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あの頃の風景  作者: ミクマリ
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苦悩

平成3年8月13日に大阪の西淀川区堤防にて7歳の女児、坂口沙和子の遺体が見つかった

死因は溺死と判定され腹部に数か所の刺し傷があり性的暴行の後も検出された。

6月5日、小学校終了後、その日の夕方に娘は帰宅せず両親は警察に捜索願いを出していた。

犯人の証拠となるものは沙和子の体内に残されていた精子と爪に残された血液のみで

結局未解決となり一年で事件は迷宮入りした。

悦子は娘が殺されてから精神に異常をきたし精神病院に3年間入院した

夫とはその間に離婚し向精神薬を服用しながらの退院となった。

その後、悦子は宗教団体に所属しそこの事務員として仕事をし生計を立てているが

仏教の教えは娘を性的暴行されて川に投げ捨てられ殺された悦子の心の傷は癒してはくれず

時を経る度に無力感と宗教に対しての怒りが増してきた

特に犯人に対しての憎しみを捨て、許すことで悦子は救われると説かれた事に対して受容出来なかった。

この教義を受け入れる事が出来ずに20年間苦しんできたと話した。

宗教団体を脱会しようと考えたが、この団体のお陰で今の仕事に就く事もでき

精神病院入院歴のある中年女の再就職口は他に無く

生活をする為に現在も我慢して働いていると云う。

説法よりも悦子を救ってくれたのは向精神薬デパスの方である

悦子は抑揚の無い静かな口調で優希と麻衣に話しを続けた

「20年前に私の娘はわずか7歳の時に何者かに殺されたのです」

「7歳の女の子が性的暴行されて腹部をめった刺しにされて川に投げ込まれたです」


優希と麻衣は顔を見合わせた。

初対面の私達にこの話しを告白するのは余りにも重かった。そして途方にくれた。

最も驚いた事は悦子は一年前まで亡くなった娘の沙和子と一緒に住んでいたという内容である。

一緒に居たのに一年前に何も言わず急にいなくなったと悦子は語った。

沙和子の霊と一緒に住んでいたという事だろうと解釈するしかなかったが

この時点で優希は思った。(この女性は今も狂ってるいると・・)

精神病院退院後、東京に引っ越してから毎年8月には沙和子の遺体が見つかった大阪の発見場所まで

お参りしている。20回目となる今回、一年振りに娘の沙和子の霊に会えるかもしれないと嬉しそうに話した。優希も麻衣も薬学部の学生である。向精神薬デパスを長期服薬した場合の副作用は容易に想像できる。しかし悦子の目は正気を保っており統合失調症患者特有の口調、瞳孔、思考回路では無いと思えた。

これは宗教による精神汚染も考えられると優希は推測した。


悦子は更に話しを続けた。

仏門に入り学会の教えに従い毎日、勤行と作務も事務作業以外で務めているが

20年間継続しても結局は救われなかった。

被害者家族である自分が生き地獄を味わい現在も苦しんでいる

犯人を許せる訳がないし、許せば自分のこの苦しみが無くなるなんて到底思えないと、


優希は横に座る麻衣を見た

麻衣はイヤホンをして音楽聞きながら席を少し傾けて寝ていた

優希のLINEには(少し寝るからキチオバサンの相手してね、ゴメンね)と・・・

麻衣の裏切り者め、優希は麻衣の頭を叩きたくなったが辛うじて我慢した。


悦子は雄弁に仏教の矛盾を語りだした。

神の意志は人間の保存では無いのです。

仏様は全ての人を救う道を説かれてはいないのです。

詭弁なのです。

悪人性機説、念仏さえ唱えれば極楽浄土に行ける、悪人ほど尚更と、

鬼畜が生かされ、念仏を唱えれば悪鬼の所業は許され極楽に行けて

この世に生まれてわずか7歳で何の罪の無い魂が辱められ殺され

20年間も生き地獄を味あわされて今も無様に生きている私

未だに救われず苦しんでいるのです。

神や仏が本当にいるなら何故世の中の理不尽な悲しみが後を絶たないのでしょうか?

天災にて一瞬に命を奪われ、国同士の戦争により人間は容易く人を食らう鬼となり

異常事態に成らずとも日常で流れてくるニュースでは、とても人の所業とは思えない事件が連日報道されています。神が地獄を創るではなく人間の心に住まう人の闇が死後に行きつく魂の階層を創り出します。

神の裁定は厳格であり人間の魂が因果応報にて形成した魂の形となります

己が過去に行った悪行にて多くの人の魂を辱め苦しめ他を生き地獄に堕としてきた汚物に塗れた魂は

己の我欲を満足させた後の疲労感ゆえの保身と僅かに残っていた良心に従い肉体舟の老化から

後年は善行を積んでも悪行の相殺とは成らず必ず地獄に引っ張られます。

己が創った魂にこびり付いた汚物に相応しい階層に落とされるのです。

私は犯人を許せないのです

私は鬼に成り果ててもこの手で復讐しなければいけないのです。


優希は只管この女性から離れたかった。

初対面の私にこの話しをして誰かも分からない犯人に復讐するなんて

完全に狂っているとしか思えず恐怖感しか沸かなかった。

顔から血の気が引き、身体が震えているのを感じた

自分の心臓の鼓動が大きくなり聞こえてきた。


麻衣はイヤホンをしているが音楽は聞いておらず2人の会話を寝た振りをして聞いていた。

この女性も抵抗しながら20年間学んできた宗教団体の教義に縛られているだと分析した

そして狂人の戯言と反発して聞いていたが確かに仏教の矛盾はこの女性の言っている事も一理あると思えた。鬼畜の所業を犯した者が反省して念仏さえ唱えれば己の犯した罪は帳消しとなり極楽往生に行けるなど被害者からすれば到底受け入れがたい教義である。

さてどうやってこの難事から優希を助けようかと思案していた。




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