒っているような口ぶりではあるのだが、不思議と何処と無くではあるが口調には棘が感じられない。

「は~い、あぁあ、怒られちゃった」

 大袈裟に嘆いて見せた紫雲は、やけにあっさり典人から離れ、わざとらしく肩をすくめ大きく両手を広げて見せる。それもわざと自分の胸が上下に揺れる様に計算してである。

(はあ、はあ、はあ、喜起一発だった)

 間違い、危機一髪である。

 心の中で肩で荒く息をする典人。

「典人、続きは、こ・ん・ど・ね」

 そう言うと紫雲はウインクをしつつ投げキッスをして自分の席へと戻って行った。

「のりとおにいちゃま、たべにくいの?」

 今のやり取りを聞いていた木の実(このみ)が不安そうに見上げて来る。

「う~ん、皆で乗っかられると、ちょっと食べにくいかなあ」

「そっか、じゃあ、あたちがまんする」

「妾もじゃ」

 同じく隣で聞いていた麻弥刃も典人の膝の上から降りる。

 それに続き皆しょんぼりした様子ではあるが大人しく典人から離れていく。

 その様子を見てちょっと申し訳なくなった典人は、

「全員だと困るけど、一人ずつならいいよ」

「ほんと!?」

「ああ、順番でね」

「「は~い」」

 年少組の子たちが笑顔で応えていた。


   ◇


「お疲れ様でした、愛刃まなはさん。それにしても年少組は兎も角、まったく、鈴姫すずひめといい、紫雲といい、御館様にご迷惑をおかけして……」

 『川天狗』の天音あまねが出迎え、先程の光景の不満を口にする。

「治まりましたね」

 『垢舐あかなめ』の亜華奈がお茶を注いで愛刃に差し出す。

「有難うございます亜華奈あかなさん」

 戻って来た愛刃が席に着くとお礼を言って湯呑を受け取り口を付ける。

「紫雲さんのおかげですね」

 一息ついてから愛刃が口を開く。

「えっ?」

 天音は思わず疑問の声を出し、心底分からないと言った表情を浮かべていた。

「あれは多分自分が悪者になって年少さんたちを止めさせたんだと思いますよ」

「何でそんな回りくどい事を」

「反面教師でしょうかね」

 お茶をさらに一口含んでから愛刃が話を続ける。

「どうも私たちは容姿が変化してから、この姿に精神が引っ張られている節が有ります。もともと人型の者も同様に年相応、見た目相応に振る舞おうとしている感がありますね」

「まさか? わざと自分が怒られるように仕向けて、角が立たないようにしたとでも?」

「ええ、まあ」

「愛刃さんのかぶり過ぎでは?」

 天音あまねが疑問を呈する。

「これでもなまはげの端くれですよ。慧理さとりさんの『さとり』程ではありませんが、いろいろな人の家を巡り、相手の悪事や嘘を聞いて回っていましたのでそれなりに見抜く力はあるつもりですよ」

 愛刃はチラッと紫雲の方を一瞥してから視線を天音たちへと戻す。

「あの子の世間一般のイメージは『悪女』ですからね。それでも困っている典人様の為にと動いたのでしょう。まったく器用何だか不器用何だか」

 不正や善悪を見極める事に長けたなまはげの言葉は、それなりの説得力を持ち天音の心に響いたようで、天音は何事かを考えていた。

「……ちゃんと理解しようとしなければ行けませんね」

「そうですね。だからこそ、貴方が最初に典人のりと様にお話ししたように、典人様にはすべてを包み隠さずお伝えすると決めたのではありませんか。私達には長くなり過ぎて解けなくなってしまったしがらみによる先入観を、典人様にはなるべく持たないでいただけるようにと」

 亜華奈が優し気に天音に語り掛ける。

「……そう……でしたね」

 天音はつぶやくと、ジッと手に持った湯呑を見つめていた。


   ◇


紫雲しうん!」

 紫雲が廊下を歩いていると遠くから呼び止める声が聞こえて来た

 紫雲には振り向いて誰かと確認する必要はなかったが、振り向けば、典人のりとが手を振ってこちらに掛けて来るところであった。

「典人、どうかしたの? もしかしてさっきの続きが早くもしたくなっちゃった?」

 紫雲は妖艶な笑みを浮かべて少し肩を見せる様な仕草をする。

「紫雲、さっきはありがとうな」

 茶化す様に問いかけた言葉を気にせず典人が投げかけて来た言葉。その言葉に動きを止める紫雲。どうやらいきなりお礼を言われるとは思ってもみなかったようである。

「何の事?」

「正直、小さい子の扱いとか慣れてなくてな。素直に助かったよ」

 しらばっくれようとする紫雲の言葉を気に留めていないのか、後頭部を掻きながら勝手に話を続ける典人。

「あっ、悪い、急ぎの用の途中だったんだ。それじゃあ」

「ちょっ」

 典人は言いたいことだけ言うと、紫雲の言葉を聞かずに走り出してしまっていた。

「それから」

 ふと、典人が一度立ち止まって振り向く。

「背中から抱きつくの、いつでも大歓迎だからな」

 そう、言う事だけ言って、廊下の向こうへと走り去ってしまった。

 取り残された形で、しばらく呆気に取られて佇んでいた紫雲はやがて、

「ふっふっふっふっふっふっ、あはははははははっ!」

 とても楽しそうに笑っていた。

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