4話 第二王女とその従者
時を少しさかのぼって、ノア・ルーナの刻の少し前のユラチナ国にて。
青白い炎が揺らめく暖炉、そして無数のランタンやランプの黄色い明かりによって照らされる煌びやかな装飾品の多い部屋の中。
長い金色の髪に少し幼げな丸いかわいらしい顔の少女がぷりぷりと頬をふくらませている。
「なんですってロウ、お姉様を見失った?も~う、人気の無い時に久しぶりに部屋をでたお姉様をしとめるチャンスだったのに」
傍らには、肩までのブロンドのサラサラとした髪に青い目をした長身の青年が跪いている。
「申し訳ありません、ジュリア様。西の奥の廊下まで確かに追い詰めたのですが、突如現れた陽炎にのみこまれまして」
「いま、陽炎って言ったのか?」
ジュリアは、その大きな紫色の目を見開く。
「はい、一瞬ですが白い砂漠が見えました」
「空間を統べる魔術が本当に存在したのか?」
「私にはわかりかねます」
「まあいい、もうすぐルナ・ノワールの刻がくる。ぷくく、砂漠ではひとたまりもない。万が一戻ってきたのなら、またのチャンスに……」
ジュリアはその天使のような顔に悪魔の笑みを浮かべる。
ジュリアのこんな表情を知っているのは二人だけ。姉である第一王女のユリア。
それからジュリアが生まれたその時からずっとそばで見守ってきた幼馴染のロウ、今はジュリアの従者としていつでもジュリアの側に影のごとくつきそっている。
ロウにとって5才年下のジュリアはいつだって守ってあげたい可愛い妹のようなもの。
大切なたった一人のお姫様なのだ。
「それではジュリア様もルナ・ノワールの刻に備えてお休み下さい。私はいったんさがります。また月が出てからお伺いします」
「ありがとロウ、これを。足元に気を付けるんだぞ」
ジュリアは天使の笑みでランタンを一つロウに手渡す。
もちろん勝手知ったる城の中ロウにとっては明かりなど不要ではあるのだが。
***** *****
コンコンコン
扉をたたく音がする。
「ジュリア様、月が現れました。ルナ・ノワールの刻は終わったようです」
「ロウ、少し待って今行く。お姉様が戻っているのか確かめなきゃ」
「戻っていなかったらどうなさるのですか?」
「そうねぇ、ぷくく、国中に第一王女が王の御病気をほおってお出かけになったとでも噂を流すのがいいか?それとも……ねぇ、ロウはどう?どすれば面白くなる?」
「私には何とも。まずはユリア様のお部屋の確認を」
「ぷぷぷ、そうしよう。さぁ支度ができた。行こう、ロウ」
***** *****
扉をたたく音が響く。
「帰っているの?お姉様」
ユリアがピクンと肩をわずかに揺らしたのが、側にいた洋一に伝わった。
だがユリアの表情は、変わらない。心の内を表情に表すことを忘れてしまったユリア。
ずっと昔、ほんの小さな子供の頃には母に愛され明るく笑う綺麗な娘だったのだが、ユリアと出会ったばかりの洋一は知らないこと。
それでもほんのわずか一緒に暗闇を過ごしたせいか、または触れられるほどに近くにいるせいか洋一にはユリアが緊張しこわばるのが分かった。
「ジュリア、少しまっていて下さる」
ユリアは、落ち着いた声で答え手首の黒いブレスレットを外し暖炉の棚の飾り箱にしまう。
それから洋一の耳元へと口をよせ
「妹のジュリアです。ジュリアにはあなたが昼の国からきたことは話さないでいただけますか」
とだけ告げ、すっと扉の前まで移動する。洋一は暖炉の前のソファーに一人とりのこされた。