第拾陸巻 気分転換、砦探索
第拾陸巻 気分転換、砦探索
百人の魑魅魍魎の女の子たちに召喚されて次の日。
怒涛の百人名付け『百鬼昼行』を終え、翌日からそれぞれの女の子達一人ひとりからの面接を行なって、一応の役割の振り分けを行ってから、更に数日が経過していた。
砦の周りの様子も確認しに行かなければならなかったが、一日目以外ずっと雨となり、それは今でも続いている為、未だ周囲の探索は出来ていない。
「まあ、この雨じゃあ、丁度良かったかな」
砦の廊下の窓から、ずっと降り続けている雨空を恨めし気に眺めながら典人はここ数日の事を思い出していた。
まだ、砦内も面接で殆ど見てないし、一先ずはそう言った事から把握していこうと典人は考えを切り替えることにした。
まずは自分の……と言うか緒札の能力からかなと考えた典人。
この雨なら『傘さし狸の抑止力』の緒札が役に立つかもと思って試してみたが、何の反応も示さなかった。
どうやら使い方が違ったらしい。
緒札の中で変わった事と言えば、『青行燈の呼び声』の能力だと考えられる心の中にある百本の蝋燭の2本目が消えていた事である。
予想が外れた事もある。
レベル1の際、つまり一番初めのときは『牢獄核』から巴のような勾玉のような形状の物が典人の身体の中に入って来たので、てっきりこれを全て取り込むことが目標かと思い、今回も入って来るのかと思ったのだが、今回は蝋燭の火が消えた感覚がしてもその現象は起きなかった。
これに関しては典人は少し恥ずかしさを感じている。
100人の女の子の前で、恰好を付ける形で言い放った事が、いきなり見当違いだったということになったからであるが、あの時は……今でも分からない事だらけなので、これも仕方がないと割り切ることにした。
「これでレベル2ってとこか。レベルが上がる条件や上がった事による効果や変化は、まだ良く分からないけど。にしても、修行したり戦ったりしないとレベルが上がらないって訳じゃなくて助かった。もしそんなのだったら、今のオレなら間違いなく速攻で死ぬな」
よくある少年漫画の主人公の様な限界ギリギリ、命懸けな修行を経て高みに至るみたいな条件だったら、はっきり言って無理。一介の高校生になに望んでんだよと叫ぶしかない典人であったが、これならば、まだ望みはありそうだと考えた。
「何でしたら、私たちが典人様を鍛えて差し上げますわ」
「そうですね。よろしければ、僭越ではありますが私達がお手伝いさせていただきますが?」
何気なく言った独り言の様なものなのだったが、いつの間にやら近くで聞いていた『雪女』の淡雪と『川天狗』の天音が反応して話掛けてきた。
「えっ、あっ、えっと、申し出は嬉しいんだけど、ほら、天気も悪いし、また機会が有ったらね。あははっ」
典人は愛想笑いを浮かべて誤魔化す様に頭を掻く。
「それでしたら『牢獄核の間』でもよろしいかと。元来あの場所は、訓練場の様でしたし」
天音が何処か嬉しそうに提案してくる。
山伏の流れを引き、厳しい修行や戒律を是とする川天狗の天音としては典人がやる気になってくれる事は歓迎すべきことである。
悪気はないが全力で応援しようという姿勢が全身から溢れているのが典人には幻視出来た。
「そっ、その、何だ、砦の事とか、周りの事とか、皆の事とかもやらないといけないから、もうちょっと落ち着いてから頼むよ」
典人はワタワタと慌てて言い訳を口にする。
本来日本の高校では典人は帰宅部であった。
それではまずいと一念発起し、何かしようと考えて実行したのが今回の歩き旅だったのだが、何処をどう間違えたか異世界に招かれ、今日に至っている。人生は摩訶不思議に満ちているとしみじみと実感する今日この頃であった。
「そうですか。いつでも言ってくださいませ、御館様」
少し残念そうに天音が応える。
「じゃ、じゃあ、ちょっと砦内を歩いてくるよ」
申し訳無さを感じつつ、典人は廊下を歩きだす。
「「行ってらっしゃいませ」」
淡雪と天音、二人の見送りの声を背にそそくさとその場を後にする典人であった。
その後は典人は廊下を食堂に向かって歩いていく。
そろそろ昼時なので、少し早いが様子見がてら、顔を出してみようと思ったからである。
その道すがら、ここ数日に掛けて行った面接に付いて振り返る。
個々の特徴は後で追々把握していけばいいとして、全体としては典人は心の中で医者かミスコンの審査員にでもなった気分だなと思っていた。
前者は、全員の特徴何かを書いているのが、まるでカルテを書いているお医者さんみたいだったし、後者は現れる女の子女の子が皆、町中でもなかなかお目にかかる事のできないくらいとんでもなく可愛い子ばかりなのである。
前者の心境と合わせて身体測定をいずれしたいという妄想にかられそうになるのはいたしかたのない事であろう。
「やるべき優先度としては上位かな」
思わず呟きに出てしまう典人。
実際には今やるべき優先順位としてはそれ程高くは無いはずであるが、その妄想を健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
◇
典人は更に食堂に向かう途中、砦の廊下を歩きながら各部屋に付けられたネームプレートを眺めていた。
そこには典人が一日目に名付けた女の子たちの名前が書かれている。
これは主に『硯の精』の鈴璃と『画霊』の麗華、あと『一本だたら』のいほらが早速協力して各自の部屋にネームプレートを作ってくれたおかげである。
『硯の精』は源平合戦の平家の霊が硯に宿ったとされる妖であり、『画霊』は絵の付喪神で絵を大事にするように警告を発する妖とされている。
『一本だたら』は比較的名が知られていて、刀鍛冶をはじめとする工芸の神や妖とされている。
「流石それぞれの分野のエキスパート。仕事が早い」
知ったような口ぶりで典人が呟く。
典人は長く並ぶ扉を眺めながら、ネームプレート一つ付いただけで、何と無く『他所の砦』から『自分たちの居場所』になった気分を感じていた。
◇
典人が食堂にたどり着き部屋の中に入ると、女の子たちが右へ左へと忙しそうに動き回って働いている光景が目に飛び込んできた。
それは良いのだが……。
次の瞬間には典人の眼は大きく見開かれていた。
なぜなら、食堂の中にいる女の子たちは皆、同じ衣装に身を包み、忙しそうに右へ左へと動き回っていたからである。
今まで奇瑞気儘、好き勝手に過ごしていたと言っていた魑魅魍魎の女の子達。最初『牢獄核の間』で典人が見た時も当然着るものもてんでバラバラだったのだが、一体どうしたのだろうと典人はその様子を凝視していた。
その姿は若草色のメイド服にミニスカート、白いハイニーソとエプロンドレス、頭にはホワイトブリムを着用と言うなんとも「何処のメイドカフェだよ!」と言わんばかりの可愛らしい系のコスチュームであった。
「津渦波ちゃん、平皿とお椀を各101セット、机に並べておいてくれますか?」
『小豆洗い』の梓が奥から声を掛ける。
「は~い、おまかせあれ!」
それに応えて緑の髪を後ろに円形のバレッタで止めている『河童』の津渦波と呼ばれた少女が何処からともなく取り出した食器類を次々とテーブルの上に並べていく。
「1ま~い、2ま~い、3ま~い……」
「津渦波ちゃん、それキャラが違うよ」
小さいながらも愛らしくメイド服に身を包んだ『座敷童』のさきらがすかさず津渦波に指をピッと刺し突っ込みを入れていた。が、こちらはどう見てもメイド服に着られているという感じの微笑ましさが先に立っている。
「ねえ、爽さん」
「はい、何でしょうか御主人様?」
典人は丁度近くにいたおしとやかそうな茶色の髪のメイドさんに声を掛ける。
典人が話掛けているのは『宗旦狐』の爽である。茶道の基礎を固めたとされる人物・千宗旦に化けるという化け狐で稲荷として祭られてもいる。
「何で皆揃いのメイド服を着ているの?」
典人が室内を見渡せば、今見る限り、役割分けで生活面を担当してもらうことになった子たちが、皆お揃いのメイド服に身を包みせっせと働いている光景が広がっている。
この分だと、他の場所で仕事をしている生活面担当の子たちも同じ恰好をしているに違いない。
「西洋風の廃砦ですし、この方が合うかと」
「いや、合うか合わないかで言えば、皆すごく似合っているんだけど、そういう意味じゃなくて
「お嫌いでしたか、メイド服? それともクラッシックな物の方がお好みでしたか?」
「いや、好きか嫌いかで言えば、ものすご~く好きなんだけど、そういう意味じゃなくて。こうなった経緯をね」
爽の話によると、どうやら『機尋』の千尋や『絹狸』の絹姫、『絡新婦』の紫雲、『髪切り』の桐霞や『糸取り貉』の射鳥など服飾系の妖力を持つ女の子や裁縫ができる女の子たちが中心となって率先して作り始めたらしい。
この中で以前の話には出ていなかった『絡新婦』は妖艶な美女に化けられる蜘蛛の妖怪で、『髪切り』はいつの間にか髪を切り取られているという現象を起こす妖であり、『糸取り貉』は行灯を携えた女性が糸車を引いている姿で現れる化け狸や貉の妖である。
「流石それぞれの分野のエキスパート。仕事が早い」
妙に感心してしまう典人であった。
「妖怪の業界も日々進歩していますから」
「進歩でいいのか、これ?」
「進歩です!」
(きっぱり言い切りましたよ、この娘さんは!)
その間にも昼食の用意は着々と進んでいくのであった。
◇
典人は昼食を終えて、気分転換と腹ごなしを兼ねて砦内を探索する事にした。現在はあちこち徘徊中である。
折角のファンタジーな西洋風の砦なのだから、探検しないなんてもったいない。
高校二年生とは言え、やはり男の子の冒険心がムクムクと頭を擡げて来るのはどうしようもない事であろう。
「ふ~んふん ふっふん♪ おっ! 宝箱発見!」
ある空き部屋に入ると、目の前には如何にも西洋風ファンタジーRPGゲームに出て来そうな宝箱が鎮座していた。
典人は宝箱の目の前まで歩みより、様子を伺う。
(まさか、ゲームのダンジョンの宝箱じゃあるまいし、砦の中なんだから罠とかないよな)
そう考え、案の定鍵の掛かっていないことを確認した典人はその箱の蓋をゆっくりと上に開いていく。
すると、
「……」
「……」
中には赤い髪の女の子が膝を抱えて丸まって入っていた。
『衣蛸』のこころである。
『衣蛸』は京都府伊根湾に伝わる妖怪で、普段は貝殻の中に入ったまま海を漂っており、近くを船が通ると衣の様に広がって人や船を海中に引きずり込むと言われる妖怪である。
「……」
「……」
こころと目が合う。
「……」
「……失礼」
「……いい」
典人は蓋をソッと閉じた。
そして十数秒後。
もう一度蓋を開ける。
「……うちはお宝?」
「お持ち帰りができればな」
「考えておくから、閉めて」
「ああ、悪い」
典人は再び蓋を閉め、踵を返してその場を立ち去ら、ず、即座に勢いよく蓋を開けた。
「じゃない! 出ろ」
「いやん、エッチ」
「そうじゃないだろ! 何やってるんだよ、こんな箱の中で!」
「うちは箱入り娘なのぉ」
「いほらさんに頼んで箱型のタコ壺でも作ってもらうか?」
「うちは自宅警備員なのぉ」
「ここは砦だ」
「うちは砦警備員なのぉ」
「何でそんな言い回し知ってるんだよ!」
「妖怪の業界も日々進歩してるのぉ。海で網に引っかかって、陸でネットに嵌ったのぉ」
「網とネットを掛けて、うまい事いったつもりか! お前のそれは退化だ! 退化! 砦警備員なら外の見回りでも行ってくるか?」
「……うちは宝箱警備員なのぉ」
「何だそりゃ?」
典人は引き攣った笑みを浮かべて返す。
この後、こころを宝箱の中から引きずり出すのにしばらく悪戦苦闘する典人であった。