#4-2 糞みたいに綺麗な世界で
彼女は朱く染まった世界で微笑んでいた。
涙が出てしまいそうになるくらい綺麗で、儚い世界で。
ごらん、世界は、美しい。
「夕焼け、綺麗だって、あなたも思うんですね」
もう一度彼女は口を開く。
満面の笑みをたたえながら。
風が彼女の髪を揺らしている。
長い黒髪だった。
まるで、そう、シンのように。
屈託なく、とても自然に笑う彼女の顔を、俺は直視することができなかった。
あまりにも、俺とはかけ離れている彼女。
よくわからなくなる。
どうしてここにいるのか。
こんな場所に、足を踏み入れたのか。
ここはシンに連れてきてもらった広場。
シンがいなくなって以来、一人で見続けた夕焼けがある場所。
神聖化された、完結した想い出。
複雑な葛藤が胸の中で暴れている。
一つは、俺とシンとの想い出の中に知らない誰かが入り込んできたこと。
一つは、そのことによってここが完全な場所ではなくなったこと。
一つは、彼女を破壊したいという欲求に駆られたこと。
一つは……。
「ごめんなさい。もしかして驚かせてしまいましたか?」
彼女の一言ではっと現実に戻る。
すでに夕焼けは薄暗いものとなりはじめていた。
余光もとっくに過ぎている。
「あ、あの……」
「――別に、驚いたわけじゃない」
冷たい風が、二人の間を走りぬけていった。
「寒そうな格好だな」
彼女が苦笑する。
薄手で淡い白のセーターに、膝上丈の黒系色のスカートを纏っていた。
「あなたは寒くないんですか?」
「別に、寒くない」
「ちょっと汚れてますよ? 転んだんですか?」
「そういうわけじゃない」
無言の空気が漂う。
それはシンと一緒にいたものとは明らかに異なものだ。
重い。
そして戸惑う。
「あの、いつもここにいるんですか?」
「そういうわけじゃない。今日だって、たまたまだ」
「そうですか……」
会話終了。
「あの、身長、高いんですね」
「あんたが小さいんじゃないのか?」
「あ、あはは……」
会話終了。
続くはずもない。
お互い初対面で、住んでる世界が違くて、共通点といえばここの夕焼けを知っているくらいで。
他に、何を喋ればいいというのだろう?
俺の学校生活でも語ってみるか?
――バカバカしい。
楽しい理想の学校生活でも夢見てみるか?
――反吐がでそうになる。
つまり、そういうこと。
触れはする、だが交わることはない。
「……変ですね」
「は?」
「ああ、いえ、なんでもないです」
「なんだ、気になるから言ってみろよ」
「ええ、でも……」
「言ってみろ」
ぴしゃり。
「いえ、その……私、この夕焼けが好きなんです」
「それで?」
「あ、あなたは、夕焼け、好き……ですか?」
「――嫌いじゃない。俺も好きかもな」
「そ、そうですか。それはよかったです」
「んで? その後は?」
「あ、いえ、その……」
彼女は口ごもり、下を向いた。
「私、あの夕焼け、好き、なんです」
「ああ、今聞いた」
「私、あの夕焼けを綺麗って言う人に、優しくない人なんていないと思ってます」
「……は?」
「あぁ、えっと、その……」
「つまり、それで、俺が冷たいから、変だなぁと」
「あああう……えっと、うんと」
思わず笑ってしまう。
何を、夢見ているのだろうか。
「お気楽なやつだな」
夕焼けがいた方をむく。
闇が、世界におちはじめている。




