5話 二人の王女
「いいわ、お開けなさい」
ユリアの声に扉がゆっくりと開かれる。開かれた扉の間からユリアより頭一つ小さなジュリアが飛び出しユリアに抱きつく。
「あら、帰っていたのねお姉様。ロウから聞いたのお姉様が白の砂漠に行ったかもって」
言いながらジュリアは姉を押すように部屋の中へと入り込む。その後からロウが部屋に入り扉はまたぴっちりと閉じられる。
ジュリアは、姉の耳元でささやく
「あら残念。そのまま砂漠で凍えてしまえばよかったのに」
甘ったるいだが少し低めの声とその姿にしばし固まっていた洋一がソファーから立ち上がる。
「ロウ、このおかしな奴を捕えよ」
ジュリアが驚きの表情を隠さずぱっとユリアから離れた。
部屋に入った時から別の気配を感じていたらしいロウは腰に下げた剣に手をかけている。
「おやめなさい。この方は、わたくしの連れてきた客人です」
ユリアが凛と言い放つ。
「この変な格好の奴が?」
洋一は、内心お前の方こそよっぽど変だろうとつぶやく。フリフリドレスにユリアはつけていない装飾品をじゃらじゃらつけて、おまけに尖ったピンクのもふ耳つきってと思ったが、感じる殺気に言葉を飲み込む。
そして殺気の主をそっと見やり、おもわず凝視する。
背の高い中世の騎士姿の男の頭にもグレーのもふ耳、それとお尻の近くにはモサモサとしたグレーの尾があった。
「おまえ、砂漠から来たのか?もしや空間魔法が使えるのか?」
可愛い顔のジュリアが少し怖い顔で洋一に尋ねる。
「空間魔法?なんだそりゃ?」
「違いうのか。ならよい」
ジュリアは洋一に近づいてにっこり微笑んでみせる。
邪気のない可愛い笑顔に洋一はちょっとドキッとする。
「気がついたら、わたくしとその方が白の砂漠にほうりだされていたのです。その方はユラチナ国の方ではないようですがルナ・ノワールの刻が迫っていて危険でしたので城へとお連れしたのです」
「ふーん、ですがお姉様この男の格好は…… おかしすぎるでしょ。ぷぷぷ」
ジュリアは笑いだす。
洋一は胸のあたりでピクピクと動くピンクのもふ耳が気になっておもわず手がのびる。
「え?これなんなん?」
「痛い、何すんの。ロウ、こ奴の首をはねておしまい」
ジュリアの言葉にロウは剣を抜きかける。
「おやめなさい、ロウ」
ユリアの声に、ロウは面白くなさそうな顔をしつつ剣を納める。
「これ、本物……」
洋一は信じられないというようについさっき耳をつかんだ、なめらかな毛皮の感触の残る自分の手を見つめていた。
ジュリアは姉にむけべーと軽く舌をだしてから
「ふん、お前の名は?なんて言うのだ?」
と洋一に聞いてきた。
「はぁ?まったく上から目線やめろよな。俺は古瀬洋一」
「ぷぷぷ。へーん。格好も顔も名前もなにもかもへーん。ぷぷぷ、変な男」
歌うように笑いながら言ったユリアは、指をポンと軽くならし
「そうだ、ヨウイチあたしが城を案内してあげる。ね、そうしよ」
反対したのは、ロウだった。
「ジュリア様、もしかしたらこ奴はジュリア様の命を狙う刺客かもしれません。おやめください」
「もう、ロウは心配し過ぎ、ぷぷ、だいたいこんなひょろっとした弱っちそうな奴にあたしが刺されるなんてないない。ぷぷぷ、ねぇ、いいでしょ。お姉様」
ユリアは、ほんの少し顔をしかめ精一杯牽制する。
「ヨウイチはまだ疲れているようですから、あまり連れ回さないで休ませてあげて下さい。部屋はわたくしの隣の部屋を用意させて」
ジュリアは頬をふくらませ、鼻にちょっと皺をよせユリアを睨むように見る。
「わかったわお姉様は第一王女、従わなくてわね。ロウここの隣の部屋を客人用に準備させて。準備にはしばらくかかるでしょうから…… ぷぷぷ、その間バルコニーでシャンパンを飲みながらお話でもしましょ。それならよろしいでしょ、お姉様」
さっきまでの洋一をバカにしたような態度はどこへやら、ジュリアはひとなっつこい笑みを洋一に向けその腕にぶら下がるかのように抱きつく。
「ぷぷぷ、ほらこっち。隣の部屋のバルコニーへ」
洋一の腕にまとわりつきながらジュリアは強引に洋一をユリアの部屋から連れ出していく。
その後を、不機嫌な顔のロウがつづく。
「シャンパン?」
「いいから、ね、早くいこ」
ユリアと違いクルクルと変わる表情の愛らしい顔と急に明るく甘えたテンションになったジュリアにとまどいながらも、洋一はそのまま素直にジュリアに引かれ隣の部屋のバルコニーへとついて行った。
ふと感じた視線に洋一が振り返るとユリアと一瞬目があう。ユリアはすぐに視線をそらし部屋へと消えてしまった。
それでもあいかわらず無表情であったユリアのその視線は、洋一の心に刺さった小さな棘のように気になった。