第拾壱巻 今度こそ、気を楽に待とう♪ ……微妙な雰囲気
第拾壱巻 今度こそ、気を楽に待とう♪ ……微妙な雰囲気
「うちらも混ぜておくれでないかい」
その声と共に典人たちがいる地下の広間『牢獄核の間』に通路の奥から二人の女の子が姿を現した。
一人は黒髪ショートカットで肩に鼓を担いだ白い法被の様な衣装に襷を絞めた、典人と同じくらいの年頃の活発そうな見た目の少女。胸はそれなりに大きそうなのに晒で巻いただけでおへそは丸見え。それどころか下乳が見えそうである。更にそれを襷で腕周りを絞っている為より強調されて歩くたびに揺れている。
もう一人がさらに扇情的であった。
年のころはやはり典人と同じか少し上といったところか。錫色、言い換えれば銀灰色の長い髪を後ろで水引の様に結び、両手両足には鈴が付けられている。
ここまではいい。
問題は衣装の方であった。
典人の第一印象で言うなら「際どい水着」である。全体的に包帯で水着の様に巻いた様な作りで、下は腰のところから股のところにVの字に巻かれ、上は首のところでクロスさせた布がそれぞれ胸を包むというより抑えるといった程度で後ろに回っているだけである。隣の少女の胸の大きさは典人の見立てでは垢舐めや小豆洗いと同等。それが襷によってより強調されているのに対し、この少女は明らかに前の三人より大きい。絹狸には及ばないまでもあれは扇情的というより圧巻と評した方がよいものであるから今は置いておくとして、それに良く引き締まった腰に肉感的なお尻から太腿までのラインが情欲を掻き立てるには充分であった。それが歩み寄ってくる度に柔らかそうに形を変える。ともすれば零れ落ちそうな危うさだ。
(はっ、鼻血が出そう)
典人は思わず鼻を抑えるべきかと考えたが、思い止まり、首の後ろをトントンと軽く叩くだけにした。
「虚空太鼓だよ。これから頼むね」
あっさりとした清々しい口調で挨拶をする虚空太鼓。
こちらも先の三人同様、典人は後で知ることになるが、『虚空太鼓』は安芸の宮島の軽業師の一行が運悪く瀬戸の荒潮を渡ろうとした際、嵐に重なり船諸共海中へと飲まれたとき、沈みゆく船の上で最後まで助けを求めて太鼓を叩き続けていたという悲劇から生じた妖怪で、旧暦の6月ごろになると瀬戸の海上で、何処とはわからない場所から太鼓の音が聞こえてくるというものである。
どうやらこの虚空太鼓という少女はやんぼしと違い、見た目通り正真正銘体育会系活発少女で間違いなさそうだ。
「初めてご挨拶させていただきますわ。鈴彦姫と申しますの。以後、よしなに」
虚空太鼓に続いて鈴彦姫が文字通り鈴を転がしたような声で典人に挨拶する。
「あっ、二人ともよろしく」
こちらも同様に典人は後で知る事となるが、『鈴彦姫』は神楽鈴の妖怪で、天の岩戸に籠られた天照大神を諫めるために岩戸の前で妖艶な舞を披露して周囲を魅了した芸能の神の天鈿女命との関連を示唆されている。
その鈴彦姫が優雅な所作で一礼している。だが、そのせいで、典人の位置からの角度的には大変なことになっていた。
(見ようによっては限りなく着てないに近い!)
典人はそれを食い入るように見ている。健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
「で、今から一興行打つんだろ? あたいたちも混ぜておくれでないかい?」
虚空太鼓が肩に鼓を担いだまま白い歯を見せ尋ねる。美少女ではあるがそれと同時に気風の良さも伺わせる動作である。
「虚空太鼓さん、興行ではありませんわよ。御館様の御前での奉納ですわ。御捻りとか期待しても無駄ですわよ」
「鈴彦姫こそ奉納は違うだろ。鈴彦姫の方こそ、ここでいきなり脱ぎだすんじゃないよ」
「脱ぐの!」
その言葉に典人が食い付いた。繰り返そう! 健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
「ええ、御館様の前でしたらいますぐにでも。なんでしたらこの場で音楽と共に舞いながら披露いたしますわ」
「マジで!?」
その言葉にも典人が食い付いた。再度繰り返そう! 健康的な高校生の典人が拒否する理由は何もない! 断言しよう。断じて何も無い!
思わずいろいろな意味で前かがみになってしまう典人であったが、不意に鈴彦姫たちの後ろから声が掛かる。
「およしなさい!」
見れば、そこには鈴彦姫のすぐ後ろに川天狗が腰に手を当てて折角の穏やかな表情をかたくして立っていた。
「鈴彦姫さん、はしたないですよ。御館様は皆に話があって牢獄核の間にお集めになられたのですから」
川天狗はズンズンと鈴彦姫のもとに歩み寄る。
「あら、話し合いでしたらやはり、裸の付き合いが有効ですわ」
「どこがです!」
「そうですわねえ。例を挙げるなら、扉を開いたり、道を開けてもらったりでしょうか。心を開いてもらうには胸襟を開いて語り合うのが一番でしてよ。なんなら昨夜にしても心を閉ざされた御館様を……」
「そんな話し合い方がありますか!」
対峙する二人。
山伏の流れを引き、厳しい修行や戒律を是とする川天狗と、肌を露わにはだけさせることに忌避感の無い鈴彦姫では相性が悪すぎるのであろう。
「まあまあお二方共、今回はあたしが琴古主ちゃんと琵琶牧々ちゃんに弾いてほしいって頼んだんだよ。だから、鈴彦姫と虚空太鼓も、混ざるなら演奏だけにしておいてくれないかな」
やんぼしが二人の間に割って入り妥協案を提示する。にしても割って入るとはいっても、典人の隣にいた筈のやんぼしが、一瞬のうちに二人の足元に出来た影から出現して割って入ったのには典人は素直に驚いていた。これがどうやら彼女、やんぼしの妖力による能力の一つらしい。
「仕方ないですわね。そう言う事でしたら」
「……分かりました。収めましょう」
やんぼしの説得により一応はその場が収まる。
「露出狂め!」
少し離れてから川天狗が呟く。
「いやあ、昨日、御館様に自分たちが魑魅魍魎である事を証明するためとはいえ、いきなり服をはだけさせようとした川天狗っちが言うのはどうだろうね」
後ろを見ればニタニタしながらそれでも人懐っこい笑みと呼べる表情を浮かべてろくろ首が経っていた。
「あっ、あれは、勢いと言いますか、雪女さんに触発されたと言いますか……」
「私のせいにしないでほしいですね」
見れば、さらに後ろから雪女が楚々とした足取りで着いてきていた。
「あっ、その……御免なさい」
「ふふっ、冗談です。構いませんよ」
雪女が薄く微笑みながら川天狗たちの元に歩み寄る。三人が輪になったところで、
「まったく、これから御館様を盛り立てて日本への帰還の道を探らねばならぬという大事な時に」
再び川天狗が不満の声を漏らす。
「川天狗っちは生真面目だねえ」
「あの鈴彦姫がふしだら過ぎるんです!」
憤懣遣る方無いといった表情でチラリと鈴彦姫を見る川天狗。
「同感ですね」
そこに一人の少女が加わってくる。
年のころは見た目典人と同じくらいだろう。青白い髪をショートボブにし、肩にはボア付のショールの様な物をはおり、足には同じくボア付のレッグウォーマーの様な物を履いている。
「なまはげさん」
雪女が反応し少しスペースを開けて招き入れ、4人で輪を作る形となる。
「私たちの大半は基本的に何かに執着しているが故に妖怪化したものですからね。無念、怨念、執念、心残り……神や精霊から変化したものも、その念の強さは折り紙付きですよ。異世界に跳ばされてきて容姿や能力、性質が多少変化したとはいえ、その本質はそうそう変わる物ではないでしょう」
「それが故に相容れない、ですか」
なまはげの言葉に雪女が続ける。
「ええ、縄張り争いにはじまり、種族間の不和、性質の相違、果ては国津神と天津神の確執に類するものまで、ここには無秩序に跳ばされてきた魑魅魍魎が存在する事による様々な謂れ・因縁・故事来歴による問題が生じるのは、ある程度致し方ない事でしょう」
「それはそうだろうが、あれは御館様に悪影響が出かねぬ。昔であれば御館様の年頃であれば問題もなかったが現代ではそうはいかぬ。我々が日本に戻った時に御館様に悪影響が出ていたらどうするつもりだ?」
「本当、川天狗っちは生真面目だねえ。その時は川天狗っちが面倒を見て上げればいいんじゃない? あたしも手伝うからさあ。鈴彦姫にも手伝わせれば良いし」
「それじゃ何も解決になってないでしょうが!」
「ほらほら川天狗っち、折角の癒し系が台無しだよ」
「だから!」
「こらっ、言ってる傍から我々が不和を起こすわけにはいかないでしょ? 川天狗、あなた自身御館様を盛り立てて行かなければと言ったばかりではありませんか。今は悪影響ばかり気にしてないで、我々を知ってもらうことから始めましょう」
「はあ、本当に個性が強い分、まとめるのはかなり難しいでしょうね。御館様のこれからの気苦労が忍ばれますね」
雪女がその幼げな顔立ちに、文字通り白い溜め息を漏らす。
「さっきの川天狗っちと鈴彦姫ちゃんみたいにね」
「ろくろ首!」
からかうろくろ首に抗議の声を上げようとした川天狗だったが、ろくろ首の表情を見てその言葉を飲み込んだ。
「さっき、呼びに来た覚っちから聞いたんだけど、御館様はこれからのことについて悩んでいたみたい。昨日は自分が成り行きで仕切ったみたいになってたけど、それでいいのかって? 自分には何が出来るのかって?ただの高校生じゃあ、何も出来はしないんじゃないか? って」
「覚さんが……それは……牢獄核を作った者の意図は測りかねますけど、御館様が私たちにとって大切なお方であることは間違いありません」
「そうだね。でも、本人はたまたま偶然呼ばれたと思ってるみたいだよ」
「そんな筈はありません! 何らかしらの御役目を背負って来られたに違いありませんから! それをご理解いただければ必ずや……」
「何らかって、何ですか? それ、証明できます?」
「それは……」
雪女の短いが鋭い質問に川天狗は言葉を失ってしまう。
「あたしたちが理解していないんだ。それを御館様に納得してもらおうと思っても無理が出るんだよ」
「川天狗、あなたのそういう怠惰を良しとしない気質は好ましく思いますよ。ですが今までは皆バラバラだったのです。一先ずは焦らずゆっくりやっていくのが良いと思います。御館様にはその間で少しずつ成長していって頂きましょう」
「とは言っても鈴彦姫ちゃんや絡新婦ちゃんとかだと淫蕩の世界に浸り込みそうだけどねえ」
「ろくろ首!」
「雪っちだって、何やかんやで甘やかしそうだよねえ」
「なっ! 何を根拠に」
「ツンクーデレ」
「なんですかその呼び方は!?」
皆の緊張をほぐそうとしたのか、ろくろ首の表情は先程までの真剣な面持ちは鳴りを潜め普段のからかう気満々のそれでいてどこか憎めない笑みに戻っていた。
そんなやり取りをしているうちにも牢獄核の間の入口からは、続々と女の子たちが集まってきていた。
典人の近くでは琵琶牧々、琴古主、虚空太鼓、鈴彦姫が演奏を開始している。
本来なら和楽器といっても琵琶、琴、鼓、神楽鈴といった変則的な楽器の取り合わせで演奏するのはかなり難しいと思われるが、流石はそれぞれの妖怪と言うべきか、見事に組み合わせて調和の取れた演奏を披露していた。
不思議なもので、典人が日本人だからかもしれないが、琵琶と琴、それに鼓と鈴の音を聞いていると、心が落ち着いて来る気がした。
どことなくさっき気味悪いと思っていた空間が清浄な空間へと変わった気さえする。
そうして、4人の演奏が始まり……
その演奏は女の子全員が揃うまで続いた。
心が洗われるような演奏が繰り広げられている最中ではあったが、その演奏を聞きながらも典人は先程の鈴彦姫の姿を思い出していた。まあ、これも一応、『心があらわれている』と言えなくも無い。
(取り敢えずこれは今日のウイニングショットだな。……ウイニングショットは一日に何回あっても良いもんだ!)
そして、先ほどの素晴らしい光景はしっかりと心のアルバムに加えることを忘れなかった典人であった。
川天狗の懸念は案外手遅れで、この先も続いていくのかも知れない。