2話 村人救出の鍵はりんごでいいよね?
国を建てる――三日前に宣言したその目標はあまりにもデカすぎる。と誰もが思う中で一人、陽翔は成し遂げる気でいた。
「まずは食料か、いくらここにいる間は不老とはいえ、空腹が続けば餓死するし、まだ人が残ってる村まで行って、野菜か果物の種をもらってくるか……ノエル、頼んでもいいか?」
「分かった。あとこれもし何かあった時に使って。私も駆けつけるから」
そう言いながらノエルは転召魔術を発動させ、アドナイの森の近くにある廃村よりもさらに西にあるナダ村へ来た。
陽翔は辺りを見渡し様子を見る。見たものはあまりにも酷いものだった。ボロ家が多く見られ、畑は何かに踏み荒らされたかのように野菜の残骸が多く見られる。
(もしかして土がやせてる?……村の人達も、流行り病にかかったと言うよりも飢餓に近いかなこりゃ)
どの世界でも同じなのだろうか、陽翔の目には土の質が悪い場合、その分野菜などの成長が遅れてしまっているように思えた。だが、よく見ると地面にヒビが入っている事や川の水が少ないのが分かるとどうやら水が枯渇しているらしいのだ。
「確か、雨乞いの方法は……と」
雨乞いは祈るイメージが強いが実用的なモノがないわけではない。火を起こす事で上昇気流を起こし、雨雲を作り雨を降らせるという手段なのだが、問題は周りに木々が無いことだった。
「木造の家がほとんどだから空き家があればそれを解体して燃やす材料に出来るんだが……」
などと陽翔は一人ぶつぶつと言葉を並べる。その言葉の中には村長に頼めば雨乞いに協力してくれるという考えは陽翔にはなかった。
村長の立場からすれば住人の多さの割には建物が少ないこの村から家を一軒潰すだけでも大きな損害なのだ。また農作物が一切育たない以上損害を軽減する事すら出来ないのだ。
(アドナイの森にある木を切って持ってくれば……いやダメだ、あれ硬すぎるんだった)
この世界には万素と呼ばれるものが存在している。それはあらゆるものの内側に少なからず存在し、保有する万素の多さに比例して万物の優劣や大小、強弱が変わるようになっているらしい。
そして、アドナイの森は地中に無尽蔵に万素を放出する源が存在するために植物は三年かけて育つものがあるとするならばたった半日で育ちきってしまうほどでそのためアドナイの森はあらゆる場所に万素が充満し過ぎているためにアドナイの森にある木々はほぼ毎日地中の万素を吸収し、葉はより生い茂げ、幹はより強硬となり、背は長くなる、と陽翔は前にノエルが言っていた事を思い出す。
「そうか、万素だ。りんご……みたいな果物の種とかないかアレがあればこの村の人達も餓死しなくて済むし、ある程度なら支援って形にもなる」
万素を含む食べ物は通常の食べ物より高い栄養価があり、高く売れるという。それは万素を含む量の多さに比例して高くなる。
果物の種をくれる人を探し、貰うことでかかった時間は十分。全部で三粒。おまけとして少し小さめの木箱を貰う。
「ノエル」
陽翔は腕輪に向かって喋る。先程ノエルから貰った通信機能のような術式が組み込まれている魔具を使う。さしずめ、機能は電話と変わりない。
『何か問題でもあったの?』
「問題って訳じゃないけど、果物をアドナイの森で育てるとしたら熟すまで何分かかる!?」
『だいたい七、八分……ぐらいだと思っていいよ』
「それじゃ、俺に転召魔術を」
『分かったわ』
と言われた瞬間、陽翔は小さい木箱と種を三粒を持ってアドナイの森に着く。
「ノエル、万素があれば水やりは必要ないんだっけか?」
「そう、ね。万素の『あらゆる素』を指すわ。だから水にでも火にでも木にでもなれる優れるものなの。例えば、アドナイの森から出ている瘴気も万素の一つよ……あれはこの森が万素の源泉となってしまってる以上取り除くことの出来ないモノだけれど」
「にしても凄いよな、もう実がなってる……赤く熟すまであと一分ぐらいって言ったところかな」
そんな陽翔の予想を裏切るかのように早く万素を吸った果物は赤く熟す。なんの果物か知らず育ててみたが、見た目は思いっきりりんご。本当はなんというかをノエルに聞いても予想通りというか『りんご』という文字を1つ変えただけで実際に食べれそうなりんごモドキを手に取って齧ってみてもりんごの味そのままだった。
そこから少し……それこそ一分経った後だった。
「へぇ……万素を吸ったりんごは赤く熟した後、金色になるんだな」
「売れば相当な値段ものよ、そうね……例えるなら人一人が二ヶ月ほど無駄遣いがあっても生活ができる、村規模なら無駄遣いさえしなければ二週間は生活できるわ」
金色のりんごは熟す前に万素を十分に含むことで実る。だが、これは万素が湧水のように流れてるところ以外では決して成り立たず、万素の湧水がある場所はアドナイの森のような瘴気を発する。
どんなに小規模な万素の湧水だったとしても発生する瘴気は一級の魔導士の人間ですら突破することは無理だったためにエルフなどの亜人族とヴァンパイアなどの魔族しか作れない果物とされてきた。
収穫にかかるがいくら収穫しても次々と実るため、気が付けば木箱の中はいっぱいになり、転召魔術で木箱を取りに行く事となった。
◆◇◆◇
それから数時間後、村の飢餓はなくなり、陽翔の体力も限界になった。多少、身体能力強化をしていても何十回も往復しては体力が尽きてしまうのは当たり前だ。
(荷物ありのシャトルランがなくて良かった……)
運動も勉強もそれなりに出来ていた陽翔でも流石にキツいと感じたんだろう。
そんな行ったり来たりでくたくたになった陽翔。そこに数人の足音が聞こえた。村の外からだ。かなり距離があるものの陽翔が異世界に来る際に選んだ加護『神風』のおかげで聴覚や視覚が跳躍的に良くなっている。
「誰か来るけど大丈夫なのか?」
村長に尋ねる。きっといつものように徴収しに来たんじゃろ、と言い返された。もちろん、この数時間で村の事情は聞いたし、金銭的な問題もあった。
この村を領地内とする貴族が徴収する金額がバカみたいに高いのだとか……
「そうだ、村長さん。俺の方にこないか?変に馬鹿でかい金額を要求しない。労働力さえ提供してくれれば何かしらの形で返そうと思う」
「それは無理じゃろうな。ワシらがしたくても貴族の方が許さんじゃろ」
やっぱりか、と思う部分もあるが陽翔には打つ手がないわけじゃなかった。足音がだんだん近づいて、姿も見えてきた。全体的にでかいのだがなぜか身長がやけに低い。表情はニヤついていてオマケにタバコらしきものまでくわえている。いかにも悪徳貴族という感じが拭えないというのが陽翔の感想である。
両隣には女性がいたが首輪をしているのに気がつくと「あぁ、奴隷制度があるのかこの世界」と呟く。
「ボォホホホ、ダナン村長さん。徴収しに来ましたよ」
姿、笑い方こそ違えどその口調はどこぞの冷凍庫な帝王を連想させた。
「いや、待て。その前に俺と交渉しねぇか?」
「あなたは誰です?このブリザ様を前に敬語を扱わないとはいい度胸です」
恐ろしいことに名前まで酷似していていた。だが、彼は理想の上司には程遠いだろうと内心で哀れむような形で彼を見て本題に入る。
「この村に住んでる人全員、俺にくれねぇか?」
「はぁ???」
「金……と言っても俺、金持ってなかったな。そうだ、金りんごを四つでどうだ?数年は腐らないだろうし食してもよし、売って金にするもよし。全部売れば白金角二枚ぐらいはなるだろう」
白金角二枚、とブリザが呟くと唾を飲み、喉を鳴らす。あまりにも話が美味すぎると疑問に思ったのかブリザは真偽を問うが、陽翔は嘘じゃない、と断言する。それもそのはず彼には『神風の加護』があり、その中には鑑定に関する能力がある。確かにそれもあるが、元々陽翔は嘘が得意ではないので下手につく必要もなかった。
徴収する金額の遥かに十倍も超える金額に値するものをやると言うのに見逃すわけにはいかないと思ったのか、交渉がこうもあっさりと決まった。契約書も書き終えたところで陽翔は思った。
(こうもあっさりと決められるなんてチョロ貴族だな、やっぱ冷凍庫の帝王みたいな理想の上司になれないな)
徴収するつもりが徴収する村が一つ消えたということにまだ気がついてないブリザは浮かれたまま踵を返していった。
「相手が馬鹿な貴族で良かった。それで村のみんなはどうする?俺の方につくか、自分たちでこの村を立て直すか」
村人の全員は考える間もなく、陽翔につく事を選んだ。重税から逃れ、それどころか税金すらも要らないというのだ。捧げるものは労働力だけ。
「それじゃ、みんな。とりあえず村を再開拓するか」
何気ない談話でもするかのように陽翔が話す。村人全員は和気あいあいとした感じで村の再開拓へ取り組んだ。
◆◇◆◇
それから数日で村は見違えるほど活気を取り戻した。初日は雨乞いのために使わない家を数件解体し、それらを燃やした。見事数時間後に雨が降り出し、家の残骸とも言える灰は畑の肥料へと変わり、今では食料が安定したのだ。
食料が安定すると次第に活気が戻り、今ではやれお祭りだなんだと騒がしいのだ。
そして、それからまた数日後にはアドナイの森に一件の家が出来た。
「やっと自分の家が出来た。これで気重ねなく寝れる!!」
ナダ村の人達は労働力だけしか提供していないのにこれだけ尽くしてもらってるばかりじゃ申し訳なさそうでなにか恩返しをしたいと言われ、陽翔とノエルが恋仲だと知るとアドナイの森に家を建てることになった。
普通ならば少なくとも二ヶ月ほどかかるにも関わらず彼らはここ数日で家を建てあげてしまったのだ。なんでも、アドナイ産の金りんごには疲労回復や一時的な身体能力強化などの効果が存在していたためらしい。
家の外観は二階建てのログハウス。内装もかなり凝っていて、まるでお金持ちのところの別荘のような家だった。
(箱庭ゲームでも現実でもやっぱり拠点は大切だよな)
やがて夜になり、陽翔は異世界に出来た自宅で寝ることが出来た。この夜、爆睡してたためか強制的に大人の階段を登らされたのはこの先ずっと彼は知らない。