第拾伍巻 気が多い
第拾伍巻 気が多い
「それじゃあ、枕返しちゃんは鞍魔でどうかな?」
「有難うございます! お昼寝から終身まで必要な際は何時でもご用命ください御主人様!」
「えっ、あっ、うん、ありがとう。その時はよろしく」
枕返しと名乗った少女は恐らく枕に関係する能力だからなのだろうと思ったが、ついついそのフカフカそうな胸元に目が行ってしまう典人であった。
あらぬ妄想まで浮かんできそうである。
健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
典人が妄想の住人になりかけている一方で、たった今、鞍魔と名付けられた枕返しの少女は一礼すると、長い黒髪を優雅に翻して列から外れていく。
その髪から漂う仄かな香りが典人の鼻孔を擽るが、その香りが落ち着かせると同時に何となく眠気を誘ってくるような空気を纏っていた。
「ふわあぁぁ」
典人は軽く欠伸をする。
(流石に疲れてきたかな?)
やっと7割と言ったところだろうか。
この名付けの『百鬼昼行』もようやく最終コーナーを曲がろうとしていた。
「えっと、次の子、どうぞ」
典人は気分を引き締め治し、次の子を呼ぶ。
「「「よろしくお願いします」」」
恰好も雰囲気も三者三様といった感じの子たちではあるが、とても仲良さそうに典人の前に並んで立っている三人の女の子。
右から、虎隠良、禅釜尚、槍毛長と名乗った少女たち。
外見は三人共、年のころは典人と同じくらいだろうか。
虎隠良と名乗った少女は黄色と黒の髪の毛が染めている訳でもないのに綺麗に分かれている。その頭には恐らくは虎耳が生えているのであろうが、顔の可愛らしさから言って、どうしても猫耳と称したくなる。腰には巾着を下げ、それと何故か庭を掃く熊手を担いでいる。
禅釜尚と名乗った少女は三人の中では一番落ち着いた感じのする少女で、前髪は茶色の髪を額が隠れるくらいに伸ばし、穏やかな目元が人を安心させる雰囲気を醸し出している。
槍毛長と名乗った少女は長い赤髪が目を引く女の子で、名前に付いている通り槍を担いでおり、こちらも何故か腰の辺りに木槌をぶら下げている。
パッと見、何とも三者三様でバラバラな取り合わせだなと典人は思った。
その関係性は不明だが、この三人娘は印籠の付いた熊手、座禅を組んだ茶釜、木槌の付いた毛槍の姿で、幾つかの絵に一緒に描かれている事が多い。
(仲良さそうだし、関係性が分かる方がいいよな……んっ? 三人とも名前に「よう」が付いてるな。よし)
「それじゃあ、虎隠良ちゃんが陽虎ちゃんで、禅釜尚ちゃんが陽泉ちゃんで、槍毛長ちゃんが陽槍ちゃんでどうかな?」
「「「ありがとうございます!」」」
揃ってお礼を言って列から外れる三人娘。
(こうやって見ていくと、バラバラだったとは言ってもそれなりに仲間同士で集まっていたりはするんだな。まあ、当たり前と言えば当たり前か)
百人の魑魅魍魎なんて一生涯のうちに正に一堂に会して眺める機会などまず有り得ない状況なのだが、仲良し三人組の後姿を微笑ましく見送りながらそんな感想を浮かべていた。
「えっと、次の子、どうぞ」
典人はあともう一息とばかりに次の子を呼ぶ。
すると、一瞬のうちに、
「金鬼!」
「火鬼!」
「水鬼!」
「土鬼!」
「風鬼!」
「隠形鬼!」
「「「「「「我ら! 藤原千方の四鬼!」」」」」」
背後でカラフルな色の付いた爆炎がドカーンと上がりそうな声と共に複数の女の子がそれぞれポーズを決めて典人の前に突如現れた。
「……はあ?」
典人はしばし口をポカーンと開けてその光景を見やっている。
「決まりましたね」
「パーフェクトだよ!」
「バッチリです!」
「完璧!」
「ナイスポーズだね!」
「悩殺間違いなし!」
呆気に取られている典人の反応はどこ吹く風と女の子たちはキャーキャーと今の登場の仕方に満足そうにはしゃぎながら感想を言い合っている。
「はっ! ちょっと待て! 四鬼って1、2、3、4、5、6人いるじゃないか!?」
どうやらようやっと再起動した典人が浮かんだ疑問を口にした。
「初めから六鬼でしたよ」
「あたしたち、常時四鬼で、時折交代制で入れ替わってたんだよね」
「でもよく数えれば六鬼いたの分かりそうなものですけど」
「昔の情報伝達網だからねぇ。それぞれバラバラに伝わってたまたま四鬼ずつしか伝わらなかったみたいだね」
「凄い偶然だよね。あはは」
「情報戦の勝利」
この『藤原千方の四鬼』は天智天皇の時代の伝説で、伊賀・伊勢を支配していた藤原千方という架空の人物とされる豪族に仕えた四鬼の事である。一節には忍びの元とも考えられている。
(仕えていた人がいた訳だから、それを残してあげた方がいいかなあ)
「えっと、それじゃあ、金鬼さんが千金さんで、風鬼さんが千風さんで、火鬼さんが千火さんで、水鬼さんが千水さんで、土鬼さんが千土さんで、隠形鬼さんが千隠さんでどうかな?」
「「「「「「はっ、謹んで拝領致します!」」」」」」
今までの姦しさは何処に行ったのだろうと疑問に思うくらいの神妙な態度で、片膝を突き頭を垂れて一斉に典人に礼を述べる六鬼。
その一糸乱れぬ統率の取れた行動はやはり主君を持っていた者ならではの雰囲気を纏った所作そのものであった。
考えてみれば、今までの魑魅魍魎の中に誰かに仕えていた、あるいは誰かに奉公していたというのは意外と少なかった。
そんな中で、集団で誰かに仕えていたというのはかなり稀有な存在であろう。
「おっ、おう」
典人はその真摯な態度にしばし飲み込まれ圧倒される。
だが、その次の瞬間には、
「せっかく名前を頂いたのだから、新しい登場ポーズ考えない?
「いいね、気分一新」
「じゃあ、個々の名乗りも考え直さないとですね!」
「順番どうする?」
「立ち位置も考え直そうか?」
「早速、作戦会議」
「「「「「賛成」」」」」
またもキャーキャー言いながらその場を離れていく6人娘を見送りながら、今度は違う意味でしばし圧倒され呆然とする典人。
「……」
(テンション高いなあ。それにしても姦しい×2の忍びってどうなんだろう?)
典人はちょっと話しただけだけど、大きなお世話かも知れないが、話の中で忍びと言っていたが、あれが忍びで良いのかと疑問に思ってしまう。まあ、切り替えの早さは忍びらしいとも思えなくもないが。
(地獄の門番もアレだったしなあ)
ここ数時間で魑魅魍魎のイメージがガラガラと音を立てて崩れていくのを実感する典人であった。
「えっと……次の子、どうぞ」
取りあえず気を取り直して、次の子を呼ぶために声を掛ける。
「「「「「「「次は私達の番ね」」」」」」」
(また、団体さん来た~!)
典人は思わず心の中で悲鳴を上げる。
別に嫌だという訳では無いが、独りずつ名前を付けて行くのでも頭を悩ませているのに、複数人を短い時間で一気に考えるのはなかなかに難しい。
「うっ! 同じ顔が7つ! 七つ子!?」
「「「「「「「私達は『七人みさき』なんだよ」」」」」」」
見事なビューティフルハーモニーで典人の反応に応じる七人みさきと名乗った少女達。
本来の『七人みさき』は四国地方・中国地方に広く伝わる伝承の亡霊や妖怪とされ、海辺や川辺に現れ、人を取り殺すと言われている。その数は常に七人で、一人取り殺されると七人みさきの誰かが成仏し、取り殺された者が新たに死んだ者の代わりに七人みさきに加えられてしまうと言われている。
なので、この7人の集団には元は関係性があった集団だったかもしれないが、恐らく現在は本来の関係性は皆無であろう。にも拘らず、ここにいる少女達は生き写しの様にそっくりな色白の肌をした黒髪の美少女七姉妹といった姿をしている。多分これも『牢獄核』に閉じ込めた者の仕業であると思われる。
「……ちなみに、見分け方は胸元のほくろの数。……鎖骨の辺りって言うのと典人はどっちが好み?」
「俺はどっちかって言うと……って答えるか!」
フォローの為にか、傍によって来た『覚』の慧理が耳元で教えてくれた。典人は思わず七人姉妹? の胸元を眺めながら大きさも同じくらいで見分けが付かないななどととぼけた考えに浸りそうになっていたが、慧理の誘導尋問? に気が付いて、ハッと我に返る。
「……ふむふむ、そうなんだ。典人はそっちか」
「「「「「「「ねぇ、まだ~」」」」」」」
「うわっ!」
慧理と掛け合い漫才の様な事をやっていると、いつの間にか前に並んでいた七人みさき達がぐるりと一周取り囲んでいた。
(7チャンネルサラウンドスピーカー!)
先ほどの『藤原千方の四鬼』……六鬼たちの一糸乱れぬ動きとはまた違い、こちらは息ピッタリと言う表現がしっくりくる動きである。
「よし! 胸のほくろの少ない順に、みさお、みさら、みささ、みさと、みさり、みさの、みさな!」
「「「「「「「おお~!」」」」」」」
勢いに任せた典人の名付けに、七人姉妹? から同時に感心の声が上がる。
その際、チャッカリ慧理から教えてもらったばかりのお得情報をしっかり活用している典人であった。
「……おらさとりのな(オラ、慧理の名)。もしかして、わたしの事好き?」
「偶然だ!」
相変わらずの慧理の突っ込み。
「「「「「「「有難うございます、典人様!」」」」」」」
「うわっ!」
(解っていても7チャンネルサラウンドスピーカーは迫力が違うな)
などと典人はその場から外れて行く7姉妹を見つめながら、微妙にずれた感想を抱いていた。
そして、この後も典人は面接をしつつ延々と百人(?)の魑魅魍魎たちの名前付けを行っていくのであった。
……。
……。
……。
「やっ、やっと終わったあ!」
机が有ったらその場に突っ伏したい気分の典人は思わずその場にヘタリ込んでいた。
よくよく考えれば、流れと勢いから始まったとはいえ、数時間休みなしで立ちっぱなしで名付ける必要は無く、何処かから適当な机と椅子が有れば運んできてもらえばよかったと、後になって思い付いて溜め息を漏らす。
それを可能にしたのは女の子たちが皆見ているだけで頬が緩みそうなほどの容姿をしていたからこそで、そうでなければ到底こなせなかっただろうなと、典人は振り返っていた。
「甘いものは如何ですか?」
突如、横合いから差し出されたお椀に、典人が驚く。
見れば、小豆洗いと名乗っていた少女が、典人の脇で身体をかがめてお椀を持って微笑んでいた。
「これは……おしるこ?」
「はい。妖力で出した小豆を、砦の調理場を使って造ってみました。どうぞ、お腹に貯まると思いますよ」
大きな瞳をクリッとさせて小豆洗い、梓という名を貰った少女が微笑んで言った
「お疲れ様でした」
「咄嗟の思い付きで良い名前が思いつけなかったかもしれないけどね」
お椀を受け取りながら、照れくさそうに典人が答える。
「ふふっ、そんな事ありませんよ。皆喜んでいますから。本当に有難うございます」
周りを見渡せば、皆思い思いの場所で、『座敷童』のさきらや『川天狗』の天音たちが配っているおしるこを受け取って食べていた。
と、典人の視線に気づいたのか、ホール内が一瞬静まり返り、次の瞬間、
『名前を付けてくれてありがとう!』
と、申し合わせたかの様に一斉にお礼の言葉が、典人に向かって飛んでくる。
それだけで、典人は今までの疲れが吹き飛んだ様な気がしていた。