プロローグ
『キラリ』青白い光に照らされて、銀色刃が冷たく光る。
暗闇の中男の顔はみえないけれど、それはさほど問題でない。誰かはわかっているのだから。
「キレイ……」今の自分の立場も忘れ銀色に煌めく諸刃の剣身に魅せられそうになる。
この刃に身を切られたらどうだろう。確かにその瞬間は痛いだろう。だけど……
たぶんそれは、一瞬のこときっとすぐに楽になれる。
いつからだろう、ずっといっそ死んでしまえば楽になれるのにと思いはじめたのは。
あの子、愛想が良く人なつこい天使のような見た目の第二王女。そう私の実の妹。
この城の家臣達は、もうみんなあの子の味方だ。わたしには誰一人として手を貸してくれる者はいない。
わたしはけっして皇太女になりたかったわけではない。むしろ逆、本当は皇太女の地位などいらないのに……
でも、今わたしがこのまま殺されたならあの子はすぐにお父様を殺してしまうだろう。
今もお城の最上部、王の間の金に飾られた大きなベットの上で眠りつづけるお父様。
この闇夜のみの国ユラチナの現在の王。
お母様はもう何年も前に死んでしまったあの子の毒薬の実験の犠牲となって。
お父様はかろうじて生かされている私が皇太女であるかぎり、あの子が女王になることはできないから……
いったい、何人の者が真の事実を知っているのだろうか。味方のいない私には確かめるすべもない。
けれども兎に角、今私はまだあきらめるわけにはいかないのだ。
なんとか逃げ切って城の外へ抜け出さなければ……
永遠とも思える長く続く廊下を必死になって駆け抜ける。
諸刃の主は遊ぶかのようにゆっくりと追ってくる。獲物を追い詰めるのを楽しんでいるのだろう。
けっして逃げられはしないと確信して。
いつの間にやら、見覚えのない廊下を走っていた。闇を透かして見える先は行き止まり、
でも今の私には進む以外選択肢はない
「助けて、誰か。誰でもいいから、私を助けて……」
***** *****
まだ昼前のやたらと暑い夏の日
「あーもう、クソ暑い。この俺を待たせるだなんて」
少し早く学校を出過ぎたのか?いや来るのが遅すぎるのだ。
「クソ、今日でクビだな」
なんて名前だったかあの運転手は?まあ名前なんてどうでもいい今日でクビであることにはかわりない。
だが、今のところはそいつの運転する迎えの車を待つ以外にはない。
やたらと無駄に長い校門から校舎までの道のりを今さら戻る気はさらさらない。
ふと目の前の一角うっそうとした木々のあいだの色あせた鳥居に目が行く。
母親が理事長の私立聖蘭高校に入学してから1年ちょっとになるが、校門前にあんなボロい神社があったなんて気がつかなかった。
最も入学以来学校にたいして通っていないのだが。学校なんてめんどうなだけだ。
来ても来なくても大差ない。先生たちも俺には逆らえない。もちろん退学になるなんてことも。
世の中、金さえあればどうとでもなる。
だが、今のこの暑さはたまったもんじゃあない。
異常気象?地球温暖化?そんなことには興味のかけらもない。どうでもいいこと。
半袖からでた腕に刺さるかのような太陽の日差し。ひたすら耳障りな蝉の声。
何よりも、この俺がなんで真昼間の炎天下で汗だくで待たされているんだ。
兎に角少しでも涼しいところに行きたかった。
そんな時目に留まったのがその神社だ。俺は迷わずその境内に踏み込んだ。
「やっぱ、正解。涼しいな」鳥居をくぐるとさっきまでの暑さが嘘のようにひんやりとした空気が俺をつつんだ。むしろ少し肌寒いくらいだが暑いよりははるかにましだ。
通りはすぐ目の前だたはずなのに、喧騒とは離された静まりかえった空間の奥に鳥居と同じくらいボロい塗装の剥げかけた小さな社がある。
別段神社に来たからといって、お参りなどはする気はもうとうない。
したところで何が変わるというのだ。
ぬるま湯のようなつまらない日常。ただ毎日がかったるいだけ。
生きるって何でこんなにだるいんだろう。
「助けて」かすかに声が聞こえた気がした。
辺りを見回すが、誰もいる気配はない。
「助けて、誰か。誰でもいいから、私を助けて」今度はもっとはっきり聞こえた。
「女?」
だが、声は耳からではなく直接頭に響いてくるようだった。
「なんだよ、これ」
目の前のボロい社の扉がひとりでに開いていくのを俺はただ茫然と見ていた。