第拾巻 気を楽に待とう♪ ……あれっ?
第拾巻 気を楽に待とう♪ ……あれっ?
牢獄核に引き寄せられた100の魑魅魍魎の中には、典人の聞いたことのない名前もかなり多かったため、彼女たちの事を知る上でも、女の子たちの面接を行うと言った典人は早速垢舐めたちに全員を牢獄核のあるこの地下空間の広場に集めてもらうように頼んだ。
まずは一旦全員に説明しようと思ったからである。
それにしても、他の女の子たちは一体全体何処に行ったのだろうか?
ここに来るまでの間にも、出会ったのは典人の部屋の前でぶつかりそうになった『覚』と、この空間で牢獄核を見上げていた『絹狸』だけで、後はここまでの通路はおろか、廊下から見えた窓の外にすら他の女の子を見ることが無かったのである。
典人も悪いとは思ったのだが、他の女の子たちが何処にいるのかが分からない以上、垢舐めたちに任せるしかなかったというわけであった。
5人が典人の頼みを快く承諾し室内から出て行くと、当たり前だが典人一人になり、ただでさえだだっ広い空間内は音を失くしたかの様に静まり返っていることに、典人は改めて気付かされる。
(それにしても、本当に広いよな)
典人は呆然と辺りを見回す。
この巨大な空間は果たして何に使われていたのであろうか? 地下貯蔵庫にでもしていたのだろうか?
石造りの地下空間のせいか、空間内の空気はかなりひんやりして冷たい。この異世界に転移させられて来た時、元の日本の季節は夏。典人は夏服なのでかなり肌寒く感じていた。ふと、昨夜はそんな事を感じている余裕も無かったのかと改めて気付かされる。
光源は淡く紫色に灯る牢獄核のみ。結構高い所に位置し中央のため、隅々の方はおぼろげに見える程度である。
幻想的に見えなくもないが、そんな薄暗い地下空間に一人きりである。思うことは誰でも大体変わらないのではないだろうか。
(昨日は感情が高ぶっていて気にもしてなかったけど、改めて見て見ると気味悪いな。廃砦って言ってたし、昔、ここで戦争でもあったのかな)
「……なんか出て来そうだよな」
言葉が独りでに漏れる。なんかは出まくっているので今更なのだが
「「出て来そう」って何が?」
「うわああぁあ!」
「うわああぁあ!」
声を掛けた方も掛けられた方も驚いてその場を一歩飛びのき身構える。
と、お互いに目が合う。
「ああ、ビックリしたなあ。御館様驚かさないでよ」
女の子は胸を押さえて軽く抗議する。が、さして怒っている様子はなさそうだ。
「はあ、はあ、驚いたのはこっちだ! いつの間に後ろに来たんだよ、って、君誰?」
一方、典人の方はといえば相当驚いたのだろう。肩で息をしながら反論するが、ふと今まで会って話をした事のある子ではない事に気付き尋ねる。
「ああ、ゴメンゴメン。相手が気にしていないとあたしも意外と気にしないもんだからさあ、ついね。あたしは『やんぼし』。よろしくね御館様」
「よっ、よろしく」
そう言ってニコニコとあいさつをしてくる女の子を見る典人。黒髪を肩口辺りで乱雑に切っている感じではあるが、快活そうな印象を受けるこの子にはピッタリと合っている気がした。見た目15・6歳位であろうか? 小柄で服装も黒い短めの着物で、その言葉使いから一見男の子っぽく見えるのだが、自己主張するところは大きいという訳ではないもののそれなりにあるので間違えはしない。
(『やんぼし』? えっと、どんな妖怪だったっけ?)
典人は考え込んでしまう。見た目は恐らくは何処かに名残があるのかもしれないが、垢舐めや小豆洗いの前例がある以上、すでにあまり当てにはしていない。
昨夜から現在までに典人が直接話した女の子は合計9人。座敷童、小豆洗い、垢舐め、雪女、ろくろ首、川天狗、紅葉の鬼、覚、絹狸。そのどれもがそれ程妖怪や精霊、神に詳しくなくても全国的にもそれなりに名前が知られている子、もしくは大体の当たりが付く子ばかりであった。
だけど、この子『やんぼし』には典人は思い当たる妖怪の知識が無い。
元より典人はそれほど妖怪や精霊、神といったものに詳しいわけではない。
一般常識? 程度といったものである。
典人は後に知ることになるが、『やんぼし』は九州地方に伝わる夜間の山道を歩いていると現れる影の妖怪で、その影に人をさらい引きずり込むと言われているものである。
「座敷童ちゃんが「話があるから『牢獄核の間』に集まってほしい」って言うから来たんだけど、どうやらあたしが一番乗りみたいだね」
そう言うと両手を腰に当てて足は肩幅に開いて立ち胸を反らすやんぼし。
「いやあ、あたし夜型でさあ。普段は暗がりの中で過ごしてるんだけど、日中は日の差し込まない所にいることが多いからねぇ、見つかり難いかも。今日はたまたま地下にいてさあ。なんか得した気分♪」
(何だこの子? 言葉と行動のイメージが物凄く合ってない感じがする)
典人の見立てではどう見ても陸上部とか女子サッカー部とか屋外系スポーツ美少女なのであるが、発言は引きこもりっぽい事を言っている。
どちらかと言えば、太陽の元健康的な女の子の汗の香りがしてきそうな子なのに、何か不健康な生活をしていそうな違和感がひしひしと伝わってくる。
(やっぱこりゃあ、それなりにちゃんと把握しておかないとダメだな)
改めて典人が面接の必要性を再確認していると、
カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ
入口の向こう。通路の奥からカツカツという靴音とは違う何か石の床を木の棒で規則正しく叩くような音が聞こえてきた。
それと共に、何かズルズルと引きずるような音もしている。
独りで聞いていたらかなり怖いかもしれない。
しばらくして、薄っすらとシルエットが見えて来た。
その影は一つ?
「琴古主ちゃん、ほら早く行こうよ!」
いや、二つ。
杖を持った女の子に引きずられる様に、いや実際に引きずられている女の子がこの部屋、やんぼしたちの間では『牢獄核の間』と呼んでいる場所に入ってきた。
「び~わ~ぼ~く~ぼ~く~ちゃ~ん、ひ~き~ず~ら~な~い~で~えぇ~」
悲鳴にしては妙に間延びした感のある声である。
「ほら、早く早く!」
そんな声にも気にした様子は無く、引きずっている女の子はズンズンと典人たちの元へと歩いてくる。
どうやら何時もの事らしい。
それにしても、片手に木の棒を持ちながら片手で女の子とはいえ、人一人を引きずって来ているのであるからかなり力の強い子なのだろう。そう言えば、座敷童もあの小学生の様な見た目で、高校生の典人をグイグイ引っ張っていた。妖怪は見た目と異なり力の強いものが多いのかもしれない。
「わ~た~し~、据え~置き~タイプ~なの~」
「いいからいいから早く行こう! それから琴古主ちゃんも折角人型なんだから自分の足で歩こうよ」
「だ~か~ら~、わ~た~し~、据え~置き~タイプ~なの~」
会話しながらもやはりズリズリと引きずられていく女の子。
「なあ、ちょっと。大丈夫なのその子? 思いっきり引きずってるけど」
典人は心配そうに引きずられている子を指さして尋ねる。
「大丈夫ですよ。何時もの事ですから」
(何時も引きずってるのか)
典人の方に向きも変えず言い放つ女の子。
「いや、引きずっている子が言うのはどうかと思うけど」
(あれ? この子、話してる時も全然目線がこっち見てない。杖と言いもしかして)
「御館様ぁ~、琵琶牧々ちゃんはぁ~目が見えないのぉ~。でもぉ~御館様のぉ~言葉をぉ~ちゃんと聞こうとぉ~集中する為に視線ではなくてぇ~耳を向けて目を閉じて俯いているのぉ~」
典人の怪訝そうな表情を見て取ったのか、ようやく引きずられている体勢から自分の足で立ちあがった女の子が説明してくれた。
「あっ、うん、解ったよ」
知らなければ勘違いするところだった。実際、障がいのある人はその行動に意味がある事を理解されないまま、誤解だけで決めつけられている事は多いようだ。健常者が自分の行動に照らし合わせて「あの障がいがあるからこうするに違いない」と決めつけて考えることが、実際は「障がいがあるからこそ、その行動はとらない」という事に気付かないまま、すれ違っていく。自分がもしその状況だったらどうだろうか? と、よく考えれば、すぐ解る事なのだろうが。
「ボクは琵琶牧々です。御館様、見ることはできませんが、どうぞよろしくお願いします」
「琴古主ですぅ~。よろしゅうぅお願いしますぅ~」
「うん、よろしく」
典人は改めて二人を見る。
『琵琶牧々』と名乗った少女は見た目13・4歳位だろうか。薄オレンジ色の髪を後ろ手一つに束ねている。着物は濃いめのオレンジ色で足元に向かう程植物、琵琶だろうかの模様が広がっている。全体の雰囲気としては庇護欲を掻き立てる感じのする子である。
一方の、『琴古主』と名乗った少女も同じく見た目13・4歳くらいだろうか。琵琶牧々よりは背が高くスレンダーな体つきをしている。髪の毛は紫色。かなり長いのだろうそれを綺麗に結い上げている様だ。着物も髪の毛と同系色の薄い紫色でまとめられている。琵琶牧々に引きずられてきた成果、若干髪の毛と着物が乱れてはいるが『しどけない』という言葉が似合いそうな雰囲気を纏っている。
二人とも色遣いが派手めにも関わらず佇まいを含めて楚々とした印象を受ける少女である。とても先ほどまで人を引きずっていたり、人に引きずられていたりしていたとは思えない淑やかさであった。
「どうやら、気配からしてまだ集まって来てはいない様ですね」
「あたしが一番! 琵琶牧々ちゃんと琴古主ちゃんが2番と3番だよ」
「そうですか。だとすると、全員が集まるまで、大分時間が掛かりそうですね」
「そうだね。衣蛸とか、引っ張り出すのに苦労しそうだし」
「木の子ちゃんとかぁ~逃げ回ってそうだもんねぇ~」
「「確かに」」
三人の間に笑いが起きる。
(タコ? キノコ? 妖怪かそれ?)
「そう考えると、どっちにしてもまだかかりそうだね。さっきは得したかもって思ったけど、そうでもなかったかな? ……あっ、そうだ! 良いこと思い付いた! お二方共、御館様のおかげで妖力は戻ってきているんでしょ。久々に何か聞かせてよ」
「そうですね。良いかもしれません。琴古主ちゃんやりましょうか」
「はあ~いぃ~」
「んっ、効かせる、琴に琵琶……って、二人はもしかして楽器の付喪神なのか?」
「はい。ご明察です」
ニコリと微笑み琵琶牧々が何処からともなく琵琶を取り出した。始めから持っていた様子は無かったから、というよりここに来る間は右手には木の杖、左手には琴古主を引きずっていたから、おそらくは小豆洗いと同じように妖力で具現化したのだろう。
(思い返してみると最初妖力を使って見せてくれたのは雪女ちゃんだったっけ)
昨夜は典人もまだ、この子たちが何処かのご当地アイドルグループか何かと勘違いしていたので、魑魅魍魎の類である事を信じていなかったから手品とかトリックだろうと思っていた。が、今はその誤解もなくなったので、疑うことは無い。
琴古主の方も気付けば、床には同じく何処からともなく典人の身長よりも長そうな琴が設置されていた。
「「では一曲、御耳汚しではございますが」」
二人が演奏を始めようとしたその時通路の方から
ドン! ドン! シャラーン
大気を震わす鼓の音と、その後に続く澄んだ鈴の音が響いてくる。
と共に通路の奥、廊下から歩いて来る二つのシルエットが見えた。




