1話 常夜の国ユラチナ
ここは大きな青い三日月の浮かぶ夜の国ユラチナ。
その大半を占める白い砂漠の真ん中に全身真っ黒でフード付のローブ姿の小柄な影が立っている。
その影のすぐ前の空間が陽炎のように揺らめく。やがて陽炎の中、長い廊下が写しだされる。
その廊下を走る少女が突如白い砂漠に現れ、それと同時に陽炎は揺らめきながら消えていった。
少女の前に影が跪<ひざまず>きしゃがれた低い声を発する。
「ご機嫌麗しゅう、ユリア王女」
ユリア王女と呼ばれた少女は、しばし呼吸を整えると今にも消えてしまいそうなはかない見た目にそぐわない威厳のある凛とした透き通った声で話しかけた。
「あなたが、わたくしを助けて下さったのですか?どうか顔をお上げになって」
影は顔を上げるとおもむろにフードを取った。現れたのは尖った顎の老婆だった。
その姿を目にしても臆する様子も見せることなく少女は問いかける。
「名は?」
「おそれながら、私には名前はございません。ただ、この常夜の国ユラチナに住む老婆にすぎませぬ。
この国の行く末を憂<うれ>ふ者として、わずかばかりユリア王女に我が力をお貸しできればと」
「ありがとう、そなたのおかげで城を抜け出せました。後はわたくしが助けとなる者たちを見つけ城へ戻らねば」
「王女様、残念ながら今のこの国には王女の従者となれる者は存在しませぬ。それに今長く城を離れることは……」
「ええ、城を離れる危険は解っています。ですがもはや城の中に留まっていてはどうにもならないのです。」
王女はあまり表情を変えることなくたんたんと話す。
「フォフォフォ、ですからこれを王女様に」
老婆は不気味な笑みを浮かべ、王女の前に濡羽色の細いブレスレットをさしだした。
「私は、空間を統<す>べる者。これを身に着けていただければ一日一度だけ昼の国とこの常夜の国を行き来できます」
「昼の国?」王女にかすかに懸念の表情が浮かぶ。
「はい、この国のごとく暗い夜と、この国にはないまぶしく明るい昼とを繰り返す国でございます。その昼の国にこそ王女の従者となる者が。王女が自らお連れください」
王女は少しためらいを見せたものの、意を決したようにブレスレットを手に取り身に着けた。
「後は、祈るのみでございます。従者となる者の元へと。帰りは王女様の部屋へとお祈りください」
王女が目を閉じる。王女の前も空間に陽炎があらわれ王女を飲み込み消えていった。
白い砂漠には、不気味な笑みを浮かべる老婆のみが残された。